「マルフォイ、仕事は?」

 忙しいはずのマルフォイが……僕の家に居るなんて。気持ちは通じ合ったものの僕も暇な仕事をしているわけではないし、マルフォイはもっと忙しそうだし、お互い人の目垣になる立場だし、そう簡単には会えないことは覚悟していたけれど。



 彼はチラリとテーブルの上にある新聞に視線を投げた。





「どうせ仕事にはならないさ……」

 マルフォイは、少し唇の端を吊り上げた。

「………」




 それは、僕と初めて一緒に向かえた朝、と同じ口調で同じ台詞だった。覚えている。




「えっと………」

 それはそうだよね、こんな状態じゃ仕事どころじゃない。
 でも……その後、マルフォイは、僕に謝った。

 僕は、なんで謝るのか、わからなかったけど………だって、謝るのはどう考えたって僕の方だったから。








「気付かなかったか? 駅で再会した時から居たぞ? 変な帽子を被っていた奴」

「あ……………」

 駅で、ずっと誰かを待っている風だった、変な帽子を被っていた人は、覚えているけど。


「僕のマグルへの訪問も仕事ではなく非公式だったし……僕かお前に着いてきた記者だろうな。公園まで居たのは気付かなかったが。地下のバーには着いて来ていたぞ」

「………」


 僕は、空いた口が塞がらないと言うか……。


「えっと、マルフォイ?」


「………だから」


「うん」


「僕達の仲は公認だって事だ」



「……………………ごめん、まだあんまり理解できていないんだけど」


 重力が、重たい。


「怒らないか?」
「怒らないよ」

 だって、君だけの問題じゃないし。


「だから、記者が居たから、せっかくだから……」


 …………。




 しどろもどろになりながら、なんとかマルフォイの説明を聞き終わる頃には、通常の何倍もの重力が僕にのしかかっていた。









 マルフォイが、話す内容を要約すると、こうだ。

 マルフォイが、最近報じられていたように、婚約はほぼ決定だったらしい。
 相手のお嬢様が、マルフォイに惚れ込んで、でも断ると禍根が残るようなお家柄で、ちゃんと何度も断っても、今度はお嬢様が自殺騒ぎにまで発展したらしい。勿論、彼女にとってそんな不名誉な事実は僕達には隠蔽されているけれど。
 仕事での疲労が溜まっていた事もあって、マルフォイはストレスで倒れしまって、主治医から自宅謹慎を言い渡されて数日はほぼ自宅で軟禁状態だった。
 嫌気が差して全部放り出して家を飛び出して、誰も居ないマグルに来たら、偶然、僕に会った……だそうだ。


 再会した時に、記者には気付いて、どうせこのまま結婚するなら……って、事らしい。

 マルフォイの目論見通り、昨日戻ると即座に相手のお家から、娘との話はなかった事にしてくれと連絡が来たそうで……。






 それって……


 つまり、僕は使われただけ?

「勘違いするなよ?」


 否定的な思考に移りそうになった時に、マルフォイが釘を刺した。

「お前が好きだったのは本当だぞ。好きでもない相手と結婚するなら、好きな奴が育った場所に行ってみたいって、そう思ったから……」

「……ああ、うん」

「だから、お前に言った事も、僕の気持ちも、嘘は一つもない。ただ記者が居た事をお前に黙っていただけだ」

「…………」

「ポッター……」

「ん?」



「僕を嫌いに、なった?」






 僕は、大きな溜め息を吐かざるを得ない。




 だって、これから、大変だろうな。美人のスタッフと二人でご飯に行った時も、ファンの女の子と二人でご飯を食べに行った時も、前に住んでいた場所の近くの花屋の店員さんとお付き合いしていた時も、すごい大変な目に会ったんだ。
 僕は気をつけて、気をつけて、生きて居たのに、今度は同性の、しかも魔法使いを代表する王子様が相手なんだ……。





 気が滅入るどころの話じゃない。



「マルフォイ、ちょっとこっち来て」

 本当は、僕がそっちに行こうと思ったけど、ちょっと今動きたくない。
 いや、目眩がして、動けない。


 マルフォイは、言われた通りに、僕の隣に、腰を降ろした。

 ちょっと、距離をとって。



「ポッター……、だから……今日は、本当は謝りに来たんだ」

「何を?」

 脱力してしまっているせいで、僕の出した声は冷たかった。

「だから、僕の気持ちに偽りは無いけど、僕は婚約破棄が目的だったから……僕を許せなくて、嫌いになってしまったとしたら……いや、そうでなくても、ちゃんと、今回の件は、僕が本当はゲイで、お前に惚れていて、付き合って貰ったとでも、昔の友人との再会で、酔った上での悪ふざけだったとでも、何とでも言う」

「何だよ、それ」

「しばらくは煩く言われると思うが、公には僕が出て、なるべくお前には迷惑がかからないようにするから……」

「………」

「許して、くれ、とまで、言わない。すまない………」



 僕は、マルフォイの告白を聞きながら、段々イライラしてきた。

 あまりの事に、内蔵が沸騰しそうなの、わかる?


「許さない」

「すまない」

「絶対、許さないから」

「………悪かった」




 絶対、許さないから。




「僕達のこと、なかった事にするなんて、絶対に僕は許さないよ!」



 マルフォイの肩を掴んで、乱暴に引き寄せた。






「ポッター?」

 僕は、マルフォイを腕の中に閉じ込める。ぎゅうぎゅうに抱き締めて、呼吸だってさせてあげないぐらい、抱き締めて。

「何だよっ! 君は僕が君を好きじゃないとでも言いたいのか? 僕が君を好きだって言ったの忘れたの?」

「……ポッター…、でも僕は」

「だって記者に気付かなかったのは、僕のせいだ」

「気付いていて、僕はそれを伝えなかった」

「だから、何?」


 君と偶然再会出来たから、僕は君に心を伝える事ができた。君の気持ちを知る事ができた。君を手に入れることができた。

 もしマグルにで、君に会わなかったら、君に僕の心を伝える事すらできなかったまま、君は手の届かない場所で、誰かのモノになってしまったんだ。


 マルフォイの結婚相手のお嬢様だって、マルフォイの事が好きだったのかもしれないけど、僕は、マルフォイを手に入れた今、僕は君のパートナーとしての僕の位置を、誰にも譲る気なんかないんだ。
 その僕達の事を付け回して僕達のメモリーを写真に収めてくれた記者のおかげで、マルフォイは結婚しなくて済んだってことだし。



「そりゃさ、しばらく大変なのは、もう仕方ないけどさ」

「……」


「スニッチを掴んだら、勝てるんだよ? せっかく掴み取ったのに、僕の手から奪い取る気?」

 それはアンフェアだ。ルール違反だ。


「だって………僕は」

「二度と謝らないで。本気で怒るよ」

「……だって…」


「ああ。もう!」



 どう言えば解って貰えるんだ?
 君と偶然の再会は、神様が僕達が結ばれるためにくれたプレゼントだったんだ、そのくらいの確率の偶然で、稀有な幸運なんだって。


「……だって」
「だってじゃないよ。許せないのは、君が僕から離れようとしていることだ」

「僕は、だって……」

「僕への気持ちが嘘だって言うなら、仕方ないけどさ」

「それは、本当だ。僕はずっとお前が好きだった、それだけは信じてくれ」

「じゃあ、何も問題はないよね?」


 そりゃさ、山積みだけど。

 しばらく、本当に色々大変だ。
 でも、誰に対してだって、僕は君が好きだって言うよ? ずっと誰にも言えなかったけど、でも、手に入れちゃったんだ。

 世界中に君が好きだって言うよ? 今外に出て、大声で叫びたいくらいだ。



「マルフォイ、泣かないでよ」

「お前がわからず屋なんだから、しかたがないだろう?」

「うん、そっか。じゃあ仕方ないね」



 仕方ないよ。

 だって、僕はこんなに君が好きなんだから。


















090808