自分のロッカー(下駄箱)に手紙が入っている 後
ポッターと、目が合った…… やばい、と、思った……背中に冷や汗が流れる。 どうすればいいんだ? これから僕はどうすれば? なんて言い訳をしようか? いや、違う! 気まずいのはポッターであって、僕じゃない。今からが僕のターンだ! 見つかって、今気まずいような気がしたが、僕よりもはるかに、ポッターが今気まずい!! そのくらいは誰の目から見ても明白! いや、誰かに見られたら、たまったもんじゃないが。 だから、今から盛大に馬鹿にしてやる! と、意思を強く持って、樹から飛び降りようとした時に、 「う、あっ」 足を滑らせた。 暗かったせいもあるけど……。 足というか、滑らせたのは手。 体勢を変えようとして……だから、本当に頭から落ちる。 まずい。 やけにスローモーションになって、地面が近付いてくる。 バランスを崩してるから、どこかぶつけるかもしれない。 衝撃に備えて、強く目を閉じた。 衝撃が、あった。 のだけど、思ったよりも痛くない。 「……あれ?」 恐る恐る、目を開くと……至近距離にポッターの顔が………っ! 何故? 「……あ」 現状を、何とか把握すると、情けない事に、僕はポッターに抱き留められて、地面との激突を免れていた……。 ああ、何と言う失態だ。 僕が、ポッターを馬鹿にするんであって、僕が馬鹿にされたいわけじゃない! こんな失態をこいつに見せてしまい、きっと何か言われる。 僕だったら後々まで、ずっとこれをネタにいじり通す! 「大丈夫?」 ……………。 「ああ、悪い」 言われたが、思っていたような言葉ではなかった。 予想外の言葉に、僕はろくな言葉が出なかった。 「何で樹の上なんかに居たの?」 ポッターが、至極当然な疑問を口にした。 まあ、そうだろうな。 待っていた相手が来なくて、僕が樹の上に居たのでは、だいぶ驚いただろう。別に待っていなくても、いきなり人が樹の上から降ってきたら、驚くのも無理はないだろう。 ……その前に、下ろしてくれないだろうか。 ポッターは、大して僕と身長も体格も違わないくせに、未だに僕を抱えたまま、下ろそうとしない。 僕だったら、直ぐに落としてる。ポッターだし、重いし。 助けても、きっと僕も一緒に潰れてる。 その前に、ポッターを助けない。 身動いで、降りたいと言う意思を伝えたはずだが、ポッターは気付いてもいないようだ。 まだ、驚いているのだろうか。 「何で、樹の上に居たの?」 ポッターは質問を繰り返した。さて、何て言おうか。 どうやって誤魔化せばいいのか? いや誤魔化さないでもいいか? でも一体何から話せば良いだろう。僕が優位に立つために……どうやって、話を持っていけば良いだろう。 ポッターは、何かで僕がこのイベントを知ってしまって、僕が馬鹿にしにきたと思っているだろう。その通りなのだが。 だが、その前に下ろしてくれないか? 「いや……その」 「ずっと、待ってたんだよ?」 それは、見ていたから知っている。 お前が、ずっと待っていて、そわそわしているのを、文字通り、高みの見物をしていた。 が、何かおかしくないか? 何故こいつは、こいつが待って居るということを僕が知っていると知っている? ロッカーを間違えて僕に読まれたことを、気付いているのか? 一先ず、降りたい。この体勢は、落ち着かない。 「まあ、いいか」 良いのか? いや、そこは重要だろう? というか、僕にとってはそこがメインだ! それとも待っている相手の事で一杯になっていて、今更僕の事なんかどうでも良いと言うことか? だから、僕は邪魔だから、はいさようなら、で僕を追い返して、まだ待つ気なのか? でも、相手、来ないから。 とにかく下ろしてくれ。 「来ないと思ってたから……」 来ない、ぞ? いつまで待ってても、だって、手紙は僕に届いたんだ。 「ポッター、下ろしてくれ」 こんな抱きかかえられたような体勢は、どうにも居心地が悪い。こんな風にポッターと密着するだなんて……ダイレクトに体温が伝わる。 とても、恥ずかしいんだ。 「別に重くないよ?」 ……いや、重いとかそういう話じゃないだろう? 女の子だったらいざ知らず、この体勢は、あまり男がされて嬉しい格好ではない。 もし、今、お前の待っている相手がきたら、この体勢は気まずくないか? ……特に僕が。 いや、来ないけれど。 だが、万が一、誰かがここを通りかかるという可能性だってあるんだ。こんな時間にこんな場所で、まあ可能性は殆どないけれど、それでも、万が一ということもある。 「来てくれたって事は、返事を聞かせてくれるんだよね?」 返事? …………は? 「ちゃんと、言うよ」 「ポッター?」 とりあえず、降ろしてくれ。 「手紙じゃ、僕の気持ち、少しも伝わらないと思うから、ちゃんと言わせて」 至近距離にあるポッターの顔が、ますます近づいた。 近い近い。とにかく降ろしてくれ。 心臓に悪い。 手紙を読んだのは僕で、こっそり見ていた事は謝るから。 これは、その仕返しなのか? 「君の事が、好きなんだ」 ……………。 練習か? 僕で練習しているのか? 「いや、ポッター落ち着け」 「何を?」 「お前、眼鏡……」 壊れてるのか? 壊れてるんじゃないか? フレームだけで、レンズ入っていないだろう? 「眼鏡? 嫌い? 外してもいいよ。このくらいの距離なら見えるし」 「……そうか?」 僕は視力が悪くなった経験がないから、どんな風に世界が見えるのか解らないが……眼鏡をしていないポッターの顔を見たくないわけじゃない。少し気になる。 けど……その前に、やっぱりこの距離を前提で話を進められるのは困る。 少し、離れてもらいたいのだが……その前に降ろしてもらいたいのだが。 でも、まあ見えてはいるらしい……という事は、つまり、僕が誰だか認識しているということか? ……何故だ? やはり、練習台にしているのか? これから来る筈の無い相手のための予行演習が僕か? いや、来ないけど、今来たらどうするつもりなんだ? 来ないのを知っているのは僕だけのはずなんだ。 「ねえ、マルフォイ……」 名前を、呼ばれたから、とにかく確定だということはわかった。ポッターは僕が誰だか解っている。 「君が好きなんだ」 「僕?」 そして、僕に、今? 告白しなかったか? 好きだといったか? 僕にか? 「来てくれると思わなかったから、嬉しくて……」 「は?」 「別に、僕を好きだなんて返事は期待してないよ」 「はあ…」 「でも、やっぱりちゃんと言いたかったから」 「……」 「呼び出して、ごめん」 「………」 「でも、来てくれただけでも、本当に嬉しいんだ」 「………」 ……間違えて、ないか? 僕だぞ? お前の目の前にいるのは、他でもない僕だぞ? 「君の事が好き。言うつもりなんか無かったけど、でももう抑えきれないんだ。君を誰のものにもしたくない。君が好きだよ、マルフォイ」 名前まで、呼ばれたから、僕で間違いないだろう。 好きって…………。 ポッターが? 僕を? 何故だ? 何かの間違いだろう? 新手の嫌がらせか? と、思うが。 勿論、嫌がらせの線で考えてはいる。どう考えたって、ポッターが僕に惚れる要素なんてどこにもない。 のだが、何故か、顔が熱くなってくる……耳まで熱い。 ポッターが? 何で僕は、こんなにドキドキしているんだ? 何で、こんなに…… 「いや、ちょっと待て! ちゃんと相手が誰だか解っているのか? 僕だぞ、僕はドラコ・マルフォイだぞ!」 確認。 「眼鏡してなくても、この距離ならちゃんと君の事見えるよ」 ………あ、僕か。 僕で当たっていたのか……。 つまり、勘違いしていたのは僕だって事か。ポッターは何も間違えていなくて、ちゃんと僕のロッカーを選んであの手紙を、僕に読ませるつもりで、僕に当てて……。 『ずっと、君の事が好きでした。 言うつもり無かったけど、どうしても君に僕の気持ちを知ってもらいたかったから、手紙を書きました。 もし、返事をくれるなら、今夜中庭で待ってます』 って。 僕に? ずっと、僕の事が? ……普通、間違えた方はポッターだと思うだろう? だって、ポッターが僕の事……。 好きだった、って……。 心拍数が上がる。 どうしよう……。 「返事、聞かせてよ」 馬鹿にするな? 勘違いも甚だしい? 誰がお前なんか? そう、言うつもりだった。 嫌がらせかとも思ったし。 でも、ポッターの、目が……じっと、僕を見ていた。緑の双眸が、僕の事を、見詰めていたんだ。僕は、それから、逸らす事すら出来なかった。 クィディッチの試合中に、ポッターがスニッチを追いかけている時の目と、似ていた。その眼差しが、僕に向けられていた。 僕は、ポッターの眼鏡を外す。 直に、見たら、本当に解ると思ったんだ。ガラスで隔てた視線じゃなくて、直に見たら、嘘か本当かが解ると思ったんだ。 真っ直ぐな、緑の瞳。 「ポッター……」 「ねえ。君の気持ち、聞かせてよ」 顔が、熱い。 誰がお前なんか。何で僕がお前を? 馬鹿にするな? そんな手には引っかからないぞ。 どんな言葉も言えなかった。 どうしようか。目が、逸らせないんだ。こんなに近い場所で見詰められていては、嘘をついたら、ばれてしまう。きっと見透かされてしまう。どんな嘘もきっと、通じない。 嘘、だって。 嘘なのか? 僕の気持ちは? ポッターが、僕を好きだって………。 心臓の鼓動ばかりがうるさい。 僕は、どうしていいのか解らずに、ポッターの肩に、顔を埋めた。 これ以上、ポッターの事を見れなかった。頑張って逸らしたんだ、視線を。 そうすると、少し落ち着いた。きっと、ポッターの視線で拘束されていたんだ、僕の自由は。 落ち着いたから、解る。 うるさいのは僕の心臓だけじゃなかった。 ポッターの心臓だって、僕と同じ音をしている。同じリズムで、同じ強さで………重なる。 ポッターが、僕を好きだって……。 心臓が、心が、今、僕達は重なっているんだ………。 僕も、同じ気持ちなんだ。 「僕は……」 了 090518 |