月が作る 誰も知らない、場所だと思ったんだ。僕が見付けた僕だけの場所だと思ったんだ。だから、僕一人のもので、誰にも教える気は無かった。僕以外がここに居るだなんて、ありえないと思っていたから。 空き教室。 もともとは応接室か何かだったのだろうか。何もない部屋。ただ、重厚なビロードのソファーが一つだけ置いてある。他には大きな窓だけ。 教室くらいの広さの部屋に、一面の窓と、ソファーが……一つだけ。それだけの部屋。 ホグワーツにはこんな場所、いくつもあるけれど、それでも僕はこの部屋が気に入っていた。 窓からは、手の届きそうな程に大きな月が、眩しいくらいに部屋を照らしていた。 燭台は一つもないけれど、それでも、暗い事もない。カーテンは、昔はあったのかもしれないが、今この部屋に遮光するものは何一つ無い。 ソファーは、窓を向いていた。 僕が、動かした。 綺麗な場所なんだ、ここは。 もし、これから先、僕に恋人が出来たらここに連れて来ようと思うんだ。きっと僕が好きな場所なら気に入ってくれるなんて、そんなことを勝手に思っているんだ。 ソファーに座って夜空を身ながら月に照らされて愛を語るだなんて……よっぽどロマンチストなんだと思われるだろうけど、その通り。 概して男の方が夢見勝ちなんだよ。 ここは、だから僕の秘密の場所なんだ。誰にも教えない。親友達にバレたら、邪魔されるか笑われるか。僕が使った後で良ければ教えてあげるけどね。 本当は、もっと気に入った部屋があったんだけどさ。 同じような部屋だったけど、あっちの部屋の方がもう少し狭いけど、綺麗だった。この部屋のようにソファが一つだけという殺風景な部屋ではなくて、もう少し何か家具も置いてあった。ソファーも二つ置いてあったし、ローテーブルもあった。燭台もあったから、明かりをつけることも出来た。 僕が見付けたのに………。 バレた。 しかも最悪な奴に。 僕の天敵。 何で君がここに居るのか、と訊いたら、この部屋はいつからお前の物だったのか、と切り返された。 返す返すも腹立たしい。何なんだ、マルフォイは、本当に、いつもいつも僕の邪魔ばっかりっ! それで、僕が行くたびにに居座って……僕が先に来ていても、マルフォイは後から来たってお構い無しだ。気に入ったソファーに座って、僕の事なんか気にするようでもなく、勝手に持ってきた高そうなお菓子食べて、持ってきた本を読み初めて………僕は居心地が悪くなって、帰る。結局僕が追い出された。 せっかく見つけたお気に入りの場所なんだ。マルフォイとわざわざ喧嘩して気分を害する気分にもなれなかったから、マルフォイを見ないようにしていたり、マルフォイが来た瞬間に帰ったり、逆に居たらその場でドアを閉めたり……。 つまり、僕が追い出されたんだ。 だから、仕方なく僕は僕の新しい場所を見付けた。 あ、でも、こっちの部屋の方が夜空は綺麗に見えるかな。 広い部屋。 いったい何に使ってたんだろう。この部屋には、どのくらい人が入ってないんだろう。少し、埃っぽい。 ソファは埃を叩いて、だいぶ綺麗にしたけれど。 僕の居心地のいい場所は自分で作らなきゃ。 お気に入りのソファーに、近寄ったら………… 「……っ!」 僕の心臓は一回止まった。絶対。 まさかここに人がいるだなんて思わなくて。こんな消灯時間を目前に、誰かがいるなんて………。 しかも、マルフォイだなんて………! 何でまたマルフォイがここにっ! 何で僕のお気に入りの場所を嗅ぎ付けるんだ、どんな嗅覚してるんだ? マルフォイは、ソファーに、横たわって………寝ているようだ。目を閉じて、動かない。 本当に、なんでコイツは僕の邪魔をすんのが生き甲斐なんだろう。前世があったら僕はきっと君に殺されたか、君を殺したかしたんじゃないかと思うくらいに、お互い激しい嫌悪感があるんだ。マルフォイは僕が気に入らないことならば、本当に喜んでするんだ。 僕が君の顔が見れないのが嫌だって言ったら、僕の前から姿を消してくれるんじゃないだろうかと、真剣に思う。 床は毛足の長い絨毯が強いてあるから僕の足音はほとんどしていない。フローリングや石畳だったら、もうとっくにマルフォイは目が覚めていたかもしれない。 マルフォイは、寝ていた。 だいぶよく寝ているみたいだ。僕が彼に注ぐ月の光を遮っても起きる気配が無い。 寝ているから、今なら無防備だ。日頃の恨みを込めて復讐するなら今だ。 寝ているマルフォイの腹に渾身の蹴りをぶち込んでやろうかと思ったけど……。 フェアじゃない。 いやいつもアンフェアな奴には妥当性はあるけど、僕にも最低なマルフォイに対してでも最低限度のジェンタリズムは持ち合わせている。起きてたならしてたけどさ。寝込みを襲うのは趣味じゃない。 さて、どうしたものか。 一番僕にもコイツにも有益な方法は……見なかった事にして帰る。 って、思ったから。帰ろうと、思ったんだけどさ。 月明かりのせいだからかな。 いつも青白い顔が、余計に白く見えて……。 ぴくりとも動かないから、人形なんじゃないかな、コレ。 だって……。 月明かり照らされたマルフォイのプラチナブロンドが、きらきらしていた。長い睫毛に光を溜めるように。 胸に置いた手の形の良い爪とか、長く繊細な指先とか、細いけどバランスの取れた身体。 人形、なんじゃないかな? 誰かが作った人形なんじゃないかな? 生きてるようになんか見えなかった。 だって、人間にしたら、整い過ぎてるよ。 怖いくらいに。 綺麗だと思った。 僕は本当に彼を嫌いだから、だから本当に客観的な意見だけど。彼に対してどんな誉め言葉も使いたくないけど、でも……それでも。 なんて、綺麗なんだろう……って。 だから、作り物にしか見えなくて、本当にこいつが生きてるかどうか、不安になった。 親友が、前に喋らなければいいのにって、ため息交じりで言ってたのを思い出した。その時は意味もわからずに、同意していたけど。僕は喋らなければせめてマイナスじゃないけど、彼女は、黙っているだけだたらプラスだって言うことだったのか。 そう言うことね。 男は顔じゃない、ハートだって言ってるのに、結局どんな女だって面食いなんだ。 でも、本当に……人形じゃないのかな。 月明かりが彩度を奪い、モノトーンに近い世界で、僕は不安になった。 生きてる? 生きてるか、心配になったんだ。 別に人形だったらいいんだけど。人形だったら性格なんか悪くないし、性格が悪くても喋れないし。 喋らなければいいのに。って、言葉を思い出したほどに。 今が、その状態なんだ。 近づいて、 僕は喧嘩して殴りあった時以外では、初めてこんなにマルフォイに近づいて。 顔のそばで、呼吸を聞こうと思った。 けど。 微かにも、動かない。 本当は起きていて息を止めてるの? 解らないから。手を顔に伸ばして、鼻の下に手を置いて、マルフォイの呼吸を確認しようと………。 唇に、触れた……。 まずい。 起こすわけには行かない! 僕は静かにここを去るんだ! 冷や汗が、シャツを濡らすほどに吹き出したけど…。 マルフォイの唇はふわりと、柔らかくて。指先に感覚が残った。 柔らかいから……人形じゃないや。 やっぱり動かない。 相変わらず人形みたいに動きもしない。呼吸の音すら聞こえない。 本当に、人間なのかな。 でも、今触れた唇は本当に柔らかくて……僕の唇も同じくらいなのか、疑問に思った。 マルフォイの唇に触れた指で自分の口に触ったけど、よく、解らない。 ………とか、馬鹿なことやってないで早く帰ろう。馬鹿らしい。 って、思って。 身を引こうとした時に。 腕が伸びてきて。 僕が驚いている間に………僕の頭はマルフォイに引き寄せられて……。 ぶつかった、と、思ったのは束の間。 柔らかい……ってさっき思ったマルフォイの唇と僕の唇が、重なっていて……。 …………。 一瞬だったけど。あまりの出来事に、僕はなすがままだった。 何も出来なかったというか……何か、とんでもない事をしてしまった……!! 抵抗とか……マルフォイが何をするのかわかってたらするんだろうけど。だって、僕の想定外だった。身構える暇すらなかった。 唇が、離れて。僕とマルフォイの間に距離が出来て……マルフォイはすぐに僕の頭から手を離したけれど、僕は……動けなくて、まだマルフォイの手が届くところに入ってしまっている。 マルフォイは、近い距離で僕を見ている。 これは、どうやって……対応すればいいんだろう? 逃げる、ほどでもない。 別に殴られたわけでもない。 「……マルフォイ……起きてたの」 僕は、何とも間の抜けた声で、別に訊きたくもない質問を投げ掛けた。 人形だったら良かったんだ。君を綺麗だ何て思った事を、決してばれたくないし、人形だったら喋らないし、ずっと動かないんだ。 人形だったら、もし万が一、僕からキスをしたとしても、誰にも気づかれなかった。 マルフォイが、人形じゃなかったら、寝ていてくれればよかったのに。 マルフォイが起きていなければ、僕はマルフォイに気づかなかったし、そもそも僕はこの部屋には来ていない。 起きているなら、せめて、寝たふりをしていてくれればよかったのに。 だって、そうだろう? だって……こんなこと。 「………ポッター」 マルフォイは、僕の顔を見て………少しだけ、目を細めた。 今、キスしたばかりの、唇に……そっと自分の白い指先を持ってきて……。 突然、顔を歪めたかと思うと、堰を切ったかのように笑いだした。 片手で口元を押さえて、もう一方の手はお腹に置いて……文字通り腹を抱えて笑い出した。 僕は、何が何のことだかわからない。 ちょっと、今頭の中を整理するから待ってよ。 「マルフォイ、一体……」 なにがおかしいんだ! って、怒鳴る前に、何をするんだって怒鳴る所だ。 けど。 いや、怒鳴るつもりだけど。 僕の顔は今凄く赤いんだろう。耳が熱いから。幸い、月明かりしかないし、僕は逆行で表情ぐらいしか見えないはずだ。 キスぐらいでとやかく言うほどウブでもないつもりだけど。好きな子とのキスは気持ちが良くて、友人とのキスは挨拶や親愛を示すもので、マルフォイとはただの接触だ。 だから、こんなに僕が……こんなに…… 唇に残る感触に……僕が ……唇に、さっき触った指先よりももっとダイレクトに、感覚が残っている。 マルフォイなんかと…………吐き気が込み上げたっておかしくないはずなのに。 「ポッター、何だ、その間の抜けた顔はっ! 」 心底可笑しいって全身で表現するくらい、マルフォイは笑い転げていたけど。 「何で、あんな事するんだ!」 ようやく、僕は何をどうすべきか……ようやく僕はマルフォイに怒鳴り付けることが出来た。 怒りを叩きつけるように、怒鳴ったわけではなくて、どこか僕は今おかしくなっている。だって、当然だ。マルフォイとキスだなんて。ただの接触だって思うようにはしてるけど。口だって皮膚の一部だ。マルフォイと喧嘩した時に、何度か触ったことがあるけど、それと同じなんだ。 「気にしろ、ただの嫌がらせだ」 笑ったマルフォイは、イタズラが成功した子どもみたいな笑顔で。 気にしろってさ。 君の言うことは、絶対に叶えてやらない。どんなに懇願されたって僕は絶対に忘れてやる。明日目が覚めた時には、ここでマルフォイにあったことすら僕は覚えてない、絶対。 そう、言おうかと思ったけど。 マルフォイが笑うのを見ているうちに、何だかバカらしくなってきた。 マルフォイが嫌がらせだって言うんだから、本当にそれ以上のことは無いんだろう。僕はキスをそれなりに神聖な行為だとか思ってるけど。別に誰とでもするわけじゃないから。それにしたって、まあこの年だし、好きになった女の子だってお付き合いした女の子だっているんだから、今更どうこう言う行為じゃないけど。 早く部屋に戻って歯を磨いて寝よう。いつもより倍の時間をかけて歯を磨いてやる。 僕は、不機嫌を顔に出して立ち上がった。 「何で、寝込みを襲わなかった?」 後ろから声が追いかけてきた。振り返ると、ソファの背もたれから、少し身を乗り出して、マルフォイは笑顔だった。僕の表情とは裏腹にとても機嫌が良さそうだった。僕に笑いかける時は、もっと冷たい笑顔だけれど、いつもよりも機嫌が良さそうだった。 いつもこの顔で笑っていれば、多少性格が悪くても、きっとここまで嫌いじゃないだろうって思えるぐらいに、楽しそうに笑っていた。 寝込みは、襲うつもりだったけどさ。それ以上に君に関わりたくなかったんだ。起きなくて良かったのに。 「蹴ろうと思ったよ」 思ったけど、しないであげたんだから、せいぜい感謝してよ。 「僕が、生きてるかどうか、不安にでもなったのか?」 マルフォイの笑い声が癪に障る。 だからと言って、その通りだと肯定してやる義理もない。 何かを言おうと思ったけど、やめた。 僕は扉に手をかける。早く帰って寝て忘れよう。 もう、この部屋には二度と来ない。 「ポッター…」 「何?」 「せいぜい、覚えていろよ。僕の渾身の嫌がらせだ」 マルフォイの後ろで、月が大きく光っていた。 了 タイトルがあまりにも思いつかなくて、うっかり『濃い口醤油』になるところでした。このタイトルも気に入らないけどあきらめた。 うん坊ちゃんは、英雄にホの字ですな、きっと。 この後〜 ドラコが女の子に迫られて、キスされそうになって、「やめろ、気持ちが悪い」とか言っているところをハリーは目撃してしまえばいいさあ!! そして、僕としたのは一体…とか思い悩めばいいさ!!! 自分の嫌いなことすら我慢して僕にしてしまえるだなんて、そんなに僕はマルフォイに嫌われてるんだ! とか、思って、何故か切なくなって、自分の気持ちに気づくべきだよハリー! ってのを誰か書いてくれないかなあ。 081028 |