21(D)

















 あの日はいつものように、ハリーがただいまのキスを僕にくれた。
 いつもは軽いフレンチキスなのだが、時々このままベッドに行くつもりだろうかと思うような深いキスをくれる時もある。どんな時でも僕はキスが好きだから、嬉しいのだけれど。
 しばらくキスを交わして、僕の膝から力が抜けるころ、ハリーはようやく僕を放して、僕の髪をかき上げながらそう言った。
『僕さ、ドラコのキスした後の顔好きなんだよね』
 キスの余韻に浸って、ハリーの綺麗な緑の瞳を見つめているのが好きなんだ。ハリーの瞳の中に僕が映っていることがわかるから。
『……何を言っているんだ?』
『だってさあ、なんかうっとりした顔してるじゃん。気持ち良かったのかなあって』
『…………』
 すごく気持ち良いんだ。頭の芯が、理性とかそういうのが解けていくんだ。ただ、全身がハリーを求めていて、それが素直に表せるから、だから、好き。
 だけど素直に肯定するのも恥ずかしくて。
 僕は、うつむいて、ハリーのシャツに顔をこすりつけた。
『ドラコ、ただいま』
『………お帰りなさい』










 僕はハリーの家のソファでぼんやりと本を眺めながら思い出す。

 ハリーじゃないだけで、あんなに違う。
 口が気持ち悪くて食事をする気にもならない。
 ハリーは帰ってくるのが最近遅いから。僕だけの夕食を食べようと思ったのだけれど、作ったけれど、結局捨てた。

 することもない。
 ハリーは、もう少ししないと帰って来ない。チームメイトとお酒を飲んだりしてきているようだ。
 ハリーは、僕と会う前の生活に戻っただけだ。

 あの時から……僕がハリーを突き放した時から。



 ハリーは、僕と目を合わせないようになった。


 間違えたとは思っていないけれど……。



 僕たちはせめて友人でいた方がいい。僕はハリーのそばにいない方が良い。


 ハリーの気持ちに気付いていないわけではなかった。ハリーが僕に向ける熱の籠った視線を理解していないわけではなかったのだけれど……。昔から向けられる感情には敏感だったから。



 嬉しいと思ってしまったんだ。
 僕もお前を愛していると、大声で伝えたいんだ。



 僕の存在はハリーの人生には邪魔なんだ、考えなくてもそんなことはわかる。
 すぐにいなくなった方が良い事くらい分かっている。ハリーは英雄で、僕は罪人で。ハリーはずっと不幸な生い立ちだったのだし、僕だってハリーが好きだからハリーには幸せになって欲しい。


 それでも、ハリーの近くにいたいんだ。


 ぼんやりと天井を見る。高い天井で、この部屋をゆったりと落ち着いた空間にしているのが寂しい。

 ハリーは今何をしているのだろう。
 何も出来ないけれど……せめて、お帰りって言いたいんだ。





 ぼんやりと天井を眺めながら……なんだか疲れてしまって、僕はそのままソファの上で………。



 眠ってしまった。























 僕の眠りから覚めたのはハリーのキスでだった。

 始めは、何が起こったのかよく分からなかった。
 ただ、寝ている時にキスをされるのは今までに……僕を忘れる前まではよくあったから……その時は
 気がつくのが遅くなった。

 息苦しくなるような、激しいキス。


 僕は、こんなキスも好きだった。ハリーが僕を好きだと、そう言ってくれているみたいで、だから……。




 キスは、長かった。どのくらいキスしていたのだろう。ただ、飽きるだなんて事はなく、もっと……もっと深く、僕は……。


 キスが終わったあとに、見つめられるのが好き。

 ハリーの瞳に僕が映っているから。


「……ハリー?」


 キスをすると、頭に血が上って来て、ぼんやりとしてしまう。

 ハリーの瞳に僕が映る。

 何だろう。
 どうしたんだ?


 なんでそんな顔してるんだ?
 苦しそうな顔。

 ハリーにそんな顔は似合わない。

 そっと僕はハリーの頬に手を伸ばした。

 こうやってハリーに触れるのはどのくらいぶりだろう。ずっと触ってなかった、ずっと足りなかった。


 触れたい。


 ただ、ハリーの瞳が……怖い。


 僕は、この瞳を昔向けられる事があった。ハリーをひどく怒らせた時。学生の頃はこの色が見たくて、わざと彼を挑発していたけれど……でもこの色はとても怖かった。

 その瞳は緑色が燃え上がるようで。


「ハリー、どうしたんだ?」
 怒ってる?

 僕は何か怒らせた?
 僕が何をしたのだろう。ハリーの怒りが僕に向いている事だけが分かった。


「君のこれは何?」

 ハリーが、僕の首に触れる……。


 ああ……そうか。



 僕の首の一点に、指で触れる。押し込むように、爪を立てられた。

 昼間の……。

 あの、忌々しい男が僕にこんな置き土産をしていたと、僕は気付いていなかった。
 あの時につけられたんだ。朝以外に鏡を見る習慣はないから……。
 気付かなかった。


 ハリーの爪が僕の皮膚に食い込む……。


 痛みは、感じた。


 痛みと、罪悪感と………。


 それに……。



 ……喜びを。




 ハリー……そんな瞳で僕を見るな。

 僕はいつか君の前から消える。それを決意しているのに……それなのに。

 僕は、喜びを感じた。


 ハリーが、僕の事を……。

 ハリーの独占欲は心地良いんだ。

 知ってるか、ハリー?

 僕は卑怯者なんだよ。







 ハリーは、僕を抱いた。


 久しぶりに感じるハリーは、荒々しくて壊されてしまいそうで……身体は痛みに負けてしまいそうだったけれど、それでも僕は何度も達した。僕の身体はハリーを求めていた。それが、僕はとても嬉しかった。

 ハリーが僕に触れる。
 それだけなのに…僕は熱くなって来る。


 ハリーが僕の事を想ってくれている事が嬉しくて……。



 いつか……ハリーのそばを離れる。それは決定なのに。



 僕は卑怯者なんだよ、ハリー。












 僕を抱いたハリーは、泣いていた。
 泣きながら、何度も僕に謝った。


 僕は、ハリーを抱き締めそうになった。
 喜びで微笑んでしまいそうになった。代わりに、滲んだ涙を、すぐに拭った。






 僕は、ぼんやりと天井を見つめる。
















070626