●いや、なんか下にアトガキあるとうざいかと思って……
アトガキです。アトガキという名の愚痴と没原。

なんか、ええ、すみません。

●実はこれを書いていた時期が、トリカゴと平行していたので……書きながら引きずられました。なので、「鳥かご」の学生時代ってことで。
トリカゴを一緒に書いていなかったら、終着地点は薬なんてそんな都合のいいものを出さずに

 ハリーがドラコの魅力に気付いて、昔告白したことがありました。
 「お前だけは、僕の下に来てはならないよ」純血のドラコが、ライバルという同じ目線を持つことができる相手がハリーだけだから、それはドラコなりの甘え。
 ドラコの放つ純血の絶対服従オーラに押されて、ハリーは了解して、ドラコのライバルをしているけど。
 ちょっと、もうハリー、限界来てますよ? やっぱり君が好きだー!!

みたいな話だったのです。

●書きながら目指していたのは風と樹の詩。ジルベールなお坊ちゃまにしたかったのに、うん、失敗。
本当に何だか色々捏造ですが……とりあえず、ダークマークは、ドラゴンボールで言うとバビディのMのマークみたいな感じで……印刻まれると、ちょっとだけ魔力が強くなる〜みたいな設定ってどうでしょう……なーんてね。
純血主義の設定は……魔法族は血統で魔力の強さが決まるー……
魔力が強い人が偉いー
マルフォイは、その中でも一番ぐらいに優秀な血統ー
みたいなー。
ああ、まあ、いいや。すいません

●始めは全然違う話が書きたかったんです。
ハリドラってゆうかハリー+ドラコで、ラブは出さずに、最後までライバル設定保ってるような話。ハリーがドラコを嫌いな理由とちょっとDVな学生時代。エロも入らずに……いつか、書き直します。
んでもって、書きながら、こーんな設定もありかなーとか……思いながら話を書いていたら、終着点が3つ見えてきてしまって……。
結局「始めに書きたかった話」とこの「暗黙」と以前サブレ様のスペースで委託させて頂いた「スイッチ」って話に分割されました。もう一つ別れたネタが「スイッチ(ハリー視点)」とほとんど同じ設定でちょっと違う話でドラコ視点……てのがあったんですが、ネタ作ったらちょっとつまらなそうだったので、没。

●もともとの没原は↓です。途中まではほとんど一緒。
途中から「スイッチ」と同じ雰囲気出してます。スイッチをご購入された方は本気で申し訳ありません。

思いっきり途中までですけれど、続きは書きません。
どこに辿り着きたいのかわからなくなってます。
本当に、続きは書きませんので、その辺をよろしくお願いします。




ボツ原












 怒声が聞こえた。









 今日、授業が終わってからすぐにクィディッチの練習があって、僕は部屋に戻らないでそのまま行ってしまい、更衣室のロッカーに宿題を忘れてしまった。

 明日提出なので、僕は夜、寒いのを我慢して練習場の脇にある更衣室に取りに行っていた。




 更衣室の扉を開けようとした時だ。


 中から怒声が聞こえた。



 何を言っているのかはあまり聞き取れなかったけれど、怒鳴り声と、ぶつかる音。

 派手な音がした。


 就寝時間も近いこんな時間に何だろう。


 僕は、扉から離れて、そっと窓を覗いて見た。


 更衣室はロッカーが並んでいるだけで、その奥にはシャワールームがあるだけだからここから覗けるはずだ。

 なんだか厄介な事でも起きているのだろうか。


 少し中に入って宿題を取りに行ける状態なのだろうか。
 取り込み中だったりしたら、厄介ごとなどに巻き込まれたくない。


 僕は更衣室の窓から、そっと覗いてみた。



 背が高い、男子生徒が二人。上級生だろうか。後ろ姿だったから、誰だか、どの寮の人なのかはわからない。

 他は……誰かが床に転がっている。
 その上級生と比べるとひどく華奢な肢体がが、ごろりと転がっている。


 明るい金髪が見えた。


 見た事がある。そう思った。





 何か、しないと。



 何をすればいいのだろう。



 何もする必要はないのではないだろうか。



 彼のシャツはボタンが弾けてはだけていて、そこからどきりとするほどに白い肌が覗いていた。
 白い肌に付いた赤い跡は、ひどく目立っていた。


 床に転がる彼の胴を、立っている誰かが蹴り付けた。蹴られた場所を押さえて、身体が収縮していた。
 それからも、休むこともなく、立っている二人は細身の彼を蹴り付けた。



 一目で分かる。


 これが私刑と言うものだろう。噂には訊いたことがあるし、僕も何度か高学年に呼び出しを受けたことがある。喧嘩になったこともあるし、話し合いで穏便に済ませたこともあるけれど……。



 何とかしようと、少し思ってはいたのだが、僕の体は動かなかった。



 助けてやろうなんて思えなかったから。




 殴られるだけ殴られればいい。
 きっとこのまま死んでしまっても僕は構わない。


 だから……。


 僕は、僕さえ面倒なことを背負い込まない限りは平気だ。

 宿題のことは諦めようか。
 だが、今月に入ってすでに一度忘れているから、目をつけられているかもしれない。
 忘れる訳にはいかないのだ。
 だからと言って今のこのこと中に入って行ける雰囲気は全くない。



 とりわけ見たいものでもないが、だからと言って、立ち去ってしまえるほど気にならないわけでもない。


 本当にただ、このまま見ているだけなのもいい加減寒くなって来ていたから、減点だろうと成績にどれだけ響こうと授業単位がとれなくても、もうどうでもよくなってきていたのだが。

 ただ、少しだけ、僕以外が彼を打ちのめす様が、嬉しいはずなのに、気に入らなかった。

 彼とはよく喧嘩をする。殴り合いになることもそれほど珍しくはない。
 どちらかと言えば僕は血の気の多い方だから、彼以外とも喧嘩をしたことはあるが、それほど弱い方ではないと自負している。
 彼と喧嘩すると、勝率は六割ほど。
 彼も決して弱い方ではないのだが。
 僕だとしたら、あの二人ぐらいならば、勝てることはなくとも、なんとか逃げおおせるだろう。一発も殴れないのはおかしい。不意打ちでも食らったのだろうか。


 まあ、僕の知ったことではない。





 もう少しだけ、様子を見ようと思ったのだが。




 少し、様子が変わった。



 一人が自らのズボンのファスナーを下ろし、中から自分のモノを取り出して、彼の明るい髪を掴んで上を向かせて、その口元にあてがっていた。
 一人は、彼のズボンのベルトを外し下着ごと一緒に脱がせていて……。

 僕は固まってしまった。

 何だ、これは。

 強姦?

 もし、そうだとすると、これは……。

 普通は女の子にするものではないだろうか。
 男をそういう風に性的な対象としてみる人種がいる事は知識として知っていたのだが、実際に見るとその異常性に気分が悪くなる。

 彼はぐったりとしているが、顔を振って抵抗していた。

 だが、後ろからもう一人が腰を引き寄せ、彼の腰が突き出す格好になると、その割れ目を触っていた。

 よほど気持ちが悪いのだろうか、顔はしかめられていた。
 ただ、瞳は激しい怒りを宿して、口元に股間を押しつけて来る相手を睨み付けていた。
 睨みつけられた相手は、軽く笑い、彼の口に自らの唇を重た。そのまま頬を辿って、首筋に移動する。
 悲鳴が聞こえた。
 首筋に埋まった上級生の頭。


 二人と比べると、よほど彼の身体が華奢なことがわかる。

 後ろにいた上級生が、指を無理矢理突き立てたのだろうか、彼の背がのけ反って、また、悲鳴が聞こえた。

 悲鳴は、聞いたことが無いくらい悲痛なものだった。

 口を開いた彼のその中に、入り込んだので、首を左右に振って抵抗していたが、髪を鷲掴みにされて頭を固定されていた。







 さすがに、これはまずい。
 それが何であるかはわかる。

 彼が痛い目を見れば僕の気がすんだのだが、知らない誰かのを咥えたと思うと今まで通りに接する事ができなくなりそうだ。それは彼のプライドが傷つけられるだろうし……それでも、構わないのだけれど。


 助けようなんて気はさらさらなかったのだが、あのプライドの高い彼が、僕のライバルでもある彼が、誰か知らない男のモノを咥えている姿なんかは見たくもなかった。



 僕は、本当は関わりあいになりたくなんかはなかったのだが、気がついたら扉を開けていた。






























 扉を開くと先輩だと思しき二人が振り返ってこっちを見た。
 すごい顔をしている。

 まあ、こんな所までフィルチも見回りにこない。誰も来ないと思って安心していたようだから当然の反応だろう。


「先輩方、さっき先生が近くにいたのを見ましたよ。明かり付けてたらこっちに来るんじゃないですか?」

 僕は静かな声で笑顔を作った。
「……ポッターか」
「おい、このことは」
「言うわけないですよ。僕だってこいつのこと嫌いなんです。ただ、今日は帰った方がいいんじゃないですか?」

 別に彼を好きになったわけでもないが、ただ、僕といつも喧嘩する相手がこんなことをしたら、軽蔑してしまいそうだったから。
 もともと軽蔑をしていないわけではないのだが。
 ただ今は嫌いな彼よりも上級生の二人の方が嫌いなだけだ。彼にこんな事をするだなんて。






 そこにいた二人は僕にもう一度堅く口止めをして去って行った。







 僕は床に転がる彼のそばにあるベンチに腰を掛けた。

「………」

 普段からさほど彼は大きいとは思わないのだが、床に転がる姿は、本当に小さく見えた。喩えるならば猫の死骸のようだった。

 剥き出しになった足がやけに白いのが目立つ。


 こちらを向いているが、その目はきつく閉じられ、苦しげに眉根を寄せていた。
 呼吸が荒いから、生きているのは分かるが。
 僕は声を掛けるための言葉が見つからずにただ彼を見ていたが、大丈夫だろうか。
 保健室まで運んだ方がよいだろうか。


 そう、逡巡をしていたら、アイスグレーの瞳がこちらを向いていた。体は動かさないで、知らないうちに瞼を開いていた。

 僕をみているというよりも、僕の周囲を含めた光景をぼんやり眺めているという感じの目付きだ。

「マルフォイ?」

「………」

 まだ、返事がない。まるで気付いていないかのように。





「何の用だ」


 若干時間を置いて、マルフォイが口を開いた。
 ひどく聞き取りにくい、呟きに近い声だった。



 仮にも助けてあげたというのに、その言い草は何なのだろう。

「いいざまだと思って」
「じゃあ、しっかり見ておけ」

 彼は身体を起こそうとして、少しだけ上体を持ち上げたところで、鈍い呻き声をあげて再び床に転がった。

「大丈夫?」
「貴様に心配される義理などない」

 こいつは、僕が助けたなんて何とも思っていないんだろう。少しくらいは恩を着ても良いのではないだろうか。


「よくあるの?」
「何が」
「こんなこと」
「あってたまるか」

 吐き捨てるように。

 ただ、その姿のままではいつもの威厳も何もない。
 無様に床に這いつくばって、いつもきちんと正している装いはぼろぼろに引き裂かれている様は、なかなか僕の機嫌をよくした。

「他言するな」
「言って欲しいなら言うけど」
「………」
「別に君にそれほど興味はないよ」

 それは、半分くらいは嘘だけれど。興味がないのではなく、持ちたくないのだ。
 こんな奴と関わりたくない。僕が彼を助けたなんて知られたくもない。本当は公言したって良いのだ。マルフォイが傷つくのであれば、それでも構わないけれど、僕が彼を助けたという事実は、そのまま伝わってしまうだろうから。それは避けたい。

 彼はそれを聞くと、僕が未だ見たことが無いほどの凄絶な笑みを向けた。

「それは、感謝する」


 綺麗だと思った。


 作り物のように整った顔。


 腹立たしいくらいに綺麗だ。
 あまりそんなことを思ったことはないし、彼に対しての賛辞の言葉は一つも使いたくはないのだけれど。

 それでも綺麗だった。


「美形が台無しだね」
「顔は殴られていない。あいつらもそこまで馬鹿じゃないだろう」



 そう言われれば、彼の顔は綺麗なままだ。どこも汚れていない。
 顔は服で隠れる部分ではないから……。身体は赤く擦り切れている部分もあったけれど。


 頭は打ち付けられたのか、額に一筋血が流れているが、それほど大きな怪我ではないようだ。

 無駄口を叩いているうちに落ち着いてきたのか、ゆっくりと彼は身体を起こした。

 はだけた胸元からのぞいた首筋の噛み跡が、赤く生々しいので、僕は目を逸らした。

 確かに、この華奢で高級な身体と一級品の顔を持つプライドね高い彼を征服したらどれだけ気分が昂揚するだろうかと、少しだけそんな嗜虐的な感情が沸かないでもなかったが、生憎僕は彼の相手などにはなるつもりは無い。


「あの人達誰?」
「知るか」
「なんで呼び出されたの?」
「僕が気に入らないんじゃないか?」
「なんで一人できたの?」

 いつもの二人はどうしたの? そう聞いてみると、彼は質問責めに飽きたようで大きな溜め息をもらした。




「僕に興味はないのだろう?」

 無駄な詮索はするなという言外のプレッシャーに僕は口を閉じた。

 ベルトの金具の音がしたから僕は目をそらした、下は見ないで済んだ。同性の同じものを見るほど萎えるものも無いし、なんだか、見てしまうのが申し訳無い気がしたのも事実。
 そういう対象は女の子だから。
 彼からすればそれは侮蔑と捕らえるだろうけれど。

 彼は自分の服を正そうとして、シャツのボタンが無いことに気付き、忌々しげに舌打ちをした。

 僕は、彼のその白い肌が晒されている事で直視できずにいたので、自分が着ていたセーターを脱いで彼に投げると、ひどく苛ついた視線を投げ返された。


「何だ、これは」
「それ着なよ」
「いらない」
「そのままで帰る気? 僕が言い触らさなくても襲われましたって言ってるようなものだよ」

 はだけた胸元に、噛み付かれた跡が見えた。



「ふん」


 彼は、いつもの嘲るような笑いを少しだけした。



「……安物だな」


 要らないなら返して、そう言おうと思ったのだが、彼が素直に僕のセーターに袖を通していたので、苦笑してしまった。


「いつも見たいに言わないの?」
「何が」
「父上に言いつけてやるってさ」

 そうわざと嫌味をいうと、意外なことに、彼は怒るでもなく、少しだけ疲れたような笑顔を見せた。

「……父上にばれたら、逆に殺されてしまうよ」

 さすがに男としてのプライドくらいはあったようだ。
 親に襲われましたとは告げ口もできないだろう。僕には親などはいないが、居たとしたら決して言う事は出来ないだろうと、そのくらいはわかる。


 彼の家は本当にこの魔法界での権力を有している様で、彼が気に入らない生徒は退学になったという噂もある。実際、仲が良さそうにしていた何人かがしばらくの後に見なくなったこともある。彼を僕たち以外ではほとんど腫れ物を触るかのように扱っているのも事実だった。





 彼が服を整えた彼を見届けた僕は、ようやく自分の目的を思い出した。

 自分のロッカーから今日忘れた宿題と教科書を取り出す。





「じゃあね」

 別に、感謝されたいわけではなかった。

 別に、彼を助けたいわけではなかった。


「待て」
「何?」

 呼び止められるとは思わなかった。

「これに見覚えはないか?」
 彼がポケットから取り出したのは一枚の紙切れだった。



『夜八時に練習場更衣室で待つ H.P』



 僕は裏側も見た。
 何の変哲もないただの紙だ。

「何これ?」
「何でもない」

「僕の字じゃないよ」
「そうだろうな」

 彼が呼び出しに応じたのは、それが僕からだと思ったためだろうか。
 つまり僕が彼を呼び出せば律義に一人で来るのだろうか。

 あまりに無意味な仮定なのでやめた。僕が彼を呼び出す必要がない。できる限りこの外側だけが優秀な最低な人格に会いたくはないのだから。
 実際、本当に僕が呼び出せば、それを僕だと彼が理解していれば、彼は自らの陳腐な威厳を保持するために、誰かを連れて来るのだろうが。

 いつまでも座り込んでいる彼を置いて行こうと思った。
 僕の用事はもう済んだのだし、そのついでに、予想外にも不服ながらに彼を助ける結果になってしまったのだが、僕も忘れるつもりだし、彼も覚えていたくはないだろう。
 彼は、下を向いている。

 動く気配はない。

 まあ、手を繋いで仲良く帰る仲でもないので。

「じゃあ、僕は先に帰るよ」
 そう言ったのだが、彼からの返事はなかった。

 ただ彼は、僕のセーターを抱き締めるように、自らの身体を暖めるように、自らのの身体に腕を回していた。

 僕のセーターが大きい。

 それほど体格は変わらないと思っていたのだが、こうしてみると彼がいかに華奢な体型をしているのかがよくわかった。

 脆弱な。

 僕はいつもこんなのと喧嘩をしていたのだろうか。この身体で、僕に殴りかかってきていたのだろうか。

 いつまでも動かない彼に僕は先に動いた。




 同情したと言うのが本当のところだ。まあ同情というよりも、ただの哀れみに近い。
 情けなくも惰弱な彼に僕は僅かばかりの哀れみをかけただけにすぎない。

 いつもはきちんと整えられている髪が乱れていて、それを少し正してあげようと手を伸ばした。

 手を伸ばした瞬間の事。

 頭に翳した手に彼は過剰な反応を示した。


 彼は僕の手に、身を竦めて萎縮した。



 ……殴られると思ったのだろうか。


 まあ、あんなことがあった直後だ。そのくらいは仕方がないのかもしれない。

 ただの同情だ。哀れみだ。
 彼に対して感じているのは。


 僕は伸ばしかけた手を、やはりそのまま彼の頭に持っていき、その髪に触れた。

 猫の背を撫でた様な柔らかな手触り。


 僕は何度か彼の頭を手の平で触れた。



「まあ、今日の事は誰にも言うつもりもないし、僕も忘れるから、君も忘れなよ」



 僕が今の彼にかけてあげられるのは、こんな台詞が妥当だろう。

 だが、彼はそれに答えるでも無く、無表情のまま、俯いていて。




 別に、彼に恩着せがましい態度に出て信頼を得ようとかそういった気持ちはなにもないのだが。


 だが、僕が彼に少しの哀れみが含有する優しさをあげたというのにも関わらず、彼には何の変化もなかった。


 そう思った。


 無駄だ。
 彼は彼で僕は僕なのだから。
 僕達の間に馴れ合いなど存在しないのだから。



「じゃあね」

 僕は立ち上がった。




 ぽたり、と水滴の音が聞えた。





 水滴の音。

 床に、一滴落ちた。

 ………。

 彼の顔のちょうど真下。


 また、一滴。



 泣いている?



 僕は立っていて、彼は下を向いているから分からないけれど。

 確かに、泣いている。



 考えればすぐに分かる事だ。

 プライドが高くて、それを固持するために生きている様な彼が無理矢理力で押さえ付けられたのだ。プライドがない人間だとしても、こんなことがあったとしたら、泣きなくなる気持ちはさすがにわかる。
 今まで気丈な態度でいられた方が不思議なくらいだ。
 僕がいたせいだろうか。


 僕は、気付かないふりをしてこのまま出て行った方が親切なのだろうか。


 僕は、どうして良いのか分からずに立ち尽くす。
 かける言葉も、見つからない。


 僕は、彼の涙を見たことがない。
 今まで彼が泣いたのは同情票を集めるための演技にすぎない。下を向いた時に押さえ切れない笑顔をもらしていることを僕は見たこともある。
 僕と喧嘩をして、本当に傷つけた時、彼の表情は、一度全部がリセットされた様な無表情になってから、それからとても綺麗な笑顔になるのだから。本当に綺麗に笑うのだ。
 彼は泣かずに、笑う。



 これも演技だろうか。






「マルフォイ………」
「さっさと出て行け!」


 思いがけずに強い口調で返されて、僕はたじろいだ。

「何、その言い方」
「お前なんかの近くにいたくない」
「助けてあげたのに、その言い方は腹立つな」
「そんな事、誰が頼んだんだ」
「あのまま襲われたかったの」
「お前なんかに助けられるぐらいならな」

 ひどい、言い方だった。

 恩に着せようなどと思ったわけではないのだが、こんな言い方をされるとは思わなかったから、僕の頭に血が上ってくる。

 けれど僕の服を着て、それを抱き締めるように……身体を震わせて。

 ぽたぽたと床に涙の粒を落としながら。

 泣いているのに。









「……これ以上、僕に、恥をかかせないでくれ」







「マルフォイ………」



 ああ、そうか。



 僕がいるからだ。



 僕がここにいるから、彼は泣けないのだ。





 一番僕がここに相応しくないのだ。



 僕は、何も言わず………声を発する事ができないまま。


 だけど。



 可哀想な彼の頭をもう一度。


 そっと触れた。



 そっと触れるだけ。
 指先が彼の柔らかな髪に触れると、彼は身体を大きく震わせた。



「っく………」

 嗚咽がもれた。


 本当に、泣いている。


 僕は、彼の頭をそっと、撫でると、彼はまた嗚咽をもらした。

 僕はひどいことをしているのではないだろうか。
 彼にひどいことをしているのではないだろうか。


 僕がこの場に相応しくない事はよくわかっている。


 けれど、彼をこのままにして置く事などできなくて。

 大嫌いで、できれば見たくもないし、同じ部屋で同じ空気を吸っている事すら厭わしいし、彼が生きている事を天に呪ったことすらある。
 本当に僕は彼が嫌いなのだ。


 僕は彼に目線を合わせるために、膝をついた。

 白い頬に何本もの涙の跡。
 伏せられた長い睫毛が濡れていて。


 また、涙が零れる。


 僕はその頬にそっと手を乗せて、彼の涙を拭った。

 ただ、かけてあげる言葉がなにも見つからなかった。

 泣かないで。
 そう、僕は思った。

 どれだけ悔しかったのだろう。

 弱々しく震えて、威厳も尊厳もなく、ただ自分を守るのは自分しかいないと知っている孤独の中に埋もれながら、彼は自分を抱き締めて、その細くて華奢な身体を震わせていた。

 泣いているなんて、僕の知る彼ではない。

 庇護意欲をかき立てるような、こんなのは僕が知っている彼ではない。彼は守るべき存在ではないのだから。

 

 彼ではない。




 そっと彼が僕の方に、縋るように手を伸ばした。少しだけ。すぐに諦めて手を握る。
 僕を求めていた。

 僕を求めて、彼が僕に手を伸ばしたのだ。






 僕は、その手を引き寄せて、彼を僕の腕の中に閉じ込めた。


 彼は僕の想像以上に細くて華奢な体型をしていた。


 腕の中に閉じ込めて、その体温を感じた途端。



 彼が声を上げて泣き出した。










 これは僕の知るマルフォイではない。




 抱き締めた身体が熱い。






 服の下に隠された白い肌。









 彼の手が僕を求めて、背中に回された。



 折れてしまいそうな細い腰。




 彼は、誰だ。
 この、悲しみを抱き締めている僕は……。




 小さな身体を抱き締めて、柔らかな光の色をした髪の毛に顔を埋めて。






 僕は守らなければ。

 この、誰だか僕が知らない彼を。





















「そろそろ落ち着いた?」










 

 どのくらいの時間こうしていたのだろうか。

「落ち着いた?」

 泣き疲れてしまったのか、ぐったりと僕に身体を預けてきていた。
 時々嗚咽は漏れるものの、だいぶ落ち着いてきたようだ。
 僕の声は今まで自分でも聞いた事のないような、優しく甘い声をしていた。
 同情に寄るものなのはわかっている。この可哀想な彼に今だけ僕は同情してあげているのだ。
 彼は今可哀想だから。
 これが彼で有る無しに関係は無いのだ。人として可哀想な人間に同情しているだけなのだ。

 だから、彼の体温が暖かいとか思わない。
 僕の背に回された手を意識してもいない。
 腕の中の細い身体が壊れてしまわないか不安にもならないし、彼の気持ちを自分の事のように感じて怒りを覚える事もなければ、彼を彼がどう思うかなどを考えずにこのまま抱き締める腕に力をいれてしまいたくもない。
 そのはずなのだ。
 ただの同情だ。

 僕の声に頷いた彼がそっと溜め息を吐いていた。

 僕の首筋に熱く湿った息が掛かったのが分かった。

 僕はまだ彼を離すつもりは無かった。彼が僕から離れるまではこうしていようと思っていた。
 今だけは今までのことを忘れ彼に優しくある事ができると思った。

 彼が可哀想だから。
 この彼の身体を組み敷いて、無理矢理服をはぎ取り、頭を掴み、赤い唇に男のものを押しつけて、白い肌に赤い跡をつけ、彼の中に強引に指を捩込んだのだ。
 こんなに小さくてプライドの高い彼を無理矢理だ。



「あいつら、許せないよ」

 自分の呟きに、驚いた。
 助けたいなどとは思っていなかったはずだから。

 マルフォイを助けたいと思ったわけではない。この僕の腕の中に収まる彼は、僕の知らない誰かだ。
 僕は自分の正義感から彼を苛んだ人間を許せないだけだ。

 彼をいいように扱ったあの二人はわかっているのだろうか。彼は僕の敵であるのだから。僕が彼を傷つける権利はあるが、それ以外の人間が彼を傷つけるのは僕への挑戦だ。

 僕の顔の横で、彼の頭が横に振れた。



「大丈夫、君の事はばれないようにするから」

 あの二人ぐらいを誰にも気疲れない様に復讐することは造作も無いように思えた。僕にはその力がある。

 それでも彼は首を横に振る。

 彼は首を横に降って、僕の背に回した腕に力を込めた。その腕が震えていた。

「怖かった?」

 彼が頷いた。

「もう、一人で歩いちゃ駄目だよ」

 彼の性格や性質上、恨みを買いやすいのだから。

 彼はもう一度素直に頷いた。

 これは、誰だろう。
 僕の知る彼は僕の言葉に頷いたりしない。彼は僕の言葉を否定するものか疑うものだと信じている。誰だ。



「………」

 彼が僕の背に回した腕を解いて、僕の腕から離れようとしたので、僕も腕の力を抜いた。

 僕が彼を抱き締める必要などないのだ。彼が泣きたかったから胸を貸しただけだ。本当にそれだけだ。


「……すまない」


 消え入りそうなほど小さな声だった。

「もう、大丈夫…だ」

「そう」

 顔を伏せて彼は身体を離した。開いた距離に急激に温度が下がった気がした。
 もう、ここには僕の知らなかった彼はいなくなってしまった。そんなことを思った。
 ただ、それは確信だった。
 次に顔を上げた時に彼の瞳に宿っていたのはいつもの冷たく鈍い光だった。



「お前がここを去らなかった事は許すから、お前は今日ここであった事を完全に忘れろ」

 口調がしっかりしたものに戻った。いつもの命令することに馴れた、上からな態度な口調だった。自分の言っている意味を理解しているのだろうか。どちらが今上の立場なのか。自分の弱みを把握していない。

 彼の表情はいつもの、世界を斜めに見下した様な、気怠いもので、尊大な態度もそこにはあった。

 僕の嫌いな彼がそこにいた。
 彼の瞼が赤く腫れていなければ、今あった出来ごとが夢だったかのような、それほど彼の態度は豹変していたのだ。



「覚えているほど君には興味を持っていないよ」



 僕の声もいつもの彼に接する時の温度に戻っていた。彼の態度が強制的に戻したのだ。あの僕の知らない彼を、僕の知っているマルフォイはどこかに連れさってしまった。そんな雰囲気。

 僕の言葉に彼は上機嫌に頷いた。それでいい、と言った尊大な態度。僕の優しさは彼にとっての屈辱でしかないのだろう。僕の同情を受け取る事は屈折した彼にとって、劣等感を喚起するだけなのだろう。そう思うから、優しい僕は君を可哀想だとも思えない。



 ただ、少し安心した。

 このままでは、余計な事ばかり口走ってしまいそうだったから。

 僕と君とで築き上げた誰にも崩せない、誰にも割り込めないこの関係を自らの手で崩してしまいそうだったから。僕達が二人で確立した立場と立ち位置は壊してはいけないものなのだから。

 彼は何ごともなかったかの様に立ち上がる。
 撚れてきた僕のセーターであっても彼はさらりと着ていて、上質な物であるかのようだった。

「一発ぐらいは殴れた?」

 今の彼には僕はいくらでも不躾になっても平気だ。今の彼ならば、僕はできれば傷ついて欲しいと願っている。

「残念ながら」
「なんだ、喧嘩弱いんだね」

 僕は、彼以外とも喧嘩したことはある。僕は血の気の多い方だから。それでも、あまり負けることはない。魔法を使わなくともさっきの二人くらいならば負ける気はしない。
 彼も僕といつもやり合っているのに。

「………」

 一言投げれば倍返しがモットーなのか彼は大層な嫌味を返してくるかと思ったのだが。彼は何も言わなかった。

 ただ、彼が綺麗な笑顔を見せた。

 とても綺麗に笑う。作り物のように完璧に、この彼の笑顔を見たら誰でもそう思わずにはいられないような、綺麗な顔。

 彼が傷つけられた時の癖。
 彼が傷つけられると、黙り込んで、無表情になった後、とても綺麗な微笑を作るのだ。

 僕は彼のこの顔が見たくて嫌味を投げる時もある。ただどんな言葉が彼に命中するのかはわからない。

 ただ、この綺麗な笑顔の前に僕は何も言う事ができなくなる。







「僕より背の高い相手に殴られると思うと、身体が動かなくなるんだ」



 僕は彼からの返事など期待してはいなかった。

 彼については何も知らない方がいい。

 これ以上嫌えるとも思わないし、逆はあってはならないのだ。


 彼だってそれを心得ているはずだ。
 僕達の関係は僕達がそれを望んでいる事なのだから。

 壊してはいけないし、壊したくない。



 彼は立ち上がり、出口に向かっていた。並んでいるロッカーに手をついて、左足を引きずるようにして歩いていた。あれだけ殴れたりしたのだ、身体中が痛いに違いない。
 支えようかとも思ったが、彼の背中が拒絶していた。
 僕もこれ以上彼に触れたら、僕達の関係を崩してしまいそうだったから、後ろからそっとついて行った。僕は、ここでざまあみろと思わなければならない。




 更衣室の扉を開けた彼が振り返って、僕を一度だけ僕を見た。
 すぐに彼の顔は伏せられてしまったのだが。

 さっき、見た、僕の知らない彼が、いた。そんな気がした。




「あれは父上ではないと、頭ではわかっているのに………」









 僕は……。



 彼ではない彼を、抱き締めたいと、そう思った。

















 扉が閉まった音に僕はようやく我に帰った。

 彼の姿は室内にはもういなかった。

 追いかける事などできない。
 彼を心配してはいけない。

 彼の最後の呟きは、一体何だったのだろう。

 父上では無いと。


 ただ、それを考えたら僕達のこの関係は終わってしまう気がした。
 僕はそれを望んでいない。彼もきっと、それは同じだろう。
 僕達の関係は、お互いを特別な位置に置く事ができる。それを楽しんでいる。

 それを、理解した。
 彼を理解してはいけないことを理解した。










 彼の肌の白さと、頬にかかった絹糸のような髪、細い腰と薄い胸板……。
 彼の涙と、抱き締めた時の華奢な身体、そしてそれが震えていたこと。
 僕の言葉に素直に頷いた。









 僕は忘れなくてはならない。































 次の日彼は普段と変わらなかった。

 相変わらず抜けるように白い肌、赤い唇を不機嫌そうに真一文字に結び、髪をきっちりと整えていて。
 数人を引き連れ、ローブの裾をはためかせ長い足で大股に歩く。彼の歩き方。
 首筋につけられた痣は、綺麗に消えていた。シャツの第一ボタンまでいつものように止められていたから、隠れているのかもしれない。

 目が合うと、皮肉的な笑顔か攻撃的な視線で返される。もしくは、他愛のない嫌味。僕もそれに無視か同じレベルの嫌味を返す。


 いつもと同じ。

 何も変わらない。
 昨日あった事は僕の夢だったのだろうか。
 あの時にあった彼は、本当にいない存在なのだろうか。



 ただ、少し左足を庇うように歩いていた事をのぞけば、彼は何も変わらなかった。僕は夢を見ていたのだろうか。
 僕は、昨日の事実を確認したくて、授業が終わるとすぐに彼の近くに行った。


「首のところ、どうしたの?」

 授業が終わってすぐのことだ。
 まだだれも教室から出て行っていない。
 僕達の空気は、常に一触即発なので、僕達を知る人間は、僕達の距離を気にしている。
 僕はみんなに聞こえる様にわざと大きな声で言った。

 周囲が僕達に視線を集中させたのを感じて、僕は笑顔を作る。
 彼は一瞬自分の首筋を押さえかけたがすぐに、やめた。首元に持って行こうとした手を途中で口許に手を近付け少し考える様なポーズをした後、自然な動作で下ろした。

「何のことだ」

 彼の顔は、不思議そうに、不機嫌そうに作られていた。
 ただ、確かに彼は首を気にしていた。
 昨日の事は事実であり、僕は彼のために忘れてはならない。
 周りにそれを伝える必要は何もない。周りには悟られてはならない。
 ただ、僕が知っている、覚えている事実を彼に認識させる必要がある。
 僕達は、お互いに嫌いあっているという、その暗黙の条約のために。


「何でもないよ、気のせいだったから」

 僕もいつもと同じ、彼に対する声で、会話を打ち切った。

「頭を使わないから、ついにボケたか」
「君に心配される言われはないよ」

 彼は白けた視線で白々しい笑顔を作った。
 傷ついた時のあの綺麗な微笑とは違っていたけれど、彼の笑顔はひどく整っていた。
 僕も、だから同じ笑顔を作る。

 そのまま僕は、彼の肩にわざとぶつかって、通り過ぎた。

 ぶつかった時、鈍く呻く声が聞こえた。

 僕は知っている。

 彼はうまく振る舞っているが、彼は今立っているのも辛いはずなんだ。あれだけ殴れたり蹴られたりしたのだから。

 彼の取り巻きが、彼を気遣って近寄る。こうしないと彼の機嫌が悪くなるから。ただし、わざと痛そうな演技をしている場合に限って。
 今の彼は本当に苦しいから、彼らに近寄られたら痛そうなふりをしなければならないのだ。

 可哀想に。


 僕は哀れみと言う侮蔑を投げようと、彼をもう一度振り返った。

 ぶつかった肩を押さえて蹲る彼を抱き抱える様に、取り巻きが二、三人心配そうに彼の顔を覗き込んだ後、被害者面した彼らは僕をにらみ付けた。彼以外の視線は僕にはなんの影響も及ぼさない。

 彼がゆっくりと顔を上げる。

 痛そうに顔をしかめながら、それでも僕が見ていることを確認すると、周りに気付かれない様に、僕に対してだけ、僕のためだけに笑顔を作った。
 彼の視線だけが、僕を捕らえて揺さぶる。彼の視線を受けて、僕の背筋に何か熱いものが走る。


 それでいい。

 声はなかったが、彼の口が、そう刻んだ。











 僕達は、この関係が自然な位置なのだ。

 彼にとっての僕のポジションを誰にも譲る気は無いし、逆に僕の中の彼の立ち位置に彼以外を据える気は無い。

 彼がどう思っているのかはわからない。
 それを考えてはいけない。
 彼を理解してはいけない。


 昨日、僕は彼を理解しかけた。
 彼も理解されたがっている部分があった。それを感じてしまった事は僕の罪だし、彼も今それを悔いているはずだ。

 僕達は、憎みあっている。弱点を見つければ、そこから攻撃しなくてはならない。お互いをより憎みあう様に、そう仕向けなくてはならない。


 いつもと変わらない。


 変えてはならない。



























 ある日、更衣室の僕のロッカーの前で立ちすくんでいる彼を見つけた。

 再び僕が忘れ物をしたから取りに行った時だ。

 あれから僕達の間には何の変化も無い。いつも通り。いつもと同じようにこの憎みをぶつけ合う関係を楽しんでいた。
 彼の姿を認めれば僕の顔は必然的に不機嫌そうに歪められるようになっている。


「何してるの?」



 僕のロッカーの前で何の考え事をしていたのか、僕が後ろに来るまで彼は気付かなかったようで、声を掛けると俊敏な動作で振り返った。

「………ポッター」


 僕の名前を呼ぶ彼の声に僅かな違和感を感じた。
 いつもな、無駄な自信に溢れた強い響きを持つ彼の声では無かった。
 透明度の高い声に僅かな陰りが感じられた。

「何してんの?」

 こっちを振り返って僕を確認した後俯いてしまった彼の胸に、以前僕が貸したセーターが抱えられていた。

 抱き締めるように、僕のセーターを。僕が抱き締められている様な錯覚に陥る。身体が熱くなって来る。


「返しに来たの?」

 そう聞くと、彼は微かに頷いた。
 頷くと、さらりと彼の髪が揺れた。

 今日はきちんとセットされていた。彼は時々髪型を変えているけれど、今日は後ろに撫で付けていた。今日もいつも通りのやり取りが行われたのだから。そのくらいは覚えている。

 よく見れば彼は制服では無く、白のシャツにデザイン性のあるダークグレーのジャケットにライトグレーの細身のパンツを履いていた。どうやら彼の私服なのだろう。


「別に、良かったのに」

 服をたくさん持っているわけではないけれど、それが一枚ぐらい無くなったところで困るほど持っていないわけではない。

 そんな律義な彼を、僕は苦笑して見つめる。返すのも勇気がいるだろうに。

「これ、くれるのか?」

 彼が僕を見る視線は、自信がないような、少し上目遣いだった。いつもは、彼の高くはない身長を感じさせないまで彼は背筋を正し、見下すような目付きをしているのに。

「欲しいならあげる」

 彼は、服など腐るほど持っているはずなのだが。彼の私服を見る事は少ないが、ラフな装いの時もなどなく、いつも身体のラインを綺麗に出して、彼の存在感を引き出すような洋服を着ていた。


 僕がそう言うと、彼は僕のセーターに顔を埋めた。





 これは……誰だ?


 彼のプラチナブロンドが柔らかな光を湛える。
 彼が首を動かすと髪といっしょに光も揺れる。

 触ったら、柔らかかったから。あの時触れた彼の髪は、すぐに手から零れた。

 僕の指は彼の髪に触れた時の感触を思い出していた。
 空気に触れるような軽さで滑らかな手触り。

 確かめたくて、

 僕は手を伸ばす。



 彼の髪に触れると、柔らかな清潔そうな香りが漂う。

「いい匂い」

「髪、洗ったから……シャワー浴びて……」
「ふうん」


 僕は触れた髪に顔を近付けた。

 いい香り。

 僕の使っている物とは違う。

 彼の髪に鼻を埋めてその匂いを確かめた。

「いつもと違うね」

 いつもの彼の香りは清涼感が強く彼の存在を引き立てて決して邪魔をしないような、柔らかさはなく、澄ましたような香り。

「今香水はつけていないから……」

「そっか」

「あれは、嫌いか?」
「あれも好き。この匂いもいい匂い」

 いい香り。
 彼によく似合っている。

 さらりとしていて、鼻に付かない。ただその香りを確認できる程度の。少し甘くて、解けきらないような、でも優しいとは言い難い、不思議な香りは、彼の雰囲気によく似合った。

「お前はシャワーをまだ浴びていないな」
「わかる?」
「汗の匂いがする」

 少しの笑みが声に含まれていた。彼は、僕の服に顔を付けた。声が、甘い。
 聞いたことがあるのに。
 今日も聞いたはずの声なのに。
 僕はこんな甘い声を聞いたことがない。

 今日、クィディッチの練習があったから。その時の忘れ物を取りに来たのだ。前回ほど急を要するものでもなかったが、今日は時間があったから。

「汗臭い?」
「まさか。お前の匂いだ」

 僕の脇の下に、鼻先を入れる様に、僕に触れて来る彼を嫌だとは思わない。
 それはひどく自然な動作だった。

 いつも、こうしているような、自然な。
 それだけがひどく違和感だった。これが、いつもではないのが、不思議だった。僕は、彼とこうやって甘えて触れ合う以外でどうやって彼に接していたのか、わからない。思い出せなくなる。

 どうしたらいい。


 僕に触れる彼を、抱き締める腕しか僕は持っていない。
 触れて。

 僕は彼を両腕の中に閉じ込めて、彼の匂いを吸った。彼の温度を感じた。

 吸気で麻痺していく。

 どこかで、駄目だと、戻れなくなると、そう警鐘が鳴っている。
 彼が僕の胸に頬をすり寄せ、シャツを握る。
 体温が上がる。


 これは……。


 誰だ。



 僕は今まで彼にどうやって接していたのだろう。
 わからなくなってしまう。




「なんでその服が欲しいの?」

 彼が服を必要としていないことくらい知ってる。彼には安物は似合わない。見た限りの少ない私服の中では、彼の身体のラインを強調させるような、その上品な身体を見せつけるような細身のジャケットやパンツ、清潔感を出すような白のシャツばかり好んで身に着けていたようだから。それに、同じものを見たことがない。


「寝る時に……安心する」

 彼は僕に伝わる最低限の単語をつなぐ。
 寝る時。

 いつもの彼が寝る時に僕を必要としているわけではないのは、よくわかっている。
 彼は僕をできる限り排除したがっている。
 寝る時に……僕必要とする彼が、僕の知らない時にも存在するのかと思うと自然と口許が綻ぶ。





「時々、怖い夢を見るんだ。その時……」

 彼が、僕を僕の知らない所で僕を必要としてくれている。


「怖い夢を見たら、僕が抱き締めてあげる」

 怖い夢なんか、僕が消してあげる。
 僕が、守ってあげるから。


 彼は、僕の腕の中で頷いた。

 髪の毛に手を入れてその手触りを楽しみながら彼の頭を撫でると、彼は嬉しそうに、まるで猫が喉を鳴らすように、彼は笑った。

 僕はその髪の毛に何度も唇を寄せた。
 いい匂い。


 細くて柔らかな髪が、白い首筋に絡み付く。

 あの時、ここに赤い痕があった。
 僕以外がつけた。


 あの時は、この感情はまだ無かった。
 あの時はまだ、その事に関しては、彼をただ可哀相だとしか思わなかったのに。ただの、哀れみしか送る事が出来なかったのに。




 これは、僕のものなのに。


 どうしてそう思ったのか、自分でもよくわからない。そういう契約をしたことはない。気持ちを確認したこともない。

 ただ今自分の腕の中に収まる彼は、僕のものだ。

 白い肌。

 染み一つ無い。


 これに……。

 あの時の上級生の顔はまだ覚えている。

 僕以外が、彼に触れた。

 思い出すだけで、彼を抱き締める腕に力が籠る。このまま力を込めて、彼を潰してしまいそうになる。そんなことはしないけれど。僕は持てる限りの優しさで彼を包まなくてはならない。





「この前の……ここだったよね」

 僕は彼の首筋、今は真っ白に戻った場所を見つめた。

「服から見える場所だったのに」
「魔法で、色は消したから。見えなかったと思う」


「僕がつけても消しちゃう?」



 彼は顔を上げて困ったような顔をした。
 困らせてしまった。


 彼が顔を上げたから、僕はその隙に喉元に口を寄せた。

 白く滑らかな肌。


 僕はあの場所に唇を寄せて、吸った。


 痕が残らないくらい、そのくらいの柔らかさで彼の肌を刺激した。
 彼を困らす訳にはいかないから。僕は彼を最上級の優しさで包んであげる義務がある。その見返りに僕は君を得ることができるはずだ。
 なんの根拠もない確信。

「………んっ」


 喉元から、首筋と、耳とを僕の口で彼の肌の柔らかさを確かめる。
 味など何もないのに、満たされていく。
 それと同時に渇いていく。
 彼の首がのけ反って、白さを浮き立たせる。


「ねえ……」

 彼のシャツのボタンを一つずつ外していく。現われてきた白い肌に口を寄せる。触れると、彼の口から僅かに声の混じる吐息が漏れてくる。
























て、感じ。
ここまで書いて何が書きたいのかわからなくなった。
オチが3つも出てくるとなあ。

続きは、書きませんよ。

ちなみに誤字。

思ってはいたのだが → 思って吐いたのだが


070506