いぬ 1







 最近僕はとても疑問に思うことがある。
 世の中には色々な不思議なことがある。本は好きだ。僕の知らない知識を教えてくれる。勉強も好きだ。知らない事を覚えると、視野が開け、視界が明るくなる気がする。知識も好きだし、自分で考えることも好きだ。
 でも、どれだけ考えてもわからない。どんな本を読んでも、僕の求めた答えは載っていない。


 何で、黒崎は僕と付き合ってるんだろう……最近、一番不思議に思っていることだ。

「ん? 俺の顔に何かついてる?」
 うっかり、黒崎の顔を凝視してしまっていたようだ。黒崎は僕の視線に気付いて、僕の方を向いてから少しだけ笑った。

「………別に」
 僕の顔が赤くなっていませんように……。
 もし、赤くなっていても気付かれたくないから、僕は枕に顔を埋めた。

 僕は、いつから黒崎を見ていたんだろう……自分でそんな事もわかっていなかった。


 僕には生徒会の用も部活もなかったし、黒崎もバイトはなかった。珍しく放課後の都合が合ったから、僕のうちに来た。ご飯が七時半かららしいから、黒崎が七時に帰る……まで、あと十五分。

 木曜日だから、日曜日まであと三日。
 日曜日は遊びに来る日。土曜日から泊まりがけで来ることもあるけど、基本的に学生でわがまま言える立場じゃないから、泊まりは月に一度。泊まりに来るのは……今週、来て、くれるんだろうか。また急なバイト入っちゃったりしないかな。

 早く、土曜日が来ればいいのに……だ、なんて思ってても言えるわけないけど。

 今だって、さんざん……思い出してしまい、また顔が熱くなった。
 黒崎が、ベッドから降りて温くなたペットボトルのお茶を飲んでる。冷蔵庫に入れておけばよかったかもしれない。喉が上下して、流し込むように一気にお茶を喉に流し込んでいる。もう半分、黒崎の口に吸い込まれるようになくなった……だいぶ、汗かいたから、喉乾いたんだろうな。

「石田?」
「ん?」
「いや、何か言いたそうだったから」
 そんな、もの欲しげな目で、僕は今黒崎を見てしまっていたのだろうか……もう少し、ここにいて欲しいって。

「あ、悪い。そっか、もう半分飲んじまったけど。ほら」
 違う……。
 別に、君が飲んでるお茶が羨ましかったわけじゃない!

「………ありがとう」
 けど、黒崎がそう思ったなら、僕の喉が乾いたことにしておいた方が都合がいいだろう。実際、喉は乾いていた。コップにも移さずに僕は黒崎から貰ったペットボトルのお茶をそのまま飲んだ。冷えているわけじゃないけれど、口の中、喉、が、潤う。どうやら僕は思った以上に喉が渇いていたらしい。一口口に含んだだけで、足りないと感じてしまい、僕も黒崎と同様に、一気に飲み干してしまった。

「石田も、だいぶ喉渇いただろ?」
「ああ……そうだな」
「あんな声出してたもんな」
「………っ!!」
 あんなにって……そんなに、声を出してしまっている自覚は無かったけれど……気を付けないと。だって、黒崎が悪いんだ……あんなこと、するから。繊細さの欠片もなさそうな黒崎が、僕を傷つけないようにって、それが解るようにして扱うから……僕は、黒崎が触ったくらいじゃ傷ついたりしないのに。壊れたりしない。それでも、黒崎は僕を本当に優しく触る。

「黒崎………そろそろ七時」
「お、もうそんな時間か?」
「シャワー入らなくていいのか?」
「帰ったらすぐ風呂入るからいいや」

 ベッドから降りた黒崎が、床に脱ぎ捨ててあるシャツを拾い、袖を通す。服を着ると、黒崎は痩せて見えるのは、とても不思議だと思う。かなり筋肉がついていて、がっしりとした身体付きなのに、着痩せするってこういうことなんだと黒崎を見て実感した覚えがある。
 下着は、僕のうちに換えが何枚か置いてあるから、黒崎用の引き出しを開けて、青いのを取り出していた。

「悪い、Tシャツと下着…」
「いいよ。洗濯機に入れておいてくれれば一緒に洗うから」
「サンキュ」

 そうやって、不用意に微笑むのはやめてもらいたいと思う。
「………」

 疲れていて動けないから、僕は枕に顔を埋めた。ふりをする。

 僕は、黒崎が出て行ったらお風呂に入ってからご飯を作る……何にしよう。お米が買ってこないともう無いからパスタ……は、どうせ明太子で土曜日に食べるつもりだし、筑前煮……は、黒崎が好きだから、黒崎がいるときに作ろう。冷蔵庫にある食材で何ができるかな……野菜炒めでいいか。枕に顔を押し付けて、そんなことを考えてないと、黒崎を目で追いかけてしまう。

「じゃ、また明日学校でな」

 黒崎が、帰ろうとしていた。僕は布団から出た。カーテンは閉めてあるけれど……けど、今何も着ていないから、玄関まで見送りはできない。玄関を開くと狭いワンルームだ。中まで見えてしまうから、僕は玄関に近付かない方がいいんだけど……。


「……あ、黒崎」

 僕が呼び止めると、玄関に向かおうとしていた黒崎は、立ち止まってこっちを向いた。



「ん? 何?」


「……あ…、いや。別に」



 僕は……今何を言おうと思ったんだろう。

 呼び止めたって、黒崎が帰らないわけでもないし、どうせ明日また会えるんだ……。


「石田……」


 黒崎が、少しだけ、戻ってきた。近付いてきて、僕の顎に手をかけた。

 少し、僕の顎を持ち上げて角度をつけ、拳一個分ぐらいの距離で、一分近く見つめ合ってから……軽く唇を触れ合わせた。



「じゃ、また明日」


「………うん。また、明日」



 黒崎は、出て行った。




 僕は、最近とても不思議に思うことがある。





 本当に、何で僕なんかと付き合っているんだろう……。







 そもそも、なんであんなにカッコいいんだよ!
 僕は、うわあああああってなって枕を顔に押し付けたままベッドの上でゴロゴロとのた打ち回ってしまった! 本当に、カッコ良すぎじゃないのか黒崎とか本当に何なんだよ!
 だって、男である僕が、こんなに骨抜きになるぐらいにカッコいいとか、卑怯じゃないか?!

 だって、顔つきも鋭くてカッコいいし、身体も誰が見ても惚れ惚れするぐらいに均整がとれているし、会った頃は身長もそれほど変わらなかったはずなのに、差を付けられてしまって隣に並んでも少し僕は見上げなくてはいけなくなる。
最近バイトが忙しいせいか成績は少し落ちたけど、時間があって勉強を見てあげることができればいつもの順位に回復する。
 無愛想に見えるけど基本的に優しいし、頼れるし、気を使うことにも馴れてるし……。

 こんなカッコいい男は黒崎以外見たことがないよ! って、思ってしまう程度には、僕は黒崎に恋をしてしまっている! のが、現状。

 それで……僕と付き合っている、のが、やっぱり不思議だ。
 黒崎も真正の男好きなわけでもないんだから、僕なんかじゃなくても、他に可愛い女の子でも美人な女性でも黒崎だったら選び放題だって思うんだけど……実際、黒崎が誕生日やバレンタインなどのイベントでもらうプレゼントの量はなかなかすごい。僕ももらわない訳じゃないけど、できる限り受け取らないようにはしている。僕も男好きだと自覚した事は一度もないのに……黒崎は、本当……なんで、あんなにカッコいいんだろうか……謎だ。

 それに、エッチも上手いし……、とか、また顔が熱くなってきた。一人で僕は何百面相をやっているんだろう、一人だからいいものの恥ずかしい奴だな、僕は。

 本当、何で、僕なんかと付き合ってるんだろう。


 そんな事、どれほど考えたって解らないし、どんな本にも書いて無いし、他の人には絶対に訊けないし……。




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20130815