「上等だ!」
キスをした唇が離れて、少し湿り気のある暖かい吐息が俺の唇に触れた。石田の冷たい言葉ばっかり喋る唇でも、触れると柔らかくて暖かかった。 キスをした後に視線が絡むのは、いつも一瞬だ。石田は困ったような顔をして、それでも笑いながらすぐに視線を逸らす。 付き合って、んの、かな……俺達。 好きだって言ったわけじゃなくて、好きかどうかだって解んないまま……。 そばに居るのが当たり前だった。 結構辛辣なことばっか言うし、皮肉や嫌味は相変わらず饒舌な石田だけど、なんだかんだ言っても結構優しいところあるし、一緒にいてもあんまり気にならないし、嫌味とか言われると腹が立つことも多いけど、何気ない会話とか、面白いって思うことも多くて……。 時々石田が笑うのが、すげえ嬉しくて……。 最近は、石田といつも一緒にいる。 だいたい勉強教えてくれって俺が行くことが多いけど、石田も作ってみたい料理があるから味見してくれとかそんな理由で俺が石田んちに行ったりして、頻繁に一緒にいる。 そんな関係になった。 一ヶ月くらい前に、一緒にいて、喋ってて会話が途切れた時に、俺は石田にキスをした。 なんか、キスがしたいからしたっていうよりも、話しかけられたから相槌打つのと同じような感じで、会話が途切れて、石田が俺を見てて、俺も石田のこと見てて……そうしたら、キスをするのが正しいような気がしたんだ。 ふんわりとした唇は、予想以上に柔らかくて……。 まさか、自分でもそんな事にするなんて思わなかった。いや、こっちから仕掛けたんだけど。 なんか、気がついたらキスしてた。 なにやってんのか気付いて、当然殴られるかと思ったけど、予想に反して、石田は驚いたように目を開いて俺を見て、それから、困ったような顔をしながら苦笑いをした。 それで終わった。 そっから……。 会話と会話の間に、時々キスをする。石田と話すのも楽しいけど、もともと俺もあまり喋るのは得意な方じゃないし、石田も自分の事はあんまり話さないから。会話が続く事もそんなに多いことじゃない。 だから、俺達はもう何度もキスをしてる。 キスは、したんだけど……。キスしたら恋人だって法律は俺も聞いたことない。 俺は、好きな奴じゃなかったらキスなんてしないもんだって思ってたから、たぶん石田のことが好きなんだと思う。 でも石田がどう思ってるのかなんて聞いたことなくて……。 キスはするけど、俺達には変化は特にない。いつも通り。いつも通り、キスもする友達って位置に石田がいる。 今だって、いつも通り、石田んちに泊ったり、一緒に勉強したりとかしてるけど、付き合ってるとか、そんな感じは一切ない。 今キスしたのが何だったのかな。とか……思わないわけじゃない。てか、思う。 「何、黒崎?」 ガン見してた視線に気付いた石田が不思議そうな顔してたけど……。 やっぱり、好きなのかもしんない。っていうか、多分すげえ好きなんだと思う、石田が。ああ、チクショー。好きだって! 石田が好きだって! 悪かったな、好きだよ! 「……なんでもね」 「そう?」 どうすりゃ、いいかな。 今の距離だって嫌じゃない。てか、すげえ居心地がいい。 だから、変えたくない、俺たちの関係。 この関係を終わらせたくもない。友達、がいいのに好きなんだって自分の白黒付けがたい感情を伝えるのも憚られて、勢いでキスしたものの……何度もキスはしてるけど、その話題を一度も持ち出さずに、無かった事になってる……なんて。 お前は、俺の事、どう思ってんのかな、なんて気になって頭弾けそうになってんのに、俺は俺で情けないから、俺は今の石田との関係が気に入ってて何も言えないまま、今、またキスをした。 「黒崎?」 「……」 困ったように笑って、キス終わったばっかの近い距離で、俺はまだ石田の肩を捕まえてたことに気がついたけど、まだ離したくなかった。 このまま抱きしめたら、驚かれるんだろうか……だろうな。 今日だって、石田んちに泊まることになってる。 んで、飯食って、明日小テストあるっていうから、一緒に勉強して、気が付いたら結構いい時間で、石田が風呂上がって、俺も風呂入ってきて……なんとなくノート広げながら、石田が本読んでんのを横目で気にしてる。 特に、何かありそうな雰囲気じゃないけど……何もない雰囲気でもない。一触即発でぴりぴりしてるほどでもねえが、でも、何かあっても、いいかもしれない。 前にキスしたのも、こんな感じだった。 あの時は、うっかり。石田見てたら、意外に綺麗な造作してんのに見とれた。細い指先とか、手首とか握れそうに細くて、こんなんで戦ってんのかって思って……。石田って呼んだらこっち見たからキスした。 それで、なんでキスって行動に移るのか、自分自身が一番意味不明。 好きだって、それは確かだ。 だけど、恋人じゃなくていいんだ。友達としても石田の事を離したくない。 どっちか選べっても、選べない50%50%。好きになったら離れるってわけじゃないけど、石田を石田だって位置変えたくない。このままがいい。 なんか、俺とお前との関係がどっか変わるなら、それは嫌だ。 ふと、石田が顔をあげたから、俺と目があった。 時間が、止まった……ような、気がした。 好きなんだって。 だから……だから、またキスした。してた。 頭んなか真っ白になった。 キスしながら、背中抱きしめたら、思った以上に細くて驚いた。俺の背中に回された石田の腕が嬉しくて、つい力が入って、潰しちまわねえかって、不安になって…… 唇をくっつけるだけのキスじゃなくて、もっと深いキスをした。どっか変な部分のスイッチ入ったのか、石田の唇舐めたら薄く開いたから、俺の舌を捩じ込むと、俺の舌の動きに合わせるようにして絡めてきた。 好きだって、そう思って、でも石田との関係変えたくなくて、俺が自分だけに都合がいい事考えてるなんて解ってるけど、でも石田をなくすのが嫌だって思ってるのは本当だった。 お前のこと離したくない。 呼吸、辛かったのか、石田はくったりとして俺に体重を預けてきてる。こうやって石田の身体に触れたのは初めてだけど、見た目以上に細くて驚いている。こいつ、いつもこんなんで戦ってんのかよ。そりゃ、体格で強さが決まるわけじゃねえけど……。 「黒崎……ごめん」 「え?」 腕の中で、石田が俺の胸に顔を埋めてた。今どんな顔をしてるのか、俺には解んなかった。 今の、たぶん、俺からした。謝るの、こっちだろ? 「ごめん……君が、好きなんだ」 あ……。 先、越された。 ずっと、言いたいって思ってて、でも言いたくなくて、だから俺が言えなかった言葉、石田が言った。 石田も、俺のこと好きでいてくれたんだ……。キスして、嫌がらないから、石田だって誰とでもできるってはずじゃないって思ってたから…… 「君が友達で居たいって解っていたけど……」 友達がいいって、思ってる。お前との関係を変えたくない。このままがいい。そう、思ってる気持ちの方が強くて……怖くなった。 「それじゃ……それだけじゃ、我慢できない……ごめん、君が、好きなんだ」 「石田……」 「君が、好きなんだ……僕の気持ちなんて、君に言う必要ないって、思ってたけど」 「……」 石田が握ってたの、俺のシャツだったけど、それでも痛いって思った。ごめんって、謝るの、俺じゃねえのかな。 「僕も……僕だって、君を、友達としても無くしたくない。それでも、僕は……」 俺の気持ち、知られてた。 石田も、同じように思ってくれてるのは、嬉しいのに……好きだって、確認して何かが変わるのが怖かった。お前がいなくなっちまったりしそうで、そんな事したら俺達が変わっちまいそうで、怖くて……このままがいいんだって、そう、思った。 石田が好きだって、そう思ってる。すげえ好きなんだと思う。でも、友達じゃなくなったら、どうなるんだろうって…… 俺は、石田を抱きしめたまま離せなかった。 「俺……お前との関係、変えたくない」 でも、俺が言えた言葉、それが限界だった。 んで、恋人未満な友達。 結局、好きなもんは好きなんだし、時々キスしたり、そのまま三ヶ月経って、それ以上な事もしたけど……。 石田が好きだって気持ちは変わらずにある。変わらないっていうよりも、前よりも、もっと好きになってるような気がする。石田は石田で、俺の気持ちなんて知っているだなんて、俺にもわかってる。石田に言わせりゃ、顔にも態度にも出やすい方らしい。 「黒崎、どうせ今日も泊まっていくんだろ? 早くシャワーに入りなよ」 風呂から上がった石田は、俺にどういう目で見られてんのか知ってんのか知らないのか、パジャマのボタン一つしか止めずに、濡れた髪の毛そのまま出てきた。 「お前、あんまそういうカッコしてると襲うぞ?」 「へえ、上等だ。できるものならやってみろ」 だけど、想像してた喪失は、今のところ、起こりそうもない。もしかして、何も変わんないんじゃないのかって…… そもそも、変わるなんて、なんで思ったんだ、俺は? だって、石田は石田だ。 石田が俺の事を好きだって言ってくれて、でもそれが怖かったのに……友達としてのお前が居なくなるって、思って恐がってた自分がバカらしいくらい、石田は石田だった。 石田は相変わらず石田のまま。時々甘い雰囲気もあったりするけど、石田が友達だろうと、恋人だろうと、ライバルだろうと、結局なんだっていいのかもしんない。こうやって一緒に居て楽しいし、キスしたいって思うし、もっとエロい事もしてみたいし、虚相手に戦ってる石田がすげえなって、負けねえって思うことだってあるし…… 結局、何だっていいんだ。 石田は結局、石田のままだった。俺も俺のままで居りゃいいんだって。 俺達は俺達のままで、俺達の関係を言葉で左右される必要なんてどこにもねえんだ。 キスもするし、それ以上もした。それでも、何も変わらずにお前がお前であってくれたことに、なんだか、すごく贅沢をしてる気分がした。 友人でさらに、恋人だって、いいんじゃねえのか? 何で、どっちかじゃなきゃ駄目だって思ってたんだろう、俺。全部だっていいじゃねえか。 大事なのは、そんな難しいことじゃなかった。どれが大事なのかじゃねえよな、全部大事で全部持ってりゃいい。全部手放したくねえから、つまり俺にとって必要なことは、石田がここに居ること。 石田は石田だから、好きだなんて言葉はあれ以来言ってくれない。言われなくてもいいけど、知ってるし。 「黒崎?」 「ん?」 「何だよ、にやにやして、気持ちが悪いな」 「んー? いや」 「黒崎っ……わ」 ベッドに座ってテレビ見てた俺の目の前を通りすぎようとしたから、その石田の手を捕まえて引っ張ると、バランス崩し対しだがそのまま俺の腕の中に転がってきた。 「なんなんだ、君は突然!」 口では怒りながらも、石田はおとなしく俺の腕の中に収まったまま、俺のシャツを掴んで胸に顔を埋めてきた。あんまりそういう可愛いことすんなよ。 「黒崎?」 「俺、お前のこと、すげえ好き」 お前が好きだなってずっと思ってたけど、改めて、初めて俺はその言葉を言ってみた。 お前との関係、変えたくないって思ってた。友達である石田を手放したくないって。離さなきゃいいだけだし、恋人としての石田だって捕まえりゃいいんだって。 石田は今さらって怒るのか、それとも顔を赤くすんのか、「上等だ」って不敵に笑うのか。 了 20130723 4600 馬鹿一護の話。 石田の称号が友達だろうと、恋人だろうと…… 二年くらい前に書いた話だと思うけど、書いてた時は、まさか、敵になるとは思ってなかった。 |