ファーストフード
店内のほとんどの視線は、一点に集中している。普段はざわついていて、声を張り上げないと連れの声も消されるような雑音だが、それはあまり変化がないが、それでもいつもよりはトーンダウンしているだろう。静かなわけでもないが、学校帰りの高校生達が大勢たむろする駅前のファーストフード店の店内は、異質な二人組に、視線を集中砲火させている。 息を詰めてじろじろと凝視する方が不自然だと思い、ある程度平静を装いつつも、その二人組が気になる、と言った体で、時々不躾にはならない程度で視線を彼らに送る。 だが、当人達は気付いた気配もなく、さっきから様子を崩さない。 一人は、完全に脱色して染め上げたようなオレンジ色の髪色で、一睨みで相手を萎縮させるような見るからに不良と思われそうな高校生。 もう一人、声をかけにくそうな優等生を絵に描いた神経質そうな高校生は、時々メガネのブリッジを中指で押し上げている。その視線は手元の文庫本に注がれていた。 ただ、優等生の外見の少年も、鋭い目付きをしていて、軽く声をかけられるような雰囲気をしていない。 あからさまに不良然とした方は、ハンバーガーをくるんでいた紙がいくつも丸まっているテーブルに肘をついて、携帯を弄りながら時々目の前の相手の顔を見る。足を組んで座る彼は普通に目を上げただけなのかもしれないが、もともとの目付きが悪いのか、眼鏡をかけている相手を睨み付けているようにも見えた。普通ならば竦み上がりそうな視線だが、向けられた当人は意に介していないようだった。そもそも気づいて居ないのかもしれない。時折、飲みかけの珈琲に口をつけるが、それでも姿勢を正して座ったまま、視線は本から外されなかった。 オレンジの髪色の少年もあまり関わりたくないような外見だったが、眼鏡の少年もこの場にあまり似合って居なかった。育ちの良さそうな立ち居振舞いで、制服を来ていなければ弁護士や医者の息子ばかりが通う学費が高いことで知られる近くの私立校だと言われた方が納得できた。あそこの学生が、ここに来ることは、まずない。 一見すると、不良が大人しい優等生に絡んでいるようだが、それにしては眼鏡の少年は堂々としている。あの視線を浴びて、本を読む速度は変わらない。日本語で書かれている本ではないようだが。眼鏡の奥の視線は、一定の速度でページを捲り、変わらない速度で本の文字を追っているようだ。 一人でも近くにいれば存在感に圧倒されてしまいそうな二人が、一つの小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。 関係性がわからない。来たときから、ほとんど何も喋らないせいもあるが。こんなところに来て、喋るでもなく、ただ自分の時間を作っていた。会話でもすれば、少しは関係が見えてきそうだが。 間違っても、仲の良さそうな雰囲気ではない。 「なあ石田」 ようやく、オレンジの髪の少年が声をかけたが、眼鏡の少年はじろりと一睨みする。あからさまに機嫌が悪そうだ。視線を向けられるだけで凍ってしまいそうな低い温度の視線だった。 「何?」 「あと何分?」 石田、と呼ばれた方はちらりと腕時計を見て、再び視線を本に戻す。 「十五分」 「んー……」 オレンジの髪の少年は、まだ何かを言いたそうにしていたが、諦めたようにため息を吐くと、再び携帯を弄り始めた。 今の会話から見る力関係は、眼鏡の少年の方が上のようだが、それでもどのような関係なのかは想像もできない。 同じ制服を着ているから、同級なのだろうが、それにしても二人は異質だった。まず何より、このふたりの関係が解らない。ろくな会話もしない、ただ黙って片方は携帯を弄り、片方はただ本を読んでいるだけだ。 しばらくしてふと、眼鏡をかけている少年が顔を上げた。 「時間だ。タイムセールが始まる」 「おう」 眼鏡をかけている方が立ち上がり、荷物を肩にかける。黒崎と呼ばれた方は、テーブルの上のゴミを纏めてトレイに乗せる。 「今日の目標は、お一人様一つまでのトイレットペーパーと卵1パックと白菜と……」 「るせえな。さっきメモ寄越しただろうが。見りゃ解るって」 「見てる間にオバサン達に奪われてしまうぞ! オバサン達を舐めているのか? 君はあそこのスーパーのタイムセール初体験だろ? 君は初体験だから知らないだろうが、本当に尋常じゃないんだからな、安さが。他の食材のしらたきと人参は僕が買うから、君はとにかく目的の食材をコンプリートしてくれさえすればそれでいい」 「あー、はいはい」 「買えなかったら、今日のすき焼きは肉なしだからな」 「ちょ……そりゃねえだろ」 「肉なしにしたくなかったら、生活費を少しでも安くあげて、肉のお金を稼がなきゃ。僕だって久しぶりの牛肉なんだからな」 「だあ、もう、解ってるって!」 「行くぞ、黒崎! トイレットペーパーを忘れるな」 「ちょ、待てよ石田。ゴミ捨ててくるから、先に出てろ」 二人が出ていった店内は、しばらくの間、静寂につつまれた。 「腹いっぱいだ、すき焼き最高ーっ!」 「お金無いし、鶏肉ばかり使ってたけど、久しぶりに牛肉も美味しかったよね。それにしても君さ、さっきハンバーガー二つも食べたのに、よく食べるね。余ったら明日って思ってたのに、鍋空っぽだ」 「仕方ねえだろ? 旨かったんだし」 「まあ、美味しいって食べてくれるのは悪い気がしないけど」 「ん、美味かった。今度はおでんとかいいよなー」 「おでんか……それもいいけど、君はこんなにお腹いっぱいに食べて、よく食べ物のこと考えられるよな」 「じゃ、次おでんで」 「解った。じゃあ、洗うのは君だよ」 「へいへい」 「あ、あと、さっき思ったんだけど」 「何?」 「僕はもう、時間を潰すって理由でも、いくら君の奢りだからって、ファーストフードなんかに行かないからな」 「は? 何で?」 「君は気づいてなかったかもしれないけど、君がそんな見た目のせいであそこのみんなに見られてただろ! 一緒にいて僕がどれだけ恥ずかしかったか」 「なんだよ、そりゃ。視線は解ったけど、石田が場違いな雰囲気だったからじゃないか?」 「いや、きっと不良の君が僕に絡んでるようにでも見えたんじゃないか?」 「いやいや、そりゃねえよ。石田の見た目が金持ちの坊っちゃんそうだから、もしかしてお坊ちゃんと使用人とかに見えたんじゃないか?」 「なんだよ、それ。そんなわけ無いだろう? 君は僕の今月の残高を知らないのか?」 「見ためっつったろうが」 「もし、そうだとしても、こんな不器用な使用人、要らないよ。ボディガードにしたって僕の方が強いし」 「いや、俺のが強いだろ?」 「僕だろ?」 「俺だって。んじゃ、風呂上がったら試してみる? ベッドの中で」 了 20130417 初出:忘却 2700 |