きっと通じてない 後
僕は黒崎と約束をしてしまったんだ。 辛いことがあったら、僕のところに来ればいいって。 重いのが嫌だったら、僕だって強いから、寄りかかってくれるなら、半分ぐらい持ってあげられるって。 実際に、僕は強い。僕はずっとこのために生きてきた。自分が滅却師である事の矜持を持ち、その事に感傷を持つ必要もない。僕は、強いから、 だから、僕は、負けない。 黒崎が倒れそうなら、僕よりも強い君を助けてあげることだって、僕にはできると思っているんだ。 「黒崎?」 開けた扉から黒崎が玄関に入り……黒崎が中までついてくるのかと思った。そうしたら暖かいお茶でも入れてあげようと思った……霊体で、お茶を飲めるのか、そのあたりはわからなかったけれど、暖かいという雰囲気が伝われば、黒崎だって落ち着くだろうから。 そう、思っていたのに。 扉を閉めたら、その音がした時には、後ろから抱き締められていた。 「……黒崎?」 どうしたんだろう。黒崎が公園で虚を倒したあとのことはわからない。僕も安心したら、もう大丈夫だと思ったら、布団の中でウトウトしてしまったから、あれからの時間の感覚がない。すぐに来たのか、それともしばらく時間は流れたのか、僕にはわからないけれど……。 でも、何かあったんだろう、きっと。 「悪い。ちょっとこのままでいい?」 このままだなんて……寒いから、嫌だよ。靴下を履いていない足から、床の冷たさが登ってくる。身体があったら暖かいかもしれないけれど、霊体の死神じゃ、僕にぬくもりを与えてくれない。 それでも黒崎の腕の力強さだけは解る。 君だって早く帰ればいいのに。僕だって、早く布団に入りたい。 だって、今は君よりも布団の方が暖かい。 だって、また怒るつもりだろう? 僕は悪くないのに。 「仕方ないな」 「……あったけえや」 あったかいって黒崎が言った。霊体で、体温なんて感じることができるんだって、その時初めて知った。 後ろから黒崎が回した腕は、霊圧に慣れている僕にとっては実際の体よりも、直に皮膚に触れてきているような気がして……黒崎が僕の、皮膚の奥まで触れているような気がして……嫌なわけじゃないけれど……でも、何か、どこか実際の体じゃないのが、変な気がした。 黒崎は、死神で……。 「今まで布団にいたんだ。あんまり体温奪わないでくれよ。眠れなくなる」 「今……雨が降り始めたんだ」 「ああ。明日まで降るらしいよ」 「雨降ったら、お前のこと思い出した」 安直だけれど、僕の名前に雨という文字が入っているからだろうか。黒崎は直情型から、雨で僕の名前を思い出したのは、そんなに不思議なことじゃない。 「へえ……」 「俺、雨……嫌い」 「そっか」 僕が嫌いだって、そう言われているような、そんな気がしたのに。 でも、黒崎は僕を抱きしめる腕の力を弱めるつもりなんてないみたいだ。 僕が嫌なら、僕を離してくれればいいのに。 「雨って、すげえ冷たい」 「そうだね。この時期じゃ、雪になるかもしれない」 黒崎は、どうしたんだろう……。 「でも、あったかい……生きてんだな」 「黒崎?」 「お前、来ると思ってたけど、来なかったから」 「だって……君一人でも大丈夫だって思った」 実際、僕が行く必要もなかった。僕の判断は正しかったんだ。これは、君への信頼だ。僕は強いけど、それでも、君も負けない。 いつだって、僕が間違ったことなんて言わないだろう? 僕は正しいことしか言ってない。僕は正しいことをした。それなのに。 黒崎は、すごく怒ったんだ。僕の怪我を見て、泣きそうなくらいに怒ったんだ……僕が、じゃなくて……黒崎が。だって、痛かったのは僕なのに、黒崎の方がよっぽど痛そうな顔をしていた。 「ごめん、な……」 何がって、そう、僕は訊きたかった。 でも、聞きたくない。 謝るなよ。 何で謝るんだよ。 「俺さ。もっと強くなるわ……お前のこと、守れるくらい強くなる」 「……」 「お前が居てくんないと駄目だから、もっと強くなって、お前のこと、お前が怪我なんてしないくらい、強くなって守るから……」 「……… 黒崎、知っているか? それは君を守りたい僕にとって、最大の侮辱なんだ。 僕は、守られたいわけじゃない。 君に守られなくても、僕は強い。足でまといになんか、ならないって、そう、言いたいのに……。 「っ……!」 悔しくて……僕が怪我をしてしまったことで黒崎にそんな事を思わせてしまったことが、僕はとても悔しくて。 泣いてしまった涙の意味は、黒崎には、きっと通じてない。 「俺、石田が居ないと、弱いまんまだから」 了 20130209 タイトルは雨竜君へ向けて |