雪の降る日 







「何してんだ?」

「……」
「石田?」





 虚が出たのは深夜。
 当然石田のが早く着いてた。初動が断然早いんだ。俺が遅れを取るのは仕方ねえが、俺を待ってセーブしながら、いつもみたいに戦ってんだろうって思ったから、俺も急いでたけど、

 俺が走って向かってる最中に、霊圧が消えた。

 当然、消えたのは、虚のだったけど、

 でも石田のも……。


 終わったなら、いいんだ。石田はいつも自分で霊圧をコントロールしてるから、戦いの最中は最大限にまで高めてる霊圧を、戦いが終わったから霊圧を潜めただけならいいんだ。石田が意識して霊圧を消すと、俺の探知能力じゃ探せないくらいに消えるから。

 無事ならいいんだけど。

 虚の霊圧は消えたから、無事なんだろう。

 いつもは俺が来るまでセーブして戦ってるけど、危なかったら俺を待つ必要なんかねえから、石田だって強いから、虚を倒して無事だってならいいんだ。

 せっかくここまで霊体できてやったんだから、石田お得意の嫌味の一つくらい聞いてやろうかと思って来た公園には……誰も、居なかった。
 場所は人家の中にポツンってある小さな公園だった。多分、ここであってるはずだ。きっと、ここに居たはずだ。だって、ベンチが半壊してるから……きっと、ここで戦ったんだろう。


 今日はこの冬一番の冷え込みらしい。今晩は寒いから、石田、冷え性みたいで夏でも手が冷たいし、だから俺がこっち向かってんの知ってるくせに、俺になんにも言わないで帰ったのかなって、思った。それでも別にいいけと、愛想のねえ奴って……。

 思った。


 霊圧探すの苦手だってのもあるけど、あんまりにも静かだったから、誰もいないと思ったんだ。




 冴えきった冷たい空気に眩しいくらいの月の光が不自然に遮られなけりゃ。





 見上げると、石田は、遊具の上にいた。不安定な足場なのに、普通に登るんなら、結構大変そうなのに。普通の生身の人間の常識をこいつに適用したかったわけじゃねえが……なんて場所にいんだよ。探したじゃねえか。


「石田?」

 何やってんだよ……別に、探したわけでも心配したわけでもねえけど。

 石田の位置まで上がったけど、石田は俺を見なかった。俺がいるのに気付かないはずがねえから、こいつの意識のはじっこには俺が居るんだろうが、反応してくれるほどじゃないらしい。

「石田? 何やってんだ? 風邪ひく前に帰れよ」

 石田の視線は、俺に向けられずに、ただ、まっすぐに空に浮かんだ欠けてきている月を見てた。


「石田?」
「雪……」

 石田が、ぽつりと言った。
 石田は、月見てんのに。


「雪? 降ってねえぞ?」

 雲は多くなってきたけど、雪は降ってねえ。雪どころか、雨すら降ってない。


「雪……降ればいいなって、思ったんだよ」
「何でだよ。降ったら寒いじゃねえか」
「だって、白いから」
「……お前、白好きだもんな」


 んで、結局お前は何やってんだ? だって、寒くねえの?
 お前強いくせに、よく風邪ひくから、こんなとこで、そんな服で、風邪ひく前に帰れよ。って、俺の嫌味は通じたんだか、石田はようやく俺を見た。んでちょっと笑った。

 ただ、さ。

 いつもみたいに嘲笑てやつじゃなくて、自嘲ににてた。
 笑った顔が、ちょっと、痛そうだったんだ。




「僕が初めて、滅却したの、すごく寒い日だった」
「……へえ」

「いつも自分の霊圧を抑えてるけど、まだ昔はそれも上手く出来なくて、襲われて、初めて滅却した。殺されるって思って、滅茶苦茶に射った。グロテスクな虚が、ぐちゃぐちゃでさ。今でも覚えてる」

「……」

 どうしたんだ?


「さっきの虚、二体だったの、気付いてたか?」
「霊圧は一つだけだったけど」

「僕も、そう思ったよ。だから油断した」


「石田?」

「殺されるかと、思ってさ。本当なら、滅却をせずに、君を待って……そう、思っていたんだけれど。不意を突かれたんだ。同じ霊圧で……分裂するタイプの虚だったのか、二体が一つの虚だったのか、それは解らなかったけど」
「……悪い」


「君が遅かったことを攻めてるわけじゃない。滅却しないでいいならその方がいいけれど、今回はただ僕が油断したのがいけないんだ」



 悪かった。
 俺が遅くて悪かった。
 やられると思って、死ぬかって思って、初めて滅却した虚を思い出すような攻撃して、昔思い出して、今放心してるとこかって……思ったんだ。

 石田が、ずっと真っ直ぐ月を見てたから。
 だから無駄な感傷に浸ってねえで、とっとと帰れって。寒くなったんだ。雨が降ったら雪になるかもしんねえくらい寒いんだ。


 石田が、変だったから、俺は気づけなかった……俺は、石田が、怪我してたのに……すぐに気付いてやれなかった。石田が自分の体を抱きしめてるんだと思った。それは寒いからかと思った。

 腕から血が……





「てめっ……なんだよこれ、石田っ先に言えよ!」
 月明かりでも解るくらい……赤を認識できた。着ていた白い服に滲む赤。


「こんなの、大した事じゃない」

「怪我してんだろうが!」



「初めて滅却したの、今日みたいに寒い日でさ。雪が降って全部世界を真っ白にしてくれないかなって、そう願ったけど、結局、月が綺麗なだけだった。でもその頃、まだ祖父が生きてたんだ。祖父は、真っ白な服で、僕を抱き締めてくれた……」


「……石田」


「僕は、それで真っ白に包まれたんだ」

「……」





「僕だって、たまには感傷的になったり、好きな人に甘えてみたかったりすることもあるんだよ」


 そう言って、ようやく石田は俺を見た。俺を見て、ちょっと照れたように笑った。


 そりゃさ、冬休みで、なんの約束もなくて、しなくて、クラスも違うから、結局合わないまま、もう休みに入って、俺もバイトだし、石田は国立狙ってるから勉強で忙しいんだろうし。





 俺は石田が好きだって言ったのは、そんな前のことじゃない。多分寒くなってきた頃。
 学校にいて、放課後の教室に荷物取りに来た石田と、教室で会ったから言った。
 どうしても言わなきゃいけないって思って、勇んで告白したわけじゃなくて、なんとなく、二人でいた時に言いたくなったから言ってみた。
 言わないなら言わないでもいいやって思ってたし、言うつもりもなかったけど、言っちまった。

 そん時、石田は驚いたような顔をしたけど、表情はいつも通りだった……少し、笑ってたかもしれない。

 奇遇だね。僕も君のことが好きだって知ってた?

 石田は、そう言ったの覚えてる。

 すげえ、嬉しくてどうにかなっちまいそうなくらい嬉しくて、石田の許可を取らずに抱きしめてキスしてえって、そう、思ったんだ。




 そう、思ったんだけど、すぐに部活の奴らが俺を探しに来たから、俺達の会話はそれ以上続かなかった。俺がそいつらと話してるスキに、石田は居なくなってた。

 だから、俺は石田を好きだって言って、石田も好きだって言ってくれた。俺達はそんだけだった……。それ以上はなかった。


 両想い、なのは解ったけど……それだけだったから。そっから特に何もなかったから。







「お前、解りにくい」

「それは、君の努力不足だろ」

 その前にお前も伝える努力怠ってるんじゃねえのか?

「ちゃんと手当てさせてくれるか?」

 自分の怪我逆手にとって甘えてくんじゃねえよ。

「それはどうしようか。君、包帯巻くの下手だからなあ」



「……」




「解った。我慢してあげる」

 ったく。何で上から目線なんだよ。



「俺は白くねえし、黒いけどいい?」

「黒崎、知ってるか? 僕は白が好きだけど、黒も嫌いじゃないんだ」




 俺は、抱きしめても良いって、許可を貰ったから、初めて石田の身体を、抱きしめた。










20121229