【迷走台風】11







「だから、帰れよな!」
「帰らねえっつってんだろ!」
 とにかく、今帰した所で、窓から出て行ってもらわな限り、阿散井が家に居ることはバレてしまうから仕方ない。三人が入って来れば阿散井も狭い事に気付いて帰るだろうし。
 仕方がない……。

「ごめん、狭いけど上がって」
 阿散井に向けた嫌味を阿散井に聞こえるように大きな声で言いながら玄関を開けると、お菓子やジュースの手土産持参の三人が入ってきた。
 当然、まず目につくのは、ベッドの上の真っ赤な巨体。

「うっわ、恋次なんで居んだよ」
「るせえ!」
 ……やっぱり、黒崎との相性は良すぎて、同じ反応になるから、浅野君が恐がるから、やっぱり帰って欲しいんだけど。

 すごい、睨んでる。
 いや、睨んでるのは黒崎だけなんだけど、とにかく浅野君が萎縮しちゃってるじゃないか!

 だから、僕も阿散井を睨む。


「好きな所座って。お茶入れるから」
 お茶を持って来ると、奥に小島君で、本棚側に浅野君で、ベッド側に居る黒崎がベッドの上の阿散井となんだか喧嘩してるし……。
 黒崎がせっかく家に居るのに……そんな事で喜んでる場合じゃなさそうだ。
 阿散井のおかげで、きっと緊張すら出来やしない。有り難い1、迷惑9、そんな割合。

「阿散井、中間試験、明明後日からなんだよ。邪魔するなら帰ってくれないか?」
「解ったよ」
 って、言ったから帰るのかと思ったら、ベッドに再び座り直して、僕の読みかけの本をめくり始めた。
 しおりはさんであるから、触らないで欲しいんだけど……。

 でも、まあ、大人しくしてるなら、阿散井がいなくてもどうせ4人もいれば満員なんだし、ベッドの上だったら……もう、そんなに暑い季節じゃないし。

「で、早速石田大明神っ! 科学だ!」
「いいよ」
「僕も漢文、解らない所あるんだ」
「お、漢文なら俺得意だぜ」
「えー、一護よか石田君の方が教え方上手だからな」
「てめ、水色! 教えねえぞ!」

 等との会話をしながら、阿散井は暇じゃないのかな? やる事無いんじゃないかな?
 ちらりと阿散井を見ると、しかめっ面で、じっと黒崎の頭睨んでた。それに気付かない黒崎は凄いと思った。僕なら気付かなくても、後頭部に穴が空いてる。黒崎の前に座った浅野君は、黒崎の後頭部を睨んでる阿散井の正面になってしまっていて、さっきから下しか見てない。
 邪魔するなって意味を込めた視線を阿散井に投げると、阿散井は本当に不本意そうに、本を読み始めた……栞は抜かれた。あとで怒る。





 勉強を始めてから一時間くらいした頃。
「悪い、水色、俺も数学今回あんまわかんねえや」
 今回は何故か数学の時間ばかりに虚の出現が重なって、数学が黒崎は危なそうだった。

「どこ?」
「関数んとこ」
 黒崎が教科書を向けたから、僕はその問題を覗き込む。黒崎も覗き込むから………顔がちょっと……近い。
 別に、こんなことぐらい、大したことじゃないんだろう。黒崎にしたら何でもないことなんだ。僕だけが、浮かれている。
 心拍数上がりそうなの、気付かれないようにしないと……って思った時。


「っでぇ!」
 阿散井の足が黒崎の頭にヒットした。

「ってめ、何すんだ!」
「悪ィ、わざとじゃねえ。足滑った」
 いや、きっと絶対わざとだ。わざと以外でどうやって黒崎の頭めがけて足を滑らせるんだよ!

「恋次、てめえ。次やったら表出ろ」
「おう、受けて立つぜ? なんなら今もう一発入れてやろうか?」
「てめ、何なんだよ! 今すぐ外出ろ!」
 立ち上がった黒崎も……勉強しに来たんじゃないのか? 

「阿散井、邪魔がしたいなら帰れ。黒崎も勉強するのか喧嘩するのか今すぐ選べ」
「………」
「………」

 数秒だけ、阿散井と黒崎は睨み合って、すぐに目を逸らした。
「……ったく」
 憮然とした顔で言いながら座るから、喧嘩するつもりはないようだから、よかった。

 でも……落ち着けるためか、伸ばした麦茶のグラスは、僕のっ! 麦茶で……。



「……あ、の黒崎、それ」
「ん? あ、石田のか」
 真ん中に同じグラスが四つ並んでたから、ほとんど誰のかは解らないけど、でも、僕の……だった。
 黒崎は、大して気に止めた風もなく、僕の麦茶を半分くらい飲んでからグラスを置いて、自分のグラスを飲み直してた。



 いや、気にする事でもないから! 気になんてしてないから、落ち着け、僕!
 浅野君と一つのパックジュース回し飲みしてたりするし、茶渡君とパン半分づつ食べたりしてるから、いつも、黒崎はっ!

 だから、このグラスに僕が口を付けたって、それが例え一般的に間接キスだと呼ばれるようなモノでも、誰も気にしたりとかしないから!

 だから……。


 と、思ったグラスは、高く持ち上げられた。


「あ……」
 阿散井が苦々しげにグラスを睨むと、それを、見てる間に、全部飲み干した…………。


 そう言えば、ここに気にする奴が、居た。


「俺も喉乾いた」

 空になったグラスを誇らしげに掲げられたって……。




「……冷蔵庫に麦茶まだあるよ」
「おう」

 台所で、コップを丁寧に洗ってる音も聞こえた……………。



 勉強以外も邪魔をするなって言えば良かったのだろうか。









20121016