【迷走台風】08







 詳細はあまり覚えていない。できれば思い出したくないけれど覚えていないのに何で脳内で自動再生されるのか、本当に困る。

 あの時……途中から頭の中が真っ白になって、僕は必死で阿散井の背中にしがみついてた。
 ただ阿散井は僕が何を言っても聞き入れてくれず、どんなに嫌だと言っても全然止まらず……抜かずの二発の初体験した事は覚えている。


 ………本気で死ぬかと思った。
 具体的には、この歳で薬屋に痔の薬を父のだと偽って買いに行く羽目になるのかと、泣きたい気分になった。

 二回目で意識を飛ばしたから、それからの事は解らないけれど……起きたら、身体は拭いてくれたみたいでベタベタしてなかった。
 本当に驚く程まったく動けなくて……腰が痛くて、中にまだ阿散井が入ってるような変な感じがして、本当に辛くて……。




 土下座、させた。




 事を、思い出した。



「石田……?」
「あ、いや……何でもない」



 何を、意識してるんだ僕は……何でこんな時に変なことを思い出してしまうんだろうか。
 せっかく阿散井が忘れた話なのに、せっかく忘れてくれるって条件で僕が身体を張ったというのに……僕が覚えてたら意味ないだろ!

 そもそも何で阿散井はそこを固くしているんだ!
 僕は、今何もしてないよねっ!?

 何でもないって……言ったけど、僕の視線に気づいたらしい阿散井は……少しだけ照れたように笑った。何故だ。

「今、さ。お前がバナナ食ってんの見て、くわえてるの想像しちまった」

 …………想像したって……。

「……はあ?」

 何を、だよっ!
 そんなの、口に入れないよ、普通!
 そんなのくわえられるの君ぐらいだろっ! 何で僕のなんかを口に入れられるんだ。その上出したの舐めただろ!


「もしかして、お前も思い出した?」
「…………っ!」

 そうだよっ! 忘れるはず無いだろ!
 先週の事だバカ!

 さすがにあの初体験は、墓に入るまでトラウマになると思うぐらい強烈なインパクトがあった。忘れられるはずがないだろう?

 ………出来ることなら忘れたいのに、シャワー浴びて、阿散井が僕の身体につけた鬱血の痕とか見る度に、感触を伴って甦ってくるんだ。


 でも……阿散井が僕を忘れたなら………そう言う約束だったんだ……だから。


「一回だけヤれたら俺お前の事を忘れてやるって言ったけど……」

 ………僕をもう忘れたなら、僕も根に持たない。
 水に流す。

 まだあの時の感覚は皮膚の下に潜り込んでしまって、洗っても落ちなかったけれど……でも僕も、すぐに忘れる。忘れるようにする。



「あれ、やっぱ取り消すから」

「……はい?」



 いや、なんか今、変な言葉を聞いた気がする。



「あん時のお前見て、余計に火ィついた」

 火って……! 何で!?




「ちょ……約束が違うだろっ!?」

 だって、一回だけって、そう言う約束だったよな?
 それで、もう僕を好きだなんて言わないって、お互いその事を忘れるって、そう言う契約だから、僕はほだされて了承してしまったワケで……。

 一回だけだって思ったから、あんなに痛い思いをして!



 やっぱりナシって、それは無いだろっ!



 いや、痛いだけじゃなかったけど……。
 確かに、ちょっとは、ほんのちょっっっとだけなら、気持ち良かったけど……。
 覚えてるのはほとんどが苦しかったことだけど、でも阿散井が僕を抱き締める腕の強さとか、肌に触れる手のひらの感触とか、中にあった阿散井の質量とか……ほんの少しだけ、気持ち良かったけど。


「てめえだって盛大にイってから気ィ失ったくせに」
「そ……う、だっけ?」

 突き上げて来る熱い塊が中で弾けた時の感覚を覚えてる。僕も一緒に弾けて飛んだ。一緒に意識まで飛んで行ってしまった。


「初めてで後ろだけでイケる奴なんか、そうそう居ねえよ」
「……そんなの知りたくない」

 悪いけど、そんなの全然知りたくないっ! そんなマニアックな一般論、どこにも使い道ないよ!
 マイノリティは一般的には誉められないって!


「悪いけど、やっぱお前が俺のモノになるまで諦めねえから」

 阿散井は、僕のタオルを握っていた手首を掴んだ。
 阿散井の、その手をじっと見つめる。
 大きな、手。……僕の手首が軽く一周してしまうような、大きな手をしている。









20120930