【加圧型ラバーズ】02







「一護、シャツのボタン取れかけてるぞ?」

 休み時間、一護と話してたら、一護のシャツの三つ目のボタンがプラプラしてたのを見つけた。

「あ、本当だ」
「無くす前にとっちまえよ」

 俺は姉に頼んだら、女は生まれながらに裁縫が出来る能力があるだなんて思っているのはどうやらDTのはなはだしい勘違いだと散々罵られた上に、ホチキスを渡された過去がある。姉に頼んだのがそもそも間違いなんだけど。
 俺も針と糸なんか持てないし、持ったところで使い方なんてわからない。一護だってどうせ同じようなもんだろう。


「いや、いい」
「は?」

 その状態じゃいつ取れちゃうか解んないぜ?
 無くしたら、ボタン買って付けるのとか面倒じゃねえの? ボタンなくしたら、もうそのシャツ使えないぞ?


「石田!」

 とか思ってたり一護は石田を呼んだ……のは、何故?
 ボタンと石田、何の繋がりがあんだよ? それとももう、一護はボタンから興味を無くして、石田に何か用があったとかそういうことか?


 その時石田は、窓際で窓の外の雨足を気にしながら文庫本片手に窓の外見てた。何読んでんのか解らないけど、いつも通りだ。


 仲良くなって、話しかけても嫌な顔しないでくれるようになったけど、石田の笑顔だって、最近じゃよく見るようになって来たけど、友達だって言えるけど! 言っても良いよな? って今度確認しようかと思ったりするけど。


 未だに石田がなんか怖い時がある。

 いや、いい奴だけど、話しかけたらだいたい普通に返してくれるけど、でも怖い時……というか、近付き難いオーラ出してる時……今とか。

 怖いてか、なんか石田の周りの空気だけちょっと違ってて、うっかり踏み込んじゃ駄目みたいな、そんな気がすんだ。近寄ったら凍りそうな感じ。



 けど!

 一護は、それを気にもせずに、石田に大声で呼び掛ける。見えてねえのでしょうか、石田君の周りの凍りそうな空気。

 やっぱ、一護は時々大物だって思う。まあ、だから石田を昼飯なんかに誘えたんだろうけど。




 一護のでかい声に、教室に居たみんなが振り返る。んで呼んだのが一語で、相手がさらに石田だったことに、皆が凍る。

 一護と石田と教室でも時々喋ってるの見るから、みんなも薄々一護と石田が友達……かもしれないって気付いてきてるけど。



 だって、あの黒崎一護と石田雨竜だぜ?

 一護は一護で喧嘩番長だし、石田は見るからに委員長って感じで、クラスメートていう接点すら意外だってくらいの意外な組み合わせで、スイカと天ぷら並に取り合わせ悪いって思うのに。




「怒鳴らなくても聞こえる。どうしたんだ?」
「シャツのボタン取れそうなんだけど」
「……解った」

 解った? とは?
 一護が現状報告しただけだよな?


「脱いだ方がいいよな」
「いや、そのままで構わないよ」

 え?
 まさか石田がボタン付けすんの? その流れ? ってどんなんっ!?

 石田は自分の机からペンケースみたいのを自分の机の中から持ってきて……開くと、高校生男子には縁の無い、針やら色とりどりの糸やら……。


「え? 石田、ボタン付けできんの?」
「僕、手芸部だって言ったことなかったけ?」

 …………あ。
 いや、うん。直接聞いた事はねえや。

 いや、器用そうだって思うけど、プロだった。忘れてた。
 まだ石田と話したことも無かったころに、井上さんとお近づきになりたいって思って、井上さんの部活を聞いた時に、部長は石田だって聞いて、そのまま忘れてた。そっか。石田ってこの石田か……って、マジでか。
 あまりに似合わないから……いや、似合うのか? 確かにサッカー部とか野球部とかより、手芸部て感じだけど、ラグビー部とか言われたって、かなり無理があるけど。
 なんとなく石田って生活感とか現実味とか、見た目だけなら薄くて。

 気を悪くした感じでもなく、目にも止まらぬ早技で針に白い糸を通すと、一護のシャツのボタンに手をかけた。


「ああっ、動くなよ、黒崎! 刺すぞ!」
「悪い。謝るから刺すな!」

 とか……軽口たたいてるけど……。





 なんだ、この構図はっ!

 一護のシャツのボタン付けしてるだけだって! ってわかってんのに!


 椅子に座った一護の胸元に、高さが会わないのか石田は床に膝をついて顔を近付けて……。


 何だ……この空気。


 色で言ったら、ピンク。

 俺、凍りそうなのに。なんかピンク色の空気……して、ねえですか?





 一護は自分のボタンの様子が気になるのか、胸元覗き込んでるような気がするけど、石田の顔見てるような視線なのは気のせいか?



 てか、何で石田の肩に手を置いてたりすんだ、一護は?
 それにツッコまない石田も何だ?


 俺は、固まった。
 クラスの皆様も固唾を飲んで見守ってる。



「終わったよ」
「おう、サンキュ。すげ、綺麗についてる」

 一護は稀に見る、全開の笑顔……お前、そんな顔できたのかよっ! 俺は初めて見るぞ!
 いつもそんな顔してりゃ、顔もちょっと怖いだけで悪くないし、頭もいいし、運動神経が抜群の一護がモテないはずないってのに、いつも不機嫌そうな顔ばっかして眉間のシワがデフォルトなせいで女子から敬遠されてるのに気付いてないのか? 勿体無い。忠告してやった方がいいのかもしれないけど、俺に回ってくる女子の数が減るのは大問題かもしれない。

 にしても、石田は本当に一瞬で、一護のボタンを綺麗につけた。
 プロだ。俺も褒めようかと思ったけど……。

「別に……こんなことぐらい、大したことじゃない」

 それに対して石田は、つまらなそうに眼鏡のブリッジ中指で押し上げてた。



 いや、まあ、こういう奴だけど、石田って。時々冷たいってか……。

 日本人の基本的なやり取りなら「いえいえ、どう致しまして」じゃねえの?
 だから、石田がこうやって周りから怖がられたりするんだと思う。

 石田だって、顔も整ってるし、頭は秀才の部類に余裕で入るんだから、もっと愛想よくすりゃ……いや、俺の女子が減るのは、やっぱり問題だ。
 でも、やっぱり勿体無いよな。俺にはけっこう普通に話すし、普通に笑うのに……。




 立ち上がって、裁縫セット片付けてた石田は、なんだかいつも以上に冷たい空気出してた。俺も石田って器用だって誉めたかったけど、なんか言いにくくなった。
 とりつくしま無いっていうか……。








「そんなに照れるなよ」

「……照れてないっ!」


 怒鳴った……。
 石田が、怒鳴った……。

 って……一瞬、俺は真剣に心臓が止まるかと思った。

 友達特権で笑った所なら見たことあるけど、勿論そんなに大口開けて大笑いするような石田をまだ見た事はないけど、それなりに笑顔も増えてきた……けど。
 こんな風に感情荒くするのって、石田らしくない。石田が怒鳴ったのは、本当に初めて見た。


 けど。


 ………あ、そっか。
 これ、照れ隠しなのか。
 一護の言う通り、照れ隠しだったりしたら、なんか納得できるというか……してもいいのか?



 だけど解ってる一護もアレだよな。石田が怒鳴ったりしたらまずビビッて裏の意味まで全然考えらんねえよ。
 少しぐらい照れた顔してくれりゃまだしも、澄ました顔で眼鏡押し上げたりしたら、やっぱり冷たい奴って思っちまうじゃねえか。


 やっぱり、石田と一護って仲良いいよな。一護って他人の感情の機微なんか気にしなさそうなのに。俺が泣いてても足蹴にするような奴なのにっ!



 ふと……教室見たら、クラス中の視線が一護と石田に集中してた。




「照れてんだろ? 素直に言えよ」
「照れてないからそう言ってるだけだ!」
「誉められて嬉しかったんだろ?」
「だから! 照れてない! だいたいな、黒崎。君は人の話を聞かない」
「そりゃてめえもだろ! いつも勝手に自己完結しやがって。たまには俺の話聞けよ」
「理論性と具体性のない感情論押し付けられても理解できないからな」
「だから、てめえは少し感情表に出せよ。理屈で怒られたってぴんと来ねえよ」
「他人に迷惑かけてないだろ」
「俺に迷惑かかってんだって! それともアレか、石田には俺は『他人』てカテゴリには入らないのか?」
「な……っ! 君は他人だ!」
「……うわぁ、それ素で傷つくんだけど」
「勝手に傷ついていればいいだろ!?」



 でかい声でがなり合う石田は、かなり……レアだった。
 そんで……迫力があった。怖いって、マジで。


 そんでやっぱ、一護が怒鳴るとマブダチの俺だってけっこう怖いって思うのに、それとタメ張れて怒鳴り合う石田。


 緊迫感すげえ……けど。




 …………どんな喧嘩だよ。













20120411