【 声 】 







 珍しく昼休み、石田と二人きりだった。
 朝は雨が降ってて、濡れてるかと思ったらもう屋上のコンクリートは乾いていた。
 いつもは昼飯時に賑わう屋上も、今朝の天気で濡れたコンクリートを、わざわざ確認に来なかった連中ばっかみたいで、今日は本当に誰も居ない。


 俺と、石田だけ。


 いや、さっきまで居たんだけど。三年の田中だか佐藤だか鈴木っていう美女が誰かと付き合い始めたみたいで、泣き喚いてうるさかったケイゴは居たけど。煩いって言うと泣きながら弁当掻き込んで喉に詰まらせながら走り去って行った。
 これで放課後になりゃ機嫌直ってんだから、ずげえって、こっそり思ってる。言うわけないし、尊敬してるって言っても、普通の意味じゃなくて、呆れたのが通り過ぎた感じだ。

 でも、まあ、好きな奴に恋人ができたって話聞いたら、俺だったら飯も食えない気がする。だから、ケイゴのモチベーションは、実際すげえとは思う。


 水色は学校には風邪だと連絡あったようだけど、ナオミさん(たぶん)と旅行に行くって一昨日くらいに聞いてたから、きっと今日から二、三日居ないんだろう。

 チャドも今日はバンドの新譜練習したいとかで、音楽室借りるって言ってたし。



 だから、今、なんか、石田と二人でメシ食ってる。


 食ってるってか……俺はとっくに食い終わってるけど、石田がようやく半分……。誰がコイツに三十回噛んでからじゃないと飲み込むなと教えたんだ? いや、回数なんか数えてないけど、そんくらい噛んでるような 気がする。口に入れる量も、俺の三分の一くらいだし。



「なあ」
「………ん?」
「少し寝るから、食べ終わった頃起こして」
「………いいよ」


 食事中の石田と会話すんのは時間がかかる。始めは無視すんじゃねえって思って、そう言おうと思ったら、ようやく返事が帰ってきた。
 石田が飲み込んでからじゃないと口を開かないからだけど。それが解るまで、数秒かかった。


 石田が食ってるそばに横になる。コンクリートがゴツゴツしてて身体は痛かったけど、今日は風が気持ち良かった。

 夏が近くて、暑い日も出てきたけど、今日なんかは風が吹いててちょうどいい……昼寝に。
 授業もほとんど頭に入らないくらいに、今日は眠かった。こんな日だ。仕方ねえ。


 俺が眠いのは、石田だって解ってるはずだ。だからだろうか、何も言わなかった。




 今日は夜中に虚出現で出動。
 帰ったら深夜二時を過ぎていた。
 ぶった斬った虚の体液を頭から浴びて、それが霊体だろうと気持ち悪くて、シャワー浴びてから寝た。



 少し、気持ち悪くて、寝付けなかった。身体中にこびりついてるような気がした。



 あの、虚の断末魔の叫び……やけに耳にまとわりついて……



 叫んでた。最期の、叫び声。


 そんなの、いつもなんだけど。

 それでも昨日はやけに耳に痛かった。まだ思い出せるくらい……だから、寝付けなかった。気持ち悪くて、眠りに落ちる瞬間、あの叫び声が耳元で大音量で繰り返される。
 気持ち悪かった。

 だから、眠い。すげ、眠い。



「昨日遅かったしね。いいよ、ギリギリまで寝てて。起こしてあげる」


 石田がそう言うから、俺は安心して寝られる。

 理 解されてるって、本当に安心する。こんな事やってんの解って貰いたいから死神やってるわけじゃないけど、誰かに褒められたい訳じゃないから誰も知らなくても俺は死神やってるだろうけど、でもこうやって理解してくれる奴が近くに居るって、安心する。

 安心して、嬉しい。
 こうやって信頼関係生まれてくんだろう。そうだと、いいけど。



 ぼんやりと風を受けながら、陽を浴びる。


 気持ちいい。


 こんな、時間が続けばいいのに。授業なんか始まんなくていいや。



 隣にお前が居てさ、暖かい中で風が吹いてて。

 気持ちも全部お前に流れていけばいいのに。
 俺の全部、お前に届けば良いのに。




 夜中、なかなか寝付けなかったし、今朝も目覚めが悪かったから、神経が過敏になってんだ、きっと。だから少しだけ感傷的な気分になったりするんだ。

 明け方に寝つけたのに、いつもよか一時間も早く目が覚めた。


 あの、虚の断末魔が、耳元で聞こえた気がして目が覚めた。あの虚が部屋に居て叫んだくらいリアルな音だった。
 俺は汗だくになって目が覚めた。

 そんな繊細な神経持ってないつもりだったけど……それでも嫌なもんは嫌だ。




 だから、お前の近くで眠らせて。
 お前のそば、安心する。俺の事理解しててくれるから、お前のそばがいい。



 投げ出した手を……わざとらしくないように、石田の近くに投げ出した手を、上に向けると、いつの間にか食べ終わったらしい石田が、上からそっと重ねてくれた。


 暖かい、わけじゃない。
 基本的に、石田の手の温度はあまり高くない。俺よか、若干低い体温……それでも、伝わる。



 石田が、俺の手に、そっと手を重ねてくれた。その事実が、伝わる。




 そのまま……微睡んだ意識の中に………。








 昨日の虚の叫びが重なる……




 嫌な、声だった。




 鼓膜を破くような凶振動は、胸を抉るようにして、意識は寝てるのに、あの声が脳裏に響く。

 眠いのに、あの声がこびりついて離れない。
 今は寝ている自覚はある。まどろみの中に居る。
 それでも、あの、叫び声が……










 風の音?



 ふわりと、一瞬俺の意識の中に風の音が舞い落ちた。



 風の音に乗って………。





 柔らかい旋律が耳に届いたんだ。


 知ってる、このメロディ。



 知ってる。



 この前、石田と一緒に行った本屋で流れてた、ただの流行歌。本屋じゃなくても、最近そこらじゅうで流れてる、なんかのドラマの主題歌。歌手は名前覚えてない。
 この前、石田と本屋に行った。俺は欲しかったベストセラー見つけたから、石田に声をかけようとしたら……石田は、目を閉じていた。

『………この曲』
 目瞑ってるくせに、俺が隣に居る事ぐらいお見通しの石田は、俺が隣まで近づくと、ふと何か言った。

『あ?』
『この曲……好きだな』

 目を閉じたまま。少しだけ、石田は笑顔を作った。珍しいなって思った。

 石田は、あんまり音楽とか聞かねえし。石田ん家も、小さなテレビはあるけど、着いてる事すら滅多にない。
 珍しいなって、普通に思った。

『へー。お前こんなベタベタの恋愛の歌なんか好きなんだ?』
『歌詞は良くわからないけど、旋律、綺麗だね』

 俺がいつも聞いてる音楽とは違うけど、でも音だけならメロディラインだけは、確かに綺麗だって、俺も思える。

『レンタル出てんじゃねえ?』
『借りても、再生できないから、いいよ』

 そういや、石田の家に、オーディオ系なかった。

 だから、次の日俺が借りて、だいぶ昔に使ってたCDプレイヤーと一緒に焼いたCD渡した。


 その、歌だ。




 その、メロディが流れてる。


 綺麗な旋律が、包む。

 伸びやかな高音域が、流れるように繰り返される。

 透明度の高い声は、俺の鼓膜にへばりついていた、あの虚の叫びすら中和して、消してしまう。




 石田の声。



 初めて聞いた、石田が歌ってんの。

 選択授業も、当然こいつ音楽なんか取ってねえし。カラオケとか俺もあんまり行かねえし、石田は想像もつかない。



 こいつ、こんなに、綺麗に歌えるんだ。


 俺が貸したの、ちゃんと聞いてくれてたんだ……。



 歌詞は、何度離れても必ず僕は君を見つける、とか、ありきたりの、どこにでもありそうな聞いた事のあるような詩だったけど。



 うっすらと、目を開ける。


 眩しい。




 陽の光と……石田が、目を閉じて、歌ってた。空が、青かった。



 その横顔も綺麗で、泣きたくなった。

 歌声を消したくないから、俺は寝たふりを続けた。


 もう、あの虚の叫び声は思い出さないって、俺は知っていた。























20120303

多分、恋人未満のお互いの気持ち解ってるけど確認してないあたり。書いた時期は初夏らしい。
杉山ボイスにトチ狂って腐敗紳士だのパブってるのとか英国キャラソン聞きまくって杉山声中毒になってた時に書いた話。
雨竜君の声良いよね! アニメ見てないけど!