【素晴らしき日常】
僕はいつの間にこの空間に溶けたのだろう……。 さっき……ほんの三十分ぐらい前、四限目の終わりに黒崎が虚を倒しに出ていって、まだ戻ってきてない。 だから、今ここに居るのは、黒崎の身体のコン君と小島君と……大号泣しながら、僕の胴体にへばりつきながら、僕のシャツを涙で塗らしている浅野君……お弁当食べにくいんだけど……って、言ったらもっと泣かれるのかもしれない。 別に、嫌なわけじゃない。他人と一緒にご飯を食べる行為には初めは抵抗があったけれど、もうそんなものはとっくに無いし、風が気持ちいい暖かな日に屋上での昼食は確かに気分がいい。 茶渡君はバンド仲間とやる新譜を読みたいからって、食べ終わったあと、すぐに居なくなった。僕もやる事があれば食べ終わったら教室に戻るけど、今日は特に何もないから、少しゆっくり食べれる。 昼食を食べるのは、いつもここでこの面子で。 何で僕が、こんな所に居るんだろう………不思議な感じがする。 ちょっと前までなら考えられなかった取り合わせだ。 メシ、行くぞ。 それだけ言われて、黒崎に晴れてる日は無理矢理屋上に連れて行かれて、そこで一緒にご飯を食べるのが僕の習慣になるまで続いた。 僕が断っても、黒崎は僕の言葉なんて始めてから期待なんてしていなかったかのように僕を屋上に連れて行った。そもそも、行かないか? で訊かれたわけじゃない。僕が行くか行かないかの選択の余地すらなかった。 断ってもどうせ連れて行かれるから。僕は勝手にお弁当を持って屋上に行くようになった。たまに僕が行かないと、浅野君や小島君が心配そうに、どうしたのって訊いてくる。 どうしたんだろう……って、訊きたいのは僕の方なのに。 だから、僕は黒崎に言われなくても晴れてる日は屋上でご飯を食べる。 そこには黒崎と茶渡君と浅野君と小島君が居る。 師匠が居なくなってから、僕は誰かと食事をした経験がほとんど無い。父親と一緒に食事をすることがあってもあの人も僕もあまり喋らない。食事中にじゃなくて、普段から喋らないから仕方がないけれど。 誰かと食事をするなんて本当に久しぶりの経験で、話しながら食べる事になかなか慣れなかったけど、でも流石にもう免疫もついてきた。 だから、こうやって浅野君が泣いてるのも。 「石田ぁ〜、酷いよな。何で神様は俺には女神を与えてくれないんだろうぅうああっ!」 「……あ、うん」 「何であんな美女が、あんな……」 と、言ったきり、浅野君は何を思い出したのか、また瞳を潤ませて、僕の制服に顔を押し付けて泣き始めた。 これ……ご飯、食べていいのかな。 ここに黒崎が居れば、また流れも違っただろう。鬱陶しいって言いながら、僕から浅野君を引きはがして頭を叩いたりしていた。 浅野君のせいでご飯が食べにくいのは確かだけれど、いつも黒崎が怒るほどには僕は気にしているわけではない。 でも、今は黒崎じゃなくてコン君だから、浅野君が何かを言う度に、僕の隣で神妙な顔で頷いている。 なんか、三年の美人の先輩が、柔道部の熊みたいな人と付き合い始めたらしいけど……ごめん、よくわからない。って、言ってもいいのだろうか。 コン君も相槌打てるって事は、その先輩を解ってるのかな。 僕も名前を覚えるのは苦手な方じゃないけど、さすがに他学年まで全員を把握しているわけじゃない。 「石田、解ってくれるよなっ!」 「ごめん、浅野君。ご飯食べていいかな?」 「うっ……」 どうやら、始めのうちはよくわからないから、必死で慰めてしまったのがいけなかったらしい。出だしで失敗した。 これが浅野君の趣味の一環だと気付くまでに三回はかかった。別に、いいけど。 それにしても、困ったな。 「浅野さん浅野さん」 「何だよ、水色!」 「空気読んで下さい」 ぴしっ、て浅野君が凍り付く。 「お前らなんか、嫌いだあっ! 慰めたってもう許してやんねえからなっ!」 泣き叫びながら浅野君が屋上から走り去って行く……けど、追いかけなくていいのかな、って思って動揺してしまったのは四回目まで。 みんなは慣れてるみたいで、この状況で表情一つ変えずにご飯続けてて、正直驚いた。 それでもそれより、その放課後いつもの調子で浅野君が話しかけて来た時にもっと驚いた。 「まったく啓吾はしょうがないなあ」 小島君が呆れたような顔で、食事を続ける。 何度目だろう。これ……。 もう、僕も慣れてしまうくらいだ。何度目になるんだろうか、こんな騒々しい日常に、僕も加わるようになったのって……。 「悪い、すげ眠いから、15分くらいしたら起こして」 コン君が、さっきから大人しいと思ったら、一つ大きめな欠伸をして腕を組んで目を閉じた。食事はとっくに終わっていた。 普段のコン君だったら浅野君と女の子の話題で意気投合したりするのに、なんか今日は大人しいと思っていたら……そっか、眠かったんだ。そういえば、昨日は夜中に虚が出て、黒崎が途中まで身体のまま来てたから、身体が疲れているのだろう。それから、しばらく遅くまで起きてた。一緒に居たから知ってる。 僕も、少し眠い。 コン君はすでに半分寝てるような顔のまま、ごろりと横になった。ここ、堅いのに。 そして、すぐに寝息……。 確かに、こんな気持ちのよく晴れた日、ご飯を食べたら眠くなるよね。 「一護寝るの早いね」 「……そうだね」 小島君が、僕の隣で眠る黒崎に視線を送るから、つられて僕もコン君を見る。 寝顔は……やっぱり同じ顔している。黒崎と同じ顔。 同じ黒崎の身体だって、コン君と黒崎は違うから、黒崎が見せないような表情を見せたりするけど……やっぱり、寝顔は一緒。黒崎とコン君は全然違うのに、どこか似てる。 寝付きの良さも、だいたい一緒。 寝ると決めたら、黒崎は目を閉じたと同時くらい直ぐに、寝付く。 僕はその寝顔をしばらく見ながら、ようやく眠れる。 「ごちそーさまでした」 小島君が、お弁当箱を片付け出した。 僕は、どうやら食べるのがあまり早くないようなので、みんなで一斉に食べ始めても、だいたい一番最後に食べ終わる。 茶渡君と黒崎が食べ終わって、すぐに小島君が終わる。浅野君は喋っていなければ小島君より早いかもしれない。 今日は特に、浅野君に食事妨害されていたせいもあって、ようやく半分ぐらいだ。 「じゃあ石田君。一護起こしてやってくれる?」 「いいけど、どうしたの?」 いつもだったら、食事がおわったら屋上でゆっくりとしてから教室に戻る。ぎりぎりまで浅野君をからかって遊んでいることも多い。 「次の授業数学でしょ。教科書忘れちゃったから、他のクラスに借りに行かなきゃ」 それが本当なのか、解らないけど……。 もしかして、気を、使われたかな。 小島君は文句を言いながら浅野君が残していったお弁当を片付けてる。 「本当に啓吾は迷惑ばっかりかけて」 ぶつぶつ言ってるけど……。 でも……。 「なんか、楽しそうだね」 小島君の顔は、怒ってなかった。僕だから、油断してたんだろうか。表情は少し口をとがらせてはいたけれど……楽しそう。 「解る?」 小島君は、僕の言葉に少し驚いたようだった。 でも、またすぐに笑顔に戻った。 「解るよ。浅野君の事、本当に大事なんだね」 小島君は、ふわりと笑った。 本心隠すの上手な小島君にしては、珍しい笑い方だった。 でも、解る。 小島君と浅野君。よく見ると、変な取り合わせだった。 二人とも、趣味だって部活だって全然ちがうのに。 始めは浅野君が小島君を気に入って仲良くなったのかと、そう思っていたけど。 浅野君は、少し賑やかすぎるところもあるけど、人懐こい性格で誰とでも気兼ねなく話す。それでも、いつも浅野君の一番近い場所に、人当たりの良さそうな小島君がいた。小島君は何処にでも、誰とでも居れるけれど、自分から選ばない場所には長居しない方だった。 誰の懐にでもすぐに入り込める浅野君が隣に小島君を選んだんじゃなくて、小島君が浅野君の隣の位置を選んだんだろう。 何となくだけど、そんな気がした。 「啓吾からは大事なもの、貰ったからさ」 「大事なもの?」 「うん。僕ね、高校に入るまで、ずっと毎日楽しくなかったんだよね」 そう、小島君は、笑った。 僕まで、嬉しくなりそうな笑顔だった。 ちょうどその時 ふわりと風に乗って、オレンジ色の黒い死神が、屋上に降り立った。 心配なんてしてなかったけれど、とっくに虚の気配は消えていた。 僕に気付いて、死神が笑顔で近づいてくる。 オレンジ色の髪の毛が、青い空と綺麗なコントラストを作った。 「石田君も、一護から貰ったでしょ?」 死神化した黒崎が、ちょうど小島君の近くで、小島君のその台詞を聞いて、怪訝そうな顔をした。 「…………うん。そうだね」 僕は空を見るふりをして、僕の隣に立つ死神に笑顔を送る。 了 20120229 小島君達が死神見えるくらいに霊力があるとは知らなかった頃の話って事にしてください |