【補完】 前







「それ、俺の?」


 別に、コイツの事がワケわかんねえって思うのは、いつもの事だけど。時々それはちょっと寂しい。
 石田がどこ向いて、どこ見てんのか、解ったら良いのに。
 ちゃんと石田の事解ってたいって思うけど、やっぱり全然足りねえのが、寂しいとか歯痒いとか、色々思うけど、でも結局それが石田なんだろうと思う。


 ベッドに寄りかかって、編み物してる石田の手は高速で動いてるのに、なんだかゆったりしてる。ゆっくりして、落ち着いた時間で。時間もゆっくり流れてて、特に会話はしてないけど、同じ空間に居るって事が、何より居心地がいいって思える。そんな時間は、石田となら嫌いじゃない。
 俺はさっきから特に何もしてない。時々コンビニで買ってきた雑誌見てるけど、それよりも石田を見てる。で、石田は俺じゃなくて毛糸を見てる。



 石田の指先から作り出されてるのは、黒と白のマフラー。



「何だ、黒崎? これ欲しいの?」

 俺の視線がうるさかったんだろうか、石田を凝視してた俺にようやく気付いて石田が顔を上げた。俺、そんな物欲しげな目で見てたんだろうか。

「欲しい」
 当然、欲しいに決まってんだけど。欲しいってわざわざ訊くところからすると、俺のじゃないって事だよな?

「でも、これは頼まれた物だから、あげられないけどね」
「……誰にあげんの?」
「さあ。プレゼント用に頼まれたんだ。彼女が誰にあげるのかは知らない」
「……暇人」
「小遣い稼ぎだよ」
「有料かよ」


 結局、今石田が作ってるそのマフラーは誰か知らない奴がすんのかと思うと、何やら気分が悪い。有料だって、俺以外の奴に時間割いてるわけだろ? やっぱり、気に入らない。金払ったら石田は俺に石田の時間使ってくれんのかな? とか思う俺はだいぶ拗ねてる自覚ある。



 石田は俺の方をちらりとも見ずに、音速に近いんじゃないかと思う早さで、マフラーを編み上げていく。


 ……かまって欲しいんだけどな。

 俺の方見て欲しいんだけど、無理か? 今邪魔したら怒られるんだろうな。


 付き合ってからしばらく経つけど、いつまで経っても石田は得体が知れなかった。なに考えてんのか、さっぱりわかんねえ。もともと俺達の性格は天と地ほどの大きな隔たりがあるように別の物だった。石田と話してて、時々同じ人間なのかって思う事もあるくらい、俺と石田とは物の見方も考え方も違う。価値観だけはそんなに変わらないから、それはすごく嬉しいけど、やっぱり石田は俺には得体の知れない存在だった。

 何で石田が俺と付き合ってんだか、それすらわかんねえ。




「なあ、知ってた?」

「何が?」


「俺、けっこう前からお前の事好きだったんだ」


 石田の事、意識し始めた時は、とにかくコイツが苦手なんだって思った。
 日常から解離したような、冷たくて氷みたいな空気を身に纏って、話しかけるなってオーラ全開で、接し方わかんねえし、こっちのペース滅茶苦茶乱れるし。石田も石田で同じこと言ってた事あるの俺は覚えてる。


 でも、俺は石田から目が離せなくて。



 だから、こうなった。


「苦手だったんたろ?」

 そう、言ったけどさ。苦手だった。何話していいかわかんねえし、一緒にいると空気がピリピリする気がした。

 石田に嫌われてんの、解ってたし。



 嫌われてるってそのくらい理解してたけど、でも、目を反らしても結局気が付くと俺の目は石田を追いかけてた。


「だから、意識し始めたって事。好きだって自覚したんじゃなくて、気になるのは苦手だからって理由にして、結局、お前の事意識してたんだと思う」


 まさか、よりによって石田を好きだなんて概念が出てこなくて、それに気付くまで、だいぶ時間かかったけど。

 でも、やっぱりずっと前から俺は石田が好きだったんだと思う。



「……へえ」


 そう言った時だけ、俺をちらりと見て、また石田は手元に視線を戻した。
 今は、俺よりマフラーなんだ?

 少しくらい俺を見ろよ。

 そりゃ好きだって気付いてから、俺が猛烈にアプローチして、無理矢理付き合って貰ってる感じだけど。

 付き合い始めた当初は、石田はまだ俺の事好きじゃなかったけど……。






「お前さ、少しは俺に興味持てよ」



 でも、なんか自信あった。

 俺が石田の事好きになったんだから、石田だって結局俺の事好きになるって、どっから来るのかわかんない無駄な自信があった。

 だって俺が一番石田の事、見てるから。
 ワケわかんねえし、なに考えてんのかわかんねえし、未だに好きだって言わせたことないけど、でもそんなお前ごと好きだし、そのまま全部受け止めて、受け入れてやれる度量くらいあるつもりだ。


 現に今、泊まりに来てるし。そこまでの石田の境界には入ったって事で、一応、俺達は恋人として付き合ってるし。


 時々、俺に笑顔見せてくれるようになった。


 こうやって、さ。


 仕方ないって態度はあからさまだけど。


 手を止めてようやく俺を見た。別に、手から離したわけじゃないけど、ようやく俺を見た。

 それだけで、俺はこんなに嬉しいから、石田がわざと俺に見せつけるように吐き出したのは溜息じゃなくて深呼吸だって思う事にする。










20120218