【雨の日】 02







 ふと………。


 200メートル手前で、図書館に向かって曲がるだろうと思っていた一護が、そのまま真っ直ぐに近付いて来たのを感じた。


 図書館は途中で曲がるはずなのに……近付いてくる……。

 雨で視界は悪いはずだ。さすがに雨竜が見えているはずはない。霊圧で一護が近づいて来ているのは解るが、目視できる程度には視界は良くない。



「黒崎、どうしたの?」

 声が届く範囲まで来た時に、雨竜は声をかけた。
 青い傘が上げられて、一護が驚いたような顔を向けた。

「お……おう、石田! 何やってんだ?」

 今、雨竜に気付いたような、少しわざとらしい反応が気になった。もしかしたら一語も雨竜の霊圧を感知して、いる事を知覚していたのかもしれないが、わざわざそれを詮索する事もない。

「バスを待ってるんだよ。黒崎は買い物?」

 この近くに、コンビニでもあるのだろうか。とすると、黒崎の家が近くにあるのだろう。確かに一護の霊圧が動いたと感じた場所は、近かった。


「あ……いや、まあ、そんなとこ」
「そう。気をつけて」

 どうやら図書館ではなく、買い物らしい。軽く挨拶程度の笑みを作る。
 バスが来ないから、暇潰しに付き合えと言うのも気が引ける。一護は一護の用があるのだから。そうでなければ雨の日にわざわざこんな場所には来ないだろう。


「バス、来ねえの?」

「うん。行ったばかりだ。あと四十分くらい待たなきゃならない」
「四十分……って」


 一護に絶句されてしまい、雨竜は苦笑を浮かべた。自分でも、馬鹿らしいとは思うが、借りた本を濡らして、ずぶ濡れになって帰ろうとは思わない。少し雨脚が弱まったら、図書館に戻ってバスが来る時間まで……そう思ったが、激しい雨は図書館までの短い距離ですら濡れてしまいそうだった。本でも読んでいればすぐにバスは来るはずだと、そう思った。


「あ、石田……」
「ん?」
「あ、いや………送ろうか?」

 一護が、少し言いにくそうに下を向いて告げた台詞に、雨竜は苦笑した。

 ここから家までが、近いわけではない。徒歩で三十分ぐらいだ。その事を一護は知らないからの申し出だろう。
 それに、言いにくそうにしていた所から判断すると、一護も面倒だと思いながらも、困っている人を見棄てられない性分のせいだろう。
 この友人の、そんな所を雨竜は決して嫌いではない。むしろ好ましく思っている。


「いいよ。遠いし」
「こっからどのくらい?」
「だいたい歩いて三十分くらいかな」
「別に、そんくらいなら送るって!」
「いや、悪いよ」
「じゃあ、傘、貸す」
「それじゃ、黒崎が濡れるよ」
「俺は、いいからっ!」

 傘を押し付けられて、雨竜は困惑する。
 濡れてしまう相手を心配するのは、一護だけではない。と、どう言えば伝わるのだろう。


「それなら……近くのコンビニまで送ってくれると助かる」
「傘買うの?」
「そう」
「勿体ねえよ。やっぱ送るって。この傘でかいから、二人くらい余裕だし」

 勿体無いと、言われてしまうと、そうなる。独り暮らしで、金銭面の余裕もないが、それよりも気を使うことは、物を増やさないようにする事だ。大きな家に住んでいるわけではない。収納には限界がある。


「勿体無いけど、いいよ、やっぱり……悪いって」
「石頭」
「は?」

 ぼそりと呟いたような小さな声だったが、しっかり雨竜の耳には届いてしまった。何故、遠慮して、罵られる必要があるのか解らずに、少し、気分が悪くなる。

「あ、いや、俺、今暇なんだ。だから、暇潰しに散歩すんのに、付き合えよ」
「それで、僕の家へ?」

「行ってもいいか?」

 ぱっと、一護の顔が晴れた……そんなに、暇だったのだろうかとも、思う。

「いいけど、お茶くらいしか出せないよ?」
「そんなんいいって!」

 有難いと言えば有難いが……どうにもこの流れでは一護に送ってもらう羽目になりそうだ。断る言葉も思いつかない。




「……じゃあ……送ってくれる?」

 少し申し訳なさそうに雨竜が一護を見上げると、一護は珍しく機嫌の良さそうな笑顔で答えた。

「おう。任せとけ」



 それほど意気込むような事でもないが、送ると言っている一護の好意は、嬉しく思った。
















20120127


一人称でしか文が書けない私が書く三人称の文章はどうにも違和感があるような気がする。