【SchoolLife 2】 05







 面倒なことに担任が成績順に適当に委員を任命したから、石田と二人でクラス会議の居残り集計中。
 せっかくの金曜日なのに、放課後一緒に居るのが石田なのは私としてはとても不満。試合近いから、部活で思い切り走って、帰ってからシャワー浴びて、夜からデートだって言うのに。

 その辺の机を対面でくっつけて、時々石田が何考えてんのか盗み見ると、相変わらずの無表情。喋れば口は動くけど、表情筋がないのか疑いたくなるくらいのいつも通りの石田。



 だけど……。

 なんか、今日の石田、機嫌がいい? 思い違いとは、思うけど………でも、何となくだけど空気がいつもよか柔らかいって言うか。


「こっちは終わったから、石田はこのプリントお願い」
「わかった」

 受け取った石田は、少し笑顔を作った。

 けど……。
 笑顔の石田なんか……なんだか、妙な気がする。
 石田と笑顔って取り合わせは、私にとっては一昨日の織姫のお弁当の納豆とどら焼きぐらいの取り合わせの悪さ。どこか居心地が悪くなるような気分がする。

 いや、別に石田が気持ち悪くニヤけているわけじゃないけど……あまりの取り合わせの悪さに、うっかり鳥肌立てる所だった。



 11月7日、今日、何かあるの?
 別にいつも通り一週間に一度来るただの金曜日だと思うけど……。
 本当にすごく機嫌が良さそう。石田に限って見たいTVがあるからとか、そんな理由じゃない事ぐらいは解るけど……昨日まで黒崎と教室中が凍りそうな冷戦してたのに……仲直りしたってことかしら?

 それとも今週が誕生日だって言ってたから、石田の誕生日は今日で、帰ってからデートって事かもしれない……想像したくないけど、きっと黒崎と。まあ、いいけど。別に。私だって馬に蹴られて死にたいわけじゃない。



「あ、そっちに名簿ある?」
「あるわよ。はい」
「ありがとう」


 私から受け取ると、、石田はまた視線を手元に落としたけど……石田は、制服の上から時々胸の辺りを触っていた。
 さっきから、何度も。
 喉の下あたり。


 変な癖。
 こんな癖石田にあったっけ?






「どうしたの、胸」

 虫に刺されて痒いとか? でも痒くて掻きむしるような感じでもない。
 時々石田は意味不明な怪我をしてくるから……階段から落ちて、腕から指先にかけて怪我とか。黒崎が怪我してたって喧嘩したんだろうって誰もが思うけど、石田はお坊っちゃんぽく見えるから石田と喧嘩って無縁の存在に思えるから喧嘩したって言われるよりもみんなきっと納得してしまっている。ただ、私は石田が上級生殴ってる現場見てしまったから……胸の辺りでも喧嘩でもして、殴られたのかとも思ったけど。

 殴られたら、こんなに機嫌良いはずないし。



「何でもないよ」

 無表情に眼鏡押し上げてそう言った。無表情だけど……なんか、石田のくせに、突き放すような言い方でもなかった。



「なんか石田、機嫌良さそうね」

 今日は本当に石田が何度か笑ってる。口を開いて爆笑するわけじゃないけど、私との会話中に何度か笑顔をこぼしてた。何回かなんて数えてないけど、こんなに笑う奴だったかしら。こうしていれば石田だって普通の奴に見えるって思うほどに上機嫌。私が見て解るほどだから、よっぽどね。




「昨日少し食費が入ったんだ」





 ……ああ、そう。

 良かったわねって言う気も失せるくらいに、脱力してしまった。



 訊いて損した。まあ、独り暮らしには生活費は死活問題なのかもしれないけど。別に興味があるわけじゃないけど、まったくもってどうでもいい回答が返ってきた。親から仕送りでももらったの?












 その時、がらりと後ろの扉が開いた。





「石田、帰ろうぜ」


 突然石田と私しか居なかった教室に黒崎が、入って来た。
 二人しか居なかった教室は静かだったのに、黒崎が一人入ってくるだけで教室中の空気が騒々しくなるような存在感、って言うよりも威圧感。いいのに来なくて。



「黒崎ごめん、まだもう少しかかるから」

「おう。じゃあ、待ってる」


 って……もしかして、教室で?

 嫌よっ! どこか行ってよ!
 って、叫びそうになった。今、教室にリアルホモ二人と私って……この状態……何っ!? どんな拷問?


 黒崎は自分の席に座って、鞄の中から出した文庫本を読み始めた……。




 けど………気になる!

 石田は黒崎に背を向けてるから気にならないかもしれないけど、私は黒崎が見えるの!
 何故だか時々睨まれてるような気がするの!
 そう、これはただ黒崎の目付きが悪いせいだから、黒崎がこっちをちょっと見ただけで、睨まれてるわけじゃない。睨んでるわけじゃなくて、ただ黒崎の地の顔がガン飛ばしてるだけ! きっと! ……たぶん。



「国枝さん、そっち何枚あった?」
「えっと36、二枚足りないわ」
「誰か出してないのかな」
「さっきの名簿貸して。照らし合わせるから」


 って、石田の机からプリント取ろうとしたら、石田が取ろうとした手と重なって………








 ……がた。って音がした。







 黒崎が………何だか立ち上がっていた、けど……あたし、睨まれてるっ!


 やっぱり睨まれてる?




 ちょっと待ってよ!
 あたし何もしてない!
 ちょっと触っちゃっただけじゃない!
 別に、石田の手に触れて、男のクセに末端冷え性なのか、ってくらいしか思ってないわよっ!

 別に黒崎なんて怖くないけど、黒崎の顔ただでさえ怖いんだから、睨むのやめてっ。

 私が何か悪い事したみたいじゃない!



「じゃあ、国枝さん、これお願い」

 って石田は何事もなかったごとく、私にプリントを渡した。

 あ、黒崎はスルー?
 この不穏なオーラ噴射してる黒崎はスルー? 私と逆向きでも、黒崎に背中向けてても絶対黒崎の視線に気付く自信あるのに、スルー?
 私、霊感ないし、オーラが見えるわけでもないけど、絶対今黒崎からドス黒い霊気とか出てると思うけどスルー?



「ああ、えと、じゃあ石田は、アンケート集計始めて」

 声が震えそうになる私を、黒崎がひたすら睨んでる。そんな気がするのは絶対気のせいじゃない! 見てるんじゃなくて、睨まれてない、私?

 ちょっと、何よソレ!
 何もないわよっ!

 石田と何かあってたまるもんですか!


 私、我慢強い方じゃないのに……叫びたい。叫んで逃げたい。この空間、無理っ!





「黒崎も暇なら手伝ってくれないか?」



 ナイスフォロー石田っ!

 そう、その手があった! 一緒に手伝ってもらえばいいじゃない。私は私で自分の仕事するし、黒崎に手伝ってもらえばもっと早く終わるし。
 



「おう」

 黒崎が急に笑顔になった………何コイツ。

 分かりやすいけど、その分ムカつく。尻尾とかあったら、今まさに全力で振ってる所だと思う。犬みたい。分かりやすすぎる。
 もし、私が現場目撃してなくても、ここまでやられたら、さすがに気付かない方がおかしいと思う。勘の良い奴はもう石田と黒崎がデキてるって気付いてるんじゃない?


 まあ、でも集計なんて単純作業だから黒崎が手伝ってくれるのは正直助かる。早く部活に行きたいし。

 ガタガタと椅子を近くの席から引っ張ってきて、石田のそばに座った。あ、やっぱりそっちに座るんだ……。私の隣に来られても嫌だけど。



 それで、黒崎が屈んだ時に。




 黒崎の首から、ネックレスがぶらりと垂れた。



 黒崎は制服を前を止めないで、中はTシャツだから、ネックレスが見えたけど。

 ペンダントヘッドは、シンプルなシルバーの指輪。ゴツくもなく、なかなかセンスがあった。






「へえ。黒崎ネックレスなんかしてんの?」




 別に大して気にしてなかった。そのネックレスの意味何も考えてなかった。ただ、黒崎が首からチェーンを提げてた事に気が付いたってことだけの意味しか持ってなかった。






「あ……いや……」


 何、否定してんの? してるじゃない、ネックレス。


「黒崎?」

「……なんつーか……」




 それに、何でドモってんの?

 顔が赤い黒崎は、正直、気持ち悪い。




 なにそれ?
 私、何かの地雷踏んだ?



 助けを求めたくてふと石田を見たら、私に助け舟出す気なんて無いような雰囲気で、石田は無表情で、中指で眼鏡押し上げてた……。









 そう言えば石田も、なんか何度も胸のあたり触ってた……けど。







 ……石田、誕生日だったわよね、今週。






 ………私、黒崎にペアリングとか言っちゃったかもしれない。











 ああ、そう。誕生日おめでとう。
 誕生日昨日だったのね?









 ……ペア……って。

 石田と黒崎がっ!
 ペアリングって!





 思わず吹き出す所だった。




 また石田がずれてもいない眼鏡を押し上げてた。


 あ、もしかして、石田って照れてる?

 この眼鏡押し上げる動作って……もしかして、私は石田の変な癖を見付けたのかもしれない。



 石田って照れ隠しに眼鏡押し上げるとか……石田って、実はすごく解り易い奴なのかもしれない……。













 私はガタッとわざとらしく音を立てて、立ち上がった。






 無理。

 もう無理。ついていけない。ここに居たくない。あんた達と同じ空気吸ってたくない。





「ごめんなさい、私気持ち悪いから帰って良いかしら」

 胸焼けがする。


「あ、そうなの? 気付かなくてごめん」


 気付きなさいよ!
 このピンクの空気っ!


「大丈夫か?」

 大丈夫なはずないでしょ!

 限界よ!
 本当、もう、この空間に居られないっ!



「じゃあ、あとお願いね」


 さっさと荷物をまとめる。


 早く部活に行って走りたい。
 走って忘れたい!


 私は負けた。もう負けでいい!

 石田に負けたわけじゃないんだから! アンタ達に負けたの!



 それでも次こそ!





 せめて期末試験は!





















20111126
15200

この話は【School Life】と【20091106】を読んでから読むと効果的だと思います。