明日、どうするのかな……と、思った。
明日、11月6日。
明日が僕の生まれた日。
黒崎はどうやら、イベントとか、好きなんだと思う。
毎年家族の誕生日は盛大に家でお祝いするらしくて、この前その話を聞かされた。誕生日をお祝いする習慣があることぐらいは解るけど、僕はそう言う環境に置かれたことがなかったから誕生日に対して何の感慨も持っていなかったけれど、黒崎が毎年誕生日を盛大に祝うような環境で育っているなら、きっとイベントは好きなのだろう。と、なんとなく、そう思った。
誕生日……僕のだけど。
きっと、遊びに来るんだろう。
別に何も無くても遊びに来るけど……。
黒崎と友達としてじゃなくて、恋人として付き合うようになって、もうだいぶ経つから、黒崎の行動パタンはそれなりに把握してきてはいる、一応。時々僕の想像も付かない突拍子も無い事しでかしたりしてくれるけど。
黒崎と付き合い始めてから、初めての僕の誕生日だ。
やっぱり、明日の6日は泊まりに来るんだろう。
明日は金曜日だから、そのまま来るのかな?
明後日は土曜日だし……だったら、ゆっくり出来ると思うし……何となく明日の夜の事を想像して、僕は一人で心拍数を上げてしまったしてしまった。二人きりの時の黒崎は、少し強引な所もあるけれど、とても優しいから……。
たぶん、教室でしか黒崎を見たことが無い人は卒倒するんじゃないか? 本当に、優しいから。
明日はきっと二人で……そか何となく、想像しながら、ノートを写す。早く授業が終わらないかと、時計を見る。
せっかくなら、ちょっとご飯を豪勢にした方が良いのだろうか。
黒崎の食欲には、始めのうちは驚いたけど、美味しいって言って食べてくれるのを見ているのが最近嬉しいから、つい作りすぎてしまう僕も僕だけど……おかげで食費がけっこうな痛手だ。先月父親と電話で喧嘩し、生活費を減らされたばかりだ。
財布の紐を締めないといけない所なのに。
それでも、明太子が好きだと言っていたから明太子のレシピを探してみよう。あと、チョコレートケーキでも久しぶりに焼いてみようか。そう、思うと結局出費になってしまう……ちゃんとノートは取っているけど、教師の話は頭を素通りしてしまっている。
こんなにも自分の誕生日が気になったのは初めてだ。授業終了のチャイムが鳴った。これで、二時限目が終わる。
明日は、そのまま帰らないでうちに来るのか、一度帰って着替えを取りに行くんだろうか、そう訊こうと思って。
「黒崎……」
って、呼びかけたはいいけど……。
明日、来るよね? って、僕の誕生日だから、催促しているみたいじゃないか。
いや、今までだって、金曜日に学校帰りに泊まりに来てそのまま泊まって土曜の夜に帰ることだって何度もあったし……やっぱり来るのかな?
でも、いつもは土曜日に昼ごろ来て、日曜の夕方ごろ帰ることの方が多いし、そもそも一応扶養家族の身分の学生なんだからそんなことが毎週続くわけじゃない。それに最近休みの日は僕と遊んでばかりだけど、黒崎だって友達がいないわけじゃないから、僕と共通じゃない友人と遊ぶことだって今までに無かったわけじゃない。
「ん? 何、石田?」
「あ……いや、何でもない」
明日……の、予定、どうするのかどうやって訊けばいいんだ?
催促していないように、さりげなく訊きたいんだけど。一度帰ってから来るなら、夕飯は僕が作った方がいいのかとか、色々、僕も予定立てたいんだけど……やっぱり訊きにくい。だって、そもそも黒崎が来ることが前提だろ? 黒崎にそんな予定は無いかもしれないじゃないか。
「なあ、石田、今日行ってもいい?」
「え、今日?」
今日は木曜日だし、僕の誕生日は明日だし……何だろう? 今日、何かある? 何も無いよね?
それとも僕、5日が誕生日だって言ったのだろうか? いや、さすがに自分の誕生日を間違えて伝えるはずが無い。黒崎が僕の誕生日を5日の今日だって勘違いしてたりするのかもしれない。それに、誕生日を教えたのは一度だけで、覚えてくれているのかすら僕にはわからないけど。
「いや駄目だったらいいけど」
「別に、来ても良いけど」
来てもいいけど、一体何しに来るんだ?
って……思ったけど。
それでも、黒崎と過ごせる時間は僕は嬉しいから、来てくれるのは困らないけど。でも今日は木曜だし、明日だって学校だし。
何の為に? って訊こうかと思った時に、授業開始のチャイムが鳴った。
「じゃあ後でな」
「ああ」
学校帰りに、制服の男子高校生が二人並んでスーパーで買い物って構図は、どうなんだろう。って思わないわけでもない。僕はいつもの事だからあまり気にしなかったけど、黒崎が野菜コーナーに居たりすると、すごく違和感がある。僕もそんな風に見られていたりするのだろうか。
「俺、モヤシもけっこう好きなんだ」
「豆もやし? 普通のモヤシで良いんじゃないの?」
仕送り直前で本当に生活費が切迫している時はモヤシ炒めが数日続くこともあるけど、モヤシがメインのオカズになるわけでもないから、だったら安い方でいいのに。豆もやしの方が10円〜30円高いんだ。
「お、キャベツ一玉150円だって」
「そんなにキャベツばっかり食べないよ。一玉も使う前に悪くしちゃうから、100円で半分のがあるだろう?」
確かに、グラムで考えたら一玉買った方が安いけどさ。一玉って、けっこう量があるんだ。冷蔵庫だって大きいわけじゃないから、買ったって入る量はたかが知れてる。毎日同じものを食べるのはあまり好きじゃないし。結局駄目にしてしまうなら、半分買った方が結局安上がりだ。
「あ、牛肉食いたい」
「え、牛肉? 鶏肉にしようよ。僕鳥の方が好きなんだ」
牛肉を嫌いなわけじゃないけど、鶏肉の方が安いんだ。どっちも好きだから、だったらやはり値段的に魅力のある方が、より好きになってしまう。
「なんで僕の冷蔵庫事情に君が口を挟むんだ?」
「え? 夕飯、作ってくんねえの?」
食べてく気か? 確かにそういう流れだったけど……だって、明日学校だろう?
せっかく6日は金曜日で、土曜は学校が休みなんだ。
せっかくだったら……明日、泊まりに来てくれれば、のんびり二人きりで過ごしたりできるのに……だなんて。思ったり、してたわけで……って、一人で黒崎と僕の部屋で恋人的なことをしながら過ごしている図を想像してしまって……何となく顔が熱くなる。それでも、次が休みの日じゃないと、やっぱり、できないし……とか、思っている自分が恥ずかしい。
「食べるなら、作るけど……」
どうせ、明日学校なんだから、どうせ帰るんだろう? 夕飯食べに来るだけのつもりだろうか?
もしかしたら、やっぱり黒崎は僕の誕生日を5日の今日だって勘違いしているんじゃないだろうか?
でもオメデトウとか言われたわけではないので、黒崎が僕の誕生日を覚えていると言う確証も無い。何ヶ月か前に一度訊かれただけで、人の顔や名前すら覚えない黒崎が僕の誕生日を覚えてるという保証はどこにも無いんだ。
お祝いしてくれるんじゃないだろうかと期待して、催促するなんて真似はみっともなくて出来ないし……覚えていない、かもしれない。きっと覚えてない。期待しない方がいいだろう。誕生日なんて、どうせ日にちが一日過ぎるだけだ、大した事でもない。そんなに期待する事じゃない。別に、黒崎が覚えていなくたって、それはそれで構わない。覚えて無くても怒らないよ。
レジに持っていくと、黒崎が知らない間にカゴの中にお菓子とか放り込んだらしくて……2134円。二千円で収めるはずだったけど仕方ない。鳥胸肉、冷凍保存しようと思って大きいの買っちゃったし。黒崎が荷物を半分持ってくれると思ったから、色々野菜を買い込んでしまったし。
それに、黒崎が僕の誕生日を今日だとか勘違いしてるなら、一品ぐらい多めに作ろうかと思うし……でも、勘違い以前に、覚えてるのかな? あまり、期待はしてないけど。
今日四限目に虚が出て、黒崎は英語の授業、途中から受けられなかったから、明日の授業までに教えてくれとかそんな理由なのではないだろうか?
そんな事を思いながらお財布を開いた時に、黒崎に止められた。
「俺が払うって」
「でも、僕の家の食費だよ?」
「結局俺の方がいつも多く食べてるし」
「全部使うわけじゃないから、これだけあれば4日は持つし」
「いいって。誕生日プレゼントだと思ってさ、俺に払わせとけ」
………あ、ちゃんと僕の誕生日覚えててくれたんだ。
明日だけど。
やっぱり5日の今日だって、勘違いしてたんだ。
………明日だって、言った方が良いんだろうなとは、思ったけど。
「アリガトウ」
今月、本当に生活費がギリギリだから、有り難かったのは、事実。だから……素直に受け取ってしまった。
黒崎は僕の誕生日が今日だって思ってるんだ。
明日なんだけど……言いにくい、ような気がする。明日だって言ったら、今日は帰ってしまうのだろうか。そう、思うと言いにくい。
今日だって勘違いしてるなら……きっと、今日は………
僕の中に自分でも恥ずかしいぐらいの甘い妄想が横切って慌てて追い払った。
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