20111106  前








「あ……あの、黒崎、明後日……暇?」


 突然そんなことを訊かれたのは、金曜日の放課後。


 廊下ですれ違って、いつも通りに適当に挨拶を交わして、通り過ぎようとした時に、石田が思いだしたように俺の背中に向かって声をかけた。


「ん? 明後日って六日か? 日曜だろ? 普通にバイトだけど」

 振り返って石田を見ると、石田は少しだけ俺に身体を向けてたけど、俺を見てるわけじゃなくて、廊下の模様なんかを眺めてた。


「そう。ならいいや」

 石田は少しだけ俺の方を見て、少しだけ笑った。

 いつも通りだ。今日もいつもと同じだった。

 ならいいって言われた。だから、いいのかって思った。
 俺はこれからバイトだし、石田も被服室の方に向かってたからたぶん部活だろう。

 特に他に用事もなさそうだから、会話はそれだけ。
 石田も石田だから、すれ違いざまに立ち話するほどの仲でもない。共通の話題があるほどには無い。
 友達ってほどの友達かと訊かれると、よくわからねえ立ち位置の石田。


 何度か中間や期末がヤバくて、土下座の勢いで拝み倒して勉強教えてもらいに石田んちに泊まったこともあるし、会えば適当に話する程度の、友達なのかどうかはよく解らないけど、会った当初と比べたら友好的な仲になってきてると思う。
 勉強も教師よりも分かりやすく教えて貰えるし、問題解けるとすげえ喜んでくれるし……間違えると罵られたりするけど……まあ、石田との関係は今はとても良好。


 良好だけど休みの日に一緒に遊ぼうと思っても、石田と何して遊んでいいのか解らねえし、二人で何かって思いつかない。

 そんな、仲。


「なんかあるの?」
「いや、別に……じゃあ、僕、部活だから。黒崎はバイト?」

「おう」
「頑張ってね」

 石田は、あいさつ程度に俺に笑顔を向けてくれた。




 石田はいつも澄ました顔してて、でも最近じゃ時々俺に笑顔向けてくるようになった。それが、俺にはやけに嬉しくて、もっと仲良くなりたいとか思ってるけど、そんなきっかけもなく、俺は俺でそれなりに忙しい普通の高校生やってるし、石田は石田で俺に輪をかけて忙しい普通じゃない高校生をしてる。
 仲良くなりたくても、どうせそんなきっかけなんてどこにもない。


「んじゃ、またな」
「ああ」

 石田は背を向けた。

 今日は、帰りがけに石田と少し話せたのがちょっと得した気分がする日。んで、ちょっと笑ってもらった。

 ただ、普段通りには見えたけど……。
 いつも通りだったけど……なんか、石田の笑顔が気になった。基本的に無表情だから、何考えてんのかなんて俺にはさっぱりわかんねえけど。




 気になった。バイト中にふと思い出して、石田の態度を反芻する。
 別に変わったところなんて無かったけど……。

 たぶん、石田から誘ってきたのは、初めてだったんじゃないだろうか。

 いや、俺も勉強教えてくれって以外は石田の時間とらせるようなことをしたことはないけど……でも、石田から俺に話しかけることも滅多にないのに。



 何か、あったのかなって思った。
 ならいいって言われたから、そんなに大事な用事じゃなかったかもしれないけど、でもやっぱり石田からって……初めてだったから。

 何か……。






『どうしたんだ、黒崎?』

 バイト上がってすぐに電話してみたら、コール二回目ですぐに石田は電話に出た。

 石田が電話持ってるって聞いて、一応番号とアドレス教えて貰ったけど、実際にかけたのはこれが初めて。


「あ、いや、メールでも良かったんだけど……」

 一応、前置き入れておく。メールでも良かったんだけど、というかメールの方が良かったんじゃないだろうかやっぱり。
 でも、なんて文面にすりゃいいのか解んなかったから、電話かけりゃ言いたいこと言えるような気がした……けど、やっぱり何て言っていいかなんて思いつかねえ。


『そう……で、何?』
「あ、もしかして、今忙しい?」
『……別に。家にいて洗濯物たたんでただけ』
「あ、そう」
『どうしたんだ? 君から電話なんて』

 一応、俺も石田も互いの連絡先は携帯に入ってるけど、大した用事もないから言いたいことがあったら次の日に学校で会った時に言えばいいし、それほど言いたいこともない。

 初めてだって思うとなにやら緊張する。
 いや、緊張するような仲じゃないけど……いやでも、


 俺は何て言えばいいんだろう。

 電話、さっきの石田が気になったからかけてみたけど……。



「……明日、なんだけど」
『ああ、さっきの話か。突然悪かったね。何でもないよ』
「ああ、いや。今日バイト行ったら、明日は昼間だけでいいって言われたから、三時頃から暇なんだけど」
『……そう』
「だから、何かあったら……」

 何か、あんのかと思った。

 石田から誘ってくるなんて、初めてだったから。バイトだからって、よくよく考えてみりゃ、すげえ嬉しい事態なんじゃねえか? 石田が、俺に予定訊いてきたってことは、つまり誘ってきたって事だろ?
 仲良くなりたくても、どうやってこれ以上の仲にすりゃいいのかさっぱり解んねえ石田がわざわざ俺に声かけたんだから、これはチャンス以外の何物でもないと思う。って……いや、チャンスって何のチャンスだ、俺。


『いや、本当にどうでもいいことなんだけど』
「ん、どうせ暇になったし、何かあったら付き合うぜ」
『……でも、いや、やっぱりいいや』
「んじゃ、明日暇だったら、昼からどっか行く?」

『………えっと』


 暇、じゃ、ねえのかな?

「あ、もしかして、日用品の買い出しの荷物持ちとか?」

 勉強教えて貰う代わりにスーパーのタイムセールに付き合ったことがあったけど、なかなかの戦場だった。その代価として夕飯を貰ったけど……今すぐにでもプロの主婦になれんじゃねえのってくらい、すげえうまかった。
 また荷物持ちでも、夕飯作ってくれんなら、五キロの米と醤油とみりんぐらい荷物持ちできるぜ?


「まあ、暇だから、荷物持ちでもいいけど、夕飯作ってくれんなら……」
『いや、そうじゃなくて』

 あ、違うんだ、残念。なんだ。また石田の飯が食えるチャンスかと思ったのに。

「んじゃ、何?」




『ケーキ、好き?』
「は?」

『だから、ケーキって、好きかって訊いてるんだ!』


 って、何で突然切れ気味なんだよ、こいつ。


「好きだけど。何で?」

『いや、この前見てた雑誌で、すごく美味しそうなケーキの作り方載ってたんだ。すごく美味しそうで、多分作ったら絶対に美味しいと思うんだけど、作ってみたくても、残念ながら食べる人居なくて。僕も甘いものが嫌いなわけじゃないけど、そんなに得意じゃないし、でも作ってみたいんだけど、食べてくれる人が居ないから、黒崎甘いものが好きだったような事この前聞いたから、だから……それで』

 突然、石田が弾丸のごとく喋り始めたが……いや、普通に好きだけど……どうした? いや、そもそも俺の読む雑誌にはケーキの作り方とかは載ってないけど、どんな雑誌読んでんだろうこいつ……間違っても、水着が似合う女性が載ってたりはしないんだろう。



「つまり、ケーキ食わせてくれんの」


 石田が作る飯が旨いの知ってんだし、甘いものも嫌いじゃねえし。

 そりゃ、俺は嬉しいんだけど。


『あ、うん。いいのか?』

 いいのって、いや、俺は予定空いたし。ケーキ好きだし。


「あ、じゃあ、明日、バイト終わったら行くわ」
『うん。待ってる』

「終わったら、電話するから」
『解った』


 明日、バイト上がったら石田んちに行くことになった。

 とりあえず、予定があるから早上がりさせてくれって頼んでみて良かったって思った。 













20111106
今は11月6日の26時ですよ?