Full Moon 13








 気が付いたら………黒崎が僕の隣で寝ていた。





 枕もとの目覚まし時計は、深夜だって言ってる。確かに、もう真っ暗だ。
 ご飯、食べなかったからお腹が空いたような気がする。あんなに黒崎の血を飲んだけど、やっぱり僕は人間だから、お腹だって同じように減るらしい。血液はどのくらいのカロリーがあるんだろう。


 カーテンは閉めているけれど、隙間から月明かりが漏れている。満月だから、今夜の空は賑やかだ。
 もう……苦しくない。
 今日はあんなに黒崎に血をもらったから、もう枯渇したような気分ではない。相変わらず黒崎の身体から甘い匂いはしているけど、今はとても満たされた気分がしている……どうせ、次の満月までだろうけど。

 感覚的ではなくて、具体的に喉が乾いているけど、動くのが面倒だった。身体がなんとなくだるい。それに……


 片腕を僕の身体に回して、安定的な寝息で、寝ていた……腕、重いんだけどな。
 どうしよう……。

 汗と吐き出した体液で、身体中ベタついてる。シャワーを浴びたい。だから黒崎を起こさないと、腕から抜けられそうもないけど……もう少しこのままでもいいか。
 まだ眠い。まだ動きたくない。朝でいいや。明日は予報では晴れだと言っていたから、起きたら布団干さないとベタベタだ。シーツも変えないと。




 ……なんで、黒崎は僕なんかに血をくれるんだろう。
 嫌だと思うのは当然だ。僕だったら絶対に断る。


 その引き換えの行為だったとしても、僕なんかになんで反応するんだろう。
 僕に血をくれる代わりに、だとしても、果たしてこの行為が黒崎のメリットになるのだろうか。交換条件だって……つまり同等の価値があるものじゃないと、どちらかが損をする。黒崎はこんな事で満足しているのだろうか。


 黒崎と……。



 今更、恥ずかしさがこみ上げてきた。

 僕は、黒崎と……今も、こうして僕達は何も着ていなくて、黒崎の肌がじかに触れている……。
 こうやって、触れて……

 今、変な気分だ。人がいる空間だと、僕は全然眠れないと思っていたけれど……。
 とても安心する。安心して、少し温かい気分になる。何でだろう……。それが、とても不思議だ。




 繋がって……痛みも感じたけど、それ以上に、黒崎は僕をとても優しく扱った。
 僕が気持ち良くなるように、ずっと僕に気を使ってくれていた。
 そうやって僕を抱いていたのが、朦朧とした意識の中でも解った。

 人と身体を合わせた経験なんてないから、それが普通なのかはわからないけれど、黒崎は驚くくらい、とても優しかった。


 黒崎なら、女の子に困らないと思うのに……男の僕を抱くなんて、普通に考えれば、生理的に嫌じゃないのかな。
 まだ頭が半分寝ているからか、あまりうまく考えはまとまらないが、それもとても不思議だと思う。

 解らないことだらけだけれど……色々と、不思議な事ばかりだけれど、今、僕の気分はとてもいい。





 黒崎が寝返りを打って、僕を抱き込むように引き寄せた。そろそろ寒くなってくる時期だから、布団をもう一枚足そうと思っていたけれど、今日に限っては汗をかくほどに暑い。黒崎は、なんでこんなに寝てる時も熱いんだろう。



「……ん……石田」



「くろさき?」


 起きたのか? そう思ったけれど、黒崎の目は閉じられたままで、寝息も変わらなかった。
 寝言だろうか……今僕の名前を読んだけれど、今黒崎の夢の中に僕が居るんだろうか……そう思うと、変な気分だ。黒崎の夢の中で、僕はどんな事をしているのだろう……。暗い部屋の中だけれど、薄いカーテンを通して部屋はいつもより明るい。
 黒崎はうっすらと微笑んでいた。いい夢を見ているようだ。黒崎の夢の中で、僕が黒崎と一緒に居て、こうやって黒崎が笑っている。きっと、いい夢を見ているんだろう。



 黒崎が僕を抱き込むから、寝心地が悪い。落ち着く場所を探して僕も寝返りを打った。横になって、黒崎の胸に額をくっつけるようにすると、ちょうどよく僕の身体が治まった。
 それに、いい匂いがする。黒崎の甘い匂いが、こうするとたくさん吸い込める。



 ずっと疑問だったけど。

 なんで黒崎からしか、甘い匂いがしないんだろう……。



 黒崎だけが甘い。
 入学してからすぐに、その霊圧の強さから君の存在に気が付いて、僕はずっと君を見ていた。
 同じ教室で、僕は同じクラスになった時から、黒崎を意識していた。黒崎は僕に気付かなかったかもしれないけれど、僕はずっと黒崎を見ていた。



 甘い匂いを感じるようになったのは。高校に入ってから。
 満月の日だけ、黒崎から、とても甘い匂いがする。

 霊圧のせいかとも思ったけれど、他にも霊力の強いクラスメイトはいるけれど、誰からもそんな匂いを感じない。



 黒崎が……黒崎だけが……。




 その理由が……少しわかってた気がしたけど。


 黒崎だけが、甘い匂いがする理由、僕は本当は気づいているのだけれど。



 まだ確証ないから、黒崎には言わない。




 確証が持てても、黒崎には言えない。


 ……今は、この関係で十分なんだ。

 これ以上は、望まない。



 だから、黒崎……


 僕に君の血を下さい。



























「今日は満月だな」

 満月の日、黒崎が泊まりに来てくれる。明日は土曜日だから休み。今日は黒崎とずっと一緒に居られる。
 平日の場合は、夕飯の前に自宅に電話をして、夜遅くに泊まっていくって連絡を入れている。でも、今日は明日が休みだから……たくさん貰える。


 僕は黒崎を見て、唇を舐めた。
 これから濃厚な赤くて甘い黒崎の血液が喉を通ると思うと、身体中が歓喜に震える。

 黒崎の甘い匂いに、意識が溶ける。


「黒崎……」

 そっと、黒崎の首筋に指を這わせた。



「お前、俺以外の奴の血なんか飲むんじゃねえぞ」

 当たり前だよ。

 だってどうせ君以外、要らない。


「血ぐらい俺がいくらでもやるから、俺だけで満足しとけよ」


 そう、君だけでいい。


「黒崎……飲ませて」

 我慢なんて、できないから。この匂いに逆らうなんて出来ないから。


 きっと、僕の瞳の色は変わっている。この時の自分の顔を鏡で見たことなんてないから知らないけど、黒崎が言うところによると、僕は赤い目をしているらしい。
 そうかもしれない。
 身体中の血液がざわめいている。



「俺だけなら……いいぜ。飲めよ」



 そんな僕を見て、黒崎は血のように甘くてとろけるような笑顔を浮かべるんだ。
















20111101