Full Moon 10








 顔中、血まみれにしながら……僕は黒崎の血を舐めて飲み込む。口の中で黒崎の血の味をよく味わってから、飲み込む。
 身体の中に黒崎が流れ込んでくる。僕の中に染み渡る。

 ……美味しい。

 何で、黒崎の血はこんなに美味しいんだろう……黒崎からだけ、甘くて美味しい匂いがする。

 僕が開けた傷口は決して大きくも深くもない。今鏡を見たら僕の犬歯は蛇のように尖っているのだろうか。見る気もないけど。首筋に開いた2つの穴は、次の日にはカサブタになって落ちて終わる程度の傷痕。血をもらった次の日は気になって確認するけれど、三日もすれば、痕もない。
 傷口に罪悪感はないけれど、皮膚を強く吸ってしまわないように気を付ける方が大変だ。うっ血させてしまうと、痕が残ってしまう。この前その痕をクラスメートに指摘されていたことは覚えている。その痕をつけたのが僕だなんて、誰も知らないし、気付かせる気もない。僕がこんな風に、黒崎の血を毎月もらっているだなんて、誰にも知られたくない。
 だから、気を付けないと。

 少しだけ噛んでつけた喉の傷。それでも血が多く流れる場所だから、小さな傷口でも、そこから真紅色の黒崎の血が流れた……。


 赤い色に誘われて、もう、一口。舐める。

 身体中の細胞が震えるような、そんな気がする。

 美味しくて……僕は、この味を口にするためなら、きっと何でもできる。

 もう、やめよう、と思いながら、また一ヶ月先になってしまうのかと思うと、名残惜しくなって、また首筋に口を寄せて吸う。あまり強く吸ってしまうと、鬱血の痕が残ってしまうから、吸わずに舐めるようにしているけれど、黒崎がくすぐったがって身を捩るのが鬱陶しい。


 黒崎の流れる血に舌を這わせる。

 本当に、美味しい。






「石田」

「ん?」

 ベッドに腰をかけた体勢で、僕は知らずうちに黒崎の身体に腕を回して、血を舐めていた。



「お前、興奮してんの?」


「え?」



 何が、と、問い返そうとした時に……触られた。

「っ!! ……あ、何?」

 そんな場所、他人に触られたことなんか無かったから……驚いた。

「……やっぱ、硬くなってる」
「ん……や、黒崎っ!」

 黒崎に触られて、僕は初めて気付いた。
 僕は血を飲んで、興奮していた。今、触られて気が付いた。それどころじゃないくらい、夢中になっていた。


 身体中、皮膚がざわざわする。

 ………何で、僕は……。確かに興奮していた。美味しいって、思って……何故僕は?

 血を飲んだ後は、どうにも頭がぼやける。
 麻酔にかかったように、身体に力が入らなくなり、ふわふわとした浮遊感の中に意識が漂う。

 麻薬の、ようなものだと思う。僕は逆らえない。それだけが唯一絶対な物になってしまう。黒崎の血液が一番で、あとはその他になってしまう。




 だから、黒崎がベッドに僕をそっと横たえて居たのにも気付けなかった。僕は黒崎の首から流れる赤にしか意識を向けることができないでいた。上下の感覚すらあやふやで、何で黒崎が上から僕を見ているんだろうと、何となくそう思っていた。


 こういう時は僕は一体どんな反応をするべきなんだろう。
 いつもの僕は、こんな場合、どうする?

 考えようとしてもまとまらない。


 思考が言うこときかない。傷口から、赤い筋が垂れてきた事しか見えていない。



 潤いはだいぶ身体を満たしたけれど、これでまた一ヶ月、僕は我慢できる。明日には血を飲む必要もなくなる。

 でも、もう一口、それを飲みたくて口を寄せようとして、黒崎の首に腕を絡めようとして、腕を押さえられて居たことに気付いた。

 動けない。

 強く押さえつけられていたわけでもない。無理矢理体を起こそうと思えば振りほどけないほどではなかったけれど……何だろう? まず、僕は疑問に思ったから、抵抗をせずに黒崎を見た。

 黒崎は何をしようとしている?




「石田……俺はこっち貰っていい?」

「なに、が?」


 僕は、黒崎に何を与える事ができるのだろう? 僕が黒崎にあげられるものなんて何もないと思うのに。
 黒崎がただ利己的な偽善欲を満たしたいだけなら、それで満足するなら、僕はそれでいいと思って納得していたが……。


 もし、僕が黒崎に何かを与えられるなら。


 ギブアンドテイク。僕だけが貰うわけじゃない。互いのメリットの上に成立する関係になれる。
 それなら、そっちの方が気が楽だ。

 僕ばかりが一方的に黒崎に貰うよりも、僕も何か、黒崎が満足できるようなものを持っていればの話だけれど……もし、フィフティ・フィフティでなくとも、少しでも僕が何か黒崎に返せるのならば、一方的な関係でない方が、少しでも罪悪感を感じずに済む、




「こっち」

「あ……っ」


 黒崎が僕を、ズボンの上から撫で上げた。
 身体の芯に火がついたような、そんな感覚が登る。


「石田………俺も」


 何が、俺もなんだろう。











20111018