20110715








「なあ、石田。今日って俺、誕生日なんだけど……」

「……そう。おめでとう」


 そう言うと、黒崎は複雑な表情を見せた。

 期末考査も終わり、午前中だけの授業で、そろそろ帰ろうとしていた時に、黒崎にそんな話で捕まった。

 今の話の内容では、今日は黒崎の誕生日らしいが……僕の返事は正しかったと思う。三百六十五日で一日しかない誕生日は、十年回で十回もあるし、確立ではこの四十人弱のクラスで、十日に一度は誰かが誕生日を迎えている計算だ。それほど珍しいものじゃない。

 それでも、とりあえず僕と黒崎はクラスメートではある。だからと言っても、顔を合わせれば軽く挨拶をし、必要最低限の話を多少はする程度の、友達と呼ぶのは少し親密度が足りない関係では、これが一番適切な回答だったと思う。


 のに、何だろう、その微妙な顔は。

 そもそも君が僕に誕生日を主張してきた事ですら驚いているのに……何でその顔なんだ? 「おめでとう」に対して「ありがとう」の反応で終るはずの会話だが、続きはまだ黒崎から返されていない。

 もしかして黒崎は本当はマゾで、今日は君が生まれてしまった一年で最悪の日だ。とか、僕に罵られたかったのだろうか? そういう言葉なら僕のボキャブラリーの中からいくつかは選出できるが、喧嘩を売って帰る時間を遅らせたいわけでもない。

 他に言葉を思い付かないんだけど、どう言えばいい? 喧嘩を売らない言葉の中では、頑張っても「僕に何の関係があるの?」としか訊けない。


「誕生日プレゼントは?」

 ……プレゼント、って何だ? プレゼントなど、親しい奴から貰えば良いじゃないか。
 ただのクラスメートの僕からプレゼントを貰おうとするという事は、黒崎は四十個ほどのプレゼントを貰うつもりだろうか。

「何で僕が?」
「んー、とりあえず」
「とりあえず皆に誕生日の主張をして、プレゼントをせびっているのか? 卑しい根性だな」
「ちげえよ。そう言うとりあえずじゃねえ」

 どんなとりあえずだよ。

「そうだ、この前くれた弁当の玉子焼き旨かったから、あれ作ってくれよ」
「あげたんじゃない! 君が僕の弁当箱から盗んだんだろ?」

 そもそも何で別に親しくもないはずなのに、昼食は一緒に取る決まり事が出来てしまったんだろう。
 最初のうちは黒崎が無理矢理屋上へ僕を引っ張って行ったのだけれど、最近では僕が行かないと、小島君や浅野君がわざわざ呼びに来てくれる。いつから、ご飯は皆で食べるなんていう暗黙の決まり事が出来てしまったんだろう。
 一緒に食べていても、茶渡君も寡黙だし、黒崎とも当然だが、話題はない。小島君と浅野君の会話を聞いてそれに時々黒崎がツッコミを入れて、時々面白いから、別に一緒に食べるのが嫌なわけではないけれど。
 ご飯を一緒に食べると知らないうちに友達にでもなっているのだろうか。

 僕は、まだ黒崎とはクラスメートという関係性で、それほど親しくなっているつもりはないのだけれど。


「だから、あれでいいや」
「じゃあ、来学期に玉子焼き作って来るよ」

 卵二個分の経費程度なら、誕生日に免じて作ってあげてもいいけれど。きっと来学期になって再び主張してもらわないときっと忘れているだろう。


「いや、今食いたい」
「は?」
「どうせ帰って一人で何か作って食うんだろ? 俺の分くらい多く作ってもバチは当たんねえよ」

 ……何それ。
 突撃隣の昼ご飯のつもりだろうか。つまり僕の家に来たいとか言ってるのだろうか。黒崎が僕の貴重な昼飯を狙っているという事か?


「そりゃ僕にバチは当たらないけど、君は僕の貴重な食料を食べるわけだから、僕には恨まれるよね?」

「じゃあ、材料俺が買えばいいんだな?」


 そう。
 食材が手に入れば、後は別にどちらでもいい。一人分作るのも、二人分作るのも大した差じゃない。









 だから、今目の前で、黒崎が僕の作ったオムライスを食べてる……何故か。



 いつもは高くて買えない国産豚バラ肉も、黒崎が買ってくれたと思うととても美味しい……スープにほとんど挽き肉状にして少し使って、あとは冷凍庫で保存してある。最近は毎食モヤシしか入ってないモヤシ炒めばかりだったから、肉なんて、実に一週間ぶりだ。ケチャップライスに細かく切って混ぜた鳥ムネ肉の残りも冷凍庫だ。少しずつ味わおう。水菜と大根の千切りサラダも、大根があと半分あるから、今日の夕食は奮発して鳥大根とかどうだろう。米も残り少なかったから、2キロほど買ってもらった……黒崎のお陰で、僕は今月を乗りきることができそうだ。
 助かった。有難う。と、僕がお礼を言いたい気分だ。

 それに。
 美味しいって言われるのは、悪い気がしない。
 たくさん作って、特盛にしてあげたというのに、黒崎は見る間に平らげた。僕も食べるのは遅い方だという自覚は在るけれど、成長期の高校生なのだから、食べる量は一般的のはずだ。その一般的な僕の量の凡そ1.5倍を……皿には米粒一つ残っていない。
 僕はいつもの僕の量を、あと三分の一。

 もっと味わって食べろよ。って言おうかと思ったが、僕が作ったご飯を豪快に食べられるのも……やっぱり悪い気がしない。
 ちゃんと噛んで食べているのかは解らないけれど、こんなに勢いよく食べていて、まずいという事はないはずだ。
 いつも僕のためにしかご飯を作らないけど、こうやって誰かが美味しそうに僕が作ったものを食べているのは、なかなか……嬉しいかもしれない。


「あー、うまかったー…」

 黒崎はスプーンを置いてゴチソウサマと律儀に両手を合わせた。やっぱり、美味しかったらしい。確かに、僕も納得のできる味に仕上がった。卵もいい具合に半熟だし。

「……。お粗末様でした」
「すげえ旨かった」
「…………。そう」

 相変わらず人と食べるのは慣れていないから、食事中なんで、会話のテンポがずれるのくらいは仕方がないだろう。

「なあ、石田って、いつから一人暮らししてんの?」
「……。高校に入った時からだけど」

 それが何か?
 最後の一口の米粒を咀嚼して、飲み込んでから、そう言うと、黒崎は何となく、へえ、とか大して感慨深くもなさそうな感嘆を漏らして僕の部屋を見回した。



「なあ、テストどうだった?」

 その話題は続かなかった。やっぱり別に僕が一人暮らしをしている事に、何かの興味を持った要でもないようだ。
 テスト……今日返ってきた古典だろうか? 数学か? そもそも、それを僕に訊くのか? 毎回パーフェクトに決まってるだろ?

「いつも通りだよ」
「そっか」

 僕も黒崎を真似て、ゴチソウサマと手を合わせてから、僕の更と黒崎の皿を重ねて台所まで運ぶ。黒崎も手伝おうとしてくれたけれど、狭い家だから、逆に邪魔だから何もしないで居てもらう。

「そういや、生徒会ってもう秋祭の準備してんの?」
「当然だろ? どうせ、もともとそのための要員だ」
「へえ」

 何なんだ、黒崎は?

 僕達が会話なんて続かないのは、百も承知じゃないのか? いつも昼ご飯を一緒の場所で取っていると言っても、一週間で一度も会話がない事なんて、いつもじゃないか。
 無理矢理話題を探してますって、そんなに主張しなくてもいいと思う。テストも生徒会も黒崎にはどうでもいい事だと、その態度が言っている。実際興味がありそうでもない。つまり、僕達に共通の話題があるとも思えない。

 黒崎も話術が卓越していない方だし、僕も必要がない話をするのは得意じゃない。

 だから、別に無理矢理話題を作らなくていいと思う。


 テーブルを片付けて、麦茶を出して座る。洗物は流しに置いて水をかけて置いたから、後で洗えばいい。


 一人用の小さなテーブル挟んで座って……。

 黒崎が、目の前で今出した麦茶に手を付けた。一口飲んで、置いた。十秒もしないうちに、また黒崎が麦茶を飲む……喉が乾いているような飲み方ではないけれど、でもやたらと麦茶を消費している……手持ち無沙汰なのはわかる。

 何しろ、僕もだ。


 ともかく目標は、クリアしたはずだ。
 黒崎は僕の作った卵焼き……にはならなかったけと、卵料理を食べて、美味しかったのであれば良かった。

 だから……。




 さて。


 どうしよう。


「いつも何してんの?」
「別に。本読んだり、部活の課題やったり」
「音楽とか聞かねえの?」
「聞かないな」
「そっか」

 ……どうしよう。
 自分の部屋なのに、何でこんなに空気が重たいんだろう。
 普段あまり見ていないために、テレビをつけると言う選択肢を思い付かなかったことは悔やまれる。
 静かな時間がやけに長い。

「暑いな。クーラー入れないの?」

 ようやく、黒崎が出した話題。気候に着目するのはいいと思う。話題が無い場合は、とりあえず天気の話をするのが日本では常識らしい。

「クーラーは喉が痛くなるから嫌いなんだ」
「……そうなの?」
「乾燥するだろ」
「でも暑くねえ?」
「暑いけど、電気代も浮くしいいんだよ」
「よく耐えられるな。昨日とかこの辺35℃だったらしいぜ?」
「扇風機じゃ足りないなら、団扇をかしてあげるよ」
「……」
「…………」

「……じゃ、借りる」

「……どうぞ」



 僕達は頑張った。
 こんなに会話がキャッチボールできたのは初めての快挙じゃないか? 僕も頑張ったし、黒崎も健闘した。

 結論。
 僕達に会話は向いてない。

 食べ終わってお腹が落ち着いたら、早く帰ればいいのにとか、暗にではなくちゃんとはっきり言った方が良いのだろうか。




「黒崎……何だ?」

 会話をなんとか繋いでる事は解った。
 こんなに頑張らなくては僕達は会話ができないのに、それでも黒崎が楽しくもない話題をわざわざ見つけてきているという事は、まだ帰るつもりがないと言う主張だろうか。

 そうだとしても、何故だ?
 何か……言いたい事でもあるのだろうか。


「……いや、……その、さ」

 この滑舌の悪さ……つまり、何かがあるんだろう。

「何だよ?」

 下を向いて、目線を合わせようともしない黒崎は……何だろう。何か僕に言いたい事があるようだけど。




「あのさ……石田。もう一個だけ、欲しいものがあんだけど……」

 黒崎らしからぬ、すごく歯切れの悪い言い方だけれど……。

 僕にオムライスまで作らせておいて、その上、他にも欲しいものだと?
 いや、もしかして、黒崎としては本当はこっちが本題で、僕の部屋に来るために昼ご飯の材料まで買ってくれたのだろうか……とすると、言いにくい事になるだろう。

 欲しいもの……僕が持っていて、黒崎が持って居ないもの。僕の持ち物で、僕と性格も趣味も何もかも違う黒崎が興味のひきそうなものが何かあるとも思えない。


「お金はない」

 僕の持っているもので、黒崎が何か言いにくい事……。

 何だろう。勉強を教えてくれとかだろうか……確かに一応学年で前の方をキープしている黒崎としたら、そんなことを頼むのも恥ずかしいかもしれない……わけはない!そう言えば二週間前に、浅野君に教えるついでに、一緒に数学を教えたはずだ。勉強を教えてくれということぐらいでこんなに躊躇う黒崎がこの世に存在するとも思えない。


 とすると何だろう。
 この前中古で買った腕時計が実は価値の在るもので、マニアには垂涎のお宝……だとしても、黒崎は腕時計つけてないな。いや、でも集めてるかもしれない……という推測はいい線行っているだろうか。




 ……お手上げだ。
 黒崎が何を欲しがっているのか僕にはわからない。


「いや、金はかかんないから」

 お金がかからない。
 黒崎が、馴れない僕との会話を頑張ってでも、ちょっと重たい空気に耐えてまでここに居た理由だ。
 だから、それを黒崎に与えれば僕も解放されると言うことか。

 黒崎が何を欲しがっているのか、僕にはさっぱりわからないが。

 一つ、思い当たるのは……この空気だ。

 僕と黒崎はこのように、会話ができない。趣味が合わないからと諦めてしまうのが手っ取り早い方法だと思うけれど、黒崎は僕と仲良くなりたいのだろうか。
 思い当たる節はある。

 お昼ご飯を一緒に食べる仲ではあるけれど、最初に誘ったのは黒崎だけど、僕は小島君、浅野君、茶渡君の順で僕は会話をしている。
 黒崎と話したくないわけではないが、何を話していいのか解らない。話してもこの通り、会話にならない。
 茶渡君は口数は少ないけれど、独り暮らしをしているという共通点はあって、家も近所だから、多少スーパーの話題が出来る。

 黒崎から、僕に何か話しかけようとしている殺気を感じることが、最近増えた。ただ、その気配を察知して待っていても、結局黒崎は何も言わないで、視線を僕から外す。

 もしかして、黒崎が言いたい事は、これだろうか。
 仲良くしていないわけではなく、仲良くなれ無いのだから仕方がないと、黒崎はまだ諦めていなくて、クラスメートから友達にワンランクアップを目指しているのではないだろうか。
 だから僕のうち……いや二人きりで、話し合う機会が欲しかった。と、いう事じゃないか?
 昼食をとっていても、相変わらず僕と黒崎の間の空気はどこかぎこちない。それに、もう少しこの錆びて軋んだ音がしそうな関係をどうにかしたい、などと、周囲には相談できない。黒崎もしそうなタイプではないし、僕も恥ずかしい。

 黒崎が誘ってきて、黒崎とは馴染めなかったけれど、僕が周囲と馴染んでしまったために、昼食に僕が居る事が固定してしまった為に、黒崎の居心地が悪くなった。それを払拭するための努力でもしようとしているのだろうか。

 だとすれば、僕も別に構わない。
 黒崎を、死神は嫌いだけれど、今のところクラスメートとしか思えないけれど、別に嫌っているわけではない。
 馴染もうとしているのであれば、僕もそれ相応の努力をしようと思う。


 何より、お金はかからない。


「なら良いけど」

 今月も、お金はない。



「……じゃあ、目、瞑って」
「何故だ?」

「いいから」


 言われた通りに目を閉じる。お金はかからない。

 何だ? いきなり殴られることはないとは思うけれど……


 考える間もなく。




 唇に、ふわりと……感触。




 すぐに……離れたけど。

 一瞬だけ。軽く。柔らかく。


 今の、何?






「悪い」

「…………」

「石田の、ファーストキス、どうしても欲しかった」


「………………」


「ごめん」



 黒崎が、なんか……泣きそうな顔……。

 確かに、お金はかからないけど……。

 黒崎が、僕のファーストキスが欲しかったって……。



「黒崎……」

「石田、ごめん」



 唇に、残る感触。すごく、柔らかかった。



 僕のファーストキス……が欲しかったって……。


 どういう……ことだ?

 それは、友達枠を逸脱していないか?


「俺、石田が、好きだ」

「……黒崎」

 僕を、好きだって……?

 こんなに話が合わないのに、なんで僕を好きだとか?




「俺、お前が好き」




 黒崎が、泣きそうな顔で、机の上に置いてあった僕の手を上から握った……すごく、熱くなってた。赤い顔も、きっと熱いんだろう。
 僕もつられてしまったのだろうか……やけに部屋の温度が熱い気がする。





 ファーストキスだったら、中学の時に告白された時に、お断りしたら、諦める代わりにと言われたから、可愛い女の子だったし、そのくらいならいいかって思って既に他の人にあげちゃってるよ。

 とか、今言うべき事だろうか。

 いや、何するんだ! とか怒るべきところだと思うけど。






 らしくもなく赤面して、上目遣いに僕を見る黒崎に、何故か伏せた耳と垂れた尻尾を見たような気がしてしまい、僕は叱ることが出来なくなってしまった。














20110716
サルベージ20110719
3100→5800