「一護……」
一護の名を呼ぶ。僕は微笑む。
一護も、僕を見て笑った。
「……雨竜」
一護も僕を呼んでくれる。
僕は彼が微笑みを返してくれたことが嬉しくて、彼のシャツを握り、胸に顔を擦り付けた。
一護の鼓動を感じた。
資料室。
ただの埃臭い教材置き場。
昔はもっとクラス数が多かったのだと言うこの学校で、昔は教室として使われていたのだろうが、今は授業で使う事もある教材等が置かれているだけ。
四限目の終わりに、日直だった僕は教師に授業で使った教材を片付けるように言われたから、昼休みに片付けに来ていた。昼食を取った後だから、あまり時間は無かった。
片付けていたら、彼の霊圧が膨らんだ事を感じた。
一護を感じた。
チャイムが鳴った。授業が始まる。
片付けは、終わっていたけど、僕は近づいて来る霊圧を待った。
扉が、開くのを待った。
意識して、自分の霊圧をコントロールして、強くした。
ここに、居るよ。
僕はここに居る。
彼に、僕を見つけて欲しかった。会いたかった。
会いたいから、会わせて欲しいと願えば会える相手じゃない。
いつ会えるなんか解らない。
彼の気分次第……それならば、僕は彼に不貞を責められるのに。
……黒崎の霊圧が弱くなった時。
一護の意識は、こんなに強烈なのに、いつもは黒崎に押さえ込まれているから、いつも一護を感じることすら出来ない。
近付いて来る霊圧を、僕は待ち遠しく感じる。
もう、授業は始まった。
授業を無断で欠席することに何の感慨もなかった。彼に会えない方が、僕には苦しかった。
会いたくて、僕は一護に会いたくて、会えないと僕が枯渇してしまいそうになる程、僕は彼に触れたかった。
だから、扉が開いた時は……。
「探させんなよ、雨竜」
「もっと僕を強く感じてくれないからだろう?」
嬉しい、と、素直にそう思った。自然と頬が緩む。会いたいと、ずっと思っていた。
「お前じゃねえんだから、んな器用な真似できねえって」
「黒崎みたいだな」
黒崎だって、解ってる。
彼が黒崎と同質のモノだと知っている。
それでも、僕は一護を唯一の価値とする。僕にとって大事なのは黒崎じゃない。
「知っているだろ、俺は黒崎一護だって」
「やめてよ」
そっと一護に近付いて、一護のシャツを握って、僕は一護の肩に額を乗せた。
「反吐が出る」
「んなに、嫌うなよ」
……黒崎は、嫌いなんだ。
一護が、君が好きなんだ。心を君となら触れ合わせたいんだ。僕は君が好きだ。
彼の指を探して絡ませる。
こんな接触ですら、心地よい。
皮膚が触れ合うと、心が通うような錯覚がするんだ。
僕は一護が好きだ。心が自由にならないくらいに僕の心は一護に縛られてしまっている。触れ合って心が通うという錯覚を好んで受け入れたいと思う。きっと、何も通ってなんて居ないんだろう。僕はただの僕で、一護は一護だ。何を考えているのかなんて解らない。僕が考えている事が一護に全て晒されている事もないだろう。
ただの錯覚だ。心が通じるだなんてあり得ない。
それでも、接触は気持がいい。
きっとそれだけでいい。ただ、気持が良いから。それだけの理由で十分だ。
虚なのに……変なの。彼は虚なのに。身体は黒崎のものだから……全然違うのに。この体温すら一護のものだと勘違いしそうになる。
「雨竜……」
彼は、優しく僕の頭を撫でる。
優しくされるのが、嬉しい。
彼が僕を見てくれる、それが嬉しい。
一護の視線の中に僕が居る……そう、解るだけで、彼にすがり付きたい気分になる。
一護は僕に口付けをくれた。
ふんわりと触れ合うような接触を経て、僕の中に入って来る。ぬるぬるとした舌の感触を心地好いと感じるなんて、思わなかった。他者との接触は、著しく少ない育ちだから、他人と触れ合う事を心地好いと感じるとは思わなかった。
息苦しさに目眩がするほど。
自然と呼吸が荒くなる。
「……あ」
僕のズボンから、シャツを引っ張り出して、僕の腹に、直に一護の手が滑る。
授業中なのに。
頭の片隅にちらりと、そんな些末な事が飛来したが、すぐに目の前の存在の大きさに、それを打ち消した。
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20110713