白亜の闇 08








 整わない呼吸をそのままに、彼は床に潰れた僕を見ていた。僕が目蓋を開かないでも感じる程度には、視線に重圧があった。僕を、見ている。


 まだ、全身がピリピリと痛い。彼の霊圧を浴びた身体の器官が、痛い。

 繋がっていた部分は、まだ焼けているような気がする。まだ、中にあるような気がする。



 もう、終ったんだ。僕は、解放されたんだ。





「……なんで……?」


「あ?」

「何で、こんな事……」


 何で?
 僕は、黒崎が嫌いなんだ。

 その相手に………黒崎じゃない事はわかる、でも彼は黒崎以外誰でもない。そんな相手に、僕は……僕は何をされた? 考えたくない。何も、考えたくない。



「お前、俺の事嫌いだろ? オトモダチになりたかったんだって……」

 悪気など微塵もない顔で、彼は気安い口調で……実際、彼にそんなものなどないのだろう。彼は彼の思う通りに動き、たまたま僕がそこにあっただけ。きっと、それだけだ。そのくらいの気軽さで、僕はこうやって今床に這い蹲っている。



「だったら、僕じゃなくても……」

 僕じゃなくても、本当は良かったんじゃないか? 彼の気が済むようなら、僕じゃなくても良かったはずだ。そう簡単には死んであげるつもりはない僕は、ちょうどいいのかもしれないけれど、何故僕だった?


「だって、お前が一番弱そうだったしさ」



 彼は、へらりと笑っていた……。悪気など、微塵も感じられない口調だった。わざと僕を挑発するような口ぶりでもなかった。



 僕が、弱いと当然のごとく、そう言って、へらりと笑った。ここに空気がある程度の当然な口ぶり。



 僕が……弱い? そう、言った。



 僕は弱い。
 それは僕だけが知っていればいい事実だ。誰よりも、黒崎だけは知らなくてもいい事実だ。彼がそれに気付いていると言う事は、黒崎も僕をそう認識していると言う事だろうか? 黒崎だけには、僕を弱いだなんて認識してもらいたくない。強くはなくてもいい。弱いだなんて見下されたくない……黒崎だけには。





「あと……腹の中の温度が、俺と一番近そうだったからな」

 思いついたように、彼はそう付け足した。

 温度が、近い。どういうことだろう? 弱いと言われた事よりも、温度の方が真理に少し近いような気がし、僕は真意を確かめたく目蓋を開き、彼を見上げた。


 彼は、僕を見ていた。人ではない瞳が、僕を見下ろしていた。人ではない。黒崎なのに。



 霊圧が、白いと、思った。

 同じ霊圧なのに、色が違うような気がした。黒崎の霊圧は死神だから、赤にとても近い。陽だまりのような、温度を感じさせるような暖色をしている。霊絡は視覚化できるけれど、個人の持つ霊圧を色でイメージするのは、楽曲を色で表すようなものだと思う。必要もないし、その表現をしても個人の感覚だし、誰にも伝えるつもりもない上に、理解できる相手もいないだろう。

 それでも、ただ、白いと、思った。彼は、白かった。


 霊圧を色で表すなら、白い、と、そう思った。闇のような重厚さで、幾重にもただ白が重なり、光よりもただ深淵に暗い白があった。









「……君は……」

「一護って呼べよ」

「……」


 一護………、彼が僕に何を言いたかったのか、僕にはまだ解らなかった。温度が近い。僕と彼とで、そんなはずないのに。

 僕は、人間だ。


 一護、彼は……人間でもない。黒崎だけれど、虚だ。








「っと、やべ。さっさと後始末しないと、一護に見られちまうぜ?」




 彼は、身なりを正すと、近くの椅子に座った。



 ふと……緊張の糸が切れたような。緩んだ瞬間、張り詰めていた事を意識した。

 鋭く刺さるような空気が緩和された。呼吸が、苦しくない。空気中に確かに酸素が濃度を持っていると実感できる。温度すら感じられない固まった空気が、緩み、柔らかくなる。






 …………彼が、消えた。


 彼……一護の霊圧が……いつもの黒崎のモノに……変わる。


 僕は慌て服を身につけた。拭いて居なかったから、気持ち悪かったけど。

 タオルで、床を拭いて、痕跡を消した。


 痕跡なんか、残せない。


 消さないと。



 一護が消えた今、事実は僕の中にだけある。


 だから……何も、残さないように。













 何も、全て、消えればいい。













20110209