425の携帯電話妄想 |
ある日、俺は浦原さんに呼び出された。霊力もなくなった俺に用って言えば、倉庫の片付けとかの手伝いかと思ったけど、何やら薄ら笑い浮かべて差し出した物は、見たことがあった。
「いやぁ、携帯電話、買わないかと思いましてね」
にこやかに差し出したケータイはルキアが持ってた奴と同じ形……のはず。あんまよく覚えてねえが、確かルキアはそんなの使ってた。あんま、好みじゃねえし、それ以前にそれ使えねえだろ? ケータイにそれほどこだわりねえけど、大前提で、家に架けられるってのあるだろ?
「俺、携帯持ってるし。それにその電話、こっちじゃ使えねえの知ってんだけど……」
「いや、使えますよ。確かに現世の電話機とは相性悪いですが、あっちとも繋がりますし」
「それ、基本的に使えねえって言わないか? それに俺もう幽霊の声聞こえねえから」
そりゃ尺魂界に繋がるのはメリットかもしんないけど、もうその辺の幽霊さえ見えない俺に、その電話機を通したからって、尸魂界と会話できるのかは謎だし、聞こえねえんじゃねえか?
「そうですか? 要りませんかねえ。あと一台しかないんすけどねえ」
「要らねえよっ!」
「そうですか。後で欲しいって言ってももう無いかもしれませんよ?」
「誰が買うんだ、そんなもん!」
わざわざ呼び出されたと思ったら、妙なものを買わされるところだった。いや、1円だって要らねえけど。
「そうですか。後で恨まないで下さいよー」
妙な薄ら笑いで俺は帰された……俺、何しに浦原さんちに行ったんだろう?
んで、その一週間後、石田がそのケータイを持ってる事を知った。
連絡取れねえから携帯くらい持てって何度言ったって、基本使用料が無駄だとか言って持つ気配なんかなかったのに、浦原さんに渡されたのはホイホイ持つのかよ、こいつ。
「携帯なんか面倒だから持たないって言ってなかったけ?」
監視されてるようだとか言ってさ。
いや、監視できんならしたいけど。どこに居んのかとか、知りたいし、夜中に無性に声聞きたくなったりとか、一言のメールだけでも繋がってる気分になるし……。
とかは、言わなかったけど、便利だから持てって俺の主張は鼻で笑われたってのに、知らないうちに、何持たされてんだよ。
「浦原さんが、危なかったら呼んでくれって言ってくれたんだよ。せっかくの好意なんだから貰わないわけにいかないだろ?」
なんだそりゃ……俺の好意は踏みにじればいいとでも思ってんのかこいつ? どんなにケータイ持てって言っても、必要無いの一点張りだったじゃねえか。
確かに俺には持たせたくても、石田の分の携帯代まで払えるような稼ぎなんかねえけど。
しかも浦原さん、俺には売り付けようとしといて、石田には無料かよ……。
「それ、GPSみたいな機能あんじゃねえの? 居場所ばれるぜ?」
なんの為に持たされたのか、自覚あんのかコイツ。監視されてるようじゃなくて、監視するために持たされてんじゃねえのか?
「この町くらいなら、大きな霊圧はだいたい僕も把握できてるよ。浦原さんだって僕がどこに居るかぐらい解るだろ?」
いや、当然みたいに言われたって……なんだ、この歩くGPSは。
帰り道、途中まで一緒。今日はバイトもねえし。最近は俺もバイトやらなにやらで忙しいし、石田も虚討伐に奔走してて、けっこうすれ違いな毎日。もともとそれほど表だって仲良くしてたわけじゃねえけど……。
だからこうやって家まで一緒に帰るとかで、なんとか石田との時間を増やそうとしてる俺は、片想い歴そろそろ二年になろうとしてて、なかなか健気だと思う。
今日は、今日こそは、石田んちに遊びに行って勉強教えてもらうふりして、二人きりで親密度を上げて好感度アップを計ろうとか意気込んでみたりする一週間前からの計画を敢行すべく、まずは呼吸を整えた。
言うぞ。せーの…
「な、なあ、石田今日、さ……」
「ん?」
「今日、暇か?」
「え? 今日?」
「もし暇なら……」
意を決して石田に話しかけた時にブーッブーッて携帯のバイブの音がした。
こんな時に何だよっ! って、ケータイ出そうとしたら、俺のはいつも通りの待受け画面で、着歴なんかはなかった……ってことは?
「あ、僕だ。ごめん、ちょっと電話出るね」
「……ああ」
石田が、趣味の悪いデザインの携帯の通話ボタンを押した。
「こんにちわ」
石田が携帯で電話をしてる図……なんか、妙な感じがする。固定電話も妙な感じだけど。あんなに俺が持てって勧めても右から左に流しやがってたくせに。
相手が誰かって詮索するまでもない。親が所在地確認のために子供に持たせる電話よかタチが悪い、浦原さんくらいにしか繋がんない電話だろ?
「え? 今日ですか? 大丈夫ですけど。本当ですか? いや、僕は今日は暇ですけど……」
今日って今日の事か? ちょっと待て。俺が今石田の予定入れようとしてたとこだって! しかも、今日はやっぱり暇だったのか!?
虚出現の出動要請用の電話……じゃないみたいだ。そもそも虚が出たら、石田なら死神の検知能力よりもアンテナレベル高いし。
あれか? 時々手伝いに行くって言ってたけど……。
「でもご迷惑じゃ……」
そうだ、断れ! 石田! 今から俺が予定入れてやるから!
「あ、ならお邪魔します」
……あ、負けた。そっか、そっちかよ。何で浦原さんに負けた気分になんだろう。
「いえ、すごく楽しみです。はい、学校終わったら一度帰ってから向かいますね。はい。また後で」
楽しみって何だ? 浦原さんの手伝いのバイトっても、楽しみって事は無いだろう。家庭の事情と虚狩りの関係により、バイト出来ない石田が、時々浦原さんちに手伝いに行って小遣い稼いでるみたいだけど……楽しみって、何だよ? そもそも何で今日なんだよ? あのオッサン俺の心の中のカレンダー把握してんのか?
「浦原さん?」
いちいち訊くまでもなく浦原さんなんだろうけど。なんか、楽しそうなに喋りやがって。しかも、こっち側で聞いてて、内容がさっぱりわかんねえ。石田と浦原さん……って、一体どんな関係なんだ? そもそも未だに死神は嫌いだとか言ってるくせに、浦原さんは俺以上に死神じゃねえか! 俺なんてもう一般の男子高校生だし。俺にはつかかってくるクセに、浦原さんにはその態度かよ!
「うん、そう。美味しい金目鯛が手に入ったからって、夕飯に誘われた」
って言った石田の顔が、だらしないまでに笑顔だった。今だかつてこんな幸せそうな石田の笑顔を見たことがあっただろうか。……金目鯛の威力は凄い……けど。
「浦原さんとそんな電話すんのか?」
浦原さんって浦原さんだよな? あの正体不明の怪しさに服着せて歩いてるような、あの浦原さんだよな? 金目鯛で石田を釣ろうってのか? しかも全力で釣れてるし。
「別に、普通にかかってくるよ?」
普通って、何が普通なんだ? あのオッサンと何を普通に会話すんだ?
「昨日は寝る前に長電話しちゃったし、おはようメールとかも普通に来るし」
おはようメールって言ったか? 石田の口が今おはようメールって言ったか? 無駄な事は嫌いなんじゃなかったか? その「おはよう」ってメール、何の役に立つんだ?
「浦原さんって、顔文字上手いんだよ。猫のとか……見る?」
「……いや、遠慮しとく」
「そうだ、さっき何か言いかけただろ?」
「……いや、別に」
「携帯電話って、面倒だと思ってたけど、便利だね」
石田の眩しいばかりの笑顔が、今の俺にはただ悔しかった。
「何だよ、今日って今日だろ? 君はいつも突然すぎるよ。困ったなあ、片付けてないよ。君が気にしなくても僕が気にするんだ。いや、別にかまわないけど」
また一緒の帰り道、石田が電話してた。
なんか、最近石田が電話してるシーンをよく見るようになってきた……けど、誰だ、相手は? 浦原さんとしか繋がってないだろ、その電話?
来るのか? そいつ、石田んちに来るって話だよな? 何だ? そのあつかましい奴は?
にしても、浦原さんにしたらやけに砕けた口調だし……石田が浦原さんに対してこんな口調で話すはずねえし……。
石田の交遊関係把握してるわけじゃないけど、あんまり友達多くないはずだけど、そもそも使えんのか、この電話機?
番号だって090〜や080とかじゃないし、機種も謎だし。この前試しに石田に俺の携帯からかけてみたけど、案の定繋がらなかったってことは……浦原さんか、やっぱ?
誰だ?
浦原さん以外に誰が石田に電話かけてくるんだ?
「夕飯は何がいい? ハンバーグ? また? いや、いいけど三回連続だよ」
夕飯って、石田の手作りか? 誰が石田の作った飯を食べるんだ!
三回連続って、つまり最低でも三回は食ってるって事だろ?
「じゃあ……5時? 掃除したいから6時にしてよ。解った。待ってるよ」
そう言って石田は携帯電話を切った……。
「誰?」
誰が、こんなに親密に石田とコンタクトを取るんだ? 浦原さん以外に誰がこの携帯に繋がる電話持ってんだ?
そのケータイは尸魂界としか……って、まさか!
「阿散井だよ」
阿散井……って、恋次……か!?
どんな電波を使って電話してんのか知らないけど、尺魂界と繋がってるらしいのは知ってたけど、何で恋次が石田の電話知ってんだよ! 俺だって知ってるけど、そもそもつながらねえし。
「そっか。この電話便利だね。昨日は朽木さんから電話あったし」
「……ルキア……元気にしてんのか?」
「あ、白哉さんの方。朽木さんは週1くらいで頻繁にかかってくるよ? 僕からもかけるし」
って、ちょっと待て! 白哉がどんな顔してケータイ持ってんだ? てゆうか、そもそも恋次のやつ……!
「阿散井が今日、こっちに遊びにくるんだって。現世の食べ物が気に入ったらしくて、時々うちに食べに来るよ」
「さっき、またって……」
さっき、三回連続って……!
「あれ? 黒崎には会ってないのか? けっこう頻繁に遊びに来てるぞ、阿散井」
「……浦原さん、あの携帯まだあんの?」
「残念。一昨日、最後の一個が完売しちゃいました」
「誰が買ったの?」
「そりゃ、個人情報なんで言えませんよ」
「はあ? 知らないよ、何で僕が! 勝手にすればいいだろ?」
石田が携帯に向かって怒鳴ってた。
「もう、そっちに住めば? 僕は帰らないし! 帰らないからね!」
って、言って石田が携帯を切った。石田がこんなに口調がキツいのも、珍しい。
いや、俺にも時々こんな感じか? いや、怒鳴るにしても、もう少し余裕がある感じだったけど、今はなんか、毛を逆立ててシャーッて言ってる猫みたいに、石田の癖に余裕がない感じだった。
「なあ、それ、浦原さんに貰った携帯だろ?」
「そうだけど」
だよな?
尺魂界と現世じゃ浦原さんくらいだよな、繋がるのは? コイツが、こんな風に話すの、誰だ? 浦原さん、には、さすがにこんな風に怒鳴るなんてありえねえ……。
浦原さん、売り切れたって言ってたけど、まさか……!
「今……誰と電話してたんだ?」
「……父親だよ」
「……」
「暫く仕事で帰れないから、着替え持ってこいって」
「……」
「やっぱり携帯って、面倒かもしれない」
了
20101128
独り言にアップしてたのを加筆修正してサルベージしました。