記念写真
夏休みだ。暑い……と、いうよりも最早熱い。一応入居した当初に前の住人が置いていったクーラーはあるけれど、家計を考えると省エネも考えていないどころか、時々熱風を撒き散らすこの旧式の空調を使うう気にもなれず、扇風機と団扇でなんとか夏を凌いでいたけれど……そろそろ限界かもしれない。実家に帰る事だけはしたくないけれど、ここに居るのは命に関わると思っていた矢先に、黒崎が来た。 「石田、悪い」 「どうしたの?」 「遊子と夏梨が友達と一週間でキャンプ行っちまったんだ」 突然僕の家に乗り込んだ黒崎が、妹さんのスケジュールを僕に伝えた。 「……へえ。楽しそうだね」 他に思いつく言葉もなくて、適当な相槌を返したけど……。いきなり僕に謝ってきたけど、一体何が悪いんだろうかと思ったけど……深読みしなかった僕も僕で悪いんだろうけど……。 なし崩しに僕は黒崎の家に二日ほど宿泊が決定された。 ご飯を作ってくれる妹さんがキャンプに行って、最初の二日間は耐えていたらしいけど、朝トースト、昼カップ麺、夜店屋物に、三日目の昼に耐えかねたらしい黒崎父が黒崎にご飯を作れと命令したらしい。 黒崎は突然僕を呼びに来て、問答無用で黒崎に持ち帰られる事になった。 黒崎に恩を売るために、悲痛な面持ちで僕にご飯を作ってくれって頼む黒崎が哀れになったふりをしたけれど、こんな酷暑で、扇風機とロクでもない冷房しかない。涼しい図書館に行くために、炎天下を歩く気にもなれずに、半分溶けたような日が続いていたから、黒崎の家に冷房があるって言われて、心が揺らいだのが事実。 二日分の着替えと勉強道具まとめて、スーパーに寄って黒崎の家に乗り込んだ。 黒崎の家がお医者さんだって聞いてたけど、確かに誰かいる。病院の方はもう閉まってるけど、明かりもついてるし……黒崎は良く僕の家に来るけれど、黒崎の家に行くのは、初めてだったから、少し緊張をした。 玄関を開けようとしたら、待ち構えてたように扉が開いて驚いた。 さらに笑顔全開の……熊……いや、おじさんだろう熊……いや、人が出てきて。 「おう、一護、遅かったな。どこのスーパー行って……い、しだ?」 おじさんが、何故か僕の顔を見て固まった。 あれ、名前呼ばれた? 「あ、あの初めまして」 初めまして、だよな? 顔を覚えるの苦手な方じゃないし、さすがにおじさんみたいな豪快な風貌の人、見たらすぐに覚えるよ。少ない知り合いには、おじさんみたいな人は一人もいないから……初対面には違いないはずだけれど……。 「ああ。そっか雨竜君か! 君の噂は兼がね」 ああ、そうか。 「良くわかったな、親父。石田を連れてくるって言ってなかったのに」 あれ、黒崎は別に僕を連れてくるとか言ってたわけじゃないのか。おじさん、よく解ったよな。 「いやあ、一護がお世話になってるみたいで。実際に見ると可愛いなあ。そっか雨竜君かあ。はじめまして!」 「あ、どうも……」 いや、おじさん。初対面の男子高校生に可愛いって……あまり褒め言葉ではないと思うけれど、どうなんだろう。それに僕は標準だと思う。可愛なんて言われたのは初めてだ。可愛い子が好きなら、黒崎が小島くんとか連れてきたらどうなるんだろう。呼んだことないのかな? 「いやあ、君が雨竜君か、そうか。思った以上に可愛いなあ。昔の……」 「昔の?」 「いやいやいやいや、色々聞いてるけど、実際に会うのは初めましてだよなあ。いや、言ってた意味わかった。こりゃ可愛いわ。あとで写真撮ろうな」 「あ……えっと……」 昔のって言いかけたけど、何だろう。 「ほら石田困ってんだろ、さっさと部屋に入れろよ。暑くて死にそう」 黒崎は、このままここで僕の頭を撫で回しているおじさんの対処に困っている僕に勢いに助け船を出してくれたけど……黒崎はおじさんにどんな僕を伝えたんだ? 「可愛いって……君、あまり友達家に呼ばないの?」 「いや、妹がいるからあんまりは呼ばないけど、仲いい奴らは何度か来てるぜ?」 と、すると、浅野くんや小島くんも来ているのかもしれない。 「僕の事おじさんに一体なんて言ってたんだ?」 「神経質な眼鏡。頭が良いくせに天然。友達居なくてクラスで妙に浮いてる。手芸部で手先が器用なくせに不器用。いつも本は読んでるけど空気読めねえ。料理が滅茶苦茶上手い友達ってくらいしか言ったことねえのに……なんで可愛いになるんだ?」 ……そう。君は僕をそんな風に思ってたんだ。 とりあえず、八宝菜を作った。 自信があるし。食材色々買うと冷蔵庫に入らないから、自分の家ではなかなかできないんだけど、今日の分の食材は僕がお金を払うわけじゃないし、色々具材いれると味が出るから、僕の好物。 で、今回は自信作、なんだけど……。 「お口に合いませんでしたか?」 おじさんが八宝菜を食べながら何故か神妙そうな顔つきになってる。美味しく出来たと思うんだけどな……。 「いや、旨いぜ? なあ、親父」 別に君には聞いてないよ。美味しいのなんか知ってるよ。美味しい……はずなんだけど。 おじさんは、僕が作った八宝菜を口に入れた時から、何とも言えないような顔をしていて……どうしたんだろう。 「あの、美味しくなかったら、他の、作りましょうか……」 僕の声に我に返ったように、おじさんは笑顔を作ってくれた。 「いや、なんか八宝菜好きな奴がいて、そいつが作った八宝菜と味付けが似てたからびっくりしたよ」 ああ、そうなんですか。 と言おうと思ったけど、何故か、不快な顔が一瞬頭を過った。 いやいや、今は関係ないから。何でせっかくご飯なのに、アイツの顔思い出さなきゃなんないんだ。ご飯が不味くなる! アイツの顔を思い出したのは、この八宝菜の味が、僕が知っている限りじゃ、あいつが作った八宝菜の味と同じだからだろう。 まだ僕が料理作れないくらい子供の頃は、よく料理を作ってたような気がする。その中でも、八宝菜は多かった気がする……アイツの嗜好なんて興味ないけれど、アイツは八宝菜が好きだったのかもしれない。 「うん、美味しいな。今度うちの娘にも教えてやってくんないか?」 そう言っておじさんは白い歯を見せるように、ニカっと音が聞こえるような笑顔で笑った。なんか……安心できるような顔だった。黒崎に、そう言うところはよく似ているって思った。 「ええ。時間があればいつでも伺います」 別に、僕の作った八宝菜が、まずかったわけじゃないなら良かったけど……。 「雨竜君は料理は誰に習ったんだ?」 「……父……いや、独学です」 独学だと思う、習った覚えはない。 仕事が忙しいからと祖父の元に預けられる前は、確かにアイツが……父が、作っていた。 僕の味覚はその頃に作られた。その後中学に上がり、仕方なく同じ家に住んでいた頃、時々アイツが作ることもあった。 悔しいけど、凄く美味しかった。 「雨竜君は独り暮らしらしいけど、家には帰るのか? 実家近いだろ?」 あれ? 黒崎に僕は実家の場所なんか言ったことあっただろうか? 隠すようなことでもないから、言ったかもしれない。でも、僕の実家の場所を黒崎にいったことがあったとしても、あったとしても、なんでいちいちそんな事をおじさんに言うんだ? 「お父さん心配してるだろ?」 「まさか」 アイツが心配するはずなんかない。僕には昔から無関心だし、血の繋がりはあるかもしれないけれど、無関係だ。今は悔しいけれど学費と生活費を貰い扶養されている手前、大きなことは言えない身分だけれど、自分でお金を稼げるようになったら縁は切れるんだろう。 独り暮らしの条件は学年首席を維持することだけど、テストの日に休んだりしなければ僕の学力では問題ないし、生活費出すのが惜しいのかギリギリしかくれないくせに、参考書が欲しいって言うと諭吉で渡される。 アイツが心配しているのは僕じゃなくて、外聞くらいじゃないか? というか、黒崎は僕も片親だってことまでおじさんに言ってるのか? 普通は「お父さん」じゃなくて、お母さんや親御さんだろう? つまり、黒崎は僕の個人情報をだだ漏らしににしてるということだ。 あとできつく言わないと。 とりあえず睨み付けとこうと思ったら、黒崎は付いてたテレビに釘付けだった。 「たまには帰るのか?」 「毎月一回は、とりあえず」 帰りたくなんかないけど。それも僕が独り暮らしをする条件の一つだから仕方ない。 ただ、僕が次の日がテストとか用があったりアイツが急患だったりすると、会わなくて済む。たから。 「今月は……六日だから明日ですが、用があれば断れるから、明日も夕飯作りますね」 だから明日も是非とも黒崎家のご飯を作りたいです。ちゃんと二日分の着替えを用意してきた。 あいつと夕飯くらいなら、黒崎家で主夫してた方がマシだ。 「いや、残念だけど明日はちゃんとお父さんの所に行きなさい」 「……」 ……嫌ですって言いそうだった。先月も何とか用事を見つけて断れたのに。 「バレたら俺が殺されかねないからな」 何故かおじさんはそう言ってたけど……おじさんは誰かに恨みを買うような真似でもしてるんだろうか。 夕食が終わって、一応僕がお客さんだから、黒崎が食器洗ってる。 「そうだ、アルバム見るか? 持ってくる」 「てめ、勝手に!」 ああ泡のついた手で……床が濡れるじゃないかって思ったのに、黒崎はそのままおじさんにアクロバティックな技を決めてた。はずなのに、気がついたら黒崎が下敷きになって技をかけられてた……何なんだろう、この親子。 それともやっぱり手加減してたのかな、黒崎。実際に生身にも影響するみたいで、死神になりたての頃と違って、だいぶ鍛えられた体つきになってきたし。 おじさんも頑丈そうだけど普通の人相手に真剣にはならないのか。 「いだだだだっ! オヤジ! 死ぬ! 苦しいって、ギブ!」 「どうだ! 思い知ったか! にしても、賑やかだな、このうち。妹が二人もいるって。きっといつももっと賑やかなんだろう。 僕のうちが普通だなんて思わないけど、普通ってどんなんだろう。普通なんて知らないから、これが普通なのかもしれないけれど……僕と父親は、まともに会話すらない。 「若造が! 百年早いわ!」 おじさんが勝ち誇ったように出ていった。 「大丈夫?」 「ああ、いつもだから。うるさくて悪いな。うち、スキンシップ激しいんだよ」 「そうだね」 激しすぎると思う。 うちは、ない。殴られたことすらないし……いや、僕は昔から優等生だったからそんな必要なんかないけど……そもそも、子供として扱われたような記憶もない。そもそもアイツを親だなんて思いたくない。本当にあいつと僕は血が繋がっているのだろうかと、昔は何度も疑ったこともある。ただ、アイツの霊圧は確かに滅却師のものだから、悔しいけれど血は繋がっているのだろう。 「畜生、いてー」 「まったく。君は、手加減してんだろ?」 「いや、かなり全力でマジだぜ?」 それで、黒崎が勝てないのか? おじさん、何者? 「お前んとこは喧嘩とかしないの?」 「喧嘩はしてないけど、いつも冷戦してるよ」 「へえ。じゃ、口喧嘩じゃお前圧勝だろ?」 「まさか。僕は一度も勝てたことない」 「は? だって、お前、石田だろ?」 「悔しいけど、父親も石田だ」 「いや、まあ、そうだろうけど」 「常識を盾にして自分を正当化する事に関して右に出る奴なんかいないね。確かに頭は良いみたいだけど、人を馬鹿にして自分だけ正しいみたいな態度だし、何考えてるかわかんないし、偉そうだし」 「……って、つまりお前によく似てんじゃねえの?」 「似てない!」 あんな奴と僕が似ててたまるか! 似ている所があるとしたら、滅却師の血筋であることと、近視って事ぐらいだ。 「第一君は僕の父を知らないだろ? 似てるところなんて一つもないから!」 「そうなの?」 「当たり前だ! 侮辱するのはやめてくれ」 そう言って、黒崎から顔を背けた時に、アルバム携えたおじさんが、すごい表情で立ってた……なんて言うか、でも、怒っているというよりも、笑うのを堪えているような……? 「あ」 黒崎と怒鳴り合ってるところ、見せちゃったけれど、あんまり良くなかったかもしれない。 「何笑ってんだよ気色悪い」 「いやいや。悪いな、邪魔しちまって。いや、ほら。俺のことは気にしなくていいから、もっとやってくれていいんだぞ!」 「あ、いえ……すみません」 友達(という扱いになるのだろう)が家に遊びに来て、子供と喧嘩しているところを見たら、あまり気分が良くないだろう事は、僕にだって想像できる。喧嘩しているわけじゃないけれど、いつも通りの黒崎と僕だけれど…… 「あ、アルバム、ですか?」 「ああ、そう。アルバム。いやあ、うち親戚居ないから、自慢する相手居なくてなあ」 おじさんは僕が座っていた隣に座った。そしてテーブルの上にアルバムを広げて、見せてくれた。 そこには、まだ子供の頃の……黒崎って、すぐに解った。黒崎は昔から能天気な色の髪をしていた。 「へえ、可愛い。眉間にシワ寄ってないし」 「うっせえ! 見んなよスケベ!」 洗い物をしながら、聞き耳を立てていたんだろうか、黒崎は僕に怒鳴っていたけれど、 「これは?」 天真爛漫って言葉が似合いそうな笑顔を振りまいている、綺麗な女性が映っていた。 「ああ、真咲って俺の奥さん。美人だろ?」 「そうですね。綺麗な人です」 「だろ!」 嬉しそうに笑うおじさんの笑顔で、仲が良い夫婦だったのだろうなと、なんとなく想像できた。 「今度、雨竜君も真咲の墓参りに行ってくれるか? 雨竜君が来てくれたら、あいつも喜ぶと思うんだ」 「……ええ。僕でよければ」 アイツも……父も、母の事を少しは大切に想っていたのだろうか。 ふと、そんなことを思った。なんの感傷だろうか。アイツにそんな人間らしい感情があるなんて到底思えないけれど。 母が亡くなったのは4才の頃だ。あまり記憶は無いけれど、残されていた写真も数枚で、それを見たことも数回しかないけれど……記憶補正されているのかもしれないが、母も綺麗な人だった。父とどういう経緯で結婚したのか、詳しいことは僕は知らないけれど……アイツの口から訊こうと思ったこともないけれど。 「これは……?」 黒崎のお母さんと並んで映っていたのは……黒い髪の……? 見たこと、ある。黒い髪の、 母に、似ていた。 「ああ、その人な。真咲の知り合い……って言うか、友達だな」 「そう、ですか」 「ああ。一護と三ヶ月ぐらいしか違わない子が居たからってのもあったけど、昔は仲良くしてたよ。一護は覚えてるか?」 おじさんが振り返ったら、いつの間にか洗い物を終えて、黒崎がアルバムを後ろから覗き込んでいた。 「そう言えば、居たよな。ガキの頃だからあんま覚えてねえけど、たつきじゃねえ奴とも仲良かった奴居たって思ってたんだけど、そこに、写真ある?」 おじさんが、ぱらりとページをめくった所には、黒い髪の子供が映っていた。何だろう……この子……既視感とはまた違うけれど、なんとなく……。 「ああ、確か、こいつ。ガキの頃、仲良かった……と、思うんだけど。覚えてねえや。小さくて弱そうだって思ってたのに、喧嘩で勝てたことなかった気がする」 「……へえ」 「なあ、親父、こいつって今どうしてんだか知ってる?」 「……真咲が生きてりゃな」 「そっか……」 「これは、真咲が撮ったやつなんだけど、な。ガキの頃、可愛いだろ?」 写真は、黒崎と、黒髪の子供が喧嘩をしていた。黒崎が言うように、見たところ同じくらいの年齢だけれど、この頃の黒崎よりも小さい。黒い髪の子供は黒崎の髪の毛を引っ張っていて、写真からも解るけれど、黒崎は大泣きしていた。黒崎のお母さんも、写真なんか撮っていないで止めればいいのに。 あと二枚ほどあったけれど、一枚は並んで立っていて、もう一枚は一緒に絵本を見ている写真だった。 「そうですね……可愛い」 こんな子供の頃、僕は覚えていない。僕の写真もきっと残っていない。なくても困らないけれど。 「昔話なんだけどな、真咲には婚約者がいたんだけど、結局俺が貰っちまってな」 「へえ。初耳」 「その婚約者って奴が作った子供と俺達の子供が男の子と女の子だったら、結婚させてやりてえなって思ってたんだ。んで、一護が生まれた」 「それも初耳だけど、俺の人生勝手に決めんじゃねえよ。相手も迷惑だろうが」 「ああ。あっちも生まれたの、男の子だったよ」 そっか。 いいなって……何でだろう。これが、僕だったらいいのにって、なんとなく、そう思った。子供の頃の自分の外見なんて覚えていないけれど、どことなく僕に似ているような気がしたからだろうか。 黒崎と、昔からこうやって友達だったら、きっと僕はあんなことをしなかったはずだ。黒崎と、もっと早くから、出会えていたら、僕も……。 ……僕は、何を考えているんだろうか。 「黒崎、昔は可愛かったんだね」 感想が無いわけじゃなくて、言い表すことができなかったから、無難な言葉しか選べなかった。 「あ、お前は? 小さい頃の写真とか」 「ないよ」 「何で? お前だって、昔は可愛かったかもしれねえのに」 なんの仕返しだよ。そんなくらいじゃ効かないよ。 覚えていない。 「わざわざ僕を撮る人居なかったからね」 母に連れられて行った先に、友達がいた。それが誰だったのか、どういう関係だったか、本当に友達だったのか、僕は覚えていない。教えてくれる人もいない。 「は? 雨竜君、写真撮らなかったのか?」 「ええ。カメラを向けられた記憶はありませんね。あっても、学校行事での集合写真ぐらいです」 「いや、小学校の入学式とか、あるだろ?」 「さあ、覚えていません」 「その頃のってのは残ってんだろ? だって……」 「さあ。もう捨ててないと思いますよ」 「いやいや、あるから!」 「ありませんよ」 あるって……。おじさんみたいな親が全部だって思うのは、おじさんもおかしいですよ。そうは言わなかったけれど。 「あるって。だって、あいつの机のう……」 「え?」 「………いや、悪い失言だな、こりゃ」 「親父?」 「いや、だがな。雨竜君。息子の可愛い時期の写真捨てられる親なんて居ないと思うぞ」 おじさんみたいな人が、親になるわけじゃない。親になればおじさんみたいに子供に対して愛情が芽生えるわけじゃない。親子なんて血が繋がっていれば必然的になってしまうんだから仕方がない。 「父なら捨てますね。父親らしいことして貰った記憶ありませんから」 「いや、だってさ。幼稚園くらいまでは親元に居たんだろ?」 「そうですけど……?」 僕、そんな事黒崎に言ったけ? 隠すようなことでもないけれど、言う必要がないから言った記憶はないけれど……もし、言ったとしても、なんでおじさんに言うかなあ! 「だって、竜……雨竜君のお父さんだって。離れる時は泣いたんじゃないか?」 「僕がですか?」 あまりにも昔のことで思い出せない。僕は、子供の頃、親元を離れることに対して、泣いたのだろうか。 「いや、竜け……いや、雨竜君のお父さんが、ね。泣いただろって」 「まさか」 アイツに万が一にでも涙を流すなんて生体機能が備わっていたら、感動してやるよ。 「いや、雨竜君が覚えてないだけだって。きっと寂しがって泣いてたぞ。親ってのはそういうもんだ」 「………」 おじさんには、申し訳ないけれど、たぶん僕の家はあまり一般的とは言えない。 「そうでしょうか」 「ああ! 絶対だ!」 「だったら……いいですね」 ありえない。その言葉を、方便に置き換えて見たけれど……そうだったら、いいのに、か。馬鹿らしい。アイツが僕が離れるからって、淋しいなんて思うはずがないし、その必要もない。忌々しいとは思うが、ただ血が繋がっているだけだ。それ以上でも以下でもない。 「よしゃ! 写真がねえなら、うちに来た記念写真だ! 撮るぞ、雨竜君!」 「ええっと……」 写真は、苦手なんだけど。とも、言いにくくて。おじさんも黒崎によく似ていて、思ったことはそのまま行動になってしまうタイプの人間のようだ。 おじさんは、近くの棚の中からカメラを持ち出してきて、僕に向けた。 「ほら、笑え! 一護、お前も入れ!」 「は? 何でだよ」 「いいから! 撮すぞ! 笑え」 「ったく、仕方ねえな。ほら、石田、笑え」 「は? 何でだよ、いきなりそんなこと言われたって!」 「笑えって」 突然、黒崎が僕の脇腹をくすぐり始めた。 「な……ちょっ、黒崎っ! 擽るの卑怯だろっ!」 僕は必死に抵抗していたけれど、こいつ……僕が擽りに弱いのを知っていて……そう、思ったら突然憎らしさがこみ上げてしまい、思わず黒崎を殴ってしまった。 「あ、」 親の前で思いっきり殴ってしまって、流石にまずい……って思って、おじさんを見たら、おじさんは今のを見ていなかったのか、けっこういい音がしたと思ったけれど、気にならないのか……気にならないならいいけれど。 おじさんは僕たちの事は気にせずに、いつの間に撮ったのか、ポラロイドの写真を数枚ひらひらと振り回していた。 「痛えな!」 「君が突然擽るからだろうが!」 「んじゃ素直に笑えばいいだろ?」 「笑えるか! じゃ、ない! 写真程度なら笑えるよ! 擽る事ないだろうが」 「んじゃ、ちょっと小遣い稼ぎに行ってくるわ。雨竜君、ごゆっくりしていってな」 「は? もしかしてパチンコかよ?」 「ふふ。明日は雨竜君帰っちゃうけど特上寿司取るぞ!」 「どうせ負けて帰ってくんだろ?」 「いやいやいや、今日こそは圧勝だって!」 おじさんが出て行ってしまって。 その夜、黒崎に好きだって告白された。僕も友情以上の好意は感じてたし、付き合うとか、どうすればいいのか解らないけれど……ただ、黒崎が喜んでたのが僕もすごく嬉しかった。 おじさんがいつ帰ってくるのかドキドキしながらキスしたけど、おじさんは遅くまで帰って来なかった。というか寝てから帰ってきたから何時ごろかは知らない。黒崎は不良親父だから飲み屋でも行ってるって言ってたけど。 朝、会ったら、なんかおじさんの顔が腫れてた……転んだんだろうか。何があったんだろう。 渋々、実家に戻る。 月に一度、今日、実家に帰らなくてはいけない。一人暮らしをする条件だ。 黒崎の家の夕飯を作るという使命を与えられたら回避出来るかと思ったけれど、おじさんから実家に帰れって言われてしまったから、もうどうしようもない。 久しぶりの実家は、環境に配慮していないような冷房の利き方だった。 リビングに入ると、すぐに……居た。 家に入る前から霊圧で竜弦が居るのは解っていたけれど、現物を見てしまうと、やはり、緊張する。 緊張、するけれど…… 珍しい事もあったものだ。 昨日は、緊急の仕事でもあったのだろうか。 竜弦は、ソファで寝ていた。 僕が帰ってきたのも気付かずに寝ているなんて……よほど疲れているんだろう。もう昼近いのに、カーテンも開けていない。服は、きっと帰ってきたままなんだろう。 それよりも……部屋が、ひどい。 置時計が壊れて転がってた。他にも、色々と部屋は荒れている。片付けろよ。 何があったんだろう、とは、思うけれど、具体的には知りたくないし、いちいちそんなことを聞くために会話を増やしたくない。一人でヒステリーだろうか。 せっかく寝てくれているから、起こさないように部屋を簡単に片付けて、そうしているうちに昼になった。 何か作ろうかと、キッチンに向かう。 コンロの上に、鍋が置いてあって……中に。 昨日、食べたのに。八宝菜。 少し、食べてみた。まだ少し温かい……いつ、作ったんだろう。 僕が覚えているのと同じ味だ。 相変わらず、美味しいのが悔しい。味付けも絶妙だし、ニンジンの銀杏切りの形も揃ってるし。いれる順番やタイミングなんかも完璧で、色も綺麗だし。全てにおいて僕より秀でていると言いたいんだろうか。疲れてるなら料理なんかしなくていいのに……。疲れているはずだ、ソファーでなんか寝てたことないのに……父が、寝ている姿を見たのは、これが初めてだ。 よっぽど疲れてるのだろうか。 仕事、大変だったのかな。 八宝菜を見ていたら、お腹が鳴った。悔しいけれど、いい匂いがする。僕も成長期だから、食欲には勝てない。 ここで食べてしまってもいいけれど……ご飯の用意をしよう。先に食べると機嫌を損ねるから待ってた方がいいだろう。 「ああ、雨竜。帰ってたのか」 「……ただいま」 「……」 竜弦は何も言わずに、起き上がってタバコに火をつけた。 「寝るなら、部屋に行けば? 朝までこんな所で寝るなんて」 疲れてそう。顔色も悪いし……こんな顔色の悪い竜弦を見たのは、初めてかもしれない。 「いや、三十分程度で、寝るつもりもなかった。大丈夫だ。昨夜、ちょっと面倒なことがあってな」 「そう」 わざわざ何があったかなんて訊いてないのに。 でも、大丈夫とか言うわりに、だるそうにしてる。医者の不養生だろうか。 「ん? これ? ゴミ?」 ふと、白い紙が台所のカウンターに置かれているのに気がついた。無造作に置かれていたから、ゴミなら捨てようかと思い、なにか書かれてあるメモだろうかと、裏側をひっくり返して…… 「雨竜、返しなさいっ!」 珍しく怒鳴られた。 喧嘩は顔を合わせればするけれど、僕は怒鳴ってしまうことも多いけれど、竜弦が声を荒げることなんて今までに一度もなかったのに……。 僕は、一瞬だけ驚いて、その隙に、飛練脚でも使ったかのスピードで僕の手から、もぎ取られた。 何だよ! 大事なものならちゃんとしまっておけよ! って言えなかったのは、 だって、昨日撮った僕の写真だったからで……。 間違いない。昨日の、写真だ。だって、少し黒崎が映っている。、昨日、後ろから黒崎に擽られている時の、写真に……だった、と、思う、けど……。 だって、見間違い、だよな? そうじゃなかったら……だって、変だ。 竜弦はすごく神妙そうな顔で、視線を僕から外した……けど。 なんで持ってんの? いや、おじさんも、医者だから、もしかしたら仕事で知り合いなのかもしれない。いや、でも昨日の今日で……まさか、おじさんと、竜弦が仲がいいって……いや、まさかだろ? 「食事にしよう。用意しなさい」 「……解った。八宝菜、出来てたから、温めるけど……」 「ああ」 「昔から、アンタ、これ好きだよね」 「いや、お前が……」 「僕が?」 「いや、なんでもない」 食事の準備をしながら思った。 この八宝菜、二人分はある。自分のために作ったわけじゃなかったんだ。僕が、今日帰ってくるから、だろうか。高校に入ってからこの家を出る前は、時々作っていたことを思い出す。さっき少し食べてみたけれど、味も昔と同じだ。僕は、この味を作ろうとし……昨日は、美味くできた。黒崎にも食べてもらった。 この、八宝菜、美味しいんだ。 もしかして、今日僕が帰ってくる予定だったから、わざわざ作ったのだろうか……。 いや。まさか、この人に限って、そんなはずはない。 そう言えば、さっきの写真はどうしたんだろう。 意外だったけれど、もしかしたら仕事でおじさんとコイツは、知り合いなのかもしれないって思ったら、おじさんの昨日の態度にも、頷ける部分があった。納得できない部分も多かったけれど。 知り合いだとしたら、写真がここにあっても、おかしくない……と、思うことにする。 さっきゴミ箱を覗いてみたけれど、写真は捨てられたようではなかったし、そのままテーブルにも置かれていなかった。 「あ……」 「どうした?」 「……なんでもない」 胸ポケットに、その写真が入っていたのが見えた。 捨てないんだ。 僕の写真。 「そうか……」 「僕、八宝菜、好きだよ」 「……そうか」 了 20130806 10700 すみません、今更リクエストネタ。一心が楽しそうっての。だいぶ前に3年くらい前?「一雨+一心で一心が楽しそう」のネタ出しして放置してありましたごめんなさい。現時点では石田親子が悲しい方向にしか想像できないので、少しでも幸せにしなければと……雨竜君が幸せになりますように。 そして、幼馴染萌をこじらせている私ですが、真咲さんと片桐がママ友だったらいいのにって、一護と雨竜君が幼馴染であることを願っております。とっとと一雨幼馴染設定来い!! |