風邪、かな?
そう思ったのが、深夜一時半。
明日学校なのに、うっかり読んでいた本が面白くて、お風呂を上がってからそのまま二ページ、三ページと読み進むうちに、読み終わって時計を見た所で、寒気がする事に気付いた。なんか、寒気がする。喉も渇くように痛いし、くしゃみが出た。
風邪薬を飲んで毛布を一枚増やして寝ようかと思ったけど、風邪薬が切れてる事に気が付いた。解熱剤もない。先月の生活がきつかったから、生活費を貰ったらと思って忘れてた。
明日、帰りがけにドラッグストアに寄らないと……って、そう思って寝た。
朝、起きれなかった。熱が上がってしまったようだ。
別に皆勤賞めざしてるわけじゃないけど……そもそも皆勤賞はとっくに諦めているけど、それでも優等生って居心地の良いポジションは譲れない。ただでさえ修行とかで休みがちなんだ。一応進路は進学だけど、推薦じゃなくて一般入試でも僕が落ちるわけなんかないから、出席日数はギリギリで別にいいんだけど、もしかしたら何かで今後休まない保証はない。まだ余裕はあるけど、計算した所、このペースで休んで居たら、かなりまずい。出席日数の関係だとしても、この僕が落第の危機とか、ありえない。
せめて早退にしようと思って、一応学校には行こうと、着替えて家を出ようとして玄関で力尽きた。ふらふらする。
熱があるようだ。体温計なんてもってないけど、八度ぐらいにはなっている感じがする。
玄関で一呼吸置いてから、なんとか僕はベッドに戻れた。
朦朧とした意識は、違和感により浮上する。
ぼんやりと、開いた目には、オレンジの頭が見える……?
黒崎?
変なの。
何だろう。
夢かな。
だいたい夢にしても、何で黒崎の夢なんか見るんだ? 僕の家に黒崎が居るなんて……僕はだいぶおかしな夢を見ている。
机に教科書を広げて、勉強でもしてるのだろうか。ああ、今日世界史があったけど、あの先生テストに教科書以外からも出すから、授業受けないと主席を奪われる可能性があるんだ……いや、それでも僕が知っていれば問題なんだけど。ノート、誰に借りようかな。黒崎はああ見えて意外とテストの点数はいいから、貸してくれないだろうか。そう、明日頼んでみよう。
だから、今は寝よう……
……いや、そうじゃなくて。
僕の、家だよな、ここ。
ぼんやりと、僕は能天気そうな色の頭を眺める。
髪の色からして間違いない。黒崎以外に僕の知り合いではこんな頭の色をした奴なんて居ない。そもそも、その知り合いすら少ないのだけれど、それにしても黒崎だって一応共通の敵と戦った事だってあるけど、その時は仲間としての認識はしてるけど、学校とか私生活では特に接点も用もなくて話すこともないクラスメイト以上の関係でないのに。
黒崎、だよな。髪の色だけじゃなくて、霊圧だって黒崎のもので間違いない。
いつから? 熱が出て寝てたからって、なんで僕は気付かなかったんだ?
黒崎で間違いない。けど……
「……黒、崎?」
だよな?
「あ、石田、起きたのか?」
黒崎は振り返ってベッドで寝ている僕を見た。うん、黒崎で間違いない。けど、何となく違和感。何だろう、黒崎なのは解るけど。
「黒崎………?」
ああ、変なのは黒崎が笑ってるからだ。
妙に優しそうな笑顔。僕は、黒崎がこんな笑顔できるなんて、今初めて知ったような気がする。君のトレードマークの眉間のシワが消えてるよ?
「ん? どうした?」
どうしたんだろう、黒崎が妙に優しい声を出してる。僕が病人だからだろうか。無理しなくてもいいのに、別に君が機嫌が悪そうな態度はいつもの事で、そんな事を気にしたりなんてしないよ……そうじゃなくて
「黒崎っ!」
飛び起きた。
目が、覚めた。
なんで、ここに!
「くくくくろさきっ! 何で?」
何でここに居るんだッ! って、全部言えなかったけど、僕が今訊きたい事は一つだけで、それ以上の「何で」はこの場には存在しない。
何で、君が、ここに居るんだ?
「お前さ、無用心だから鍵くらいしとけよ」
………。
「あ」
そう言えば。
鍵。
閉めたか、覚えていない。
朝、玄関で動けなくなって、這いずるようにしてベッドに戻った。
制服はハンガーにかけたけど、頭がガンガンしていて、パジャマに着替える余裕もなくて、シャツのままベッドに入っているから……。
着替えなきゃな。
「無断で休むから、様子見てこいって、越智さんが」
「……あ」
そう言えば、学校に連絡するのも忘れていた。
特に話す相手もいないから、固定電話を引いていないから。一応携帯電話を父親に持たされているけれど、引き出しの中に入ってるはずで、一度も触っていないから充電しないと電池は切れているだろう。充電器一緒に入れておいたはずだけど……
って、黒崎が居るって、今何時だ?
「で、大丈夫か?」
「……今、何時?」
「三時半」
「そう……悪かったね。わざわざ。大丈夫だよ」
連絡しなかったから、わざわざ黒崎が生存確認に来たわけか。面倒でもやっぱり連絡はきちんとしないとこういう事になるんだ。びっくりして心臓が破れてしまいそうになった。
明日、治ったら先生に謝ろう。
明日も具合が悪かったらちゃんと連絡しよう。
……なんか、喉乾いた。喉、痛い。鼻が詰まってるから、声が変。
冷蔵庫にお茶が入ってるから……。
それよりも本当は僕は、今ものすごく、トイレに行きたいんだけど……。
さっき、制服は脱いだ。
それだけで、着替えたわけじゃない。
着ているシャツだって、汗をかいてしまったから早く脱いでしまいたい。学校のだし。
だから、黒崎に早く帰ってもらいたいんだけど……。
「大丈夫っても、お前熱計ったか? 具合悪そうだぞ」
「いや。でも本当に大丈夫だよ」
「顔赤いぞ。ちゃんと薬飲んだのか?」
「飲んでないけど大丈夫だよ」
帰れよ。
僕はトイレに行きたいんだ。
「薬飲まなきゃダメだろ? 熱も計れよ」
「うん、解ったよ。もう大丈夫だよ。心配かけて悪かったね」
「体温計どこ?」
「……ないよ」
帰ってくれ。
トイレに行きたいんだって。シャツは着ているけど、下は穿いていないんだ。白いシャツに下着の姿なんて情けなくて晒したくないよ。
「仕方ねえなあ」
「でも大丈夫だよ。明日には学校行けるから」
「顔、赤いぞ」
そう言って、黒崎は僕の額に自分の額をくっつけてきた。
「ちょ、なっ!」
近いっ! 近いから、顔!
黒崎の顔が至近距離にある。いや、近すぎるから!
「まだ熱いぞ」
そんな原始的な方法で体温測ろうとするんじゃないっ!
今、突然妙なことをされて、怒りによって多少上昇した可能性がある。
呼吸すらかかりそうな距離で、こんなことするなんて、黒崎は羞恥心とかもってないのだろうか。手を当てればいいじゃないか。具合悪そうだって言われたって本当に具合が悪いんだから、熱があって当然だ、ほっといてくれればいいのに。
「なんか食ったか?」
「食べてない」
「食わなきゃダメだろうが」
「るさいなあ」
今まで寝てたんだから、君が来たから起きたんだ。
それよりも僕は今トイレに行きたいんだって! 本当もう大丈夫だし、駄目なら駄目でいいから帰ってくれないかな。
何をすれば帰ってくれるんだ? 遠まわしに言っても理解してもらえないなら、ちゃんと直接言ったほうがいいんだろう。
「本当、大丈夫だよ。さっきよりも良くなった。ご飯も食べるし、明日は学校に行くよ。だからわざわざ有難う。もう帰っていいよ」
「気にすんなって。お粥ぐらい作ってやるから、お前は寝てろ」
……だからっ! 帰れって!
トイレに行きたいんだ。君が居たら布団から出れないんだ。せめてパジャマに着替えていたなら、気にせずにトイレぐらい行ったけど、今僕はシャツと下着だけなんだ。そんな格好、黒崎に見られてたまるか!
だから、一時的で良いから、黒崎を追い出したくて。
「黒崎、悪いけど、解熱剤切らしてるんだ。薬、買ってきてくれないか?」
「あ……ああ」
これでいい!
今だけでも! 出てくれなきゃ僕が布団から出れない!
「色々買ってきたけど、どれがいい?」
「……アリガトウ」
有り難迷惑だよ!
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