それから半月後。僕の心臓は止まりかけた。
時間は真夜中。場所は近所の小学校。
虚の出現で、黒崎の方が近くて、だからと言って全て任せてしまうのも……僕が一人で十分だって思っていても、いつも黒崎が来るし。
黒崎が先に戦っていて、僕が駆けつけた時には、魂葬も終わっている時だってあるけれど。それならそれでいいんだ。
だけど、その日は、僕が駆け付けた時、黒崎が………。
細く、小さな、敏捷性のある虚だった……それにしたって人間よりも一回りは大きい。
黒崎が……吹き飛ばされて……地面に叩きつけられていた。
起き上がった黒崎は、頭から真っ赤な血を流して、髪の毛すら、赤くなってる……のを、見て。
虚が動いた。
速い。
黒崎が、構えたけど……間に合わない………。
黒崎が……死んでしまう。
目の前が、赤くなった。
真夜中で、暗くて、小学校の校舎の中の非常口の緑色の光すら、赤くなった。
弓を、引く。
虚の額を、撃ち抜いた。それは確認した。
魂葬は、黒崎が……って思っていたはずだったのに、それすら忘れて……僕は、続いて第二矢を射つ。
続けて、射つ。
怖かった。怒りにも似た恐怖が全身を巡っていた。
もし、今、僕が間に合わなかったら……黒崎が。
黒崎が……居なくなったら。
居なくなったら、僕は……。
僕は、射ち続けて……
「石田!」
「………」
「石田っ! もう、終わってる」
黒崎が……僕の肩に手を置いた。
「……あ」
「もう、それ、しまえ」
「………黒崎」
そっと、黒崎が、僕の右手に触れた。
ようやく、僕は対象がとっくに消滅していると、知った………。
まだ……怖くて、指先が震えていた。こんなんで、よく照準が狂わずに打てた。
力を抜いて、霊矢を消す。
そう、するとよく解る。
僕は、震えていた。
どうしようもないくらいに、ガタガタと……たいして寒くもないのに、歯の根が合わない。
黒崎が………。
「石田………お前、大丈夫か?」
黒崎が、僕の顔に手を添えた。心配そうな顔で、僕の顔を覗き込んでいた。
大丈夫かって……どっちがだよ!
頭から、顔面血だらけで……。
「……黒崎」
僕は、僕の顔に当てている黒崎の手を掴んだ。
握り締めた。
大丈夫……じゃ、ない。
ちっとも大丈夫じゃない。
そんな重症の君に心配なんかされたくない。って……言えない。
「黒崎……」
「怪我してねえよな? 大丈夫かよ。なんかどっか具合とかわるかったりするのか?」
「黒崎……」
僕は、黒崎の温度を感じたくて手を強く握る。霊体だから、そんなものないのに。それでも、僕は黒崎の体温を探して、必死で彼の手を握り締めた。
「黒崎」
「どうした?」
頭から、血が、まだ止まらないのに。痛いだろうに、それでも、黒崎は僕に笑った。
安心させるように、黒崎はわざわざ僕に笑顔を作ってくれた。
それが、僕には癪に障ったんだ。
「……君は、僕を殺す気か?」
心臓が、潰れてしまうかと思ったんだ。
君が、居なくなったら………そう思ったら、心臓が止まるような気がしたんだ。
「石田?」
「死ぬかと思ったんだ、君は馬鹿か。油断してるんじゃない! 君が死んだら………」
指先が、震えていたのを、きっと黒崎も知ってる。
僕の声が震えていたのを、きっと黒崎も気付いている。
「……悪い」
「反省しろ! もっと恥じ入れっ! 馬鹿だとは思っていたが、本当は大馬鹿だったのか! それは知らなかったな!」
ああ……僕は何を言っているんだ。ぐちゃぐちゃだ。頭の中ぐちゃぐちゃなんだ。助けてくれ。こんなの僕じゃない。
頭に血が昇って、何を言っているのかわからない。
混乱しすぎて、不覚にも涙が出てくる。
「石田……」
…………黒崎が、僕の身体を、抱き締めた……強く。
黒崎が……、ここにいて、僕を抱き締めている。
僕は、驚きも突き放したりもしなかった。する気も無かった。
「うん……大馬鹿だ」
耳に、吹き込まれるように………黒崎の声が届いた。
「大馬鹿だ。死んじまったら、こうやってお前に触れる事もできねえ」
「…………」
「死んだら、もう、石田に触れなくなんだ………」
「…………」
「ありがと、な」
黒崎が………ここにいて………。
力が、抜ける。
良かった。
黒崎が、居なくならないで、良かった。
黒崎が、ここにいる。
もっと、黒崎の存在を感じたくて……僕は黒崎の背中に腕を回した。
僕は、黒崎の存在を確かめるように、必死で彼の身体にしがみついた。
了
090530
誤字
心配そうな顔 →心配そう中尾 ……大丈夫だよ中尾
携帯で文章を書くことが多いので、予測変換機能が面白い。
「殺す」と書こうとして「ころす」、まで打つと 「コロ助」 がまず最初に出てくる。
殺す、よりコロ助の方が使用頻度は低いと思うのに。さすがだマイ携帯。
あ、これ銀桂でも書きてえな。 と思ったが……いや、銀桂はこんなに甘くない。銀桂は甘くない。
戻