寒い夜に公園で  06










 それから半月後。僕の心臓は止まりかけた。

 時間は真夜中。場所は近所の小学校。


 虚の出現で、黒崎の方が近くて、だからと言って全て任せてしまうのも……僕が一人で十分だって思っていても、いつも黒崎が来るし。
 黒崎が先に戦っていて、僕が駆けつけた時には、魂葬も終わっている時だってあるけれど。それならそれでいいんだ。





 だけど、その日は、僕が駆け付けた時、黒崎が………。





 細く、小さな、敏捷性のある虚だった……それにしたって人間よりも一回りは大きい。


 黒崎が……吹き飛ばされて……地面に叩きつけられていた。

 起き上がった黒崎は、頭から真っ赤な血を流して、髪の毛すら、赤くなってる……のを、見て。



 虚が動いた。
 速い。


 黒崎が、構えたけど……間に合わない………。




 黒崎が……死んでしまう。





 目の前が、赤くなった。
 真夜中で、暗くて、小学校の校舎の中の非常口の緑色の光すら、赤くなった。




 弓を、引く。




 虚の額を、撃ち抜いた。それは確認した。




 魂葬は、黒崎が……って思っていたはずだったのに、それすら忘れて……僕は、続いて第二矢を射つ。
 続けて、射つ。


 怖かった。怒りにも似た恐怖が全身を巡っていた。




 もし、今、僕が間に合わなかったら……黒崎が。

 黒崎が……居なくなったら。


 居なくなったら、僕は……。


 僕は、射ち続けて……






「石田!」

「………」


「石田っ! もう、終わってる」


 黒崎が……僕の肩に手を置いた。




「……あ」
「もう、それ、しまえ」



「………黒崎」
 そっと、黒崎が、僕の右手に触れた。

 ようやく、僕は対象がとっくに消滅していると、知った………。
 まだ……怖くて、指先が震えていた。こんなんで、よく照準が狂わずに打てた。
 力を抜いて、霊矢を消す。

 そう、するとよく解る。
 僕は、震えていた。

 どうしようもないくらいに、ガタガタと……たいして寒くもないのに、歯の根が合わない。


 黒崎が………。



「石田………お前、大丈夫か?」

 黒崎が、僕の顔に手を添えた。心配そうな顔で、僕の顔を覗き込んでいた。


 大丈夫かって……どっちがだよ!
 頭から、顔面血だらけで……。

「……黒崎」



 僕は、僕の顔に当てている黒崎の手を掴んだ。


 握り締めた。




 大丈夫……じゃ、ない。


 ちっとも大丈夫じゃない。



 そんな重症の君に心配なんかされたくない。って……言えない。


「黒崎……」
「怪我してねえよな? 大丈夫かよ。なんかどっか具合とかわるかったりするのか?」


「黒崎……」

 僕は、黒崎の温度を感じたくて手を強く握る。霊体だから、そんなものないのに。それでも、僕は黒崎の体温を探して、必死で彼の手を握り締めた。

「黒崎」
「どうした?」


 頭から、血が、まだ止まらないのに。痛いだろうに、それでも、黒崎は僕に笑った。
 安心させるように、黒崎はわざわざ僕に笑顔を作ってくれた。
 それが、僕には癪に障ったんだ。



「……君は、僕を殺す気か?」



 心臓が、潰れてしまうかと思ったんだ。

 君が、居なくなったら………そう思ったら、心臓が止まるような気がしたんだ。


「石田?」

「死ぬかと思ったんだ、君は馬鹿か。油断してるんじゃない! 君が死んだら………」



 指先が、震えていたのを、きっと黒崎も知ってる。

 僕の声が震えていたのを、きっと黒崎も気付いている。




「……悪い」

「反省しろ! もっと恥じ入れっ! 馬鹿だとは思っていたが、本当は大馬鹿だったのか! それは知らなかったな!」

 ああ……僕は何を言っているんだ。ぐちゃぐちゃだ。頭の中ぐちゃぐちゃなんだ。助けてくれ。こんなの僕じゃない。
 頭に血が昇って、何を言っているのかわからない。

 混乱しすぎて、不覚にも涙が出てくる。


「石田……」


 …………黒崎が、僕の身体を、抱き締めた……強く。


 黒崎が……、ここにいて、僕を抱き締めている。

 僕は、驚きも突き放したりもしなかった。する気も無かった。


「うん……大馬鹿だ」

 耳に、吹き込まれるように………黒崎の声が届いた。


「大馬鹿だ。死んじまったら、こうやってお前に触れる事もできねえ」

「…………」


「死んだら、もう、石田に触れなくなんだ………」


「…………」


「ありがと、な」



 黒崎が………ここにいて………。




 力が、抜ける。



 良かった。


 黒崎が、居なくならないで、良かった。
 黒崎が、ここにいる。


 もっと、黒崎の存在を感じたくて……僕は黒崎の背中に腕を回した。
 僕は、黒崎の存在を確かめるように、必死で彼の身体にしがみついた。























090530
誤字
心配そうな顔 →心配そう中尾  ……大丈夫だよ中尾
携帯で文章を書くことが多いので、予測変換機能が面白い。
「殺す」と書こうとして「ころす」、まで打つと 「コロ助」 がまず最初に出てくる。
殺す、よりコロ助の方が使用頻度は低いと思うのに。さすがだマイ携帯。

あ、これ銀桂でも書きてえな。 と思ったが……いや、銀桂はこんなに甘くない。銀桂は甘くない。