寒い夜に公園で  03










「黒崎、そろそろ……帰りたいんだけど」


 どのくらいだろう。公園にある時計はちょうど僕が背中を向けている。10分くらいはたっただろうけど、気分的には一時間ぐらい経ってる。


「もうちょい、こうしてたい」
 何でだよ。

「嫌だよ。痛いんだ。命にか関わるような大怪我じゃないけど、本当に痛いんだ」

 戦闘中に耐えることはできるけど、なんでわざわざ痛いのを我慢しなきゃなんないのか、わからないから、僕は大分イライラしてきていた。
 料理していてちょっと火傷しただけだって、けっこう痛いのに。

「あ、悪い」

 そう言って、黒崎は僕をようやく放してくれた。

 人が通らなかったから良かったようなものの……普通の人から見たら、黒崎は見えないんだから、公園のど真ん中で固まってる僕の方が変な人だ。
 そして見えていたらもっと変な人だ……男同士で……。

「ちょっと腕貸せ」

 そう言って、黒崎が問答無用で、懐から変な容器を出した。
 何をするのかと思っていたら、僕の傷口に変な色の何かを塗りたくった。

 傷口に触るから、痛くて、僕は思わず悲鳴を上げた。

「何をするんだ!」
 別に痛みに対して耐性はあるけど、我慢しなきゃいけない必然性は、今、皆無だ。

「この薬、効くんだって。前に四番隊から貰った」
「何で死神の薬なんか………」


 って……言ってるそばから、急に痛みが引いてきた。

 見る間に、腕が、元の状態に戻って来る……しばらくは痛みを我慢して生活……お風呂とか……しなければと思っていたのに……。


「………」
「な、効くだろ?」

「………」


 何で死神なんかの薬に頼らなきゃ………って、思ったけど……それはやっぱり嫌だったけど……。

 痛みが引いたのは、本当。少し、かゆいくらい。広範囲の火傷だったのに、皮膚も殆ど元通りになってる。


 なんか………。

「黒崎」
「ん?」





「……アリガトウ」

 助けてくれて……。


 なんて……言いたくなかったけど。悔しいし……別に、黒崎が虚を倒すのは義務であって、別に僕の事を関係なく責任があるけど。僕を助けたわけじゃなくて、虚を倒すために黒崎が来たって事は十分承知しているけれど。

 でも……確かに、危なかった。
 助かったのは、本当。

 それに、痛みが引いたのは、驚いた。悔しいけど、助かった。二度とそんなものの世話にはなりたくないけど。なるつもりも無いけど。こんな失態二度は無いけど。でも、今痛みが引いたのは本当だったし。


 だから……ありがとうって言った。




「………石田」

 黒崎が僕の事を見て、少しだけ目を細めた。僕は黒崎の言葉の続きを、なんとなく待っていた。




 油断、していたのは、確かに僕のミスだ。

 いや、油断していなくても、この攻撃は、防ぎ切れなかったに違いない。


 だって……まさか。




 あまりにも不意討ちだったから……。




 急に、黒崎の顔が近付いたと思った。
 何だろうって思った。




 別に、ファーストキスは好きになった女の子とが良いとか、そんな甘く夢見勝ちな事を考えていたわけではないけれど、まあ、どうせ普通に考えればそうなる。 唇同士の接触だなんて、自発的に、故意に、行わない限りは、ありえないはずだ。偶発的な産物じゃないから、まあ、今後好きになった女の子と両想いになった時にするものだと思っていた。別に思っていたわけじゃなくても、そんなものだと思っていたけれど。

 それほど貴重な体験として珍重してきているわけじゃないけど……大して、ファーストキスと呼ばれる行為に対して、憧憬を抱くわけではないけれど……。







 キス、されるとは思わないだろう?


 ふわっとした、暖かな感触が唇を掠める程度のだったけど……。



 何だ、これ……頭の芯が溶けるような……熱が身体に広がって、身体の間接から力が抜けて………






   3

「……じゃあ、俺、帰るわ」
 黒崎が、そう言って僕から顔を背けた。公園の少ない電灯ですら、黒崎の顔が赤いのが解った。

「お前もさっさと帰ろよ。一応怪我人なんだし」



      2

 顔を赤くさせた黒崎は、横を向いたまま、僕に何やら偉そうに命令していた。僕の顔は見れないようだったけれど……、ひどく赤い顔をしていたのが印象的だった。

「まだ傷が痛むようだったら、俺の携帯に電話しろよ。親父医者だし、診てもらえると思うから」



         1

 明らかに変な様子の黒崎だったが、早く帰ってくれないだろうか。
 きっと明日になれば、黒崎も冷静さを取り戻し、僕に何を言ったのか、何をしたのかを思い出し、悔恨の念に囚われるに違いない。
 それについて僕は、君のためにも、勿論僕の為にも、決して言及しないと誓おう。
 謝ってくれたら、二度とこの事は思い出さないように封印しなくてはならない。




「じゃあ、明日、学校でな」


 ふわりと黒崎が僕を飛び越えて、走り去る。
 遠ざかって行く霊圧を感じ………。



               0




 すとん、と、僕の膝が折れた。
 その場に、座り込んでしまう。

 力が……入らない。


 何だ、これ。

 黒崎の唇が触れてから。


 立っているのが精一杯で……身体中から、全部の力が抜けた。黒崎が言っていた言葉もちゃんと耳に届いて、僕はとても冷静なつもりだったけれど……。
 何故か、身体が震えていた。

 僕は滅却師だから、霊子を吸収して力に変換出来るけど、黒崎は口から力を吸い取る能力でもあるのか?

 あの瞬間が繰り返される。黒崎の唇が、まだ僕の唇に乗っているような気がする。

 世界がここだけになったように、視野が狭くなった気がする。

 心臓が、痛いほど、動いている。

 頭に血が上る。耳が熱い。耳まで、血液が通ってる。

 身体中が熱い。
 芯に熱がこもる。


 唇が、触れただけなのに……何だ、これ。身体の中の骨が溶けて無くなったみたいな………。


 まだ、唇に黒崎の唇の感触が乗っている気がする。



 困った………立てない。




 本当に困った。




















090527