寒い夜に公園で  01










 僕は、ジャングルジムの陰で、黒崎が、虚を倒すのを見ていた。


 僕は、ただ……見ていた。


 ……悔しい。


 こんな、はずじゃなかった。
 僕が倒したって、良かったのに……。
 僕は何もできずに、見ていただけだった。

 腕が熱い。幸い、利き腕じゃないけど……痛みで照準が鈍るのは、確かだ。今、僕はただの足手まといにしかならないのは、悔しいけれど事実だ。





 虚が現れたのを知ったのは、23時頃。距離は僕の家から北に約1キロ。
 黒崎の家からは少しかかる。

 滅却師は魂葬が出来ず、殺す能力だから、死神の能力を羨ましいと感じたことはないが、出来れば黒崎を待っていようと……。

 黒崎が向かって居たのは感じていたけれど、僕の方が近かったから、僕が先に到着し、戦っていた。

 人気のない公園まで誘き寄せる。
 大きな虚だった。
 もともと接近戦は、僕の戦い方では分が悪い。
 この大きさだと近距離の力業のタイプだろうと、高をくくっていた僕のミスだ。

 間合いを測りながら、黒崎の到着を待つ。

 虚は、間合いを詰めてこようとし、近づくと巨大な斧のような腕を降り降ろす、そんな戦い方をしていたから……。
 距離を取りながら、矢を放ち牽制をしつつ……。



 ガサリと近くの茂みから音が聞こえた。今考えれば、人の気配はなかったから、野良猫か何かだろうが、それでも、僕に隙が出来たのは事実だ。



 突然強酸のような、液体を飛ばされ、腕が焼かれた。
「……っ」
 服が溶け、肌が赤く、焼けている……、異臭を含む強烈な痛みに意識を取られた隙に、虚が凪ぎ払った腕に飛ばされて、公園の遊具に叩きつけられた。




 背中を強く打ち付けた。息が、つまる。


 黒崎を待っている場合じゃなかった。
 魂葬をしている場合ではない。
 滅却しないと、殺される。
 僕が、殺される。


 降り下ろされた腕を、左に転がって、ギリギリでかわす。

 どうにか体勢を立て直し、距離を取らなくてはならないのに、詰められた間合いで、連続的に降り降ろされる巨大な腕の猛攻に、避けるのがやっとで……立ち上がる余裕すらない。

 人家の方に、逃げるわけには行かない。公園内から出るわけには行かない。一応、公園には軽い結界を張ってある。逃げられないようにするためのものではなく、人間がここに近付かなくするようにする程度のものだけれど、僕に意識が向いている限り、僕がここから出なければ、逃げなければ、被害を最小限に食い止めることが出来るから……ここから出るわけには行かない。


 どうにか……倒さなくては。

 降り降ろされる腕を、見る。呼吸が、まだ出来ないけれど、寸での所で弧雀を出す。
「くっ……!」
 重圧が、のしかかる。

 霊圧を上げて、盾がわりに使う。
 力押しで、負けたら、潰される。

 だから、もともと、接近戦は苦手なんだ。力で押すのは苦手なんだ。僕は、急所を一撃で必殺する事が得意なんだ。このタイプの虚には、遠くから急所を射抜けばそれで終わりだったのだから、黒崎を待っているべきではなかったけれど……僕が油断したのが全ての敗因だ。


 防ぐのに、精一杯で、徐々に押されていく。
 どうにか押し返さないと、このままじゃ………。


 潰される。
 体勢が悪い。


 押されていく………。







「石田ァッ!」




 ふと、虚が吹き飛んだ。急に、軽くなる。

「黒崎………遅い」


 大太刀を払い、虚を吹き飛ばしたのは、黒崎だった。

「………その傷…」
「……」

 黒崎が、僕の腕を見て、表情を固めた。
 僕の、失態だ。

 この程度の虚相手に追い詰められたのは、僕のミスだ。情けない。


 焼かれた腕を押さえて立ち上がる。


「僕が足止めをするよ、その隙に君が……」




「……お前は下がっていろ」

 静かな、声だった。
 低い声だった。

 逆らう事を許さないような。


 普段なら、下がっていろなどと言われたって、引き下がる気なんかなかったけれど……。


 ぞっとするような、低い声音で……僕は……一歩、下がって黒崎を見ていた。



「気を付けろ。酸のような体液を飛ばしてくる」
「……ああ」

 黒崎は、僕の声を背中で聞いて……。

 急激に上がる、黒崎の霊圧……膨らんで、膨張して……肌がピリピリとするほど……。







 一撃、だった。


 黒崎は、一撃で、虚を仕留めた。

 それを、僕はただ見ていた……。








「黒崎……」

 呼吸も整い、腕の火傷を庇いながら僕は、黒崎の所へ歩み寄る。

 黒崎は、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 あきらかに、様子がおかしい。


 こうやって、僕と黒崎と二人で共に戦い虚を倒すことは、何度かあった。
 虚に気付くのは、僕の方が先だから、僕の方が先に到着することが多い。
 その後に黒崎が来て、僕が虚を引き付けているうちに、黒崎が倒す。

 いつもの事だ。

 いつもと違うのは、僕がミスをして、負けかかって居たこと。
 情けない。


「黒崎………どうかしたのか?」

 肩を叩くと、黒崎はびくりと身体を震わせてから、僕を見た。


「………石田」
「黒崎? 何か……」


 黒崎は、僕の腕を見て顔をしかめた。
 僕は、慌て左腕を背に回して隠す。

 情けない……自分の恥を咎められているような……そんな気がしたから、ほとんど無意識に腕を背に回した。



「……石田、腕、見せろ」
「大した事ない」

「見せろって言ってんだ!」


 怒鳴り声を浴びせかけられて、僕は黒崎の顔を見た。
 怖い、顔をしていた。


「黒崎?」

 何を怒って……いるのか、訊こうとしたけれど。

「……っ」

 黒崎が僕が身体を引くよりも早く、左腕を掴んで、傷口を見た。
 羞恥に、身体が熱くなる。

 この程度の虚に……黒崎が一撃で倒した虚に……。


「痛いから、放せ」
「………」
「黒崎、聞いているのか? 傷は大した事はないが、痛いんだ。放せ」


「お前、もう俺が来るのを待つな」
「本当にまずかったら、今度から、そうするよ」

 そうするつもりだった、とは、悔しくて言えない。黒崎が一撃だった敵に……。


「もう、虚を引き付ける、とか、いいから」
「でも……僕は虚を殺す能力だ」

 できれば黒崎に……死神が魂葬した方がいいんだ。そのくらいはわかっている。

「じゃあ、来るな」
「何だよ、それは」

 あまりの、言い方だ。
 それじゃあまるで……


「僕が、足手まといだと言いたいのか?」

 怪我を負って、使い物にならないから? 僕が弱いから?

 でも君に護られるなんてごめんだ。今日のような事は、二度とない。だから、僕は、闘える。二度とこんな情けない負け方はしない。僕は弱くない。
 今だって、痛みで多少、照準が狂う可能性はあるが、痛みに対しての耐性はある。このくらい我慢できる。

 僕は、僕のやり方がある。




「………死ぬかと、思ったんだ」
「悪かったな」


 確かに、黒崎の到着がもう少し遅れていたら、まずい事になっていただろう……潰されていた。
 確かに、僕のミスだ。

 だけど、僕は滅却師としてのプライドがある。戦いの中で死ぬなら、それは仕方がないことだ。


 それは、こうして戦いに身を置く黒崎だって同じ事……。


「死ぬかと、思った。俺が」


 そう、言って、黒崎は、僕の肩に額を乗せた。

















090525