黙秘権 05 |
空気を入れ換えたい。
僕も、少し落ち着かなくては。
想定外の事があると、どうしていいのかわからなくなって、ペースが乱されるから嫌だ。あまりアドリブには強い方じゃない。
少し、深呼吸ができれば、きっと大丈夫だ。
そうすれば僕も元に戻る。
ちゃんと自覚できる。黒崎との距離を理解できる。距離を意識しなくては。
珈琲を、入れ直そうって思った。休憩が欲しいのは黒崎じゃなくて僕の方だ。
嫌だ、この雰囲気。
飲まれて、余計な事を言ってしまいそうだ。
それでも、珈琲を、入れ直そうって立ち上がりかけた僕の腕を、黒崎が掴んだ。
「黒崎……」
………逃げて、しまおうと思った僕を、黒崎が引き止めた。
……困るんだ……何で、そんな。
僕の事は放って置いてくれた方が嬉しいんだ。
でも、黒崎の目は、真っ直ぐ、僕を直視していた……。
怖い、と思った。
黒崎が怖いと感じたのは初めてだ。嫌悪した事も憎んだこともある、それでも怖いだなんて思ったのは初めてだ。
真っ直ぐ、僕を見る目……。
日本人にしては、淡い光彩。
怖い……嘘が、つけなくなりそうだ。嘘が吐けなくなったら……。
困る。
君が嫌いなんだよ。
僕は君が嫌いなんだ。だから君も僕が嫌い。
それで、良いだろう?
「……珈琲、冷めちゃった、から入れ直してくるよ」
「お前が理由喋ってからな」
………何で
「……何で言わなきゃならないんだよ!」
君には関係ないじゃないか。僕が何を考えていたって、君には関係ない。放って置いてくれればいい。
何でだよ。
僕の事を好きじゃないくせに。
「どうしてもだ。お前が気に入らない事、しないようにしたいから。お前が何が嫌で、何が良いのか知りたいから、話せよ」
「……………………嫌だ」
知ったって、君は僕をどうすることもできない。
僕には僕の、君には君の立ち位置が変わらないように、僕の気持ちを知ったってどうにもならない。僕もどうすることもできない。君も困るだけだ。僕も困ってるんだ。
僕は、黒崎の顔が見れなかった。表現するならば、罪悪感に一番よく似てる。
「何でだよ!」
声を荒げて、黒崎は掴んだ僕の腕を引き寄せた。その力が、思いの外強くて驚いた。
引っ張るから、僕は否が応でも黒崎の正面を向かされてしまった。
僕の気持ちなんか、知らないくせに。知られたくもないけど。自分ですら知りたくなかった。
「恥ずかしいから嫌だって言ってんだよ!」
「だから、何がだよ!」
叩きつけるような怒鳴り声に、僕は思わず黒崎の顔を見た。
真っ直ぐ、僕を見ていた。
僕を……見ていた。
黒崎の視界に、僕がいる。
嘘なんか、吐かせてくれないような、真っ直ぐな視線が……。
声が、震えそうになる。
怖い、だなんて思った。黒崎も。言ってしまう僕にも。
でも、言わなきゃ、黒崎は許してくれそうにないし、言い訳を考えたって、嘘だってばれてしまいそうだった。
それに、こんな状況で嘘なんか考えられない。
「どうせなら………泊まってくって、言おうと思った」
だから、僕は素直に話した。
言っちゃ、いけなかったのに。
言った途端に、身体中が熱くなる。心臓が、すごい早さで動いている。
僕の心を、暴露してしまった。僕の心を、少しでも知られたくなかったのに……。
言ってしまってから、黒崎がどんな反応をするか、怖くなった。
どう思われるのか、とても怖かった。
別に、仲がいいわけじゃないのに、僕達は。仲良くなれるはずなんか無いのに、僕達は。
それでも、僕は君が好きなんだ。
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090428