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このまま・・・







……鬱陶しい」
 ヅラはそう言って重くなった長く黒い髪を掻き上げた。

「まあ、そりゃそうだろ? 切れよ」
「だからヅラ取れヅラ」
「ヅラじゃない桂だ! 地毛だ!」
 こんなときにもいちいち律儀にいつも通りの台詞を選ぶヅラはヅラだからヅラなんだろうって思うヅラは、さっきぶった斬った爬虫類みたいな天人の血液を頭から浴びて、動く度に髪が顔に張り付いていた。
「銀時が面倒がって俺の髪を結わいてくれないからこんな事になるんだ」
「はあ? 俺のせい? 最初からヅラ取れってんだろうが!」
「高杉、お前もだ!」
「俺は関係ないだろうが。俺は生憎器用じゃねえ。髪を結うなら銀時に頼め」
「ほら、銀時のせいだ」
「なんでだよ!」

 ヅラの顔に張り付いた髪が視界を奪い、反応が遅れた。
 そんなんで戦うから、軽傷だが腕をやられてる。軽傷だって言って、普段と変わらずに動けてるから、骨や筋までに損傷はねえんだろうが……さっきヅラの破れた羽織の布を裂いて止血したはずなのに、真っ赤に染まってる。ヅラは表に出さないと決めたら、きっと死ぬほどの怪我を負ってても、俺達には悟らせないように動くんだろう。
 幸いなのは、利き腕じゃなかったことだけだ。怪我をちゃんと見たわけじゃねえからどの程度か解らねえが……痛いと文句を言って、その怪我を俺達に主張できるレベルだって事は、まだ大丈夫って事らしい。
 ただ……らしくねえ。
 あんな程度で、怪我を負うなんて……ヅラらしくねえ。あんな奴相手に、遅れをとるなんて。

「困ったな……」
 天人の返り血をもろにかぶったせいで、頭から赤い。着ていた淡い色の服はもう何色だったんだか解んねえ。
 殆どヅラのじゃないのは解ってるけど……血で赤い顔をしてるヅラを見てんのは、あんまりいい気分じゃない。

「まだ、時間があるな……切る」
「は? なに?」
「だから髪を切る。鬱陶しくてかなわん。貴様らの念願通りに切ってやる。これで俺は大丈夫だから貴様らはいるべき場所に戻れ」
「へ?」
「ちょ、待て!」
 ヅラは、当たり前の如く、手にした刀を、掴んだ自分の髪に押し当てた……!!

「わああああっ!!! 待て! 馬鹿! 何すんだよ」
「ちょ! ヅラ! 何するつもりだ! 早まんじゃねえ!」
 俺が慌ててヅラが髪を掴んでる手を刀から遠ざけて、高杉もヅラの刀手からむしり取ってた……一先ず、これでヅラが馬鹿な真似しないで済む。
 一度決めたら思い切りが良すぎんのはいつもの事だが、突拍子もない行動でこっちの肝は冷えるから困るんだって。

「……なんだ貴様ら? 切れといったのは貴様らじゃないか」
「させねえよ! どうにか我慢しろ!」
「てめえ、ヅラのくせにヅラ切るとか、自決の真似事か!?」
「貴様ら冗談を言ってる場合か!? これのせいで腕が痛いんだぞ、俺は!」

 どうやら……高杉も、同じらしい。ヅラの髪、短くなるの見るの嫌なのは……。

 もっと、昔。初陣から間もない頃、ヅラが背を斬られた。
 俺達の目の前で、ヅラが、斬られた。
 背骨が凍りつくような感覚がした。全身が震えた。目の前が、真っ赤になったのは、たぶん恐怖のせいだったと思う。そっから先は良く覚えてない。頭の中真っ赤になって、俺も高杉も動くもん、全部斬った。動くもんが全部なくなって、生きてた天人が死体って物体に代わるまで俺と高杉は刀を握って、敵を斬ってた。
 だから、ヅラは一命は取り留めた……ってほどじゃなかった。
 正気に戻った俺達に、帰ろうと言ったのはヅラだった。無事だった、良かったって、そう思って陣営に戻った瞬間にぶっ倒れたヅラは、三日間目を覚まさなかった。
 俺はあれ以来……ヅラの大丈夫な振りを信用しないことになった。

 ただ思ったよりも傷が浅かったのか、ヅラの治癒力が驚異的なのかは解んねえけど、傷は俺達が考えてたよりも早く、本当にすぐに癒えた。
 背を斬られた時に同時に、一つに束ねていたため、肩近くまで短くなっちまった髪は、元に戻るのに傷よりも時間がかかった。

 男のくせにガキの頃から、無駄に長い髪をしていたから……ヅラの髪が肩で揺れているのを見るのは、違和感しかなかった。その違和感が、俺の、あの時の恐怖を甦らせて……だから、ヅラの髪が短いのは見たくない。

 あと……俺、
 ヅラの髪、好きだから。
 ヅラみたいに真っ直ぐで、他の何色にも染まんない真っ黒な髪……短くすんなんてもったいねえだろうが。

 ヅラに一生言うつもりもねえけど、俺、お前の髪、好き。だから……


「腕一本ぐらい使えなくても、俺達が居んだろうが。安心しろよ、ヅラの事は守ってやっから」
「腕が無くなってもヅラは守ってやるよ」
「これ以上俺に貴様らに借りを作るという恥の上塗りでもさせる気か?」
「…………」

 作戦は、ギリギリ、敗北してない。
 ヅラの腕の負傷により、軸がずれてきている……。

「お前からそれが無くなったらヅラじゃねえだろうが!」
「腕ぐらいで髪切るんじゃねえよ。お前の本体のヅラだろうが」
「だからヅラじゃない桂だと言っているだろうが」
「髪なんか切られたら、ヅラのヅラが無くなっちまうじゃねえか! お前居なくなっちまうって事だぞ!」
「解った俺が悪かったから切るな! ヅラだか誰だか見分けつかなくなっちまうだろうが」
「長年共に育った友の顔も解らないとは……貴様ら、もしかして馬鹿なのか?」
 ………もう、それでいい。

 俺の真意は、ヅラには言いたくない。

「腑に落ちんが……もう、この羽織はどうせ使えん。悪いが銀時、髪を結わいてくれないか?」
「……仕方ねえ」
 その程度なら、妥協してやる。

 血に塗れてべとりと重たい髪を俺に任せながら、ヅラは一旦退却した崖の上から陣形を見る。戦は小康状態だ。

 敵本陣に総戦力で強襲をかけた。
 途中で敵に気付かれないように分散し、ヅラは本隊のしんがりを、俺は敵斥候を殲滅し、高杉は鬼兵隊を率い本隊撤退後に背後から強襲を掛ける手はずだった。

 ヅラが、斬られたから……俺も、高杉も、ヅラから離れらんなかった。ヅラの部隊はヅラが早々に負傷したことにより士気が乱れ、負傷者を多く出した。
 ヅラはそれでも俺達に行けって言ったけど……悪いけど、俺は自分の部下を信頼しちゃいるが、ヅラの事は信頼できてないからな。俺の部下は、優秀ですから。

「高杉、鬼兵隊は?」
「ああ、ついさっき配備完了の狼煙が上がった」
「銀時。敵斥候部隊は」
「そろそろ……ああ、お前が言ってた敵本陣から北、北東半里ほど、本陣付近の南東の櫓、三か所……煙が上がってるから終わったころだ」
「……そうか」

 本隊は山道を北東を進軍してから大きく南下し、西に向かう。北東に拠点がある事は知られているが、具体的な位置はまだ特定されてない。そっちにも戦力を温存し、東西から挟撃する。今回の作戦は、その作戦のための布石だ。
 北東方面の視界を潰すことにより、俺達が東に戻ったと示唆させる。

「ヅラは?」
「まあ、この程度の痛み、どうとでもなる。それに、お前らが居るしな」

 俺が……俺と高杉が、ここを離れないって、その意思はせめて伝わったようで良かった。
 ヅラの部隊は次の作戦の為に、兵力を温存しとく。だから撤退じゃなかったんじゃねえの? 

「ここに戦力を集中する必要は無かったんだがな……仕方がない。派手に暴れて東に逃げたと見せかけるぞ」
「まあ……せいぜい恩に着ろ」

 北東の目的地に着いた部隊から狼煙が上がった……これは、合図だ。本隊撤退完了。

「銀時、高杉……出るぞ」
「ああ」
「めんどくせえな!」








 消毒後、油紙を傷に宛がい、ヅラの白く細い腕を包帯できつめに止めた。

 傷は……驚くほどに浅かった。少し広かったせいで出血が多かったが、ヅラの事だから、しばらくは傷痕が残るだろうが、数年後には皮膚に色素が沈着する事も無く、傷は無くなるだろう。

 作戦は成功し、あっちの地方の天人を撃退したから、俺達は俺達の根拠地に戻ってきている。

 挟撃の作戦は、成功した。
 ヅラの戦は傷を負った事を忘れたかのようだった。実際戦の中に置いて、思い出せていなかったのかもしれない。そう思ったのは、前の戦の時に、ヅラが俺達に守られてくれていたからだ。こっちとしちゃあんま無茶してもらいたくなかったから、大人しく守られててくれんのは有難かったが……でも、それすらもコイツの作戦だったのか?
 戦場にて、狂乱の貴公子が傷を負った事は知られていた。俺達がヅラを守り、ヅラが動けない事を見られてしまっていたから……逆に言うとそこに敵戦力が集中する。ヅラを崩す事が出来たら、攘夷側の支柱の一角を崩したも同然だからだ。それは、俺でも高杉でも変わらないが……。
 だから……最初から、今回の作戦に置いて、ヅラは俺と高杉、他戦力を固めていた。まるでヅラのいる場所が激戦地になる事を予めの事としているような……

「………」

 まさか……わざと、って事はねえよな?
 最初の作戦で、怪我を負い、それを天人に見せつける事で、次に現れた時に自分を狙わせるために……最初の作戦で、しんがりとしてのヅラの部隊は、ろくな戦力を置いていなかった。怪我ぐらいで済んでよかったって、くらいの……

「っ!! 銀時! 俺の腕を壊死させるつもりか? 傷が開いたらどうするつもりだ!」
「っと、悪ぃ」
 考えながら包帯を巻いていたら、きつく巻きすぎちまったようだ。

「ほら、できたぞ。あんま動かすんじゃねえよ」
 包帯を結び終ると、ヅラは服の袖を通し、襟を正した。
「助かった。自分ではどうにも上手くできん」
 そう言いながら背を向けたヅラの髪……深い濃紺の帯留めみたいな、それよりも細い紐で、背中の真ん中あたりで緩く結わかれていた。

 その色は、ヅラの髪によく似合っていた。
「お前不器用だもんなー」
「うるさい」

 ガキのころは高い位置で結わいてあった髪は、自分じゃなく母親にやってもらっていたらしく、戦いに荷担するようになってから、ヅラはそのまま髪を下ろしていた。
 だから、最近じゃヅラの髪を結うのは俺の役割だった。
 櫛がなかったから、高い位置では結わけなかったが、後ろで邪魔にならないような場所でヅラの髪を一つにまとめた。

 真っ直ぐにしなやかに、何の色にも染まらない真っ黒な髪を梳いて、それを触るのは……ヅラの髪を結うのは、嫌いじゃなかった。

 手の中からさらさらと零れるような軽さで、それでも柔らかな手触りをしているヅラの髪に触れるのは、嫌いじゃなかった。
 ヅラの髪を掻き上げて、白い項を見るのは嫌いじゃなかったから……。


 嫌いじゃなかったのは、こいつの髪を結う行為じゃなくて、ヅラの髪じゃなくて……。

 それに、気付いてから、俺はヅラの髪を結うのをやめた。
 口実は、面倒くさいってのが一番俺に似合うから、そうした。

 しばらく自分でなんとかしようとしていたが、こいつの不器用さはひどいもんで、文句を言わなきゃ気が済まないような仕上がりで、文句は言っても俺はヅラの髪を結ばなかった。そのうちに、ヅラは自分で髪を結わくのをやめた。正しくは、諦めた。


 俺は……もう、ヅラの髪を触れない。
 ヅラの髪の手触りが、あまりにも気持ちが良かったから、俺はヅラに気付かれないように、何度か唇で触れた。
 本当は、ヅラの髪じゃなくて……髪よりも、髪を掻き上げた時に覗く、その白い項に唇で触れてみたいと思った……その白を、俺は誰にも見せたくないと思った。
 俺は、ヅラの髪をもう結ばない。

 その髪が、下の方で結ばれている。左右どちらか、前に持ってきて、髪の端を結んだのだろう。その紐は、ヅラの髪とよく似あっていた。

「へえ? 綺麗な色だな」
「ああ。気に入っている。これなら、自分でも結えるから、お前の手を煩わせん」
 俺が面倒なのは自分の内部事情なんだって事は、こいつはきっと一生かかったって解ってくれないような気がする。俺も言うつもりないし。
「んー。まあいいんじゃねえ?」
 それなら……ヅラの項が白い事を誰も知らなくて済む。

 ヅラは嬉しそうにしてるし、俺はヅラみたいに長くしたことないからどんだけ邪魔なのかは解らねえけど、書き物や読み物をしている時にすこし屈むと背中から滑り落ちる髪を何度も後ろに払いのけているのを見ると、やっぱ邪魔そうだって思う。
 だから、結んでんのは良いと思う。

 それなら、ヅラの項は誰にも見えないから、俺も許容範囲だし……

「お前に髪を結ってもらうの、お前の手が気持ち良かったから、それは少し寂しいがな」
「……たまには、やってやろうか?」
「いや、結構。今日みたいな日は寒いから、結んでしまうと首が寒いが、これなら背中まで暖かい。何しろ純毛だからな」
「あそ」
 下手な褒め方して期待させんじゃねえよ、ばーか。

 ヅラの髪に触れた。
 相変わらず、さらさらとして、手から零れ落ちる。さいごまでヅラの髪に指を滑らせたかったけど、ヅラの髪を結んである紺の紐はヅラの髪に良く似合っていたから、そのままにした。

「銀時? 今日は寒いから結わなくてもいいと言っただろうが」

 ヅラの髪を手で掻き上げると、あまり日に晒されない真っ白な肌が覗いた。相変わらずヅラの真っ白な肌に黒は良く映える。

「………髪、良かった」
「ん?」
「いや、切んなくて、良かったな」
 やっぱ、ヅラの髪が短いのは、嫌だ。あの時みたいに……背を斬られた時のように、お前に傷がついたって、思う。髪なんか神経も通ってないはずなのに、俺が守れなかったような、そんな気がしちまう。

 さらりと髪を前に流し、ヅラの肌を見る。

「ああ。次に、また使えるだろう」

 ヅラは、さらりとそんな事を言った……使えるって……。

「……お前」
 もしかして……

「妙な長さにでも切れば、敵に手負いと認識され標的になりやすいと思ったのだが……先の戦で貴様らが俺のそばで暴れてくれたおかげで、俺が手負いだと敵に周知された」
「……!!」

 やっぱり、お前!!

 この怪我も、わざと……あの程度の敵に、あの程度の攻撃で、いくら視界が遮られてたからって……

 俺は、思わず、ヅラの首に噛みついていた。ふざけんじゃねえって、てめえを餌に使うような真似、俺は許してねえ……!! それを伝える言葉が思いつかなくて、俺は思わずヅラの首を噛んでいた。
「っ、痛い!」
 後ろから、ヅラの身体に手を這わせる。袷から、手を侵入させて、ヅラの肌に触れた……白くて、真っ白で体温なんか感じさせないような色をしてるくせに、相変わらず体温高くてちゃんと暖かいのは、嬉しかった。
 白くて、綺麗な肌に、傷、作りやがって……しかも、わざとかよ。

「銀時……っまだ、昼間だぞ、誰が来るか……」
「るせ。てめえが声抑えりゃ気付かれねえよ」
「俺は腕を怪我しているんだが……」
「善処します」
 ヅラは溜息を吐きながら、それでも笑ってた。気配でわかる。
 後ろから抱きこんだ俺に体重を預けてきた。ヅラの首、髪で隠れる場所を吸って俺のだって印つけてた俺の頬に触れた指に気が付いたから、少し顔をあげると、ヅラは笑った唇の形のまま俺の唇に押し付けてきた。ふんわりとした感触が触れたのは一瞬で、ぬるりとした感触が俺の口の中に侵入してくる。

 ヅラと身体を繋げる事は、多くはないが頻繁にあった。
 死にそうな目に合うと子孫残したくなるって欲求が高まるからやりたくなんのは本能だって口実をヅラはたいそう気に入ってくれたようで、そんな口実があるからヅラと身体を繋げる。他にやった事ないから、他がどうなのかは解んないけど、ヅラの身体に溺れてる時は全部どうでも良くなるくらい気持ちが良かった。ヅラも、それは同じだったみたいで、だから……こんな関係は、だいぶ長い。
 ヅラは互いの身体使って自慰でもしてるつもりだろうが……俺は、お前だから、だって。
 死という言葉は常に俺達のそばにあって、いつそれが俺の物になんのかなんか解んねえ。いつコイツが死に奪われるか解んねえ……そんな戦場にいて、だから、お前だから……。

 ヅラの細い身体抱きしめて、本当は、ずっとこうしてたいって……ずっと、俺の腕の中で守られてくれてりゃいいのにって……そんなんヅラじゃねえのは、知ってる。

 そんな事をヅラに言った事はねえけど。言ったって、どうしようもないから言わない。

 今、ヅラの首を噛んだ俺が付けた痕を丹念に舐めながら、ヅラの足を触る。袷から侵入させた手で、直に内股を撫でると、ヅラはくたりと俺に体重を預けてきた。
「……ん……あ、ぎんとき」
 ゆっくりと焦らすような手つきで内股に触れながら上に向かって辿り、ヅラの中心に触れると、もうそこは硬く立ち上がっていた……
「へえ……」
 お前も、したかったの? 俺とこうしたかったんだよな?
「っん! あ、あぁ……」
 緩急を付けながら俺の手の中で熱を持ってくる。
「声、我慢しろよ」
「……っん」
 ヅラは重心を失い、俺の身体に体重を預けたまま、俺の着物を握り締める手は、俺に縋りついてくるようで……もっとって。もっとコイツの事気持ち良くしたら、もっと俺の事求めてくれんじゃねえかなって……



「……あ!」

 突然、ヅラの身体が強張ったと思ったら、どかどかと、でかい音じゃなかったが、こっちに向かって走ってくる音が聞こえた……
「ちょ、銀時。人が来る離れろ!」

「ぐっ!」
 突然俺は、不意打ちを食らった。
 ヅラに、腹を蹴飛ばされて、そのまま畳にゴロゴロと転がった。いきなり何すんだって! って怒鳴りかけた。

 直後、すぱーんって、障子が開いたって思ったら、

「ヅラ、いるか?」
「高杉、どうした? 今日は町に出掛けたのではなかったか?」
 廊下を誰かが通り過ぎんだろうって思ってたから……高杉だったのかよ。ヅラに飛ばされてなけりゃ、危なかった。
 何の用だ高杉は……邪魔すんじゃねえよ。

 ヅラはさっきまで俺に見せてた顔の名残は何処にもないいつもの涼しげな表情で、何事も無かったかのように着物の襟を正している。
「てか、お前、何て恰好してんだよ!」
「いや、今銀時に怪我の手当てをしてもらっていた」
「っ!! 居たのかよ、銀時!」
「いや。俺、空気だから、気にしないでいいから。続きをどーぞ」
「………」
 高杉は恨みのこもった目で俺に一瞥を投げ、吐き捨てるような舌打ちをくれた……俺が邪魔だって言いたいのは解った。何しろ、俺もだ。

「……あ、ヅラ、あのさ、怪我はもう、いいのか?」
「ああ。傷も塞がったし、今は痒いくらいだ。次からはお前らの手を煩わせるような真似はしない。心配させて悪かったな」
「そっか。治ったなら……いいけど、まだ完治してねえなら、あんま動かすんじゃねえぞ」
 高杉は、ほっと安堵の色を浮かべた。高杉らしくも無く意図せずに内側から洩れたような、安心しきった笑顔に、ヅラは少しだけ痛そうな顔をした。
 ヅラの怪我の意味、高杉が知ったら、どうなんだろう。高杉は、きっとヅラがそんな作戦立ててただなんて、知らない。きっと気付いても、見なかったふりをするだろう。
 ヅラも、高杉には、言えねえだろう……こんな事。

「あ、ちょっと、早いかもしんないけど、快気祝いも兼ねて、さ」
「ん?」
「お前、んな長い髪してるくせに、ろくに櫛通さねえだろ? ちゃん梳かしとかねえとみっともねえだろ? 一応俺達部隊長なんだから、身形は整えとかねえとなんねえだろ?」
「そうか? 大したことはしていないがまだ枝毛とかないし、大丈夫だと思うが」
 どうやって伸ばせばそうなるんだか、俺はヅラの髪にそんな枝毛なんか見たことねえ。
 勝手に伸びるヅラの髪は、どこまでも伸ばしてるわけじゃなくて、さすがにヅラの中でも長さにこだわりがあるらしくて、腰くらいまで伸びてきたら、肩甲骨あたりまで揃える。それも俺の役割。

「だから、これ」
「は?」
「櫛。せっかく買ってきたんだから、使えよ」
 高杉は、ヅラに押し付けるように……紺の絹で包まれていたのは、桐の箱で……ぶっちゃけ、高杉の事だから、値段なんか知りたくねえような高級な櫛が入ってんだろう。
 今日は、町に行くって朝飯食った後出て行ったのは、俺も見てた。

 もしかして……高杉が町に行ったの、このため? もしかして、ヅラのために、わざわざ……。

「有難う高杉。お前からもらった髪を結う紐もとても助かっている」
 ヅラは髪を前に流し、結っていた紺の紐に触れた。綺麗な色で、本当にヅラには良く似合っていたけど……
「あ……おう。似合ってる、と、思う」

 なんだ。
 せっかく似合うと思ってやったのに、高杉、からのかよ。

「これで、邪魔だから髪を切る何て真似、しなくて済むだろ?」
「………ああ、そうだな」
「髪切ろうとするとか……本当に驚いたじゃねえか」

 なんだ。
 高杉も………そう言うことか。

「いや……そうだな。これがあれば、俺は髪を切らずに済みそうだ」

「……」
 高杉には、言わないんだ。
 お前が髪を切ろうとした意味、その本当の意図……言いたくないんだ。

「…………な、何だよ、銀時」
「別に。俺は空気だから気にすんなって。続きどーぞ」
「何だ、高杉。続きがあるのか?」
「ねえよ!」

 ああ、俺なら、そーゆー事ですか晋ちゃんもすみにおけないなあとか、ニヤ付きながら言ってるんだろうけど。そう言うのが俺らしい俺なんだって、何となく俺を客観視するところまでは出来たけどさ。
 俺はどうせ、そうやってヅラに貢ぎ物とかでポイント稼いじゃうような財力ねえからな。

「あ、あと、ついでだから。買ってきたんだけど、軟膏」
「は?」
 ……続き、あんじゃねえかよ。

「お前、少し手が荒れてきてんだろ?」
「そうか? 俺は気にならんが」
「せっかく買ってきたんだから受けとれよ」
「ああ。使わせてもらう」
 ………何ヅラに貢いでんだよ、こいつ……この程度でヅラに気付いて貰おうだなんて、思ってんじゃねえだろうな……ヅラが気付くわけねえけど、ポイント稼いでるつもりなんだろうか。
 ……俺の目の前で、何やってんだよ。

「あ、なあ。町に出たら、いい色の反物があったけど」
「そうだな。普段着をこの前駄目にしてしまったから、近いうちに見に行きたいな。高杉、付き合ってくれないか? お前の見立てなら安心だ」
「あ……おう」
 高杉はボンボンだし、ヅラもヅラでいいとこのお坊ちゃんだし、ガキの頃からこいつらいい着物着せられてたし。
 俺には縁のない世界ですね。

「………」
「銀時?」
 勝手にやってりゃいいだろうが。俺は金持ちじゃありませんからね。さっきヅラに蹴られて転がったまま、見たくねえけどどっか行くつもりも無かったから壁の方まで転がって行ってたのにヅラはようやく気付いたらしい。

「銀時。お前も一緒に行こう」
「は? 何で?」
「いいだろう? 蕎麦でも奢ってやる」
 ヅラのくせに柄にもなく俺に気を使ってんじゃねえよ。高杉と勝手に仲良くしてくりゃいいだろうが! 俺は一人でのんびり昼寝してるから、どこでもかってに行っちまえ。

「別に銀時なんか連れてかなくてもいいだろうが」
「団子奢ってくれんなら、ついてってやってもいいけど?」
 俺にかまわず二人で勝手にどっか行きゃいいだろうがって思ったけど、やっぱ二人っきりでどっか行かせるなんて真似させねえよ。

「いや、銀時には来てもらわなくては。町に色白の、美人が居たんだ」
「……は?」
「とても美しかったんだ。二回ほどお会いできたが、左右の目の色が違って、見つめられると嬉しくなってしまってなあ……ピンと伸びた尻尾が印象的な雄だった」
「猫かよ」
「ああ。俺はどうにも動物からあまり好かれないようでな。お前、肉球を触らせてくれるように頼んでくれないか」
 一瞬、気を使われたのかと思ったけど、そんな空気読めるような奴じゃない事は、長年の付き合いで良く解ってる。

「銀時、どうした?」
「別に」
「拗ねているのか」
「………何でだよ」
「高杉、大変だ! 銀時が拗ねているぞ。銀時にも土産はないのか? 饅頭とか団子とか大福とか」
「ねえよ! てめえのだって俺の買い物の次いでだ」
「それは解っているが、贔屓は良くないぞ。銀時が拗ねてしまったではないか」
 なんで俺が高杉に土産を貰わないから拗ねてる事になってんだか。
 そりゃ、饅頭でももらったら小指の爪ぐらいは許してやったかも知んねえけどさ。
 少し起き上ったら見えた。真っ赤な朱塗りの櫛。貝で細工してある……高いもんなのは、目に見えて解った。この赤がヅラの髪を滑るのは、想像するだけでも綺麗だって解る。

「……なあ、ヅラ」
「なんだ、銀時?」
「せっかく高杉が買って来てくれていい櫛手に入ったし……たまには髪結ってやろうか」

「え……」

 俺の笑みの意図を、当然ヅラは瞬時に汲み取っていた……こいつ……やっぱ、全部解ってんのか?

「へえ、たまにはいいんじゃねえの?」
 高杉も、その櫛がヅラの髪を通るところを見たいんだろう。きっと、綺麗だろう。
「たまには銀時に結ってもらえよ、ヅラ」

 ……さっき、ヅラの項に俺が噛みついた痕は、きっと明日まではしっかりと残るだろう。


「………」
 ヅラが俺を見た目に込められてたのは、忌々しげな苛立ちだった。

 そっか。高杉に俺達の関係知られちゃまずいんだ、ヅラにとって。気まずいってのもあるかもしんないが、それ以上に……もしかして、ヅラは知ってんのかもな。
 高杉に向けられてる感情がどんなものか知ってんだ、きっと……それを、知らないふりしてて。

 ヅラの首筋に付けた痕、高杉に知られたら、どうなんだろうな。


「………ヅラ、どうすんの?」
 俺にはてめえのその汚い手のうち見せて、高杉には見せないつもりなのは、ヅラが何考えてんのか解んない。俺に身体を許してても気持ちが付随するような真似したことも無い。俺も同じだからだろうか。俺も、俺の気持ちをヅラに伝えた事は無い。ヅラと身体を繋げんのは愛情に起因するわけじゃなくて、互いに行う自慰行為みたいなもんだ。他人に知られちゃまずい関係は、ある種の共犯関係と似ていた。
 俺が信頼されてるからなのか、侮られてんだか。
 俺の質問は、ただの意地悪なんだって事は、自分でも解っていた。

 ヅラが、俺の気持ちなんか解ってんだって事、解ったから。


 ヅラは、俺と高杉を見て、微笑んだ。

「……このままがいい……」

 滅多に見せてくれない、静かな笑みだった……このままがいいって……そっか。
 俺達を、維持したいと願うのは、ヅラだけじゃねえ。俺だって同じだ。だから、何も言えない。きっとヅラも言えない。


「何でだよ。たまにはいいんじゃねえの? 銀時に結ってもらえば」
「馬鹿が。髪を結ったら首が寒いだろうが。高杉は昔から長くしたことがないから馴れているかもしれんが、純毛の温かさを知らんのか。特に今日は冷えるからな」
「ああそうかよ」

「ああ、俺は、このままがいい……」










10,500
20140204