清貧と空腹 



 良かったって……なんとなくそんなこと思ったんだけど……あんま良くない。



「銀時、腹が減った」
 だって……開口一番、なにそれ。

 久しぶり……一ヶ月ぶりにヅラがうちに来て、まんまとうちのウルサイのが二人とも居なかったから、帰ってくるまでだいたい一時間、絶妙のタイミングで今から恋人同士とかの甘い時間に突入して、突貫作業に勤しもうとする場合じゃなくて、なんでそこで腹減ってるわけ?

「後にしろ、後!」
 何だか色々忙しかったようで、暇なときは日課レベルで日参するくせに、そっちが忙しくなると、お前ん中に俺の存在が一ミリでも残ってんのか疑わしくなるほど寄り付きもしねえ。
 んで、久しぶりに顔見せて、ようやく俺に会いに来たって事は暇になったってことか?
 ようやく俺の存在思い出してくれたわけ?

 こっちは限界だったんだけど。会いたくて、けっこう限界だったんですけど……!

「無茶を言うな。まず、なんか食わせろ」
「ふざけんな。何様だてめえはっ!」
 久しぶりに来て、俺に会いたかったでもなく、ハグもキスもしてないうちにまず腹減ったとか、どんだけ俺はないがしろににされてんですか? 男としてプライドずたずたにされた気分は間違ってねえよな?

「んじゃ、後で何か作ってやるから」
 とりあえず、こっちは本当にかなり久しぶりで、健康的な成人男子が月一の頻度の清すぎる禁欲生活に辟易通り越して限界なんで、まずヤらせろ。最後に会ったのは一か月前だけど、最後に遭ったのは昨日。
 そんで、その前は一週間前で、目の前で真選組の人達が走っていくって思って後見たら髪の長い影が屋根の上を飛んでるのが見えた。江戸の町で暮らし手りゃ、風物詩としてヅラと真選組さんとの追っかけっこは頻繁に見る事が出来るけど。
 だから、ヅラが来て、俺に顔見せに来る余裕あったって、まだ無事だったって、良かったって……思った。
 何やってんのか、知りたくもねえからなるべくヅラの情報は耳に入ってこないようにしてんのに、またでっかいヤマに手を出してる気配がして、生きてんならいいけど、しばらくオアズケ食らう覚悟はしてはいたけど……。

「ヅラ……こっち来い」
 やっぱ、目の前に来たら、限界だった。後で飯でも何でも作ってやるから、とりあえず抱かせて。
 って、ヅラの腕を掴んで引き寄せた。
 久しぶりすぎるからってのもあるけど、なんか色々知りたくもねえ情報耳に入れちまってたから、ちょっと色々お前のこと抱きしめてお前のこと感じて、そんな事で感慨に耽りたい健全な精神が健全な肉体に反応しただけだ。

「銀時……」
 ヅラは、抵抗もせずにすんなり引き寄せられて、俺の腕の中に収まった。

 口では憎たらしい事を言うくせに、ろくに抵抗しないとか、お前だってこうしたかったんじゃねえのか? 俺に会いたくて俺に抱かれたかったりとか……違う?

「……ヅラ?」
 だって、嫌がんないって事は、そう言う事だろ? お前、本気で嫌だったりすると、俺の事投げ飛ばす勢いで抵抗すんじゃねえか。だから、お前だって、俺に会いたかったって、そう言う事でいいだろ?
 って、言うための声はだいぶ甘いものになったけど……ヅラは俺の胸に顔を埋めたままで……

「……」
 反応がない。
 図星で赤くなってんのかどうかも顔見えないから解んねえけど、どうせなら、その腕を背中に回して頂きたいんですが……ヅラの手はろくに抵抗もしないで、投げ出されたまま落ちてる。

「ヅラ?」
「………」
「おい、ヅラ!」
 うんとかすんとか言え!

 って、思った途端、ヅラは、俺の身体に体重を全部預けたまま、ぐゅぅっと盛大にあまりにも色気がない腹の音を立てた……

「……腹が減って、力が出ない」

「はあ?」
「金と時間がなくて三日もろくに食ってないんだ。何か食わせてくれ」
「三日って……昨日は?」

 この前会った、と言うかヅラを見たのが、昨日。
 いつもよか上等な着物来て、背中の後ろの方で緩く髪の毛結んで、どっかの若殿様みたいに部下の厳ついオッサン数名引き連れて、一回の食事で俺んちの一月分くらいしそうな高そうな高級料亭に入ってくの見たの見間違いじゃねえと思うんだけど……俺がヅラを見間違えるはずなんかねえから、つまり、ヅラだったはずだけど……。

 そん時、目があったから、俺がそれ見て知ってるの知ってるよな?

「あんな輩に出された飯など食えるか。以前眠らされてひどい目に遭ったからな」

 ああ、そっか。学習能力はついていたのか。良かった………………じゃ、ねえっ!
 眠らされたとか、なにそれ? 俺聞いてないけど、そん時何も無かっただろうなっ!

「だって、お前。金がねえって、ずっとバイトしてただろうが」
 客引きのバイトしてたの知ってる。一か月前から、ピンクの法被着て、一週間くらいは続いてたよな?

「給料貰う前に、ターゲットの出入りが無くなったんで辞めた」
「……」
 バイトも金に困ってるのもあるけど、実際は潜入捜査も兼ねてる事多い事ぐらいは解ってるけど。
 昔から、いい環境で育ったせいか、欲しいってものは何でも手に入るような裕福なガキの時代を送ったせいか、それともコイツの個人的な気質か、あんまり物にも金に執着無いの知ってるけど……。

「………………………」
「頼む、何か食わせてくれ。蕎麦がいい」
 ……お願いと要求はいっぺんにすんなよ。

 確かに、痩せた?
 とか、元々肉なんかどこにもついてなくて、ただでさえ骨と筋で成り立ってる体をさらに細くしてんじゃねえよ。骨格標本にでもなるつもりか?
 さすがにこれ以上抱き心地が悪くなるのも、やっぱり勘弁したい。

「たく……今回だけだぞ」
 仕方ねえ。マジで今回だけだからな。

「こんな事で頼ってしまって、すまない」
 良かないが、別にいいけど。
 あんまりいい気分じゃねえが、こんなんでも、俺の事思い出して頼ってくれんのは、悪い気がしないでもない。

 ただし、なんか食わせたら、しっかりその分お前を頂きますんで、そのあたり、覚悟しとけよ!





「蕎麦がいいと、言ったんだが」
「ねえよ」
「じゃあ、野菜は何かあるか? モヤシ炒めでもいい」
「るせえ! 恵んでもらってる身分で贅沢言ってんじゃねえよ」

 ……冷蔵庫に買い置きが無かった。冷凍庫に冷凍食品でもなんかあるかと思ったけど、やっぱ何も無かった。冷蔵庫は内側が冷たいだけの棚でしかなくて……いっそ電源抜いといていいんじゃねえだろうかって思うような、イチゴ牛乳のために冷えてるがらんとした空間だった。

「じゃ、何か奢ってくれ」
「……お前、所持金は?」
「128円」
「俺、537円だけど」
「…………」
「……………………」
「悪かった」

 俺達は三分待ってから、非常食のカップ麺をずるずる啜り始めた。













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20140204