膝枕
攘夷戦争で数多の戦功を立て、斬った天人の数は現存する著名な攘夷浪士の中でも随一を誇る。戦場を駆る姿は美しくも鬼神のようで、狂乱の貴公子との異名を持つ。 戦力的な猛々しさも持ちながら、その頭脳も侮れず、用意周到で緻密な作戦にて翻弄する。 穏健派に鞍替えはしたが、未だに攘夷思想を持つ奴等の中では伝説的な存在で、この男が一声上げれば江戸中の浪士達が桂の元に集結するだろうと言われている。 俺達真選組の目下最大のターゲットで、桂を捕まえるのは俺達の悲願である。 戦歴は、ほとんど滅茶苦茶だと思う程。死んでりゃ確実に伝説にもなるだろう。いや、生きてる今ですら伝説になってるような、白夜叉や、あの高杉と肩を並べる。 それが、桂小太郎。 俺が知っていたはずの桂小太郎の姿だった。 「桂」 「ん?」 ずっと前から欲しがってた白いアヒルだかペンギンだかわかんねえ微妙に可愛くないお化けフォルムしたぬいぐるみを買ってきたら、俺には滅多に向けない満面の笑顔を浮かべて、抱き締めて、頬擦りしている綺麗な男が、ここにいる。 「お前、本当に桂小太郎か?」 「……若年性健忘症か?」 「だってよ……」 ……本気でこれがあの桂小太郎と同一人物だと思えねえ。俺が知ってたはずの桂小太郎像とこいつが、どう考えたって結びつかねえんだけど……って、言うのも馬鹿らしくなるくらい、この男は桂っていう存在だった。 「お前の脳細胞を破壊した犯人は、マヨネーズか? それとも煙草の方か?」 嫌味じゃなくて、本気で心配しているあたり、逆に失礼なことに気付けよ。 「大丈夫か? 本当にあまり顔色が良くない」 顔色は、確かに良くないかもしれない。 本気で疲れた……。 二十四時間勤務が七日連続とか、いくら公僕だからって労働基準法とかどうなってんだ。そりゃ、仮眠くらいはしたが、それにしたって疲れた。 「あー、まあ、最近寝てないからな」 「肩でも揉んでやろうか?」 「俺を殺す気か?」 疲れた俺にとどめを刺すつもりか、こいつ。 細くて華奢な外形と裏腹に、馬鹿力な桂が前に肩を揉んでくれると言われて、以前、つい嬉しくてホイホイ返事しちまったが……死ぬかと思った。死ななくても、あの時一度俺の肩は死んだと思った。俺と馴染んだふりをしながら俺を暗殺する機会を伺ってたのかとすら疑ったくらい、痛かった。 当然だろう。容貌は繊細で、女のように華奢だが、あの戦の中で伝説を纏った男だ。刀を握りれば、こいつに敵う奴なんか、そうそう居ないはずだ。握力だって化物級なんだろうが……いや、だからって、常識考えりゃ、肩揉むのに、握力を全開にする必要はなかったとは思うが。 「そんなんいらねえから、膝貸せよ」 肩揉まれて殺されるよりも、お前の膝で少しでも寝たほうが、よっぽど癒される。 「……仕方無いな」 桂は正座の姿勢のまま俺の方に向き直り、自分の膝を手の平で叩く。 「よし。いいぞ! さあ来い!」 ……色気ねえ奴。もっと恋人っぽく誘えねえのか? でも、来いって言われたから、俺は遠慮せずに桂の太股に頭を乗せた。こいつにこんなこと出来んのは、俺だけの特権だ。その部分だけは悔しいが、嬉しい。本当に桂の膝枕だなんてメリットはそんだけだ。でもそれだけがどんだけの価値を持ってんのか、俺もあんまり考えたくねえほどでかい。 寝心地は、決していいもんじゃない。全体的に細い桂は、もちろん脚も細くて、しかも三次元で逃げ回れる脚力のせいで余分な脂肪は一切なくて、筋肉しかついてない。ともかく硬い。 でも、これは気持ちいい。これが桂だって、それが気持ちいい。 俺の顔を覗き込むように見る桂の髪がさらりと流れて落ちてきたから、捕まえた。 桂の膝枕は堅くって寝心地なんて最悪だけど……すげー、癒される。 俺を見る桂の眼差しが、柔らかい、そんな気がする。 「俺の膝はあまり寝心地が良くないと言うのに……」 うん。本当に寝心地最悪だよな。 寝心地悪いけど……なんで! てめえが知ってんだ! 「……それ、誰の情報?」 「ああ。たかす……あ」 あ、じゃねえよ! 桂が、まずったと言わんばかりに表情を固めた……って、誰がてめえの膝の寝心地診断したんだっ! 「たか」って、言いかけたよな? どのタカだ? 一体誰の事だ! 思い当たる桂とも繋がりがあるって噂の隻眼のテロリストが頭ん中に出てくる。 「いや、違う。俺が試したんだ。俺が寝てみてそう思った」 「てめえがてめえの膝枕出来るわけねえだろ!」 「いや、違う。自分の膝枕じゃない。だって男の膝枕など堅くて寝心地悪いだろうが。ゴツゴツしているし、安定性ないし、高すぎる。そうだ、その『タカス』だって! 高すぎるって」 「ってことは、つまり。てめえは誰の膝枕で寝たことあんの?」 「ぎ………………いや、一般論だろ」 ……「ぎ」で、思い当たる白髪の天パが脳裏で笑ってる……。 「……」 「……土方?」 「…………」 「土方? 拗ねたのか?」 るっせえっ! もうてめえと口きいてやんねえ! 拗ねてるかって? 当然だろうが! 無茶苦茶嫉妬してるって! 俺の機嫌取るためにせいぜい甘やかせろよ! 悔しいから、桂の腹に顔を押し付けて、身体に腕回して、腕に力を込めた。 桂が、溜め息をついて、俺の頭を撫でている。 そうだよ。 そうしてりゃいいんだって。 「だいぶ、疲れてるようだな。働きすぎじゃないか?」 ……誰のせいだと思ってんだ! 俺がこんなに疲れてんのも、てめえが扇動して民意煽って、こっちで世に幅かってた憎まれっ子の天人が帰るってのの警護だったって、てめえだって知ってんだろ! 全部、てめえのせいだって! 「……」 今ので、俺の疲労はトドメを刺された。 もう、疲れすぎて動きたくねえ。 「土方?」 「……」 返事もしてやるつもりなんかねえからな。 「仕方のない奴だ」 てめえだろ? いや、桂は仕方無いってより、どうしようもねえ。 睨み付けてやろうかと、桂の顔を見たら、桂が俺を見て綺麗な笑みを作ってた。 「………」 「土方? 機嫌は治ったのか?」 なんか、まあ、いいかって……癒された俺、勘弁してくれ。 「おう」 了 20130615 2300 |