初めて見た時に、女神様かと思った 06
「あんま帰って来てないから、ちょっと埃っぽいけど、我慢してくれ」 俺が入手している情報では真選組の隊士のほとんどは普段、屯所で寝泊まりしているらしい。土方が言うように、ここにはだいぶ帰って居ないらしく、確かに埃っぽい。普段は屯所を住処にしているらしいが、一応ここに自分の家と呼べる部屋もあるらしい。別に土方の生態など知る必要などもなく、知りたいのは真選組の出没経路くらいだから……気付かなかったが……。 回覧板の流通経路にも含まれている、俺の今の潜伏先と同じご町内だ……うん。引っ越しを考えようと思いました。 とりあえずと出された卓袱台に置かれた茶を、両手で握る。暖かな温度は心地よいが、安物の湯飲みが欠けていたのが非常に気になった。 が……何故、土方の家に招待されたのかが解らない。 今なぜ俺はここに居るんだ? ここは土方の家だろう? あそこからならば真選組の屯所の方が近かったはずだ。 「血が出てんじゃねえか。顔に傷なんか作るんじゃねえよ。せっかくの美人が台無しだろ?」 「………あ」 忘れていた。そう言えば、頭を怪我した気がする。そう言えば頭を打ち付けられた。だが、もう血も止まり、今はヒリヒリとする。血の跡は固まり、顔にパリパリと張り付き痒い。 だが、そんなことよりも、頭を切った事よりも、髪を捕まれた時に、たぶん何本か抜かれた俺の髪の方が気になるし、近くで怒鳴られた時に、顔にかかった唾の方が気持悪い。他には思い出したくない。 暴れている間のことはほとんど何も覚えていないが、どうやら他にはどこも違和感がないから、あとは怪我はないようだ。 が……… 顔に傷なんか作るなとか、今、こいつはほざきやがったが……どう言うことだろうか。貴様らなど先日、頭を狙って発砲してきただろうが。おかげで髪と服が少し焦げた。 「待ってな、今手当てしてやっから」 「……………」 土方が、動いた。何をする気かと身構えるが、立ち上がって、棚から薬箱を取り出して居たが………何だ? 貴様が先日斬りつけてきて、それを避けた拍子にぶつけた腕にはまだ擦り傷が残って居るんだが? 何故だ? 土方は、俺の髪をそっとかき上げ……俺の傷を含めた顔をじっと、見ている……ような、気がする。確認をするために土方を見ると目が合いそうだから確認したくないが。 そっと、傷口に触れて…… 「いいっ! 舐めとけば治る!」 何を、する気だ? まさか本当に手当をする気ではあるまいな。真選組が、俺に、手当だと? 何を考えているんだ? それに、この程度の傷など、大したことではない。本当に舐めておけば治るし、男にあんな触られ方した心の方が大きな痛手を負った。 傷は男の勲章ではあるかもしれないが、この傷は大いに不名誉な傷だ。 土方などに触られたくない。 俺の傷口を抉り尚且つ塩を塗る気か? 敵に情けをかけられるなどと、冗談じゃない。 「舌、届かねえだろ。俺が舐めてやろうか?」 「断る。手当くらい自分でできる」 そこまで、世話になるつもりはない。貴様の唾液を俺の顔に上塗りしてどうする気だ。 「鏡なんかねえぞ? 任せとけって。こんな仕事してんだ。手当てなら得意だぜ?」 俺の方がうまいと思うが。それに、顔には残る傷などないが、身体にはそれなりに戦歴の証が多数残っている。なめてもらっては困るな、とかの対抗意識をぶつけている場合ではない事くらいはわかる。 ほっといたら、手当をされてしまいそうだが……とりあえず、現状を確認しなければならない。 落ち着けよ、俺。何が起こっているのか、自分でも今よくわかっていない。今は何が起こっているんだ? 正気吹っ飛ばすくらい無茶苦茶に暴れて、気がついたら土方に捕まって、今土方の家に居る。 ほら、おかしな部分がある。土方に捕まったところまでは、反省点もあるが、筋道に沿っている。 おかしな部分は最後だ。今ここは土方の家であって、屯所ではない……何故だ? それで、今、土方は手当てをしてくれると言っている……? それも、おかしい。 何だ? 一体何が起こっているんだ? 何でこいつはご機嫌なんだ? 俺は今、土方の笑顔に生まれて初めて初めて対面している。いや、俺を追い込んだ時のドヤ顔的な笑みなら一度くらいは見てやったこともあるが……。 あれか? 俺を捕まえた事で上機嫌なのか? いつも見事に俺に逃げられているから……? だとすれば、真剣を逆撫でされるが……。 そう言う、見下したような笑顔ではない。事ぐらいはわかる。 当然土方など真選組。出くわしたら逃げる。瞳孔が開いてるヤニ中毒のチンピラくらいの第一印象くらいでしかない。個の人格などは勿論知る必要もないし、知りたくもない。 一対一では、見た目と違って驚くほど世話好きの優しい奴なのかもしれんが。 ……よくわからん。 が……まあ、やってくれるというなら。 これを断ったとしても、得になるかと言えばそうでもない。ばい菌が入って化膿したら面倒だ、消毒ぐらいは俺が自分でするか、他人にやってもらうかの違いだ。 この顔は、昔はそれなりにコンプレックスを刺激していたが、だが嫌いなわけではない。俺のような顔が好きだと言ってくれる奥方も居るし、開き直ればそこそこ有効活用が出来ると知った。傷跡は多少俺の男としてのワイルドさを押し出してくれるかもしれないが、傷跡が残ってしまったりしたら面倒だ。変装をしても、顔の傷は目印になってしまう。 思い直し、土方にどんな裏が存在するのかはわからんが、手当てをしてくれるという好意は素直に受け取っておこうと、髪を邪魔にならないように持ち上げた。 消毒液を吹き掛けられ、傷に染みたが。 ………何だ? やけに丁寧に傷口を脱脂綿で拭われている。じっと、見られてる気がする。 傷口、ではなく、俺の横顔に視線が注がれている、ような気がするのは気のせいだろうか? いや、気のせいではない。気かする。やっぱり。確認など怖くてできないが。 俺を、見て、いるよな? → 20120919 |