初めて見た時に、女神様かと思った 02
投げ飛ばした巨体が宙に舞い、他の男を数人巻き込んで、倒れた。砂煙を舞いながら、使われていない人家の戸へと叩きつけてやったのは、小気味良く思う。 「貴様っ!」 男達が狼狽えたのも残念ながら一瞬で、逃げ出すには少し余裕がなかった。ただのチンピラ風情だと侮っていたが、過激派の攘夷浪士と自称でも名乗るだけはあるとは認めてやらなくもない。僅かの隙で、誰かの首でも掴めれば良かったが、もしかするとこいつらも戦も経験程度にはあったかもしれない。瞬間的に間合いを取られ、刀を抜かれた。 刀を抜かれたら、さすがに分が悪い。いくつもの切っ先が陣を描いてこちらに向けられている状態に怖じ気づくつもりなどはないが、分が悪いのは確かだ。 しかもこちらは、この格好だ。 人目を忍ぶために、わざわざ女物を着ている。愛刀を帯刀する事もできないし、何よりも動きにくい。 現状で俺の武器になるようなものは短刀程度だ。 分が、悪い。 「ちっ」 さすがに、侮ったか。懐には煙幕のための爆薬が二つきり。囲まれている、この場で使うとなると………退路を確保してからでなければ、有効ではない。 さて、どうするか。 護身程度の懐刀を構え、壁に背を向ける。四方よりは三方を相手にした方がいいが、それにしても、この状態は、芳しくない。 目算で十五人。 逃げるためには……まず左手の男に向かい、地面の砂利を蹴り上げたい所だが……女物の服は動きが制限される。どうするか、相手の出方を見て、隙をつくのが上策だろうが……前を見据えながら、周囲に気を配る。 右手の男が動いた。 向かってくる刀をかわし、後ろに回り込み、首に刀の柄で一撃を加えれば、ぐ、と曇った呻き声を残し沈んだ。あと十四、か。 「てめえっ!」 口々に男どもが口汚く何かしらの罵りを吐きながら、俺に向かい斬りかかってきた。 こうなれば、比較的、御しやすい。 何人かは多少の怪我をさせてしまうだろうが、俺とてあの戦乱を生き抜いた狂乱の貴公子と呼ばれた志士だ。この程度であれば切り抜けられる人数だ。 過去の戦場ではこんな数は俺の敵ではなかったが……だが、斬る事が出来れば、だ。 このご時世、人斬りなどを名乗るつもりもない。この俺の守りたい街の中で、ここで生きると決めている限り、俺は殺めないことを決めていた。いつからか、俺は殺さないようになっていた。 殺さずに、相手を往なすのは、斬るよりも、殺すよりもだいぶ骨が折れる事だと知った。 敵は、国の中核に巣食う天人であり、現在の治世である。 人、ではない。 俺はもう二度と人を殺めるつもりなどない。人を殺した負い目は二度と感じたくない。 あの戦いの中で、俺は斬った。たくさん、殺して、そうやって生き抜いた。あの頃の俺が間違っていたとは思わない。 それでも、俺はもう、誰も殺さない。 振り下ろされる刀をかわし、肘打ちで沈める。殺すつもりは、ない。こんな短刀だと言え、殺すことができるならば、勝負にもならない相手だ。一撃で命を奪える場所はいくらでもある。 だから、避け、勢いを殺いだところで、鳩尾に一撃を入れたが……。 どうも、最近は戦いに身を置いているわけではない、鈍ってしまったのか、一発では意識まで奪う程の威力はなかったらしいので、背後に回り、裏首に短刀の柄を叩きつけた。 そうやって、五人目を始末した所で、 一人に、体当たりをされた。 「……ぐっ」 刀であれば避けられたが、短刀で軌道を逸らせばいいだけだ。 だが、頭から突進されて、刃を向けるわけには行かず、避けきれず、俺は壁に頭からぶつかった。 衝撃で、目の前に星が飛んだ。 その隙に、短刀を握っていた方の手を後ろ手に捻り上げられた。 「……くっ、そ」 痛みに、手から力が抜け、刀は手から離れる。 からからと転がった刀は、一人の男の足で遠くに蹴られた。 壁に押し付けられて………これは……困った、な。 機転が効く奴も居たものだ。俺に一撃を、体当たりなど特攻ができるような気概のある人材は欲しいが……今はスカウトしてる場合じゃないだろう。 「……離せ」 眼に威圧を込めて低い声で言ってみるが、言って離してくれるような奴等ではないことは解るが、一応礼儀として言ってみる。 「大人しく着いて来いって言っただろうが。暴れんじゃねえ」 「貴様らなどにおとなしくついて行って、何されるかわかったもんじゃない」 どうせ、アジトにはまだ何人かの男が居て、圧力をかけて来るつもりだろうが! 攘夷を舐めるな、お前らごときの脅しで屈しているなら、今頃普通の納税者になっていたわ。 髪を鷲掴みにされて、毛根が悲鳴をあげている。抜けたらどうするつもりだ。今まで散々女性からの羨望を欲しいままにしてきた俺の髪の扱いを、間違っている! などと説教くれている場合でもなさそうだ。 髪を捕まれて男の方を向かされる……まずったな。 さて、どうしたものか。 → 20120912 |