ね、手を繋いでもいい? |
「銀時、それはいつ終わるんだ?」
「んー? あとちっと」
「って、さっきも聞いたが」
何でだか、ヅラが目の前で茶をすすってる。
………なんで、こんなことになっちまったんでしょうか。
さっき、茶菓子手土産にヅラがやってきて、新八も神楽も居ないから、勝手に茶を淹れて、俺の目の前で茶をすすってる。
俺は漫画読んでるけど。別に、ヅラの視線は気にならないから、俺の事見てるわけじゃ無いんだろう。こっち向いてるけど、どっか別のモノが見えてんだろうな。
何の用件ですか? 俺に何の用? 何でここにいんの?
俺達、もう、他人なのにな。
時間はもう戻ってこないし、戻すつもりも戻りたくもない。俺の選択は間違いなんかじゃなかったって事には自信があるから、今更……今更なんだよ。
今更、何してんの? 今更何で俺の前に居んの?
お互い、納得したんだ。
俺達は、ほとんど一つの存在だと思ってた。背中合わせで戦って、互いの命預け合って、魂すら共有してるぐらいの気持ちでいた。
先の見えない戦いの中で……。
俺は、限界だった。自分にも限界を感じてたし、この状況を打破する事にも限界を感じてたし、桂が消耗して、神経すり減らしているのを見てるのも、嫌だった。
逃げた……つもりはない。
俺は俺にできるやり方を模索してんだ。逃げたわけじゃないんだ。って言葉は、桂には言い訳にしか聞こえないかもしれないけど。
俺は、自分の選択を後悔したことは、一度もない。
俺は俺の方法で、お前とおんなじモン目指してんだって、言ったってどうせお前は理解してくれねえだろ?
「まだ終わらんのか?」
「しつこいって」
「………」
あの時、最後の夜。
俺が出て行くことを、ヅラは止めなかったし、俺についてくることもなかった。
完全な決別だって、お互いに痛いぐらい理解してたんだ。
もう、交わらない。魂すら分離した。二度と会うことないって思ってた。
最後の夜、言葉も交わさなかった。
ただ並んで手を繋いでた。
星が綺麗でさ。
繋いだ手、離したくなかった。一生離すことないって、信じてた。
何があっても、どんな時でも、ヅラは俺の隣歩いてるもんだって、そう思ってたし……隣にヅラがいない生活が……理解できなかったけど。声かけりゃ、返事が返ってくるもんだと思ってた。
離したくなかったけど。
放した、途端に、手が急激に冷えた気がした。その時のヅラの手は、空気より冷たかったのに。
細くって、繊細な指先をしていたのに、長い戦乱で、神経質なまでにいつも切り揃えられていた爪は割れて、ささくれて……。剣を握るから、手のひらにはでかい蛸ができて、皮膚が固くなってて。ガキの頃みたいに、綺麗な女の子みたいな手のひらじゃなかったけど、それでも俺はヅラの手が愛しかったし、その手を繋いでいたかった。
あん時、結局、何にも言わなかった。じゃあ、サヨウナラ、元気で、死ぬなよ、……別に……そんな言葉は、言いたくなかった。
俺の魂が半分切り取られるんだ。
言葉なんか出ない苦痛。
苦痛に、耐えるのが精一杯で、息を吸い込むだけで涙が出そうだった。
顔なんか、見れなかった。
放した手の感触……俺はまだ忘れてない。
「銀時。終わらないのならば帰る。この後、用があるんだ」
「ああ、待てって。終わったよ」
わざとらしく、途中のページで閉じる。
別に、読みたかったわけじゃなくて、別に話したくなかったわけじゃなくて、ただお前を近い場所に置いて置きたかっただけだって、同じ空間に一秒でも長く居たかっただけだって……そんなニュアンス、この鈍感にわかるはずねえか。
お前、だって用件が済んだら帰んだろ?
「で?」
「共に戦わんか? 銀時」
一昨日も一週間前もここに来て、まったく同じ台詞言ったよね、お前。バカの一つ覚えみたいに、それ以外俺に用ないの? 昔は用がなくったって一緒にいたのに。
「お断りします」
「そうか。じゃあまた来ます」
「……………」
いや、マジでか。
本当にそれしか用ないのか?
何? もしかして、俺がこの返事しかしないの理解した上で、俺に会いたいって理由で、お忙しい攘夷党のご党首様がわざわざ足を運んでくださってるわけ?
じゃあ、俺がこの返事を続けてる限り、お前はここに来るわけ?
「……また来んの?」
「ああ。ある日目が覚めたお前が、突然攘夷の志に目覚めてるかもしれんからな。お前は照れ屋だから、自分から言い出せないだろう?」
「ないないない。そんなんあり得ませんから」
他に、用、ねえのかよ。
昔は用なんかなくたって、ただひっついていたじゃねえか。なんもしないで抱き合ってるだけで、充分だった頃だってあったし。用も会話もなくて、ただずっと、体温がわかる距離にいるだけだっただろ、俺達は。
昔と、違うんだ。俺の性格も変わらねえし、ヅラの真っ直ぐな姿勢も視線も変わらねえ。
それでも昔と、俺達の距離は違うんだ。
「銀時……」
「んあ?」
「大人になるとは、不便なものだな。理由が無ければ行動できん」
……………
「…………そだな……」
「また、来る」
ヅラが茶を、飲み干して。
湯呑みを持った手が……指先が……白くて。昔とかわんねえ。
「ね、手、見して」
「は?」
「手」
俺が手を差し出すと、ヅラは怪訝そうな面で俺の手に、手を乗せた。
あの、時、以来……だって、気付いてる?
こうやって。
一瞬、ヅラの顔が歪んだの、見逃さなかった。見逃してりゃ良かったけど。それでも、気付いたふりなんか出来ない。気付いたふりしても指摘なんか出来ない。ただお前を困らすだけだって。ただ俺も困るだけなんだ。
「なんだ、手相の勉強でも始めたのか?」
「ん、まあ、そんなとこ」
あの時よか、ちょっと、体温が高い。俺の手よか若干冷たい手。
あの頃の手よか、柔らかくて、ささくれ一つない。相変わらず、爪は深爪しそうなくらいにきちんと整えられてる。
綺麗な手。
あの頃は、細い指先まで血で泥々で、それでもそんな手が好きだった。
俺の手も、だいぶ柔らかくなったんだろうな。剣を、握らない生活。あの頃は毎日が、実戦だった。
今突然あの頃に戻ったら、手が痛くなんだろうな。マメができて、潰れて血だらけになんだろうな。
でも、お前の手もおんなじだろ?
それでいいんじゃねえ?
似合わねえよ。
狂乱の貴公子って呼ばれて、戦場で舞っていたお前は、確かに鳥肌立つほど綺麗だったけどさ。
ヅラの手を握る。
なあ、手、繋いでいい?
抱き締めていい?
昔みたいにさ。
指を絡ませると、俺と、ヅラの、視線が絡んだ。
……なあ、ヅラ。
「銀時」
「………」
「銀時!」
……………。
「はいはい。すんません」
………触るなってさ。
でも、また来んだろ?
また会いに来てくれんだろ、俺に。
「また、来る」
……馬鹿じゃねえの、俺達。
081110
って、甘い?
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