薬効  前









 必死に抵抗してみたが、サクランボの茎を舌で結べる銀時に口の中の攻防においての勝敗など、最初から結果は見えていたのは解っているが……。



「っ! 貴様! 何を飲ませた!?」

「大丈夫だって、毒じゃねえよ」


 銀時が口に含んでいたものを口移しで飲まされたのだから、毒であるはずなどないだろうが……。






 基本的に、セックスなどは欲求のはけ口であればいいと思っている。銀時などは愛情の為の偉大な結果だと思っているようだが、美化し過ぎなのではないだろうか。そもそも子供を作るための行為であり、俺達は両者共に男なのだから、愛情を結晶化させた子供を作ることもできず、生産性もない行為だと俺は思う。子孫を残すための欲求は生体的に備わってしまっているので、それを処理するために行えばいいのではないだろうか。


 気持ちいいか悪いか、で言えば、確かに欲求が充足するわけだから気持ちはいい……が、罪悪感も伴う事は確かだ。食欲や睡眠や排泄などと違い、自分一人で完結できないものだからだろうか。人前……と言っても銀時を他人と判断するほどに他人とは思ってはいないが、それでも自分でも見たくないような醜態を毎度晒してしまうのは、どうしても心が折れる。

 愛情における行為だと、納得しているつもりもない。なにしろ俺達には、愛情などという崇高な概念が存在しているのだろうか。



 かつて戦乱の中においては、俺は銀時を通して世界を見ていたし、銀時も俺のために生きていたと言っても過言ではないだろう。あのころは愛情という殻で弁護している、強い執着で互いに繋がり、欲求のまま身体を繋げることに違和感は何一つなかった。明日死ぬかもしれない日々を過ごしていたのだから、溺れている自覚もなしに、ただ相手を貪るような行為で飢えを満たしていたのだろう。



 が……今はどうなのだろう。


 明日死ぬような生活をしているわけではない。毎日のように会うわけではないが、会おうと思えば会えないわけではない。再会して、今、銀時は何を思って俺とこの行為を繰り返すのか? 別に俺も銀時とするのは嫌だとは思わないが……銀時の真意は聞いたことがない。俺も言いたくない。

 今、俺達の繋がりが愛情によるものなのか、俺はそれを訊いたことはない。





 銀時が昼間遊びに来て、俺も特に差し迫った用事もなかったので、迎え入れて、銀時が適当にごろごろし、俺も読み物をしていたはずなのだが……気がついたら、銀時が俺の中に入れ、俺も達してしまっていた。


 だいたい、一時間弱。

 特に用事はないが、昼間からゴロゴロしているつもりもないのですぐに起きあがり、脱がされた着物に再び袖を通していた。終われば解消されるものだ。

 帯を探している時に、未だ素っ裸の銀時が後ろから髪を引っ張るから、後ろを振り返ると、口付けをされた。

 事後に甘えてくる事もよくある銀時だ。これもその一環だと思い、受け入れてしまったのだが。



 口の中に、なにやら異物を感じた。小さくつるりとしていて、何かのカプセルのようだったが……。だが、銀時の口によって塞がれている状態で、それを吐き出すことができず、押し出そうとしても、押し返されてしまう。
 口を離そうとしても、頭を固定されて、首を振ることすら叶わず、後ろ向きに抱き込まれてしまっていたので、腕で攻撃する事もできなかった。

 しばらく激しい口腔内の攻防の末、俺は敗北した。



 俺が口の中のものを嚥下するのを見届けると、銀時はようやく口を離し、俺を解放してから笑った。擬態語ならばニヤリという表現がしっくり来る、やけに男臭い笑みだった。


「何を飲ませたんだっ?」

「んー…、速効性だって言ってたけど、どうなんだろう。なんか感じない?」
「何がだ! 貴様、俺に何を飲ませた?」
「まあ、待てよ。ビタミン剤だから」


「………ビタミン剤?」

 美容と健康を意識している女子達が好んで摂取する栄養補助剤のことだろうか?


「そう。速効性だって。なんか、身体が熱くなってきたりしねえ?」


「………」



 何を、飲ませたんだ、こいつは!?
 なんでビタミン剤で何故身体が熱くなったりするんだ!?

 ビタミン剤ならば、こんな事をされずともそう言えば俺は自分から飲んでやる! もちろんパッケージぐらいは確認させてもらうが。



「今の、何だ?」

「だから、ビタミン剤だって」
「………」


 さすがに、銀時に毒を盛られるとは思ってはいないが……それにしたって……ビタミン剤、などであるはずがないことは解った。
 それならば、こんな飲ませ方などしないだろう。


「なあ、ヅラ。毒じゃねえんだ。落ち着けよ。とりあえず座れ」


 人に無理矢理飲ませておいて何を偉そうに。
 そう思ったから、言った。
 が、何を飲まされたところで、毒ではないのであれば、俺に異常がなければそれでいいはずだ。

 座れと言う言葉に異論を唱える気はない。中に出された銀時のものが気持ち悪いので、早く風呂に行きたいが、少しぐらいなら話につきやってやろうかと思う。なにしろ話が終わらなければ銀時は風呂までついて来そうだ。意外としつこい所もある。

 とりあえず、座ると、銀時が俺の正面に膝を立てて座る。別に見慣れているとは言え、何も服を着ていない銀時の急所は俺から丸見えだ。今更恥ずかしがるような関係ではないが、少しぐらい恥らってみれば可愛げもあるのだが。



「んで、俺を見て」
「何故だ? ついでに殴ればいいのか?」

「んー、まだ効かねえのかな……」


 俺が何を飲んでしまったのか………あんまり、考えたくはない。ビタミン剤だというのだから、ビタミン剤……で、あればいいと思う。





「昔、お前に媚薬飲ませたことあったよな。あん時どうだった?」

「…………………」


 背に、冷や汗が伝う………せっかく忘れていたんだ。思い出させるな!

 あの時は二人で晩酌中に酒に混ぜられて、妙な酔い方をしたのだと思った。酒には強い方で、心地よくはなるが、正体をなくすほどまでには酔ったことはない俺は、これほど酔ってしまうなどと年のせいだと観念し、一升を一人で空けたとしても二日酔いにはならない俺の肝臓を疑った。

 身体が火照るった。熱くなり、熱を吐き出したくなった。苦しいと思った。知らず勃起している自分を銀時に悟らせないように、大変だった。それからの事は思い出したくもないので、思い出さないようにしている。何度出しても、何度イかされても、収まらずに、最終的に俺から……とか。
 ずいぶんな醜態をさらしてしまった……自分から……いや、ない。あれは薬を飲まされただけだ。俺の本心ではない。


 昔は、繋がることと以外に無かった。繋がって動物のようにぶつけ合う、それ以外何もできなかった。感情からの発露の欲求は、ただぶつけ合うだけだった。

 だが、最近では余裕があるせいか、行為自体を楽しもうとする銀時が、時々……鬱陶しいというか……。わざと辱める言葉を言ってみたり、色々な体位に変えてみたり、男根を模した道具など持ち出されたりすると、叩き折ってやろうかと思う。おもちゃの方じゃなくて銀時の。




 今回もこんな……薬などと。




「今、どうともない?」


 銀時の足の間に座っているので、会話するにはやけに顔が近い場所にある。


 正面に座る銀時が、俺の顔をのぞき込んで笑った……。




 銀時は笑いながら、それでも俺を見つめる視線はそれほど柔らかくない。どちらかというと熱を帯びていた。

 銀時が真っ直ぐな視線で俺を見るなど珍しい。普段話していても、こちらを見る事もあるが、こうやって深く刺そうとするような視線ではない。、相手も全体の一部として視界に入れるような視線で見ているから……だから、こうやって、銀時が俺を真っ直ぐに見るのは珍しい。



 普段はぼんやりとしているくせに……。



 真っ直ぐに、直角に視線が刺さる。。



 不思議と、身体を巡る血液の温度が上がってくるような気がした。血液が熱膨張でもしたのだろうか、脳が圧迫されるような錯覚。熱のこもった血液は脳に留まりそのまま顔が、熱くなる。
 今、銀時に飲まされた薬のせいだろうか……。今しがた飲まされたカプセルが、ビタミン剤などではないことぐらいは、この態度で解る。


 身体は、熱くなってきている……薬が、効いてきているのだろうか。



 銀時の、少し赤みがかった瞳の色を、俺はとても好きだったことを思い出した。戦いの中ではまるで血の色を映したように赤く見えた。俺はこの瞳が好きだった。敵を見据えた時の鋭い眼差しが、俺はとても好きだった。


 正面に座った銀時は、膝の上に乗る俺の手にそっと手を重ねた。大きく無骨な手。戦いの日常はなくなった。昔よりは幾分柔らかくなったが、何度もまめが潰れて、堅くなった手の平。

 暖かい、体温。

 銀時は、俺から視線を外さなかった。何故か、これは銀時だというのに、居心地の悪さを感じてしまう。






 銀時は、真っ直ぐに、俺を見る。




「……銀時、何だ?」

「ん、睨めっこしよ」
「変顔をすればいいのか?」

「じゃなくて、先に目をそらした方が負け」
「負けたら?」


「負けた方の言うことを何でも聞く」


「……逆だろ?」

 言い間違いをしたのだと思った。普通であれば勝った方に有益な戦利品があるものだ。勝った方の言う事を何でも聞く、と言いたかったんだと思ったが。



「だから、ヅラの言う事、何でも聞いてやるよ」

「俺が負けるの、前提か?」


「そう、そろそろ俺の勝ち……なあ、今どんな気分?」



 銀時の視線は外されなかったが、手はゆっくりと俺の腕を這い上がってきた。


「触るのはアリなのか?」
「おう、何でもアリ」

「殴ってもいいか?」
「暴力反対ですぅ」

「だったら……」
「ただ目を反らした方が負け。単純な勝負だろ?」


 銀時の手が、俺の腕を上る。


「負けた方が特をするのでは? 今俺が目をわざと逸らせば、お前は俺の言うことを何でもきくと?」

「何、もう負けるの? 別にいいけど」


 負けだと言われるのは、悔しい。が、勝った方が負けた方の言うことをきくと言う景品は、何だかおかしくないだろうか? 今、逸らしてしまっても、俺は困らないはずだが……。

 銀時の視線に縛られてしまったように、身体が動かない。視線すら動かすことができなくなってしまった。


 銀時は、真っ直ぐに俺を見る。

 視線をそらせない……負けてしまうのが、きっと嫌だからだ。それ以上でもそれ以下でもないはずだ。





「いいぜ、逸らしても。言うこと聞いてやるよ」

 銀時の手が、俺の身体に触れる。そっと、優しく撫でるように……。

 目を、逸らしてやるつもりだ。

 今、すぐに逸らせば、こんな馬鹿げた勝負も終わる。そして風呂に行って洗い流せば、この身体の中に未だ纏わりついているような欲望も消えるはずだ。さっき吐き出したばかりだというのに、また……まだ、俺は銀時を欲しがっているなどと……。



「なあ、ヅラ」


 俺の頬に触れる。手の平を俺の頬にあて、親指で唇をなぞるように動かす。

 銀時が、俺に微笑んでいるが……見慣れている銀時の顔なのに……


「……ヅラ?」

 銀時の親指が、唇を押す。口の中、歯に、親指が触れた。
 口の中に入ってきた指を、舌先で、そっと舐める。

 指を口の中に迎えるように、薄く口を開くと、銀時の指が中まで進入してきた。

 それを、舐める。
 舌の動きに合わせるようにして、親指は俺の舌に触れる。親指の腹で俺の舌を撫でる……から、甘噛みし、その指を舐める。

 ちゅうと、音がした。
 銀時の指に吸いついて居たようだ。俺は何をしているのだろう。
 疑問には思うが、味もしない銀時の指を、何故美味しいと感じてしまうのだろう。



 銀時の左手は、俺の胸に触れた。袷から、手が入り込み、直に触れる。

「ふ、あ……っ…ん」

 胸など平らで面白味のないものだが、先ほどさんざんいじられていたせいで、胸の尖りに少し触れられただけで、身体は敏感に反応した。


 熱い……。



「ヅラ……」

 銀時が、近づいてくる。

 ゆっくり、銀時の顔が近づいてきて、そっと、唇が重なる。

 何度、この唇に触れたのだろうか。もう数えることなどできなくなるほどの回数、俺は銀時と口付けを交わしているはずだ。さっきも、した。


 それなのに。


 唇の柔らかさに恍惚とした。


 先ほど俺の口の中に入っていた俺の指は濡れていて、その指で俺の頬を撫でる。ぬるついた指先を心地悪いとは、何故か思えなかった。


「ん……ふっ……ん、ん」

 舌を絡める。
 意識まで、絡め取られてしまったようだ。

 俺は夢中になって、銀時の、舌の動きを追い、口の中にあふれる銀時の唾液を飲む。飲み込みきれなかった唾液は、顎を伝う。
 呼吸が、苦しくなる。頭がぼうっとしてきた。きっと口を塞がれていて、酸素が足りないせいだ。

 もしくは、薬のせいかもしれない。

 きっと、これは薬のせいだ。あの時のように、体が熱い……さっき、飲まされた薬のせいだ。



 銀時の指が、胸の突起をつねる。


「んんっ……んん、んーっ」

 突然の強い刺激に、目を見開いた。





 銀時の目が、開いていた。
 赤みの混じった銀時の目の色を、俺は見つけてしまった……。