吐露







「…………」


 別に、怒るつもりもないし、怒るなどと了見の狭いことをするつもりもない以前に、見当外れも甚だしいことぐらいは理解しているつもりだ。

 だから怒りが沸き起こるわけではないはずだが、何故だか釈然としない気分になるのは何故だろうか。怒っている、つもりはない。

 釈然としないからと言って、そのもやもやの原因を究明してみたいとも思わない。できればしたくない。言葉にしてしまう事は、敗北に繋がるような気がする。だから、負けるつもりはないので、深く考えるのはやめにしようと思う。

 が……。

 口を開けて、ただでさえ気合いの抜けている顔をさらに間抜けにしたような顔で、隣で何の警戒心もなくいびきをかいて寝ている銀時を見ていると……こう、やはり殴りたい衝動に駆られる。せめて、大き目の溜め息を吐く事でこの場を凌いだ。




 別段、特定の相手もおらず、色恋などに現を抜かす余裕もなく、ただ漫然と銀時とはこうした付き合いが続いていた。

 こんなことをして居る身分だ。特定の相手を持とうとも思えず、銀時も探す気力はあまり無いように見受けられる。だから、明確化できない関係をずっと長い間こうして続けている。

 初めての時から、感情を伴うわけではなく、二人で自慰をしていたようなもので、そもそもいつから俺が女役としてこの状態に落ち着いてしまったのかの記憶すらない。今更配役替えをし、立場を交換し、銀時に入れたいとも思わないから別に構わないのだが。

 何も困らない。

 今まで通りだし、俺達は別に甘い感情に支配されるような付き合いではない。
 始めから今までもこの男に好きだと言われたこともなければ、俺が言ったこともない。

 別に、俺が銀時を好きだと……否定はしないが、その感情を認めるには、俺にもプライドがあるからしない。銀時がその感情を認めない限りは、俺も認めるつもりはない。

 だから、久しぶりに身体を重ねて、三時間ほど腹筋や腕立て伏せなどを続けてみて、疲れ果てて早々に寝入ってしまう銀時の気持ちはわからんでもないが……。

 事後の甘い空気など求めるつもりもないし、俺達には不要だし、似合わないし、今更そんな事をしてもきっと生まれるのは愛情ではなく鳥肌ぐらいだろう。だから、別に銀時がこうしてとても気持ち良さそうに寝ているのも、構わないはずなのだが……。





「気持ち良さそうに寝おって」

 なんだか、どこか、釈然としない。


 きっと、行為の最中だけは、別人かと思うくらい優しいからかもしれない。行為の間、銀時は俺の身体中にキスをし、俺を気遣い、俺を気持ち良くすることばかりに腐心する。まるで、銀時は俺を好きなのではないかと錯覚してしまいそうになる。


 だから、いけない。


 本来の銀時はこうやってだらしなく寝ている奴だ。終った早々、俺を置いて夢の中にさっさと行ってしまった。



 俺達は別に特化した束縛欲に囚われた感情ではなく、慢性化した惰性と抜群の相性で繋がる関係だ。

 身体を繋げなくとも、きっと俺達は何も変わらないだろう。俺達からしてみれば、時々行う処理としての嗜みだ。



 だから、別に終わって、直後にいびきをかき始めた銀時を怒るなど出来るはずがないし、したくもない。

 俺は、まだ銀時を好きだなどと認めるわけにはいかないから、怒っているはずがない。





 が、とりあえず、俺の身体をさんざんいいように扱っておいて、終わったら自分は夢の中にいる銀時を面白いわけがなく、頬をつねったり耳を引っ張ったりしてみた。

 起きる気配はないが。


「まったく……」

 腑に落ちない気分が悔しい。



 俺がとっくに敗北していることなど、誰より自分が一番よく解っている。

 いつからかなど解らないが、きっと最初から俺はこの男に敗北しているのだろう。





 銀時の肩に顔を寄せた。

 温もりと、微かに伝わる銀時の鼓動。その暖かさに、安堵する自分がとても悔しい。

 こうして、隣に居るこの男に、俺はどうやらずいぶん前から依存してしまっているのだろう。



 銀時の鼓動を聞いていると、すぐに微睡みがやって来る。




















「……ようやく寝た、か?」

 俺の肩に額を押し付けるような格好で、寝入ったヅラを見る。

 綺麗な顔に髪がかかってたから、そっと後ろに流した。触れると、うるさそうに顔をしかめたけど、こんくらいじゃ起きる奴じゃねえ。こいつが寝始めたら、敵の殺気以外では、朝が来るまでは起きるはずがない。寝込みを襲われない限りは何をしたって起きないが、どんなに遅く寝ても決まった時間になると目覚まし時計よりも正確に目を覚ます。




 ようやく寝てくれた。

 しばらく人の顔つねったり、鼻摘まんだり、耳を引っ張ったり遊んでたようだけど、ようやく飽きてくれたのか、今は定期的な呼吸を穏やかに繰り返している。

 から……ようやく。


 ヅラの細い身体に腕を回して抱き締める。
 抱き締めて、ヅラの顔にキスをする。
 好きな顔。
 綺麗な顔。

 頬に、目蓋に、鼻先に、唇に、繰り返し俺はキスをする。

 何が好きだなんて、特にない。ヅラがヅラだってだけで十分理由になると思うんだけど。ずっと、昔から、ずっと、俺はこいつを離したくなかった。ずっと俺の一版近い場所において置きたかった。


 好きだ。



 そう、言えない代わりに、想いを込めるように、ヅラにキスをする。祈るような気持ちで、俺の一番優しい気持ちでキスをする。

 好きだ、なんてさ。
 今更言えるわけねえし。俺ってそういうキャラでもないし。

 でも、好きなんだ。

 ずっと。ガキの頃から、ずっと変わらない気持ち。お前がただ愛しくてさ。

 お前自身と比例するくらい、俺がお前を愛しいって感じる心を大切にできる。




「……好きだ」

 耳に、ゆっくり息を流し込むように伝える。聞いてないことくらいわかってるし、聞いてたら言えるはずねえし。

 でも、好きだ。お前が好きだ。何度、言ったかわかんねえ。何千回何万回言ったって、きっと俺の気持の1%も伝わんないと思うくらい、好きだって思う。
 寝てる時ぐらいしか言わねえけど。




 でも、俺はずっと変わらずに、きっとこれからだって……。












20110214/改20110701
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