高杉とヅラが仲良いのは昔からだ。
俺がこいつらと一緒になって、俺達に変化する前にすでにこの二人は仲が良かった。ひたすら喧嘩ばかりを繰り返していたが、ヅラと高杉はいつも一緒に居た。
いや、別に、俺も仲悪いわけじゃなくて、俺はただの腐れ縁。
俺は昔から一緒に育ってただけだ。だから俺達なら、幼馴染通り越した腐れ縁てのが一番近いけど……。
こいつらは……猿の毛繕いか?
高杉がヅラの膝枕で寝てるだなんて、今更珍しい事じゃない。同じ部隊に居れば必ず高杉はヅラの隣を陣取っていた。
よく見る光景で、なかなか日常化してる。
俺もよく見るって事は周囲の奴らだって時々は目にしてんだろう。高杉にもヅラにも他人の視線を感じるセンサーは生まれつき持ち合わせが無かったようだ。だから、俺以外の奴らはたいていこの二人がただならぬ爛れた関係なんだと思っていた。今でもそう思ってる奴はかなり居るだろう。
目付きも性格も態度も悪い高杉がいつもヅラの傍にくっついてるから、それがかなりの牽制にはなる。高杉が居ない時の方が、ヅラに声をかける奴が多い。一応身内だとは思う程度の仲だけど、俺は面のことはヅラでやればいいと思うけど、高杉はそうやってヅラの気を使ってたりすんのかもしれない。
気を使ってるのかもしれないし、ヅラの横の居心地のよさを知っているからかもしれないが……。
でも、ヅラは俺が好きなんだと。
高杉じゃなくて、俺に惚れてんだと。
別に、高杉がヅラの膝枕で寝てんのは相変わらずだし、高杉がヅラの背に寄っ掛かって本を読んでるのだって、男同士のクセに妙に違和感なくベタベタくっついてんのは、日常茶飯事。違和感無くて、自然にそうやってんのが逆にすごく違和感を感じるような猿の毛繕いを、未だに続けている。
今更すぎて、俺は特にそれを見て何にも思わない。
日常の光景だ。
高杉は妙な所で繊細で敏感過ぎて、人の気配のある場所じゃ落ち着いて寝れねえとかほざいてたが……寝てるよな。イビキかいてるほどじゃないけど、しっかり熟睡してる。
俺がここに来たってのに、気付きもしねえ。俺に気づいてて寝たふりしてんなら、俺だって気配でわかる。
どうやら、ヅラだけは例外らしい。ヅラの気配は人の気配の範疇には入らねえようで、俺はヅラの隣で爆睡してる高杉を何度も見た。
けど、確かにヅラが居ない所で高杉が居眠りしてるのは見たことねえ。ヅラの膝枕で安心しきった無様な寝顔は、いつもの高杉と違って確かに可愛げの欠片ぐらいはあった。
こいつらは、俺が会った頃からこんなんだった。
やたらと横柄な態度の姉と無愛想なチビの弟の姉弟かと初対面じゃそう思ってた。二人とも生意気だし。
すぐに名字が違うことに気づいたけど。
高杉は、ヅラの膝枕で爆睡してやがる。
ヅラは、地図を食い入るように見つめている。視線で地図を食いそうな勢いでただ、目の前に広げた地図を見ていた。
ヅラはヅラで集中すると、殺気で無い限り、一切の気配に鈍感になる。というよりも、まるで周りが見えなくなったように……とういか見えてないんだろう。没頭すると、息をしてるのか心配になるくらい石像になったかのように動きもせず黙り込む。そして、そこだけになっちまう。
今も、広げた地図を眺めるのに精一杯らしくて、ここに俺が居ることにすら気づかねえ。
だから、持ってた刀を叩きつけるように置いた。
がしゃりと刀は派手な音を立てて転がる。
「………っ!」
その音に驚いた高杉が、頭を浮かしかけたが……俺の姿を確認すると、また再び正座をするヅラの太腿に頭を置いて横になった。
「なんだ、銀時か……」
「……ああ」
なんだ、じゃねえよ。
………そんな場所でくつろいでんじゃねえよ。
どうせヅラの膝枕なんざ堅くて寝心地悪そうだし。
ヅラは俺の気配には気づいていたようだが、反応するまでに至らなかっただけのようで、微動だにせず地図を眺めていた。確かに俺が戻ってきたからご機嫌伺いの挨拶をしなけりゃなんねえって法律は作っちゃねえ。無反応だからって、ヅラ見りゃ今何やってるかわかるから、こっちも敢えて邪魔しようとも思わない。どうせ、次の作戦だろう。相変わらずえげつないものなのかもしれない。
ヅラは、俺がここに居んのに、俺がここに居るってのに、俺を見ようともしなかった。
「銀時、外の様子はどうだった?」
ヅラは、口元に手を置いたまま考え込んで、俺をちらりとも見ずに結果だけを求めた。ああ、やっぱ気付いてましたか、さすがに。
高杉の頭は膝に置いてて、それでもヅラは俺を見ようともしなかった……。
俺は見回りで、今まで外を回ってた。
勿論俺だけじゃなくて、俺を含んだ何人かの役割分担が周囲の警戒だっただけだ。一昨日の夜から今日にかけて、数人で斥候として高台に作った櫓で周囲を見たりしてた。ヅラだって、高杉だって割り当てられるただの分担だ。さっきまでが俺とその他数名だっただけだ。今は別の奴が、この陣営の周囲の警戒に当たってる。明日早朝にまた何人か櫓に向かうんだろう。
別に当たり前のことで、それだけなのはわかってるけど、俺が寒い思いで暗い中頑張ってたのに、こいつらは何べたべたしてんの……と思うとわざわざ苛立ちを抑える気にもならなかった。
「寒かった」
俺は身に付けていた甲を外すと、その場に座り込んで火鉢に火に手をかざす。じんわりと指先が痛くなる。血が戻ってきた。張った俺達の幕の中心に置かれた火鉢には殆ど炭は入っていなかった。俺が来なかったらこいつら明け方には凍死してたんじゃねえ? 高杉はわざわざ炭を足すような事は頼まれない限りやんねえし、ヅラはこの調子だ。
「そうか」
ヅラは、俺の答えを聞いていたんだか聞いていなかったんだか。適当な返事をすると再び黙り込んで静止した。敵襲や何かありゃ、それどころじゃねえから、何も無かったって事は通じたんだろう。
もの
「いや、敵の気配あったか訊いてんじゃねえか」
「……いねえよ」
居たら、こんな所に居ないって。とっくに報告して、てめえらだってこんな所でぬくぬく寛いでいる場合じゃねえって。
宿営地に張った天幕の中で、俺とヅラと高杉と、三人。
今回の指揮はヅラが担当してるから、指揮官に割り当てられた場所は俺達が占領してる。ヅラが使うはずの幕で、俺にも高杉にも自分の部隊の寝床は用意されていたけど、ここが落ち着いた。
俺達の、空間。
空気は均等にかかる重量の中で奇妙な動きをする。
さっき炭を足して、俺が寒くて火箸で灰を掻き混ぜた。火がパチパチとはぜていた。
ヅラが地図を見るための蝋燭の橙色の光がゆらゆらと揺れて、ヅラと高杉の影が縮んだり間延びしたりして、妙な雰囲気を作ってる。
三人、だったんだ。今まで。
いつから、こうやって喉がやけに乾くような空気になったんだ?
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20110309