【memory】 |
02 土方は、俺に軽くだが、キスをくれやがったが、どういうことだろうか。そして、後ろから俺を抱きこんでいるが、これは真選組に捕まったと考えて良いのだろうかそう言うことだろうかいやどういうことだろう? 「ったく、最近あんま寝てなかっただろ。ふらふらだったじゃねえか」 「……」 ここ数日はあまり寝ていなかったのは事実だが。そのせいで、うっかりこんな目にあってしまったようだが、何故お前がそれを知ってる? 「確かに、お前の情報網はすげえよ。さすが江戸随一の規模を誇るだけある」 「……」 確かに、俺の能力は並大抵じゃないのは事実だし、俺の攘夷党がこの江戸では一番の勢力で、穏健派と呼ばれる他の党の殆どを配下に治め、そいつらの全てが俺に有益な情報を集めてくれている。穏健派とは呼ばれているが、この江戸で俺が一声あげれば、殆どの攘夷志士が俺の下に集まるだろうが、何故お前が俺を褒める? 「その密書見たけど、過激派の奴等の潜伏先はこっちで抑えるから、天人の奴等の動きは少し待ってくれ。まだ押さえらんねえ。裏が取れてないから、お前ら動かすわけにはいかねえ」 「……」 ……見たのかっ!? 「とにかく、あんまり心配させんな」 …………何、言っちゃってんだ、こいつ? 「無事で、良かった」 至近距離で微笑む土方が……、俺の顔にかかる髪をそっと払い、俺の頬に手を当てる土方が……。 寝直せば、夢から覚めるのだろうか。 「……あの、すみませんが」 「ん?」 「貴方ハ誰デスカ?」 ……きっと。土方だと思うから妙な気がするんであって、土方に双子の弟がいて、熱狂的な俺のファンとかで、電波さんで、うっかり俺が落ちてたから、拾って帰ってしまったとすれば辻褄が合う……のか? 「……小太郎、お前、何言ってんだ?」 「いや、土方、お前こそ言ってる意味がまったく理解できん」 「ちょっと待てよ、小太郎、冗談はやめてくれ」 「悪いが、冗談を言えるほど、今俺に余裕はない」 残念ながら、いつも沈着冷静であれと部下達にあれほど言っている俺が、今、本当に余裕ない。何これ? 今、俺どうなっちゃってんの? 「小太郎……」 「お前、土方十四郎、か?」 土方、だと知っている。この顔だ。忌々しい真選組副長。名前を覚えるのはそれほど得意ではないが、顔を覚えるのは得意な方だ。間違いない。真選組の土方で間違いなどないはずだ。 間違いないとは、思うが……。 土方ならまず俺を助けるわけがない。土方なら俺を小太郎などと呼ぶ謂れはない。後ろから抱きついてきたり、キスするなどもっての他だ! アナタハダレデスカ? 「……小太郎、まさか」 「?」 「お前、今日がいつだか覚えているか?」 「九月十日だったな」 「……一昨日の夜、どこに居たか覚えて居るか?」 「さあ。最近は忙しかったが一昨日は……」 ……昨晩は、潜入捜査をしていて、夜半過ぎに帰った。エリザベスが軽い夜食を作ってくれたので、食べて仮眠を取ってまた情報収集に繰り出した。 一昨日は……。 一昨日も、今探っている件に関わっていたはずだが。このところそればかりだった。 具体的には、覚えていない……。 変だ。 一週間の朝昼夜の三食すべて辿れる程度には俺の記憶力は優秀だが、一昨日の夜のことがどうにも辿れない。 きっと、過激派の動向に探りを入れていたはずだが……。 だが、まさか俺の行動を真選組に伝えられるはずがない。 「……一昨日は、お前、ここに居ただろ?」 「何故だ?」 「何故って、会いに来てくれたじゃねえか」 「誰に?」 「俺に!」 「何故だ?」 「付き合ってるからだろうが!」 「…………それは何の冗談だ?」 どんな冗談だ。付き合ってるって何をどう付き合うんだ? 俺と土方とだぞ? 笑えないにも程がある! 「……小太郎、お前、」 「土方、ちょっと待て。お前は真選組副長の土方で間違いないか?」 「ああ」 「確認するが、俺は攘夷志士の桂小太郎と申します」 「ああ」 「で?」 「でって、何だ?」 「付き合ってるって何だ?」 「だから、お前と俺が恋人だって」 ………コイビト? って俺の知っている単語だっただろうか? コイビトとは、敵を意味する単語だっただろうか? 「……言ってる意味が解らん。お前、頭打ったりしてないか?」 「てめえだろうがっ!」 ……何だかさっぱりよく解らん。 確かに頭はずきずきする。落下の時に打ったらしい。で、土方に拾ってもらい、俺はここに寝てる。土方は俺と付き合っているらしい……いや、ナシだ。あり得ん。 「……小太郎」 土方が俺の肩を掴み、俺を土方の正面に向かせた。 ……真っ直ぐに俺を見た。 俺を捕らえようとしている時と、同じか、それ以上の……真摯な眼差しを俺は受けている。 嘘を言ってるような表情ではない。相手の感情を読むのは得意ではないが、相手が嘘を吐いているかどうかぐらいはわかる。 真っ直ぐな視線。 嘘をつけるような人間ではない事ぐらいは知っている。 土方は、嘘を吐いていない。 ……のは、解るが。 「いや、ナシだろ? 有り得ん」 ないから。 考えたくもないが、俺と銀時がとか、高杉と俺がそう言う関係だったとか言われた方がまだ納得できるから! いや、納得したくもないが。 俺は断じてそう言う性癖だった記憶はない! 確かに、昔から男にもモテたが、老若男女問わず俺は昔から大人気だったが、敵まで虜にしてしまうこの美貌が恨めしい場合ではない! だから、違うから! いや、やっぱり土方が何か嘘を吐いて……何かの、策か? 策を弄じる暇があるのならば、寝ている俺を捕まえれば話は早いはずだ。それとも俺に何かを吐かせようとしているのか? それも、俺を捕まえて煮るなり焼くなりする方法もある。 何だ? 何が目的だ? 「でも、俺とお前が付き合ってんのは事実だって」 「証人はいるのか? 正しいか聞いてみる」 「居るわきゃねえだろうが。こんな関係誰に言えるってんだ」 「こんな関係だというのは、お前も理解しているではないか」 「理解してるからって、仕方ねえだろうが、そう言う関係なんだから」 「仕方ないで済む関係ではないだろうが! 大問題だろうが! 第一、証拠がない。お前がそれを事実というならば、証拠を見せろ。そうでなければ、お前は病院に行くべきだ」 「てめえがだろ! 脳味噌見てもらって来い!」 すごく、怒鳴られたが……いや、おかしいの、やっぱり土方だろう? 確かに俺は頭を打ったようだが、俺は常識的な発言をしているはずだ。俺に何もおかしい事などない。 「証拠なら、あるぜ。今日お前が着ていた服は俺のだろ?」 そう言われて、服を見た。 今日着ていた服、というのは、つまり枕元に畳まれている服だ。確かに、朝、これを着たような気がする。とりわけお洒落さんでもないので、持っている服は殆ど同じような色合いのものが多いが、それにしても俺のじゃないのか? と、思って、よく見たが……? 確かに色は似ているが、織が違う……かも? 「お前が先日、濡らしたからって置いていった服、そこに掛けてある」 あ、やっぱりあれ、俺の服? 今日は、確かに、枕元に畳んである服を着ていた。浅い色なので、汚れが目立つなと思った早々に、真選組に追いかけられ、袖を引っ掻けた。 そのほつれもあるから、俺がさっき着ていた服で間違いないだろう。 怒られるかなと、思ったのは覚えている……が、誰に? 「てめえ、汚すなって言っただろうが。破きやがって……」 ……ああ、怒られた。 「……悪いが、混乱しているようだ。かいつまんで要点を教えてくれ」 と、言う願いは叶えて貰わない方が良かった。 更なる混乱が待ち構えていた。 → 20101107 |