頭痛い…………。
 このまま頭が割れて中身が出てきてしまうのではないだろうか。そんな危惧で、起きた。と言うか、目が覚めた。目を開いただけで、身体を起こしてはいない。その程度の気力すらも湧かない。もしもそんな気力が湧いたところで、果たして身体を起こすことができるのだろうか。
 最悪な目覚めだ。喉が焦げたように乾いている。頭がガンガンと脳内で大太鼓を滅多打ちにしているように鳴っているような気がする。間接が錆び付いたかのように重い。指を動かすことさえ労力がいる。胸の中に鉛を流し込んだかのように、重く、呼吸すら儘ならない。
 苦しい。吐き出す息が黄土色をしているように見えた。
 この倦怠感と嘔吐感と頭痛には、覚えがある。昔は散々悩まされたものだから、間違いない。
 ………二日酔いだ。
 なんと、情けない。俺としたことが。
 昔は事あるごとに飲み、時々は度を越して、次の日には二度と酒を飲まないと心に誓っていた事が頻繁にあったが、最近はもう若くも無いのだし、思考力も低下してしまうので極力控えるようにしていた。それでなくとも、年を重ねれば、酒の量にも分別がでてきて、そう矢鱈な飲み方をすることも無くなり、この苦痛からは最近ご無沙汰してはいたが。
 頭が痛い。
 目を開き、眼球を左右に動かす事でも頭蓋骨に振動が響くような気がする………飲み過ぎたのだろう、やはり。
 そして………。
 ここはどこだ?
 ……最近は、喧しい幕府の犬どもが活性化していて、アジトも頻繁に変えているから……だとは、思うが……で、ここはどこの家だったか。
 つい昨日まで、源七の家の二階に厄介になっていたような気がする……が、 変えただろうか。
 次は長屋の奥の一軒家に移ろうかと思い、だがまだ手配すらしていないはずだったが。まだ、手配はしていない。そのくらいは覚えている。だから、一晩ぐらいは女でもないのだし、公園のベンチでも仕方がないと……。
 西国の攘夷志士の間で何やら不穏な動きがあるからと、しばらく面倒な事にならないように身を隠そうかと思っていた所だった。家賃もあるので、一晩は家の無い生活を覚悟していたはずだ。
 記憶がどうにも混線しているようだ。だから深酒は嫌いなんだ。だから酒は飲むものではない。叱咤したところで自業自得でしかないが。
 嫌いと言っても、俺はもともと酒に強い方だ。こんなに深酒したのはいつ以来だ?
 攘夷戦争に日々明け暮れていた若い時分には若気の至りで、こんな風に記憶が無くなるまで飲み明かした事も何度かあったが。
 それでも、銀時がぐだぐだになって、坂本が普段以上に笑い上戸になって、高杉が愚痴をこぼし始めてからようやく気分が良くなる程度に、俺は酒には強かったはずだ。
 飲み比べによく誘われたが負け知らずだ。俺を酔わせて、何やら悪巧みを目論んでいた不貞の輩に負けたことは一度もない。五人抜きをした後でさえ記憶は飛ばない俺は、昨晩どれだけ酒を体内に摂取したのだろうか、考えるだけで頭が痛い。考えずとも頭痛がずきずきと痛い。呼吸や鼓動の振動ですら響く。それとも年齢を重ねて酒に弱くなったのだろうか。体質は変化するものだと言う。
 本格的に気持ちが悪い。
 夢見は良かったのだが……。
 久しぶりに銀時の夢を見た。しかも若い頃の夢だ。
 あの頃は俺も若かった。あいつも。
 俺は銀時しか目に入ってなかったし、銀時も今と違って俺以外に興味もなく、常に俺と銀時は共にあった。時間ばかりか意識まで共有していた。
 身体を繋げることすらほとんど毎晩の事で、対象しか見えていない独り善がりの自慰行為を、互いの身体を使ってしているだけとも言えなくないと思われても否定できないくらい、ただ求めて発散するだけのような行為をしていたが……それはそれで嫌じゃなかった。
 あの頃は、互いに対象とする事で、求めていると表現する事で、それだけで満たされていた。隣に在ればそれでよかった。
 俺達が身体を繋げる行為は、肉食動物が獲物を貪る行為に似て、ただ餓えていて、それを満たす為だけに、相手の反応よりも自分の快楽を追いかけるだけだったかもしれないが……嫌いじゃなかった。
 心を強く求められているのが、嬉しかった。
 最近の銀時との行為を嫌っているわけではないが、寧ろ好きだが、生活やら命に余裕がある分、相手の反応ばかり気にしていて。最近は求めているわけではなくて、行為自体を楽しむ余裕があって……それはそれで嫌いじゃなくて、寧ろ気持ち良いが、もっと積極的に俺だけで一杯になって余裕のない銀時も見てみたい。などと思うのは贅沢だろうか……贅沢だろう。
 時勢も変わり、生活も変わり、護るべきモノが変わり……変わったのだから今までとは違う。若い頃のように互いの事だけで頭を一杯にしているわけにはいかないし、銀時は俺を……俺と俺達の信じていたモノを棄てたのだから、昔と同じはずがない事ぐらいは理解をしているつもりだった。棄てた、と言うのには、語弊があるのかもしれないが。
 銀時は今は昔と違って、もう俺を求めているわけではない。そんな事ぐらいはわかっているのだが。
 だが、昔のように、銀時に切羽詰まった目で射抜かれたいと……。
 懐旧は趣味でもないが、最近そんな事を思っていたからか、昔の夢を見たような気がする。やけに生々しい夢だった。
 余裕なく俺に触れてきて、慣らす事すら曖昧で性急に繋がって……。
 思い出すだけで、銀時は、なんだ俺の事を好きなのか、と納得してしまいそうな行為に満足し、頬が緩むような……そんな幸せな夢を見た。
 いい夢だった。
 お陰様で体調に反して、意外と機嫌は悪くない。
 ……にしても
 本当、ここはどこだ?
 やけに赤ばかりを使った内装が趣味を疑う。俺は簡素な侘と寂を基調にした何もない家が好みなのだが、まあ今の御時世こんな職業では贅沢を言っていられない。が……ここは、どこだ?
 記憶が、どこからか、飛んでいる……。
 気持ちが悪いからと言って、いつまでも布団の温もりにくるまれているわけにもいかない。現状を把握しなければ。
 酔い潰れて、それでも俺は自らの足でなんとかここまで来たのだろうか。だとすれば、それでいいが。
 ………で。
 身体を動かそうとして……。
 拘束されていることに気が付いた。
 ……一体。
 拘束と言っても、俺の身体に誰かの腕が乗っているだけなのだが……腕?
 ………誰かの腕だ。俺のは別の場所に有る。誰かの腕が俺の上にあると言うことは必然的に、腕の所有者が俺の隣にいると言うことになる。
 って………誰だろう。
 隣に居るのは。銀時? では、ない。そのくらいはわかる。銀時の特有のふわふわの髪の毛が触れていないのだから。
 つまり………誰か、居る。
 銀時と同衾する夢を見たからか、隣の気配に寛容だった……。情けない。これが攘夷志士の希望の星と名高い狂乱の貴公子のする事だろうか…。
 ……隣に寝ているのは、一体どなただろう。
 隣に誰か寝ていると言うことは、連れ込み宿か? 出会い茶屋か? だとすればこの赤く趣味の悪い部屋の内装も納得できる。
 納得できるが……まさか、俺は酔いに任せて、どこぞのご婦人をこんな所に連れ込んでしまったのだろうか。
 まったく情けない。良い年をした成人男性が、酒に酔ったとは言え、見ず知らずの他人様とこんな場所で夜を明かすなどと……。
 若い頃は、まあ俺も若かったのだし、そんな事は何度かあった……かもしれない気がする。が、記憶がここまで無いことは初めてだ。
 これが狂乱の貴公子と名高い攘夷の盟主である俺のすることか、まったく恥ずかしいし、情けない。
 と………思ってみていた。
 が………女にしては、ゴツくないか、この腕?
 銀時と同じくらいの太さはあるぞ?
 胸囲と尻以外の部分で俺よりも肉厚な御婦人は、できればご遠慮願いたい。痩せ型が好みだと言うわけではないが、自分より体格の良い相手を布団の中でうまく扱う自信は残念ながらあまりない。
 にしても、やたらと筋肉質な腕だ。俺よりもしっかりと筋肉じゃないか。俺だってそれなりに日々の鍛練は怠っていないつもりだが、標準よりも肉付きは良くない事は昔からのコンプレックスの一つである。気分を害するので、なるたけ考えないようにしている。
にしたって女にしたら固すぎじゃないのか、この腕は。
 てか……女?
 なのか?
 女の腕は、こんなに固くないはずだ。ふんわりと柔らかくて、同じ太さであったとしても、もっと軽いはずだ。
 ………♂
 いやいや。
 横目で、ちらりと、恐る恐る………。
 髪の毛、短くね?
 ………。
 そうか。
 相手は男か。
 ………。
 男か。
 俺はてっきりどこかの御婦人を連れ込んで一夜を共にしてしまったのかと勘違いしそうだった。酔いに任せて記憶を飛ばしてもまだ俺にはその辺の良識はあったと言うことか。安心した。
 どうにものし掛かる腕が重いと思ったが、男か。そうか……何故だっ!
 ちょっと待て。落ち着け。
男って……一体どういう……。
何があってどういう経緯でどうしたら、俺は男なんぞと同衾せねばならんのだ。確かに俺は銀時に惚れていて、銀時と致すのは心地よいが、身体自体は健康的な男であり、銀時以外に対しては、別にできないことも無いが……性癖をあれこれ暴露するのであれば、決して嫌いではないが……。
 それにしたって、どうにも思い出せない。
 酒を飲みながら、そこで出会った男と意気投合して、語り明かして、朝だから潰れてしまう前に、近くの宿にとりあえず朝まで。そんなコースだったのだろうか。普通に考えるのであれば、そうなのだろう、きっと。
 この季節ならば、まだギリギリ公園のベンチに朝まででも良かったのだが。夏ではないが、真冬なわけではないのだ。ここのところ雨雲もなく晴天続きで、野宿したとしても、最悪風邪をひくぐらいだろう。
かつて戦乱の日々では、雪が続く極寒の季節に、屋根のある場所で布団ので寝れる方が希だという時期もあったのだから、比べるのも馬鹿らしいが、そのくらいは大したことではない。そのくらいで風邪をひいてもいられない。
 まあ、安い宿であれば、雨風は凌げるし、温かいし、多少の金さえあれば安眠は保証される。この内装からすれば安宿だ。
 俺もあまり裕福な暮らしをしていないが、自分に使いたくないだけで、家賃すら滞納する銀時ほどに、金を持っていないわけではない。このくらいの出費は多少仕方がないだろう。
 まあ、きっと、この男と意気投合して、潰れてしまう前にこの下世話な宿に共に入って、眠った。と、そういうことだろう、きっと。
 だが………何故素肌が触れ合っているのだろう。
 何故俺も、隣で寝ている隣の俺も何も着ていないのだろうか。
 俺は、寝る時には香水派ではない。しっかり寝間着を着て寝る。
寝相はあまり上品ではない方なので、起きると寝た時とは違った着こなしをしている事も良くあるが……。だからと言って寝巻きを着たところで無駄だと諦めて、裸になって寝る習慣などはない。はずだ。
 が。
 嫌なことを思い出す。
 何度か記憶を飛ばした過去に、起きたら高杉と一緒の布団で、互いに全裸で寝ていた事があった。あの時は心底青ざめた。
どうも俺は前後不覚になるほどまで酔うと、銀時がぐだぐだと説教臭くなるように、高杉が愚痴をこぼし始めるように、俺も服を脱ぐ習性があるようだ。
 俺も脱ぐと言う酒癖があるように、つまりこの男もそうだったと。
 そう言うわけか。間違いない。たぶん。
 それに、服のまま寝てしまえば服が皺になることを懸念して、脱いだのだろう。男同士なのだし、恥ずかしがる方が恥ずかしいのだ。たぶん。
 この事にそんなに意味を持たせなくても良いはずだ。たぶん。
 とりあえず、起きて……。
 障子の色は真白く光り、既に朝もだいぶ遅い時刻だと思い知る。
 このままこの男が起きるまで、この腕に拘束されていても埒があかない。
 さっさとこの男を起こし、謝礼と詫びを入れて、お互いなかった事として、今日と言う日からまた新たに人生を出発すればいい。それがいい。この男としても、素肌をくっつけあって、男と同じ布団で眠っていたことなど早く忘れた方が清清しい日々を迎えられるだろう。
 で、重たい腕をどける。
 にしても良い身体をしてるな、この男は。
銀時と変わらないんじゃないのか?
銀時の均整の取れた身体には今でも憧れる。
 だからだろうか、さっきあんな夢を見たのは。
 銀時に抱き締められて寝ているような錯覚をしてしまっていたのだろうか。だからあんな夢を。
 にしてもこの男は、抱き枕派か?
 かなり重たいのだが……。
 ……………。
 ……。
 ?
 ……。
 …………!
 心臓、潰れたかと思った!
 ちょっと待て。タンマ。
 何コレは。
 一体、何なんだ。
 何があったんだ俺に……。
 俺は男の顔を見て凍りついた。

 コレは…・・・土方、じゃないのか?