「風呂」
「……豚汁」
「焼き芋」
「…………」
「焚火」
「……」
「腫れてる日に一日中干した布団」
「………炬燵」
「火鉢」
「………」
「甘酒」
「……」
「あ、汁粉!」
「熱燗」
「…………さぶい」
「言ったな、お前の負け、だ」
「え、勝負だったの今の?」

 ……寒いなあ。

 寒いって言ったらもっと寒くなるからっ寒いって言うなって寒がってるヅラが言うから、暖かい物想像してようって事だったけど、結局寒いもんは寒い。妄想で暖を取るにも限界がある。

 外を見りゃ、行きが深々と降ってくる。風はないから、それだけが救いだけど、雪なんか視覚的に寒々しいから、雪は嫌いだ。
 一応、いつ建立されたんだかどんな宗派の何だか解んねえ廃寺を見つけたから、その中に逃げ込んだけど、穴が開いて空が見える屋根はあるが、風を凌げるほどの壁はない。
 火でも熾せりゃいいんだが、そんな事したら俺達がここに居ますって言ってるようなもんだ。

「……」
「別に負けでもいいけどさ」
「………」
「ヅラ?」
 言葉が無くなったから、ヅラの顔を見た……ら、視線だけ動いて俺を見た……良かった。起きてた。

「いや、最初に負けた方が何をするか決めていなかったなと、思ってな」

 撤退の号令が響き、俺達は自分の部隊を撤退させ、追ってくる敵を防ぎながらようやくここまで逃げ延びた。
 あいつら、無事かな。

「へえ。で? 負けた俺は、何言うこと聞きゃいいの?」
「………寒い」
「俺も」
 寒いから、俺はヅラの身体を抱きしめる腕に力を込めた。何でこんなに寒いんだか……骨の内側まで凍りつきそうで、身体中ガタガタ震えてる。
 震えてんのは、寒いからだ。雪が降ってんだ、仕方ねえ。寒い。

「ヅラ? おい」
「……銀、時?」
「………」
 良かった……。良かったって思って、またヅラを抱きしめる腕に力を込めた。苦しかったら、悪いと思うけど……でも、離せねえ。

「………泣かないで、くれ、銀時」
「無茶言うな」
「俺が勝ったんだ、から……俺の言うこと、聞いてくれるんだろう?」

「……」

 嫌なら、見んじゃねえよ! 誰がこうさせてんのか解って言ってんだろ?

 俺は、どんどん冷えてくるヅラの身体を抱き締めた。もっと、強く抱きしめる。何でこんなに冷たいんだ?
 止血したのに、まだ溢れてくる鮮血だけはやけに生温い温度がして、心臓が鼓動する度に、浅い呼吸を繰り返すヅラから体温を奪っていく。俺から、ヅラを奪ってく。

 怖い。ヅラが、どっか行っちまいそうで怖くて、だから俺はヅラの身体、全部俺で包み込むようにして抱きしめる。どこにも行かせねえって……そう、思うのに。
 怖い……俺が震えてんのは、寒さのせいだけじゃねえのは、解ってる。

「雪、……」
 ヅラの声は、雪の降る音にもかき消されそうなほどに小さかったけど、ちゃんと聞こえた。

「ああ……まだ降ってるよ」
「……良かった」

 このまま降ってくれりゃ、地に染みたヅラの血痕は覆い隠されるだろう。ここが見つかる確率が下がる。良かった……良かったけど、ちっとも良くねえよ。


「ヅラ……寒い」
「……」
 ヅラは、返事をしなかった。
 ヅラのくせになんでこんなに冷たいんだろう、俺が寒いの全部引き受けてやってるはずなのに、何でお前が冷えてくんだろう。
 なんで……って、きっとそんなんに答えてくれんのは、どっかに居るかもしんない神様だけで、俺は会った事も見た事もない。

「ヅラ?」
 さっきまで俺の胸に置いてたはずのヅラの手は、力なく落ちてた。

「……ヅラ」

 僅かに、呼吸は聞こえる。寝たの?
 寝たならいいけど。体力温存しとけ。
 合流するはずだった高杉と坂本の部隊がきっと見つけてくれる、から……それまで辛抱すりゃきっと何とかなる。何とかしてやる。

 寝ただけだろ?


「ヅラ……俺を、置いてかないで……」

 ヅラに、俺の声が届いたのかは解んねえけど、少しだけヅラの指が動いたような気がしたから、俺は慌ててヅラの手を握り締めた。ヅラの手は、でも、動いてくれなかった。

 何で?




 何で、だ?





 何で、そんな昔の寒々しい夢なんか見たんだろう。

 寒いからだろうか、やっぱ。冬だしな、寒いよな。毛布これ以上もう無いし、湯たんぽつくっときゃよかった。

「……寒い」
「うるさい」

「……っ!?」

 ヅラが、居た。

「……てめ!」
 いつから、俺の布団に忍び込んだんだ、こいつ……!!
「てめえ! いつの間に! 勝手に俺の体温奪うんじゃねえよ!」
「だから、うるさい寝かせろ黙れ。静かにしていればそのうち暖まる」
 いきなり問答無用で人の布団で寝てて何様のつもりだ!
「だから俺の体温あてにすんじゃねえ! てめえでなんとかしろ! だいたいいつの間に戻ってきたんだよ!」
「ついさっきだ。塒を探そうとしたら厄介な連中に見つかってな」
「深夜にパトカー走ってたのてめえのせいかよ安眠妨害しやがって! 帰ってきたならまずは土産寄越せ! 饅頭がいい饅頭じゃねえと受け取らねえ! 話はそれからだ」
「俺がこうして無事に戻ってきて一番最初にお前に会いに来ただけでは足りないとでも?」

 そりゃ。
 確かに、ヅラが無事に俺に戻ってきたことに安心してる俺が居るのは、事実だ。認めてやるよ。言ってやるつもりはねえけど。

 ほんと、いつの間に戻ってきたんだか。
 さっきまでパトカー煩かったの、ヅラのせいかよ。本当にいつ戻ってきたんだよ。
 まあ、こいつがどこに言ってたのかも俺は知らねえけど……知りたくもねえけど。俺、一般納税者の善良な一市民なんで。てめえみたいに指名手配犯じゃないから。

 本当、いつの間に戻ってきたんだか……他人なら自分の領域に入ってくりゃ嫌でも目が覚めるけど、こいつの気配は俺にとって馴染みすぎてて、起きる事も無かった。


「………そんで足りてるだなんて思うのは、てめえの自意識過剰ってやつだ。認識を改めろ」

 俺に帰ってきて、良かったって、そんな事俺がこいつに行ってやる義理もねえし、俺達の今の立ち位置じゃそんな権利もねえんだけど……でも、ヅラはこうやって俺に帰って来てくれた。

 ガキの頃からほとんど一緒にいて、ずっと同じもん見て同じ匂い感じて同じ風の中で同じ時間を過ごして生きてきてほとんど同じもんだったヅラが、離れてく恐怖なんか何度も味わったことある。
 居なくなっちまう恐さなんかお前に何度も体験させられてんだ。
 お前が居なくなるのも怖かったし、俺が居なくなってお前が悲しむって思ったら心臓潰れそうに痛くなった。
 お前が居なくなる恐怖に何度も泣いたし泣かされたし、俺だってヅラも泣かせたことあるし……あの頃、そんな事何度もあった。

 俺は一人で攘夷戦争を抜けて……ヅラと違う道を歩みながら、でもこのでっかい空の下にヅラが居るって……目の前で俺の腕の中に居るのにお前が居なくなる恐怖に比べたら、どっかでお前が笑ってるって思ってた方が、そっちの方が寂しくても気は楽だった。

 あの頃と比べりゃ、今なんか、だいぶマシなんだけどさ。
 俺はここに居るから、待ってるだけで、お前、ちゃんと帰ってくるし。ここに居りゃ、ヅラは俺を見つけるから、俺はここに居りゃいいって。



「お前の腕はそうは言っていないようだが……少しは力加減をしてくれ」
「………」
 うるさいのはどっちだって。
 いちいち揚げ足取るんじゃねえよ可愛くねえ。

 まだ来たばっかだったんだろう、まだ冷えてるヅラの身体、あの時みたいに、お前の全部を俺に閉じ込めるようにして、そうやって抱きしめて、もしかしたら息苦しいのかもしんないけど、そんくらい我慢しろ!
 こっちは寂しかったんだからな!

 って、言葉にして伝えてやるつもりは一ミリもねえけど。


「銀時? お帰りなさいは無いのか?」
 勝手に俺に断わりも無く三か月も居なくなって俺にお帰りなさいをねだるなんて、なんて図々しい奴だ。

 俺から離れるななんて、俺にはもう言う権利もねえけど……。

「ねえよ。俺、いってきますって聞いてねえもん」
「急な出立だったからな。そんな暇はなかった」

 まあ、そんなの聞いたって、俺は行くななんて言えねえし。

「それに、お前は俺に置いていかれるの、嫌いだろう?」

「……」

「俺もお前に泣かれるのは辛いからな」


 置いて行かないで、って……たぶんそんな弱気な台詞言っちまったの、あの時ぐらいだと思う。



「やっぱ、お前の方がうっせえ」


 うるさいから、これ以上余計な言葉聞きたくなくて、ヅラの口に噛みついて言葉の出口を塞いだら、ヅラの腕が俺の背に回された。










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20140204