伝えたい言葉





「……」

 のそりと起き上がったら、なんか真っ暗だった。今何時だ? 最近、陽が暮れるの早すぎんだけど。
 四時頃から昼寝のつもりだったけど、もう夜か?

「そんなに寝ていたら脳味噌が溶けてしまうぞ?」

「あ?」


 んで、いつ来たのかヅラが居た……なにこれ。

「あのさ……」
「何だ銀時?」

「いや、お前、気配殺して忍び込む真似やめてくんない?」

 いつの間に、上がり込んだんだよ、こいつ。
 気配もなく忍び込むとか、何の用だよ、一体。
 うち、避難所じゃねえんだけど。

 俺も昼寝してただけだし、どうせもうちょいすりゃ神楽も帰ってくるし、玄関にいちいち鍵なんか掛けてなかった。
 どうせ、こいつが本気で気配消さない限りは、俺だって誰か入って来りゃ目を覚ますし、それに鍵掛けてあったって、うちのボロい玄関じゃ、こいつはピン一本あれば勝手に上がり込んでくるんだろう。
 誰かの気配がすりゃ俺だって馬鹿じゃねえんだから起きるけど、ヅラは猫みたいに足音立てねえし、ヅラの気配はいい加減馴染みすぎてて気が付けねえ。
 用もなく内に顔を見せに来る時は玄関空いててもでっかい声で俺の名前呼び続けるくせに……。

 俺が気付くまで大人しくここに居たって、つまり逃げ込んできたわけだろ?

 気配を消して、ここに居た。

 今度は何から逃げてんの?


「仕方がない、緊急事態だった」
「またお巡りさんに追っかけられてたの? うち避難所じゃねえんだけど」
「いや、敵対勢力だ」

「へ? なにそれ? 敵対勢力?」

 良く解んねえ単語だったけど、また、なんか面倒な事態になってんだろうか、こいつは。最近はそれなりに大人しくしてくれてたはずだが……またなんか面倒な事態にでもなってるって事?

「ああ。猫と犬とではどちらが人間のパートナーとして相応しいかと言う議論が白熱してな。いい加減に埒が飽かなくてな。もういっそエリザベスでいいじゃないのって止揚する意見を出してみたら双方から村八分だ」
「……あっそ」
 なにやってんのかわかんねえけど、大人しくしてくれてんならいいけど。
 そうやって、なんだか訳わかんねえ情熱燃やしてくれてりゃ、平和なんだけどさ、俺が。


 過激派から穏健派に鞍替えして、あんまり派手に暴れたりしない分、水面下でなんかやってんの、俺もこんな仕事してんだから、解ってんだけどな。

 だってさ、だいぶ、厄介な事になってんだろ? なんか犬みたいな鼻が利く天人を敵に回したらしいじゃねえか。

 狙われてんだろ、お前。


「なあ、電気つけねえの?」

「いや、このままでいい」
 あっそ。


「んじゃ、こっち来いよ」

「いや、ここでいい」

 ……ああ。

 本当に。何でこいつはこんなに馬鹿なんだろうな。



「んじゃ、薬箱はタンスの上。包帯ならいくらでも入ってる。服は戻ってくんなら、別に一枚くらい無くても困るほど少なくねえよ」
「何だ、それは?」

 ヅラは、笑う。
 知ってるよ。

 俺は、もう攘夷志士じゃねえんだ。だから、お前を匿ったり庇ったり守ったり肩貸したりできねえんだって意味を含んだ笑いだって知ってるよ。


「ただ、俺の持ち物を報告しただけだから、気にすんな」
 だって、俺はどうせそんくらいしかできねえんだ。

「……そうか」
「ああ。ちゃんと戻ってくんなら、どんな状態でもいいや」

 服がだよ。


 お前がじゃねえよ。


 だって、ちゃんと戻ってくんだろ? またここに、俺んとこに戻ってくんだろ?

 お前じゃねえよ、俺の服だよ。


「……処分を頼む」
「へいへい」


 俺は、こんなことぐらいしか、お前に手を貸してやることはできねえんだ。



 明かりも付けないで、ヅラは隣の部屋に行って、適当な俺の服を着て戻ってきた。

 んで、今まででヅラが着てた服を丸めて俺に向かって投げられた。見つかる前に捨てなけりゃなんねえ面倒押し付けんじゃねえよ。

 汚れてる箇所はきっと内側に折り込まれてるんだろうけど、ヅラから感じるのと同じ嫌な、赤い臭いがこびりついてた。



「そろそろ神楽帰ってくるぞ」
「……ああ。そろそろ帰らなくては、な」
「悪いけど、そうしてくれ」

 うちの神楽が心配するような怪我を見せないでやって下さい。

「リーダーには会いたいが、それはまた今度にしよう。銀時のイビキも聞き飽きたし、時間も経って落ち着いた頃だ。猫派も犬派もエリザベスを祭り上げたくなる頃に違いない。俺が村八分にされて機嫌を損ねたくらいで、説得の機を逃すわけにはいかない」

 あ、まだその設定引きずるつもり?

「では、な。邪魔をした」

 誰にも弱味を見せたがらない奴なのは、昔から知ってるけどさ。

 俺には、見せてくれたっていいのに。

 ヅラは、軽い会釈をして、前を見て足音も立てずに気配を殺して、出ていこうとしていた。



「あ……なあ、ヅラ!」

 慌てて、呼び止めちまったが……俺は、何を言おうとして居たんだろう。


「ん?」

 ヅラは、足を止めたけど、俺を振り返って見たりしなかった。

 俺は、



 言いたいことは色々あんだ。
 すげえ伝えたいことあんだ。
 お前に言ってやんなきゃなんねえ言葉があんだ。









「………………いや。何でもねえ」

「ああ。また来る」


 ヅラがどんな表情だったか背中向けてて見えなかったけど、たぶん俺の気持ちに気付いてて、俺が一番欲しい言葉をくれた。










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20140204