幼馴染 前












 ……どうしましょうか、この状態……。



 何でヅラが俺にキスしてんの? って状態。





















 子供の頃のヅラは、稀に見る美少女だった。
 初めて見た時は幼心にときめいた。

 『小太郎』って名前聞いてびびって、自分の事を俺って言ってるのに違和感覚えて……それでも、あの時までは、仄かに恋心があったのは事実だ。だってどこ見回したって、ヅラより可愛い女の子なんて居なかったし。一番仲が良かったことが誇らしくもあったけど。

 衝撃を受けたのは、夏の暑い日、皆で川に行って、俺達が全裸で川に飛び込んだ時に、ヅラも同じように………。


 あれは、衝撃的だった。




 あの顔で、股間に俺と同じゾウさんくっつけてるだなんて、詐欺だろっ!?






 その時に、俺の初恋は砕け散った……。

 そんな苦い想い出は、今更誰にも言えない。本人に言おうものなら殴り飛ばされる、きっと、絶対! 墓まで持って行く予定の黒歴史を、封印しておくべきだと、誰に訊いてもそれが正しいと言うに決まってる。




 そのまま俺達は、一番仲がいい友人として、親友ってか、むしろ腐れ縁の関係を維持したまま、ヅラはガキの頃の面影残したまま成長しやがった。男なんだから、放っとけばそのうちヒゲも生えるだろうし声も太くなるだろうし、とか、楽観視してたけど、実際背も伸びたし声もそれなりに太くなったけど、すべてを裏切って、長い睫毛やら、白くキメの細かい肌やら、赤い唇やら、なんだか迫力な美女に変貌した。言うと怒るから言わないけど、口さえ開かなければ、かなりの美女だ。
 便所で隣で用を足されると、未だに凹む。まだ初恋を微妙に引きずってる所があるのかもしれない……。




 綺麗な黒髪の美女以外に触手が動かなくなったのは、ヅラのせいだ絶対!


 高嶺の花ばっかり狙いすぎて、玉砕する事が多い俺の恋心は、昨日、再び砕け散った。
 こんな良い男、そう簡単に見つかんないと思うんですがね。


「見る目がないのだな、その女は」
「別に慰めてくれなくて良いって」
 逆に凹むから。


 俺が好みじゃないんですと。綺麗な顔をした人が好きなんですと。
 お前の事が好きなんだってさ、米屋のみっちゃんは。
 プライドとかに関わるから、そこは言わねえけどさ。どこが良いんだかね、隣に並んだって、女の方が霞むぐらいの美貌をした、性格の真っ直ぐすぎて逆に迷走して、どこに突き進んでんのか分かんないような奴の事が。
 俺の方が女性に優しくできると思うし、気の効いた話も出来ると思うし。ヅラと意思疏通できる奴なんかそうそう居ないって。本当に何が良いんだか。


「慰めるつもりなど無いが、俺が女だったらお前と恋人になりたいと思うぞ?」
「……女だったらな」

 だってアンタ男でしょうが。お付き合いなど出来ません。

 女だったらこっちが黙ってませんて。ヅラが女だったら、見た目だけ見りゃ、俺の完璧好みなんですがね、男だし。性格は難ありまくるけど。

「でも、本当にお前の事を何もわかっていないのに……顔で相手を選ぶような、そんな女は付き合わなくて正解だ。きっと性格はあまり良くないのだろう」



「……っせえ!」

 カチンと来たから、怒鳴ったら、ヅラが目ェ丸くして、俺の事見てた。

 いや、悪いと、思ったんだけどね。怒鳴るの。
 でもこっち昨日振られたばっかで凹んでんだから、空気読んで黙ってくれませんか?

 仮にも惚れた相手なんだけど、振られたっても、一応好きだった女の子ですが。


「彼女の事を、悪く言うなよ」

 みっちゃんが俺の事知らないのは仕方ないんだけど。んでお前があの娘を知らないのも仕方ないけどさ。だからって……

「お前、そんな事言う奴だったっけ? 性格悪いのそっちだろうが」


 ヅラ、らしくない、とは思ったんだ。ヅラは他人の事批評するような奴じゃねえから。


「……銀時」


 声が、震えていた。

「んだよ」

 珍しく、ヅラがマジで怒ってた。声が震えてたし、目が。赤くなってる。

 怒鳴って悪かったよ。

 だけど、お前が悪くない、今の? そこは謝らねえ。


「………銀時、俺の気持ちを考えて、それを言っているのか?」

 俯いて、顔はあんまり見えなかったけど………初めて見るかも、こいつのこんな顔。さらりと一房、黒い髪が肩を伝って顔にかかった。
 他人を悪く言う言わない以前に他人の事なんか、向けられる感情にさえ無頓着で、だから、変だなと思った。女の子の日か?


 普段から、感情をあまり荒げることも、声を荒立てることも少ないから。
 珍しい。だいぶ怒ってんだろうけど。

 けど、こっちもそれなりにムカついてるから。


「何言ってんの?」

 他人の気持ちお構いなしに猪突猛進なのはお前だろうが。お前だって俺の気持ち考えてんの?
 今は放っといてくんない? ただでさえイライラしてて、ムカついてんだから。

「今まで我慢してたが……もう辞めた」
 ふと、まっすぐに俺を見て、そう言い放ったヅラの顔は、何かが吹っ切れたようで……てか、何言ってんの?

「我慢って何だよ。俺だってテメエには色々我慢してきたんだよ。それに辞めたって何? 友情でも辞めるつもり?」
 お前、我慢なんかするような奴じゃねえだろうが。言いたいことばっか言って、俺の気持ち考えたことある?




「…………友人を辞めよう」

「は?」


 予想外の言葉にフリーズ。

 は? ナニソレ?


「もう、友達でなくとも良い。お前のそばに居て、お前が誰に惚れたとか聞かされるのは苦痛だ」

 気付かなくて悪かったな。俺ばっか愚痴言ったりで、お前の話聞かないで。聞きたくても言わねえだろ? 年増が好きだから、何処かの奥さんに横恋慕でもしてんのかと思ってましたがね。
 そっちがその気なら、それでも良いけど?

 いや、良くないか。喧嘩とか今までに数え切れないぐらいしたけど、ここまで言われたのは初めてだった。よっぽど気に障る事したんだろうって思うけど、思い当たる節が無い。


「ちょっと待てよ。言い過ぎたところは謝るから……」

 そこまで言う事なくね? 地味にお前に嫌われんの傷つくんですけど。














「お前が、好きだ、銀時」










「は?」



「だから、友人でなく恋人になろう」


「は?」



「お前に惚れていると言っているんだ。馬鹿でも解るように単純明解に言ったつもりだが、理解していないのであればもう一度言おうか?」





 ……え?

 ナニソレ、告白?


 何、その上から目線。え、愛の告白されてんの、俺?



 ヅラに?




 …………………………。



「いや、ちょっと待……」



 落ち着いて考えさして下さい。


 って、言いたかった時には、ヅラがもう、俺の頭両手で固定して。


 キス、されてました。


 ………初めてなんですけど……。



 数秒間か、数十秒間か、数分間か、思考停止……。









081213