俺の膝の上で、暢気に両腕を突き上げて伸びをしてから、小さくアクビをして……ようやく起きるのかと思ったら、再び寝心地のいいポジションを探してから微睡みやがった……何だよ、起きねえの? こっちはそろそろ足が痺れてきたってのに。
いい加減に、煙草吸いたいんですけど……。
その程度の愚痴を言いたくなってからそろそろ三十分が経過したから、もう我慢しなくて良いだろうか……とは思うが、身動ぐ度に起こしたかと思い、冷や汗が垂れる。
こんな状態じゃ、煙草も吸えない。
(煙たいと言われた)
テレビも見れない。
(うるさいと言われた)
髪の枝毛を見つける作業にも飽きた。
(見つからねえし)
足を痺れてきたってのに、動かせねえし。
(起こしちまう)
そんな退屈な手持ち無沙汰で何をするにも八方塞がりな状況で、唯一出来る事が、こいつの寝顔を観察する事だけ。
(見てて、飽きねえけど……)
そろそろ、いい加減に、俺の脚が痺れてきて感覚がなくなりそう。いきなり何かあっても歩けなさそう。
第一俺の膝枕なんかで寝てて、こいつも首が痛くなったり寝違えたりしないもんだろうか……見た目は気持ちよさそうに寝てるけど。
さて。
どうするか。
俺の予定は生憎あと十時間くらい空いてるってのはこいつにバレちまってる。そもそも俺が伝えた。互いに都合が合わせられる時間は一秒も無駄にしたくねえ。
(どうせこいつの方が、先に時間切れなんだろうし)
ここん所ずっと忙しくて、なんとか寝る時間だけ確保する為に忙殺された日々を過ごして、俺もいい加減に潤いがなくなってかさついて来て、ようやくの非番。
(俺のために、時間開けてくれた)
んで、ようやく、二人きりでこうして会う、ゆっくりした時間。
(結局、どのくらいぶりなんだ?)
さらりと、桂の髪を掬い上げると、重力に従い水のように指から零れた。
「……ん」
(やべ……起こしちまったか?)
思わず身体は硬直して、俺の膝の上で眠る男の顔を思わず覗き込んだけど。
(いい加減に起きろよ)
煩そうに顔をしかめて、俺の腹に顔を擦り寄せてきた。
そんで、安定的な速度で僅かに肩が上下している……まだ、俺の膝で寝ててくれるらしい。
(そろそろ俺の事かまえって)
俺の膝の上で、今……桂が寝ている。
ここん所、ずっと忙しかったから、ようやくこうやってのんびり出来る時間なんだ。
俺が、じゃなくて桂が。
俺達が忙しいって、つまり桂が動いてるって事だ。
結局今回の繁雑な仕事も桂が暴れたせいで……俺達はほぼ不眠不休の労働を強いられ、毎朝毎日毎晩の厳戒警備体制に俺達の精神や体力は磨耗してたんだ。
こいつはどんだけ忙しく動いてたのか、実際、俺はこの男の何も知らない。
他にも色々と監視対象の攘夷浪士はたくさん居るけど、他が動いて、コイツが動かないわけなんかない。実際に俺達が追いかけてたのは桂じゃねえが、桂がこの動きを知らねえはずがないし、裏じゃ桂が一枚噛んでるに違いねえだろう。実際に桂の息のかかった組織だった。用心はしていたが。張り込んでた先の商家の屋敷で乱闘騒ぎがあって、その中心にいたのは勿論こいつだ。
桂が暴れたせいで、厳戒態勢を敷く羽目になった。
見事に、人間を猿と卑下た目付きで蔑視する爬虫類との不平等な条約は、締結せずに済んだ。
近藤さんが笑いながら頭を下げてたから、俺達は歯を食いしばって拳を握り締めて、あいつ等に斬りかかる事に耐えた。
その爬虫類の異星人が一週間前にお帰りになった。
突然暴かれた不祥事にこっちも事後処理に天手古舞だったが、それ以上に緩む頬の筋肉引き締められた奴は居なかった。
桂が何をやったのか、具体的な事はこれから調べなけりゃなんねえ。解んない事もあるかもしんないけど。
畳に投げ出されたこいつの手首は、折れそうなほどに細くて、滑らかな光沢を放つ黒い髪から覗く透き通りそうな程に白い肌は人形みたいだってのに。
女だって言われたら信じられそうなくらい、線の細い綺麗な顔して。
こんな事、俺達が言うわけにゃいかねえが……俺が、桂に言っちゃいけない言葉なのは理解している。
俺の膝の上でだらしなく家猫みたいに油断しきって寝ているコイツが桂だって誰より俺が自覚していて、俺が真選組だってのは俺が呼吸すんのと同じ意義を持つけど……。
俺は桂を、ただのこいつを愛しいと感じる。
こうやって俺の膝で寝てくれているのは、桂も俺としての俺の傍の居心地が良いと思ってくれているからだって、そう勝手に信じてる。
(そんだけでいい)
俺達は、俺達の立場を介在させないことを暗黙の条件として成立している関係だ。
当たり前だ。
こいつが誰だか理解していて、俺が誰かを知られていて、馴れ合うことすらできねえってのに。
(今は……今だけは、俺達が、ただの一対であればいい)
だから、この言葉は、今膝の上に寝ているお前に向けた言葉。攘夷浪士の桂じゃなくて、今俺と一緒にいるこの綺麗な男に向けただけの言葉。
「……お疲れさん」
桂の漆黒を一房掬い上げ、髪の中に、吹き込むようにして言った。
桂の髪に俺の感謝が付着すりゃいいって、思った。伝えたら、俺が俺でなくなっちまう。
だから、俺にも聞こえないくらい静かな声で言った。
「……」
「ん? 何だ?」
長い睫毛で縁取られた黒い両の瞳は、膝の上から俺を見上げ、可笑しそうに細められた。
「……小太郎、起きたのか?」
こいつ……起きてたのかよ。いつから……。
「今何か言ったか? なあ、十四郎」
互いに認識できる名を呼べるはずがない。ここでは、こいつの前では俺は真選組の土方じゃなくて、ただの十四郎という名前の男になる。桂も俺が追っている攘夷浪士共の盟主として掲げられている桂小太郎ではなく、俺しか知らないただの小太郎って男。
それは互がこうする事に対しての暗黙裏の了解だ。俺達として単位にするための一番大事な約束。
「……別に」
「今俺に、何か言っただろう? もしかして俺が疲れてるとでも?」
するりと伸ばされた指先は、俺の唇に乗せられた……俺の失言に対しての叱咤の意味が込められていることは解っていた。
「てめえ、性格悪いぞ……」
(寝てるふりぐらい、出来るだろうがよ)
俺が無意識に眉宇をひそめたのか、小太郎の指先が今度は眉間に乗せられた。
聞こえないふりぐらいしてくれたっていいのに。
(俺だって、解ってる)
俺は、真選組の副長の肩書きなんて余分なものはなくただの十四郎で、こいつは攘夷浪士の桂じゃなくて、俺と二人きりで過ごす今はただの小太郎だ。
桂が今浮かべているこの陶酔しそうな微笑は、小太郎へ向けた言葉じゃなくて、俺がうっかり心を吐露した桂への労いであり、それを非難している事ぐらい、俺にだって理解できる。
桂がやったことに関して、俺は何も言えない。
俺の事について、桂は何も言及しない。
それが俺達が俺達で在れる唯一のの関係だ。
(解ってるって……)
「貴様の言う通り、俺は疲れた。腰がだるい。貴様が若いからと言っても、少しは限度を弁えろ。俺はあと三時間は寝れるから、もう一眠りする」
……。
「……っとに、性格悪いな、お前はっ!」
桂は鈴を転がすように笑いながら、俺の膝の上で寝心地のいい場所を探しながら身体の向きを変えた。
そんで、俺の身体に、桂のしなやかな腕が巻き付く。
「貴様のせいで疲れているんだから、起こすなよ」
そうか……疲れてるのか。
つまり、土方としての俺じゃなくて、今ここに居る俺のせいで疲れたってんだったら、寝かしといてやる優しさなんか無くていいって、そう言うことだな?
俺は、今から据え膳を頂く事にする。
了
2012-01-11
20131015
第一ラウンド後の全裸の状態……だといい。
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