傷口 





「……あ、ヅラ。何してんのお前?」


「ようやく起きたか」


「もしかして、終わった?」

「ああ、俺達の撤退の号令は既に出している。これ以上留まることは不要と判断した」

「撤退かよ。他の部隊は?」

「…………」
 ヅラは何も言わずに曖昧な表情で笑いやがった……ああ、そうか。負けたのか。

「撤退って、そりゃ私情絡んでねえの?」
「あの時点での撤退であれば被害は軽微だ……あれ以上、あそこに居ることの方が、損失が大きいと判断した」
「損失、ね」
 どんな嘘だ。ヅラのクセに嘘ついてんじゃねえよ。お前の吐く嘘って、似合わなすぎて信憑性すら感じちまうから、騙されんじゃねえか。だからやめろ。

 俺達の損失じゃなくて、てめえの、だろうが。


 なんつう、失策だ。撤退、それが、最悪の選択だって、俺にだって解る。


 この戦で、敵を完全に潰さなけりゃ、今後敵勢力の増援が見込まれる。どんな犠牲を払ってもって、決戦前夜に志士達を鼓舞してたの、お前じゃなかったっけ。
 俺達が撤退をした所で、敵が俺達の体勢を立て直すための余裕をくれるかどうかだ……が、無理なんじゃねえの? やっぱ、多少の痛手や損失を鑑みないで、お前が立てた作戦通りに一気に潰しとくべきだったんじゃねえの?

「で、お前は……何、やってんの?」
「見て解らんか?」
「解んねえから訊いてんでしょ」

「手当てに見えんか?」

「……馬鹿じゃねえ」

「うるさい、こんな怪我、舐めておけば治る」

「……」


 馬鹿だ馬鹿だと思っちゃいたが、本当に、馬鹿な奴。

「銀時?」

「……」

 ばーかって、言いたいのに、今まで掠れてた声は完全に出なくなった。

 口は僅かに、その動きが出来たから、きっと伝わったはずだ。


 ばーか。舐めときゃ治るわけねえだろうが。




 俺の腹から溢れ出した鮮血は、今もまだ溢れてる。


 そんなんで止まるはずねえだろ?


 舐めときゃ治るって、俺の傷口に顔を埋めて、綺麗な真っ白の肌、顔中、真っ赤にしやがって。




「銀時……っ、大丈夫だ。すぐに治る。こんな怪我、舐めておけばすぐに治る」

 んなわけねえだろ?
 状況が見えない奴じゃねえ。俺よりもお前の方が、怖いんだ。

 俺は傷口が見えないけど、どんだけやばいのか解んねえけど……ヅラの必死な顔が、真っ青になってるその顔が……そっか。やべえんだ。

 目の前が霞む。ヅラの肌が白いんだか、俺の血が赤いんだか、世界が黒いんだか、もうわかんねえや。

 痛えな……チクショウ、痛えって。痛くて、熱くて、苦しい。痺れてて感覚なんかないのに、痛いってそんだけは解る。痛い……痛くて死んじまいそうだ。このまま死ぬのかな。ここで終わりか? 俺、終わっていいの? お前のこと、最期までちゃんと守ってやりたかったのに。ここで終わりにしてもいいのか?

 苦しい。
 もう、意識すら途切れていく。最期まで、ちゃんとお前の顔見せて。

 怖いな……死んだらどうなんだろって、そう考えんのも怖いけど、それよりも、もうお前に触れらんなくなんの、怖い。

 俺が死んだらお前の背中、誰が守るの? 俺以外のやつに簡単に守らせんじゃねえよ? 俺じゃなきゃダメだろ? そう、思ってんのに……最後になんかしてたまるか。まだだ、まだ……俺は、大丈夫だ。






 ……死んで堪るかよ!















 敵本体への援軍が来ることが解っていた。俺達はそっちをまず叩いてから、本陣に合流することになっていた。俺達がさっさと行ってやらなけりゃ、本陣に投入した戦力じゃ、心許ない、ってか、俺とヅラが合流しなけりゃ負けるんだろう。


 だから、援軍として駆けつけてきた進軍する敵を岩場の崖の上から奇襲をし、あらかたの片は付いた。援軍が来なけりゃ、敵さんも焦燥してくるだろうって心理戦も加わってる。だから、さっさとこっち片づけて、味方本隊に合流しなけりゃって、俺達が行って俺達が前線で戦わねえとって、今焦ってる部分もあった。俺も、ヅラも。

 ヅラが、でかい敵を相手にしていた。たぶんこの隊の要の戦力だ。ヅラは自分の三倍くらいありそうな、爬虫類みたいな緑色の天人相手にして、だから俺はヅラに向かってくる雑魚をヅラに近づけねえようにしてた。

 視界の端で、ヅラの戦いを確認する。

 さっさとんな奴、叩き斬っちまえって! ヅラは力がねえんだから、あんま接近戦に持ち込むんじゃねえよ。
 心配なんかしてねえけど、一対一なら、ヅラが負けるはずねえから、雑魚を俺に引き付けてる。が、さすがにこっちも数が多い。さっさとそっち終わらせてこっち手伝えや!

 ヅラも終いにして、早く、味方本隊と合流しなけりゃ、本隊の戦力は量は投入したが、力がある奴が少ない。俺達が行かなけりゃ、危ない。
 そろそろ手助けに行ってやりてえんだから、ヅラはさっさとそいつを片付けろ!
 他の部隊の援護にいかねえと。

 戦いの中で、混戦した状況で、一瞬の隙は命取りだ。殺気は大気に充満し、分厚く身体にまとわりついて、こびりついて、膜を作るように覆う。

 右側と、前から同時に飛びかかってきた敵に向かい、刀を一閃させた時、耳元を、ヒュンって、風を切る音がして、俺のほほが一文字に熱が走る、切れたんだろう。大した怪我じゃねえが……。

 近くの、岩場の影から……。

 何だ? あの武器?

 岩影に隠れて居る奴が……狙っていた。武器は、見たことがある。坂本が敵の武器庫から接収した武器にあった、銃だ。弾詰めて、引金ひいてって。坂本が楽しそうにしてたのを思い出す。んで、けっこうな殺傷力がある。
 面倒くせえな。

 背後から敵が俺に向かって、鈍器を降り下ろしてきたから、ぎりぎりで避けつつ、身体を回転させて、その勢いで敵の背を斬る。鈍い、骨を断ち切る手応え。


 あいつの攻撃、何とかしなけりゃって。

 そう、思いながら、向かって来る敵を斬る。何度か俺を撃つ音が聞こえたが、俺が動き回ってるせいか、頬を切られた以外は、無事だ。撃つ時の殺気も解るから、その瞬間だけ……気にしつつも、まだそいつをどうにもできねえでいた。


 銃の照準が、俺に向けられていた殺気が、外れた。

 ……まずい。



 向けられた、のは、ヅラだ。


 ヅラが、狙われてた。


 ヅラが、その殺気に気づかねえはずがない。

 気づいては居たようだった。一瞬だけ、そっちに視線が向かい、舌打ちをしたのが聞こえた訳じゃねえが、聞こえたような気がした。

 でっかい天人はでっかい斧に似た武器で押し潰すような攻撃……それを、ヅラは刀で受けていた。
 ぎりぎりと、ヅラの背骨が軋んだ音をあげそうな攻撃を受けて……動けねえんだ。敵の攻撃を弾かなけりゃ、ヅラが潰される。そんだけならほっといたってヅラならなんとかすんだろうけど……。


 俺は、走った。

 ヅラを狙っている銃が、ヅラに向かって……。

 目の前の敵を斬ったつもりだったが、浅かったようで、でも、もうそいつに構ってらんなかった。

 浅かった、死んでなかった。おかげで、敵が、俺の脇腹を斬った。でももうコイツはほっといても死ぬだけだろうから、痛えな、ちくしょうっ!

 そんでも、走った。痛みなんかに構ってる場合じゃなかった。




「ヅラっ!」

 ヅラが……!


 走って、勢いよく、ヅラに体当たりして、俺と一緒に地面に転がった。

「っ……!」

 ヅラを押し潰そうとしていた斧は、ヅラがいなくなったせいで、激しい重圧で地面に叩きつけられて、地面にめり込んだ。良かった。あんなん受けてたら、こいつが潰れちまってた。情けねえな、遊んでんじゃねえよ! あんな攻撃、あの程度の敵、てめえでさっさとどうにかしやがれ!



 ヅラを狙っていた銃は、そのままヅラに向かって撃たれた。ヅラが俺と一緒に地面に転がったから、ヅラを潰そうとしていた天人が、体勢を崩し……そいつに当たったようで。

 ど……っと、

 音を立てながら、地面にめり込むように倒れて、砂ぼこりを巻き上げた。一石二鳥だったかなんだか。これで、一番厄介な奴は片付いた。



 雑魚はもう残り少ねえ。俺が、ほとんど片付けてやったんだから、感謝しろよな。

 ギンて、硬質な音が響いた。岩影から狙ってた奴が、また撃ちやがったらしいが、動けるヅラにそんな攻撃効かねえよ。
 ヅラが、刀で銃撃を弾いた。確か坂本が楽しそうに弄ってたけど、何発かで弾が切れて補填しなけりゃなんない武器だって言ってた。ああやって隠れての攻撃ならいいが、暗殺向きの武器なんだろう。
 戦場じゃ、そんな隙になるような武器は使えねえんだよ!


「銀時、借りるぞ」
 ヅラが、俺の手から刀を奪い、そいつに投げつけた。鈍い呻き声がしたから、始末できたんだろう。

 てめえ、俺の刀だろうが! あとでちゃんと拾ってこいや!


 ヅラが立ちあがって、刀を薙ぎ払ったのが解った。
 奇声を上げながら、斬りかってくる敵の血が、俺に降る。気持ち悪ぃな。

 でも、あと雑魚が少しだけだ。

 あとはヅラだけでなんとかなる…………ヅラが、走り出して……。







「銀時? いつまで寝ている」

 ヅラが、俺の横に立ち、刀を鞘に納めた。
 何だ、終わったのか。

 良かった。いや、良かったってもまだ、敵は居る。味方本隊にさっさと合流しなけりゃ、勝っただなんて言えねえ。でも、ヅラは生きてるから良かった。

「銀時、助かった。ほら、立て。行くぞ」
「っ……ぐ、ぁ」

 ヅラが、俺の、傷口に触れた。
 いてえよ、バカ触んないでエッチ。

「……銀時、お前」

 ヅラが、自分の手についた赤い色を信じらんないような顔して見てた。








 そこまでは覚えてたけど、少しの間意識が飛んでたようだ。


 ったく。

 痛いんだから、起こさないでくれねえか?



 心臓が動く度に、傷口から、血が溢れる気がした。

 ったく。撤退って、やっぱ私情だいぶ絡まってんじゃねえの? 俺をほっといてでも、早く、本隊を援護しに行くべきだったんだ。



「馬鹿が。無茶をして……」

 俺のミスじゃねえ。お前のミスだ。
 今回の戦は、何がなんでも勝たなけりゃなんなかったの、お前が一番解ってんだろうが!

 俺を見捨てなかったのは、てめえ失態だ!


「戻るぞ、銀時。伝令は出した。本陣は撤収し、前線を後退させる。本陣を営中させる場所は、少し遠い」
 俺の腕を肩に掛けて、ヅラに引きずられながら、ヅラの声を聞いていた。

 捨ててけよって。

 大事な戦なんだ。
 邪魔になんだろ? てめえの痛み覚悟くらいしての作戦だったんだろ? 被害は、当然だ。
 私情挟んでんじゃねえ。そりゃ、ただの失策だ。見えてない訳じゃねえだろうが。

 俺は、そのままヅラに引きずられて……。













 戦争してた頃に死にかけた時の傷跡はだいぶ薄くなった。

 そんな時やあんな時に着いた傷は、その時は、けっこう、死にそうに痛かったんだけどさ。

 まさか、あの怪我で助かるとか思っちゃなかったんだけども……ろくな処置もされないままヅラに担がれて、本陣まで戻って、次の日は熱も上がって酷い目に遭ったけど、半月もすりゃ、また戦いの中にあった。

 どうせ、そんな事は一度や二度じゃねえ。俺が死にかけた時もあったし、俺のせいでヅラが死にそうになったこともある。

 だから、俺の身体もヅラの身体も、よく見りゃだいぶ傷だらけで……。




「で、お前は何してんの?」

 隣で寝てたヅラが、俺の胸を舐めてた。何やってんだ、こいつ……。
 珍しい事もあったもんで。

「何? さっきのじゃ、もしかして足んなかった?」
 足んなかったなら、俺もう疲れててカスみたいな薄いのしか出ないと思うけど、頑張ってあげてもいいけど。

「なんだ、銀時は寝ているようだな。相変わらず寝言が激しい」
「いや、だって、何やってんの? そんなん、誘ってくれてんだって思うでしょうが。まだやりてえの?」

「貴様、人の身体だと思って、散々いいように扱って。覚えてろ」
 ……怖いから、忘れることにした。

 だって、どんくらいぶりだと思ってんの? 健康な成人男性の普通の性欲を舐めてんじゃねえよ。てめえだって、楽しかったでしょうが。


 何だかんだで、ここ最近はしょっちゅう遊びに来るけど、なかなかゆっくり二人でって時間がなかったから、神楽が友達んちに泊まりに行くって絶好のチャンスを全力で無駄にしなかっただけじゃねえか!

 んで、散々やって満足して、疲れて寝て。

 ふと気が付いたら、ヅラが俺の胸なんか舐めてたら、まだ足んないから遊びましょうって言われてんだと思うに決まってんだろうが!

 何? 違うの?

「いや、だから、お前は何してんのって」

「俺の知らない傷が増えてると思っただけだ」

 ああ……そういや、もう治ってるけど、最初は死ぬかと思うくらい痛かったけど、治ってきて痒くなって、瘡蓋が取れて……その辺、この前のやつか。


「お前がさっき引っ掻いた奴じゃねえの? 背中痛いです」
「ああ。解った。背中だな。後で塩を塗り込んでやるから」
 ヅラの身体だって、俺が知らない傷痕が増えてる。さっき、確認した。化物みたいな治癒力を誇るヅラのことだから、一年もすりゃ綺麗に治るんだろうが……それでも、俺よかてめえのが、色々、俺の知らないとこで俺の知らないことで俺の知らない怪我をしてんだろ?

 お互い様なんかよりも、てめえのが卑怯だろうが。

 だって、あんま危ないことしてんじゃねえよって言いたいのは俺の方で、お前は俺にそう言ったりするけど、俺はヅラにその言葉を言っちゃいけない。


 俺は、だって……俺達は、もう違うんだ。同じもんだと思って同じ志掲げて、同じ空気の中で、同じ時間を、身体が二つだって事だけで、俺とお前とほとんど同じ魂だって信じて戦ってきた。

 でも、もう、俺達は一緒に歩いてるわけでも走ってるわけでもない。
 俺がお前の背中守ってやる義理は、お前がくれなくて、俺はただヅラに増えた傷のかず、心の中で数えてる。


 俺は、だってもう、お前と同じじゃねえんだからさ。

 もう、お前とおんなじ道を歩いてるわけじゃねえ。

 でも、離れらんないのは、お前がヅラだから。俺は俺のままだって思ってて、俺は何も変わってないのと同じように、ヅラもヅラのままで、結局、見てる前がおんなじ方向で、おんなじ景色で、違うもんになっちまった気がしてても、本当は、俺達が昔と全然違ってないなんて、わざわざ言う必要もねえけど。



「くすぐったいです」
 ヅラは、再び俺の胸に顔を埋めて、俺の皮膚に沈着するだろう前の傷口を舐めている。

「我慢しろ」
「……眠いんだけど」
「寝てればいい」
「寝れるか」
 ヅラがなんか文句言ったけど、知ったこっちゃねえわ。

 こっちだって言いたい文句言わないで抱えてんだ。少しぐらいは俺の我が儘聞けよ。

 俺の上に被さるようにしてたヅラの肩を押して、俺達の身体の上下を入れ換えた。本気出されたら俺だって本気出さなきゃ負ける馬鹿力だけども、基本的に細っこくて華奢なヅラは相変わらず体重も増やしてねえから、本気で抵抗されなけりゃ、簡単に扱える。

「銀時っ! 待て、寝よう。眠くなったから俺は寝るぞ!」
「どうぞ、おやすみ。俺は今から起きるんで」

 俺の体重かけて、ヅラの動きを封じ込めながら、ヅラの裾の併せから手を突っ込んで、細い脚を無理矢理広げて、さっきからヅラのくせに積極的な事をしてくれていたおかげで元気になってたのを、入り口に押し付けた。

「銀時っ、待て、今日はもう……あ」
 さっきまで繋がってた場所は、まだ閉じられてなくて、中に出したのは掻き出して拭いたけど、ちゃんと風呂に入ってないから、まだ……。

「んっ、お前……俺は、寝るって……」
「いいから、黙れ。寝るんだろ?」
 無理矢理侵入した中は、潤んでて、熱くて……。

 ヅラが俺に回した腕に力込めて、背中に爪立ててきやがったのはわざとなんだか何なんだか。そうやって、しがみ付かれると、けっこう燃えるの知ってんのか?


「ぁっ……銀時っ、貴様……覚えてろっ……!」


 忘れることにする。







 そっから、二ヶ月経って、ヅラが舐めてくれた傷跡はほとんど消えた。
 死にそうな怪我したのなんかあれだけじゃねえし。俺も、ヅラも。
 怪我した傷口はいつか薄くなって、怪我じゃなくて皮膚に戻って、それが自分になる。そんなんが繰り返されて……。


 だけど。


「いて」
「どうした?」

 あんなに死にそうな怪我を経験したからっても、今のこれが痛くないわけじゃない。最近ヅラに貸した漫画のヤサイの惑星から来た人だって、戦って死にかかって勝って入院中、注射が痛いって苦手だったりするもんな!

「……カッターで指切った」

 明日のゴミが古紙の日だから、いい加減に溜まったジャンプを結わいてた紐を切る時に、指を切った。
 深くもない。
 左手だし、皮一枚が切れて、ほっときゃ治る傷口にだったけど。

「そうか。ところで銀時、そのジャンプ、俺はまだ読んでいないのでは?」
「ん、今読んでるのが最新の奴だって」
「そうか。ならいい」
 そう言ってヅラは再び今週号のジャンプを読み始めて……!

「じゃ、ねえだろうがっ!」

「ん?」
「てめ、何かねえの? てめえが全然読みに来ねえから、ずっと捨てらんなかったんだろ? 今何してると思ってんの? てめえの為にとっといてやったジャンプを、捨てるために纏めてるんだけど。そいで、手を怪我したんだけど!」

「そうだな。銀時はそそっかしいな」

「じゃねえだろうが! もう、とっとかねえぞ! 読んだらすぐに捨てるからな!」

「はーい、自分のミスで怪我をして、俺が近くに居たからって、俺に八つ当たりするのはどうかと思いまーす」


 ……普通にムカつく。


「…………」

 第一、読みに来るから捨てんなって言ったのそっちだろうが。邪魔だって新八に文句言われながらもとっといてやった俺に、ありがとうもなくて、何なのその態度? だいたい読みに来るって言ったなら、とっとと読みに来いよ! 七冊もまとめたって、二ヶ月近いじゃねえか! あ、合併号あったから、二ヶ月か? なんで二ヶ月も音沙汰ねえし音信不通だしどこほっつき歩いてたんだよ! せめて一言なんか言ってけよ! 別に心配なんかしてねえけど! 来たら来たで、ろくに挨拶もしやがらねえで、一心不乱にジャンプ読み耽って、話しかけても生返事だし! のくせに、ギャグ漫画で解らねえネタの解説求めてきやがって、ギャグ漫画は解説した時点でアウトなんだよ。そのネタはもう滑っちまってんだよ! そんなん作者のゴリラとか可哀想だろうが!

 って言いたいのをどっから言っていいか解んなかったから、全部を視線に混めてづらを見た。


「……どうした、銀時? なんか嫌なことでもあったのか?」

 誰のせいだと思ってんだ!

「……指痛いです」

「どれ、見せてみろ」


 言われたままに俺は指をヅラの前に出した。

 切ったっても、皮一枚で、今舐めたから、血が垂れてるわけでもねえけど、でもまだ止まってないから、切り口から、少しだけ血が滲んできた。


「なんだ、このくらい。大袈裟に痛がりおって。そんな傷なら舐めておけば治るだろう?」

 馬鹿にしたようなヅラの目。
 このくらいって、確かにそのくらいだけど、痛いもんは痛いんだって!


「んじゃ、頼みます」

「は?」

 うわ、何その顔。
 あからさまに眉間に皺を寄せて、訝しげな顔で、不審者を見るような目で幼馴染みを見るんじゃありませんって。

「舐めときゃ治るんだろ?」

「俺がか? 何故だ?」

「お前が舐める方が傷治るの早いから」

 実際、あん時の怪我も、お前が舐めておいたせいで、傷跡もほとんど消えてんだし。



 お前が、そうやってくれたわけだから、なんだかんだで俺、今生きてたりすんだし……そんな事はどうせ一度や二度じゃなくて、逆にヅラも俺をかばって死にかかったことだって思い出すだけで片手は埋まるわけで。





「……意味が解らんが」





 そう言いながらも、ヅラは躊躇いもなく、ぱくりと俺の指を口に含んだ。








20130915