「もしもし?」
『あ、居た』
居たから電話に出たんだが。
そうは思ったが、電話口からは、あー、だとか、うーだとか要領を得ないうめき声が続く。
「銀時、どうした?」
一体何のイタズラ電話のつもりだ。
『あ、いや、なあ、今日……えと』
「どうした?」
『いや、今日……雨降ってるぞ』
言われて外を見る。そう言えば今日はバイトも会合もなく一日家に閉じこもってしまっていたが、雨が降っているな、そう言えば。
「わざわざ教えてもらわなくとも、見れば解るが」
『いや、そうじゃねえよ今日……えっと……』
「今日がどうした?」
『いや、今日、お前、何かある?』
「何かとは? 忙しくはない程度には暇ではないが」
洗濯や布団を干すことはできなかったが、急務は入っていないが、読みたい資料や文献も多いし、今後の我が党の方針も考えたいし、やりたい事はそれなりに多くある。
『……そっか』
「何だ?」
何で、落胆しているんだ?
『いや、お前に貸した漫画、読みたくなったから返せって……』
「……雨だぞ。持って行ったら紙が湿気てしまうだろう?」
『んじゃ、取りに行っていい?』
「ああ、それは構わないが、これからか?」
うちで読みたいほど、前回遊びに行った時に借りた漫画が読みたいのだろうか。確かにここしばらくは忙しくしていて、江戸に居ないことが多かった。もう借りたまま一ヶ月になるだろうか。
『ああ、覚悟してろよ!』
そう言えば銀時の声を聞くのも一月ぶりか。
「銀時?」
電話が切れてしまった。結局銀時が何をしたいのかは聞けなかったが、どうせすぐに解るのだろう。
長年の付き合いで、大抵のことは理解しているつもりではあるが、時々あの男が何がしたいのかは解らん。
■
■
「で、なんの真似だ」
「見てわかんねえの?」
「ケーキだと言うことくらいは解るが……」
食べれないわけではないが、銀時のように甘いものを得意としているわけではないが……何故、ホールで……。大きなものではなかったが、それにしても切り分けられて売られているケーキの、二つ以上のボリュームはありそうだ。
電話が切れたあと、ほどなく銀時は来たが……借りていた漫画を出しておいたのに、銀時はそれに気づきもせずに、俺の了解も得ずにホールのケーキを嬉々として広けた。基本的に普段の食事でフォークなどを使うハイカラな物は食わないので、箸しかない俺の食器棚を見て文句を言いながら、台所から箸を持って来て渡された。当然自分の分の箸も持ってきている。
白いデコレーションの施された生クリームたっぷりのケーキは一口程度なら美味そうだとは思うが……何を考えてこの量を買ってきたんだ、こいつは。
そもそも、何故突然うちに来てケーキを食おうなどと考えついたんだろうか……。
「いや、釣った魚に餌をやらない主義だと逃げられるって、神楽がさっき妙な雑学披露しやがってさ」
「はあ」
そうですか、それがどう言う意味だか解らんのだが?
もしや俺が、その魚とでも言いたいのか? さらに餌とはケーキの事なのか? どう見ても、餌として喜ぶのは銀時であり、俺は甘いものが得意ではないことを知っているはずなんだが。
「だから、なんつうか。まあ」
銀時が何を考えてるのか、解らん。
「銀時?」
「だって、お前、六月後半ずっと居なかっただろうが」
「居なかったが?」
時々そうやって居ないことはよくある。忙しくない時は毎日のように顔を合わせることもあるが、こちらも長期的な規模で出かけてしまうこともあるので、月単位で会えなくなることもある。今生の別れでもあるまいし、わざわざ銀時に俺の予定を告げる気もない。そもそも俺の活動の範疇だ。銀時が再び攘夷を志して俺とともに剣を取ると言うならば別だが、俺の行動予定などこちらの機密事項も多々ある、銀時に話すことはできない。
「居なかっただろうが」
銀時は繰り返す。
「ああ、そう言えば」
そう言えば、六月後半は俺の誕生日だったか……。
だからケーキと言うわけか。もう半月は過ぎてしまっているが。
日が一日過ぎる程度の感覚で年を取る年齢になってしまったようで、銀時がいなかったら思い出すことも忘れていただろう。
こうやって、再び誕生日というものを甘受できるようになったのは、有難い事なのだろう。戦乱の中にあり、雲が流れるのと同様にして日が流れ月も流れ、気づいた時には花が散り枯葉が落ち雪が降っていた。その中で自分の年齢を確認している暇もなかった時期もあった。
だが、銀時とこの街で再会するまでの数年を除いて、俺が年を取る日にはいつもこの男が横にいたのは、不思議なようでいて、それも当然なことのように思う。その当然さはやはり不思議なものだ。
幼い頃は、こうして祝ってもらうこともあったかもしれない。幼い頃は友からの祝い物を貰うことが多かった。銀時からは何も貰わなかった。銀時の素性を知っていたので、銀時から何かを貰いたいと思ったこともなかった。
そう言えば、貰ったことがないわけではないな。誕生日は過ぎていたかもしれない。早かったかもしれない。銀時が休みの日にやってきて、饅頭をくれたことがあったが……饅頭だけ押し付けて帰ろうとしていたので、饅頭を分けて二人で食った。今更思い出すが、あれは俺への誕生日の祝いだったのかもしれない。
……ああ、昔からこの男は、祝いの物などは相手が受け取って喜ぶようなものを選ぶべきなのに、自分が欲しいものを選ぶのはどうかと思う。
俺はさっき蕎麦を食ったばかりで、今、何も腹に入れたくない。
それに、甘い物は昔からそれほど得意としていない。
………銀時の視線が煩い。
「ってことで、食え」
早く食えと催促していることは解った。俺が食うのを待たずとも、先に食えばいいのに。
「……では、遠慮なく頂こうか」
「おう」
綺麗にデコレーションされたケーキを崩すのは勿体ないような気もしたが、箸で救い、口に入れた。
甘い。
本当に、甘い。
だいたい、本を読んでいて時間を忘れてしまっていて、先ほどようやく蕎麦を食ったばかりで、腹に今何かを入れたい気分ではないというのに……甘くて胸焼けがしそうだ。
「美味い?」
「……甘い」
銀時にはちょうどういい甘さかもしれないが……。
もう一口分を取ってみて、やはり口にする勇気は出なかった。
「銀時
だいたい、誰がつられた魚だ。
「ん?」
箸で掬ったケーキを銀時の口許まで運ぶ。
「俺は甘いものは得意ではない。ケーキはお前が食え」
「へ? 要らねえの」
お前の味覚が万人共通だと信じている辺りがおかしい。もともと自分でも食うつもりで自分の分の箸も持ってきているじゃないか。
「ああ……お前の気持ちは嬉しかったから、それだけでいい」
「……」
「ありがとう、銀時」
真っ直ぐに銀時を見て微笑むと、案の定銀時は視線を泳がせた。
「……んじゃ、俺が食ってやるわ」
でかい口を開けて俺の箸からケーキを食う銀時を見て、思わず口元が綻んだ。
釣った魚に餌をやらないといけないらしいから、俺も銀時に倣おう。
了
20130716
2800
ちゃんと、書いたのは6月26日だったんです! アップするの忘れてたんです!! だって、確か6月26日、雨っぽかったよね!?
いや、でもさすがにアレだから、時間を変更! 誕生日のお話だけども、今ってことで修正してたら時間が経ってしまった。
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