呪詛





 この感情が俺には愛や恋などと呼べる崇高なものだとは決して思えない。そんな生易しいものではない。
 自分では制御できない激流に飲み込まれるような感覚が自らの内から発生したものだとも思いたくない。
 どうにかなりそうな狂おしさを誤魔化すために、俺は必死で目の前の男にしがみつく。腕の力を強めることで、どうにか自我を保つ事ができていて、そうしないと、こうしていないと辛い。

「桂……愛してる」
 柔らかく、優しく、土方は俺の脳髄にじかに届くように、耳から呪詛を流し込む。
 呪いだ、これは。
 身体が、痺れるように陶酔して弛緩する。

 こんな言葉は、ただの呪いだ。
 この男が俺に向ける感情、俺がこの男に対して思う気持ち、それが愛情であるはずがない。
 俺は、自分でどうにもできない感情をただ持て余す。思考が全てこの男に流れる。流されてしまう。寝ていても見る夢はこの男ばかり。

 はやく、この呪いを解く方法が見つからないものだろうか。

 どうにもならないのに。


 こうやって抱き締められて、この男の背に腕を回し、頬と頬を寄せ合い、体温に触れて安堵するなど……どうにも、ならない。
 こんなことをしても、何にもならない。間違いでしかない。解っている、こうしてこの男と抱き合っていることは、ただの間違いだ。今この瞬間、俺は……俺たちは間違いを犯している。

 俺達が立場を捨てない限り、俺達が俺達として決して幸せになどはならない。支配された感情がどんなに強大でも、俺は俺の個を存立させる為に、俺の立場を棄てることなどできるわけがない。それは土方も同じだった。

 いつか終わる関係だ。
 終わるならば早いほうがいい。
 次などない方がいい。

 早く……この呪縛から早く逃れなくてはならないのに。

「お前の事ばっか考えてる。寝ても覚めてもお前の事ばっかだ」

 ああ、俺もこの男に呪いをかけることに成功しているようだ。

「呪いを解く為には、王子様のキスと相場は決まっているようだぞ?」
「……呪いかよ」
「不服か?」
「いや?」

 土方の柔らかい唇が重ねられる。
 じんわりと熱が身体中に広がる。

 こんな事をしていても、どうにもならない事は互いに解っているというのに、俺達は誰も知らない場所で、唇を重ね、熱を奪い合うように抱き合い、呪いの言葉を繰り返す。

 こんな気持ち、ただの呪いでしかない。

「愛している……」

 こうやって互いに呪詛を掛け合うことにより、互いにこの呪縛を、より強固な物にしていくのだろう。









20130529
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